10.呪い
葛城王子の館に到着し、あまりの静けさに赫弥は不安に感じた。
「大海人さま、来てくれたのね」
大海人の来訪を知り若い女性が迎えてくれた。大人びた女性である。赫弥より少し年上といったところだろうか。
「兄上の容体は?」
「以前と……昨日より意識がなくなり呼んでも全く反応しなくなりました」
ただあるのは息のみである。それがまだ生きていると彼女でもわかるもの。
「薬師に診ていただいたけど原因はわからず、悪いものが憑いているのかとお坊さまに祈祷を頼んだけど何もよくはならず」
女性はふるふる震えどうしていいかわからないといった。
「大丈夫です。兄上はきっとよくなりますよ。そんなに不安にならないでください。お腹の子が不安がりますよ、義姉上」
その言葉を聞き、赫弥はぎょっとした。目の前にいる女性は葛城王子の妻なのだ。間人王女に比べとても地味な方であったから、失礼ながら采女かと思った。
「とりあえず兄上の様子をみせてください。あ、あと……何度も言いますが私がこの館に来たのは内緒ですよ。兄上にも」
「ええ。それを条件に来てもらったもの」
それを聞き赫弥は不思議に思った。どうして秘密にする必要があるのだろうか。
弟が兄の見舞いに来るのは別におかしいことでもないのに。
葛城王子の寝室の前で大海人は赫弥と帯人に待っているように言った。
折角ここまでついてきたのに肝心の葛城王子に会えないなんて。
赫弥はそう心の中でぼやくが、一采女の分を弁えなければと大海人の指示に従った。
大海人が寝室に入ってからしばらくたち何の変化もなく赫弥は退屈に感じた。
「退屈ですか?」
赫弥の内心を見透かすかのように帯人は聞いてくる。
「え、いえ……まぁ、はい」
彼に嘘は通用しないと思った赫弥はこくりと頷いた。正直な返事に帯人はくすりと笑う。
「遅いですね。大海人さま」
「やはり何か憑いているのでしょうね」
帯人はぼそっと呟いた。
「つ、憑くって……」
思わず大声をあげそうになった赫弥に帯人はしぃっと人差し指をたてた。
「ここで大声で不吉なことは言わない方がいいですよ。館の方たちはとっても不安がっています」
「ええ……気をつけるわ。それでどうしてそう思うのですか?」
「大海人さまがぱぱっとみてすぐに戻られればただの風邪だったですみます。あとは薬師に任せればいいと。ですが、こう時間をかけられるということは何か憑いていた。漢さまの出番ということになります」
ということは今寝室の中にいるのは大海人ではなく漢ということなのか。
瑠璃色の瞳をした不遜な方。
なら大丈夫だろう。
赫弥に憑いていた呪詛をすんなりと祓った人である。葛城王子の病などぱぱっと治してしまうだろう。
本当にそうだろうか。
ふとそういった不安の言葉がよぎる。
どうしてそう思ったか赫弥にはわからない。
本当に大丈夫なのだろうか。第一葛城王子の呪詛がどういったものか知らないではないか。一采女にかけられたものと大王家の王子にかけられた呪詛では重みが違う。
――私が生まれた頃に謎の病にかかられて昏睡状態だったらしい。本人が言うには気づいたら私の中にいたという。赤子の私の中で自分の死を采女から聞いたとか言っていたな。確か私が生まれて二月程後のことか。
大海人の声がちらつく。同時に今日初めて会話を交わした少女の声も。
「まさか」
どかっ!!
中で大きな音がして赫弥はびくっとする。重いものがぶつかったような音であった。
赫弥は慌ててその音の方へと走った。帯人の呼びとめる声もふりきり。
「大海人さま、漢さま!」
赫弥は寝室の戸を開ける。中はひどいありさまだった。几帳はびりびりに引き裂かれ、さまざまな調度品が乱雑にばらまかれている。
赫弥は足元にあるいびつな石が転がっているのを拾った。何の装飾もない、そこいらに転がっているような石である。何故王子の寝室にこんなものがあるのだろうかと不思議に感じた。
寝所には葛城王子が横になっていた。これ程のあり様の中で静かに寝息をたてている。
壁の方には大海人が痛みを抑えていた。
「大海人さま?」
大海人が顔をあげるとそこには瑠璃色の瞳があった。
「漢さま」
「そうだ。何故ここに来た。あの阿呆が待機を命じていたはずだろう」
漢は不機嫌そうに赫弥をみやる。
「あ、あんな大きな音たてられたら不安になって」
「待てもできんとは、帯人を少しは見習え」
まるで犬を叱りつけるような言動に赫弥はむっとする。
「何ですか。心配して来たのに」
「無用だ」
漢はつんと言った。
大海人だったら大丈夫だよとかやわらかな言葉を使うだろう。言っていることはそう変わらなくても。
「それで、葛城王子の呪詛はどうなのですか?」
「出てこん」
漢は忌々しげにつぶやいた。
何度か言の葉を使い、術を駆使して葛城王子の中にい憑いたものを引っ張り出そうと試みた。だが、全く出てこない。
何度か試みているうちにうまくいきそうだと思ったら今のような拒絶の反応が起きたのだ。
「どういうことですか? 私のときのようにはうまくいかないって。それだけ強い呪詛なのでしょうか?」
素人ながらいろいろ考えを述べる。おそらくは漢がすでに一周した考えであろうが。
「それもある。だが、拒絶は葛城自身から」
「どういうこと?」
「あいつ、憑いたものを抱き込み外に出すのを頑なに拒んでいる」
何故そんなことを。
そう尋ねると漢は知らないという。
「でも、このままじゃ」
「葛城の身体は蝕まれ死ぬだろう」
それはとても大変である。早く何とかしなければ。
葛城が呪いを外へ出すのをよしとしない理由が分かれば何か手立てがあるのではないだろうか。
それがわかれば苦労しないと漢は言う。
どうして。
何故葛城王子は呪いを抱き込むのか。外に出そうとしないのか。
赫弥は考える。会っても遠くから姿を見るのみでまともに話したのは大海人の館へ行くように命じられたあの時一度っきりである。
葛城王子のことなど全く知らない。
それでも彼女なりに彼女が知る限りの情報を集める。
――漢兄さまが自分を捨てた母さまやそうさせた父さまを憎み、私たち兄弟に嫉妬していると。昔兄が病で倒れたのも漢兄さまのせいだというものもいるわ。大海人がああなったのも漢兄さまのせいとも。
間人の言葉を思い出す。それは何年前のことだろうか。赫弥にはわからない。
――葛城兄上が回復なされたと同時にあや兄さまは病に伏せられたの。これは呪詛に失敗して自分に返ってきたせいだと。
昔、葛城王子が病に倒れられていた。葛城王子の回復とともに漢は病に伏せられた。そして気づいたら赤子の大海人の中にいた。
この流れをひとつのものとしてまとめてみる。
漢が葛城王子を呪詛してその返しに遭い倒れてしまったのだろうか。
「違う」
どうしてそう思うのだろうか。確証などない。
でも赫弥は思った。
漢はきっと葛城王子の呪詛を祓おうとしたのだ。しかし、失敗してその呪詛が自身に被り入れ替わりに倒れてしまった。
そう考えるとすっきりする。
そして今再び葛城王子は呪詛によって眠りについている。今大海人の中にいる漢がそれを祓おうとしている。
「ひょっとして葛城王子はあなたを失いたくなかったから?」
赫弥の突然の言葉に漢は首を傾げた。一体何を言っているのだと。
「何年か前、葛城王子は病に倒られた。そしてそれが呪詛で、漢さまがそれを祓おうとした。そうですよね、漢さま?」
漢は視線をよそに向けて応えない。否定はしていないようである。
「でも、失敗して呪詛は漢さまの身体に移ってしまった」
それにより漢は幼くして命を落とし、代わりに葛城王子が回復したのだ。
葛城王子はそのことを悔やみ、同じ状況になった今呪いを外に出したくなかった。その呪いが大海人、大海人の中にいる漢を奪うかもしれないと思って。
「まさか……あの時、葛城王子は幼子であったのだぞ。覚えているはずが」
「子供というのを侮ってはいけません」
慕っていた異父兄の死が自分に原因があると思えばどんなにつらいことか。
「だが、それを知ったところで何になるんだ」
漢は赫弥の推理を無意味を断じた。
『兄上に今は大丈夫だとわからせればいいんだよ』
漢はぴくりと眉を動かす。今の声は赫弥には聞こえない。
今まで黙っていた大海人が漢を押しのけて表に出てくる。
「漢さま?」
赫弥は驚く。今まで瑠璃色の瞳だった男の瞳が別のものに変わっているのだ。
紅い瞳である。
先ほどまで瑠璃の勾玉であった首飾りも瞳と同じ色になった。はじめて出会った大海人がかけていたものである。
「え、と」
「赫弥、下がって。私が何とかしてみよう」
その口調は先ほどよりのんびりとしたもので、大海人だというのがわかる。
だがどうして。大海人の瞳は普通の黒の瞳だったはず。
何故紅い瞳になっているのだ。
その疑問を答えるように大海人は説明した。
「私の瞳は石の力の反映でそういう色になっているんだ」
石というのは首にかけている勾玉のことだろうか。
「石は昔から呪術の道具として重宝されていた。自分に合った石の力と同調させることで自分の呪術の力を相乗させる。漢が私の身体で術を使う際は石の力を利用しているんだ」
普通に表に出て話をするだけなら石は必要ないけど。
時間は石を用いるよりもずっと短い。術も微々たるものしか使えないだろう。
ちなみに漢に合った石の力は瑠璃色。そして大海人に合った石の力は柘榴石。
「大海人さまは今は石の力を」
「うん、じゃないと漢を撥ね退けて表に出られないし、こうした呪術に対抗するときは必要だしね。石の力を使うと疲れるから滅多に使わないけど」
最後の一言が如何にも彼らしい。
「ですが、どうやって」
「兄上にあの時とは状況は違う。呪いを外に出しても何も失わないとわかってもらう」
そう言い大海人は葛城王子に触れようとした。
――触れるな!
その声とともに大海人は葛城王子の傍から引き離された。
「大海人さま!」
「うぅん、結構手ごわいか」
冷静に彼はそう言った。
『なんだ偉そうなことを言って、やはり阿呆だな』
「人を阿呆阿呆、うるさいよ」
「?」
漢の声は赫弥には聞こえない。だから彼女からみれば大海人は一人ごとを言ったようにしか見えないのだ。
大海人はそれに苦笑いした。
「しかし、ここまで兄上の意識と共鳴して寄生しているなんて。昔かけられた呪詛より厄介かも」
そう一人ごちながらどうしたものかと思案する。
このままでいても埒が明かない。
もう一度葛城王子の身体から呪いを引き離そうと試みる。
今度は触れることができた。その瞬間、葛城は苦しげに呻き奇声をあげる。その不気味な響きに赫弥は耳をおおいたくなった。とても不吉な声で不安になる。
「……ぇだ」
葛城は声にならない声で何か口走っていた。赫弥にはそれがだめと言っているように聞こえた。余程呪いを外に出したくないのだろう。
そうしていると葛城の口から黒い霧のようなものが現われた。
その禍々しいものに赫弥は悲鳴をあげる。
「瘴気だね。これを吸うと病を起こし苦しめると言われている」
「だ、大丈夫なのですか?」
「危ないからもっと離れるといいよ」
大海人は相変わらずのんびりとした口調で言う。はっきりと言わないが邪魔と言っているのだ。
全くその通りであるため赫弥は何も言い返せない。
何のために自分はここにやってきたのだ。
物音がひどく心配して無我夢中に入ってきた。帯人の制止の声も聞かず。それがただ何もできないお荷物宣言をくらって情けない気持ちになる。
自分には呪いについて全く無知である。大海人や漢のように術など知らない。身を守る術すらない。この前かけられたらしい呪いは漢の気まぐれで祓ってくれたものだ。
ぎゅっと先ほど拾った石を夢中で握る。
その時今までにない程の強い不安を抱く。あの瘴気が大海人にどのような危害を加えるのか。呪いを外に出すのを拒絶していた葛城の不安がその通りになるのではないかと。
(そんなの絶対だめ……)
赫弥は無意識に走り寄る。大海人の傍で。
大海人は瘴気に向かって九字を切った。一部とはいえ葛城から出てきた呪いである。できる限り祓い、呪詛の効力を減らしてしまおうと考えた。
そのとき瘴気から人の形がみえ、それが笑っているように見えた。それは誰の顔であろうか。そう考えている中黒い瘴気が大海人の元へ一直線に向かってきた。
「だめぇぇぇっ!!」
赫弥は叫び大海人の前へと出た。瞬間大海人は慌てた。
ばちぃ!!
電撃のような音と共に瘴気は跳ね返された。その瞬間瘴気から醜い獣のうめき声が響く。赫弥たちの耳を刺激しとても心地悪い。瘴気は逃げるように葛城の身体の中に逃げ込んだ。
「何で前に出てきたんだ」
大海人は赫弥の手をとりしかる。いつもののんびりした雰囲気ではなく真剣に怒っているのだ。赫弥は申し訳なさそうに項垂れながら、大海人もこのような顔になるのかと思った。
『いや、それよりも今何をしたのだ?』
脳裏に響く声に大海人はわからないと答える。ただ赫弥が目の前に飛び込んで、襲いかかってきた瘴気は何か強い力によって跳ね返されたようである。
あれは大海人の力でも漢の力でもない。
では赫弥の力だというのだろうか。
何の力もない普通の少女で、この前まで軽い呪詛にかかっていた者にどうしてそんな力があるのだろうか。
赫弥の手から光るものをみる。
大海人はそれは何だと問い赫弥は知らないと首を振った。確か部屋に来た時にその辺に転がっていた石を拾ったのだという。
赫弥はおそるおそる自分の掌を開き輝くものを見た。
それは間違えなく石であった。ただし先ほどまでのただの石ころではない。大海人の首にかけられている柘榴の勾玉のような形をしている。そしてそれは白く光っていた。
赫弥はその掌で輝く勾玉にうっとりと見とれてしまっていた。
「月長石……」
「え? 何?」
大海人のつぶやきに赫弥は首を傾げた。
『大海人、そいつを葛城に触れさせてみろ』
「何をばかなことを言っている。そんな危険なことを」
『石はそいつを選んだ。ならそいつはただの娘じゃない。石の力を使える。石がそいつを守るだろうし、万が一のときはお前が何とかすればいい』
「何とかって……先までそれができなかったから苦戦していたんだろう」
大海人は脳裏の声と会話をしながらため息をつく。だがひょっとしたら赫弥の石がこの状況を打開してくれるのではという期待が生じる。
「赫弥、葛城に触れてみてくれ」
「えっ……そ、そんな」
赫弥は顔を真っ赤にした。大王の嫡子である彼に触れるなどおそれおおいと思った。ただでさえ先日無礼を働いた身である。
大海人は赫弥の反応を呪いに対する不安と考え大丈夫だと言い聞かせる。
「私がついているから何も怖いことはないよ」
いつもののんびりとした口調。先ほどまでは激昂していたというのに。
そう思いつつもこののんびりとした雰囲気に少し落ち着きを覚える。
「で、では……少しだけ失礼を」
赫弥は寝台に近づき葛城の顔を見る。近くで見ると整った顔立ちに翳りがみられる。呪いでかなり憔悴してとても弱弱しくみえる。普段の冷淡な表情を持つ王子の姿からは想像できない。これを見ては奥方が不安になるのは仕方ないことだろう。
赫弥は何とかしたいと思った。そっと汗を拭うように葛城の額に触れた。
触れた彼の肌はとても冷たく濡れていた。それを触れ危うい状況だと赫弥は感じた。
赫弥は不安そうに大海人を見る。大海人が頷き葛城の身に触れた。
すると葛城は呻き、眉を顰めた。口を強く結び呪いを外に出させないと耐えているようであった。
「葛城様、どうか呪いを外に出してください」
自然と出た赫弥の言葉に葛城は否と答えるように眉を顰める。
「大丈夫です。ここには大海人様がいます。漢さまがいます。一人ではありません。昔失ったお兄様のようなことには決してなりません」
ですからどうか呪いを外に出すようにしてください。大海人様の導きに委ねてください。
そう赫弥が言いながら葛城の額をなでる。その間彼女の持つ白い勾玉はさらに輝いた。その光は葛城を包み込み、少しずつ葛城の苦しみを緩和しているようであった。
少し楽になったようである葛城はゆっくりと口を開く。その瞬間を大海人は逃さず呪いを吐き出させるように詞を発する。何を言っているのか赫弥には理解できない。大海人が後に説明するが古い言葉らしい。
その詞によって瘴気が再び出てきた。先ほどよりもずっと大きな瘴気である。
大海人は隙を作らず右手で手刀をつくり九字を切る。
「臨兵闘者皆陳烈在前!」
柘榴色の勾玉が強く輝き、それに呼応するように大海人の目が一層鮮やかな赤へと光る。
象った九字によって作られた紅い刃が生じ、それが瘴気を斬った。瘴気から醜い悲鳴が響き渡り、黒い霧が四方に散り消えた。
「やったのですか? 呪いは?」
「ああ、無事に葛城の身にかけられた呪詛を祓えた」
大海人はくらりと身を揺らぎ後ろへと倒れる。
「大海人さま!」
赫弥は慌てて大海人を呼ぶ。大海人は微動だにしない。
(どうしたの? ひょっとして呪詛が大海人さまに?)
「大丈夫です。力を使いすぎて眠ってしまっただけですよ」
不安がる赫弥を落ち着かせるように帯人が説明する。いつの間に部屋の中にきたのだろうか。
赫弥の疑問に答えず別の説明を帯人はする。
「今回の呪詛はかなり厄介だったみたいですね。これは深い潜在意識の中でも眠りについていますね。漢さまとも会話を交わせない程に」
そう言いながら帯人は大海人を担ぎあげた。
「では我々は撤収しましょう」
「撤収て?」
「大海人さまの目的は達成されました。ここに長居する必要はないということです」
目的というのは葛城王子にかけられた呪詛を祓うということだ。
「もう少しここにいてもいいのではないのですか。兄上の館でしょう」
先ほどの祓いで疲れているというのなら休ませてからでもいいじゃないかと赫弥は言う。だが帯人は首を横に振った。
「葛城王子に大海人さまの力がばれるわけにはいきません」
「どういうこと?」
「大海人さまは葛城王子に呪術が使えることを知られたくないのです。勿論、間人王女にも大王にも……あとは私の口からは言えません」
それだけ言い帯人は部屋を出るように赫弥をせかした。部屋を出ると葛城王子の妃と采女が控えている。妃は礼をし采女に見送るように指示した。采女が門まで案内すると門の先に黒い衣服を身に付けた男が立っていた。寡黙で無表情な男である。赫弥の知らないその男はどうやら帯人の知り合いのようである。帯人はやんわりと笑って言う。
「おや、帰って来たのですか。丁度いい。大海人さまがこの通りなのであなたが館まで送ってください」
「そのつもりだ」
男は仏頂面でそういう。大海人を帯人から預かり、大海人の馬にのせ自身も乗り走らせる。赫弥のことなど見向きもしないで去ってしまった。
「さて、我々も帰りますか」
そう言い帯人は赫弥を馬に乗せた。自身は徒歩で馬を御しながら移動するつもりだ。
大海人は先ほどの男に任せのんびり帰ろうとしているようである。
「あの、彼は誰ですか?」
「ああ、赫弥どのははじめてですね。彼は虫風。大海人さまに幼い頃よりお仕えしている男ですよ。今は大海人さまの命令で旅に出ることが多く、館にいないことことが多いです」
命令とは何のことであろうか。そう尋ねようにも自分のような新人が聞いていいことか悩んだ。
大海人の館で仕え始めてからほんの少ししか期間が流れていない。結局は部外者に近い存在なのだ。
そう思うとなんだか寂しい気もした。




