9.病
山奥に小さな小屋がたっていた。
その中に佐久姫が休んでいた。
彼女は両手の痛みに眉を顰めた。
己の使役する犬たちを漢王子の弓矢によって射抜かれた。その反動でできた傷である。
犬たちは佐久姫の半身とも呼べる存在であった。
呪術によって宿主の佐久姫を主と思い大事にし護り戦う。彼女の敵を噛み砕くことも厭わない。
彼らに対して並の剣では太刀打ちできない。呪術には呪術で対抗するしかないのだ。
それを可能にする力を漢たちは持っていた。
「おのれ、漢っ!」
苦しみながらも漢への恨み言を吐いた。
それを聞きながら女性が佐久に煎じた薬を差し出した。
「佐久姫さま、これをお飲みください。少しでも痛みが和らぐと思います」
「ああ、宕」
佐久はその薬をすすり苦さで眉をしかめた。
「申し訳ありません。苦かったでしょうか」
佐久は首を横に振った。
「いや、薬というものは苦いものだ。気にするな。それよりすまぬな。私の為にわざわざ薬草を採ってきてくれたのだろう」
宕は嬉しそうに頭を下げた。
そして佐久姫の手を見て苦々しく感じた。
美しかった手はひどい傷を負ってとても痛ましい。
こんな目に遭わせた漢という男を女性は許せなかった。
「漢なる男をどうにか排除できないものでしょうか。宿主の大海人ごと殺すとか」
「それができれば苦労はしない」
佐久姫は残りの薬をすすりながら言う。
「漢の宿主となっている大海人も大した能力者で簡単には倒せない」
呪詛をしかけても跳ね返されるであろう。
「十四年前の赤子の頃であれば私の敵ではなかったのだが……大海人の中に漢がいると知った時は既に私以上の術者となっていた」
「佐久姫さま以上だなんてそんな……」
「事実、この様だ」
佐久姫は両手を出した。袖から出した手から包帯をとり、宕に見せた。
漢の矢によって半身を射抜かれその反動で生じた傷が痛々しく思え宕は眉を顰めた。
「あれは私をあのとき殺すつもりだった。半身の犬たちにとびきりの呪術をしかけてな。お前がいなければ危うく死んでいたよ」
佐久姫は皮肉げに笑った。そしてそっと宕の手をとる。似たように包帯が巻かれていた。
宕は術によって佐久姫が漢より受ける負荷を少し受け取った結果であった。これによって佐久姫の致死を防げた。
「本当は全ての痛みを引継ぎたかったのですが」
「お前にしては上出来だ。一族の者ではないのによくここまで成長したものだ」
佐久は愛しげに笑った。まるで幼い童を見るように。
宕はそれを嬉しげに受け取った。
「明日、一度里に戻る。しばらくは何事も起こさず静かにしているのだぞ」
「心得ました」
宕は礼をとり恭しく佐久に頭を下げた。
◇ ◇ ◇
赫弥は書庫に並ぶ本の多さを見て驚いた。
書庫といっても棚が三個並んでいるのみで、そこに各棚に本が平積みされているのだが。
「すごいですね」
こんなにたくさん書が並んでいるのを見るのははじめてであった。宮にはもっと大きなものがあるというが、なかなか足を運ぶことはできない。
この書庫のものは大海人の部屋にあったものらしい。段々置く場所がなく別の部屋にまとめるために作ったという。
管理を任されている帯人は赫弥の感嘆の声に笑う。
「宮のものに比べると少ないですよ」
「宮の書庫を采女が軽々しく入れるわけないじゃないですか」
そこには書物だけではなく大王家の大事な宝がたくさん保存されている。その為、入るにはいろいろと手間がいる。
きちんと綺麗に製本されている中にひとつだけただ紐で適当にくくっただけの紙の束を見る。
「あら、これは?」
「ああ、それは無駄紙になってしまったのをある男が調べたことをメモしたものです」
確かに各紙失敗した文の上に斜線がつけられている。その上に書かれている内容は神代の物語であった。
「結構書き綴ってありますね」
裏紙にびっちりと調べたものを乱雑に綴ってある。だが、場面場面赫弥が昔お伽話で聞いたものや知らない内容があちこちと書き込まれ興味を引く。
数行読んで赫耶はその内容に引き込まれそうになる。部屋に持ち帰ってじっくりと読んでみたい。
「一体誰が……この館にいる方でしょうか」
「いや、今は美濃の方にいますよ」
「美濃?」
「ええ。大海人さまの湯沐邑を管理している者です」
湯沐邑というのは大王家の者が持つ領地のことである。つまり大海人のだいたいの収入源である。
「定期的に報告のために館に来た際大海人さまに書き損じの一部を見られてしまい、興味を持たれた大海人さまが強制的に献上させたものです」
本人としてはただの暇つぶしで覚書きした落書きのようなものなので恥ずかしいと拒否したが、主人である大海人に逆らえず渋々提出して今この棚に所蔵されていた。
赫弥はぱらぱらと中身を確認して落書きとは思えないほどの情報量に驚いた。ここまでまとめられた神代の書はそうそうないだろう。
「大海人さまのお気に入りですから、この書庫から持ち出すのはだめですがここで読むなら好きなだけ構いませんよ」
「ありがとうございます。時間があれば読ませていただきます」
赫耶はぱたんと書を閉じた。
ふと外が騒がしいのに気づいた。
「赫弥、赫弥はいる?」
多霧が急いだ様子で赫弥を探していた。
「私はここです」
赫弥は部屋を出た。彼女の姿を認めた多霧が慌てた様子で指示を出した。
「お客さまのお伴の舎人たちに白湯を持って行ってちょうだい」
「お客さま?」
「ええ。突然間人さまがやってきたの」
間人というのは間人王女のことだろう。
大海人王子の姉という。何度か宮で見かけたことがある。とても気の強そうな少女だったと思う。
「わかりました」
赫弥はさっそく厨の方へ向かい白湯の準備をする。
「突然来るなんてどうしたのかしら」
この館には客は滅多に訪れない。宮からずいぶん離れている里にぽつんと建った館だからだろう。そして大海人王子の例の奇行のせいでもある。
葛城王子も大海人王子がひきこもった当初は何度か足を運んだそうだが忙しいのもあってどんどん足が遠のいていったという。
「きっと葛城王子のことで相談に来たのでしょう」
しばらく暇なのか帯人が厨にやってきて赫弥を手伝った。
「葛城さま?」
「ええ。病に倒れたそうです」
それに赫弥は驚く。
葛城王子が病に?
「ええっとお風邪とか………」
「最初はそのように思ったそうですが、なかなか治る気配がないらしく悪い病にかかったのではと言われているそうです」
帯人が言うには、葛城王子の元には大王が僧侶を派遣して看てもらっているとか。だというのに一向に治る気配がないという。
それは大変なことである。
きっと大王はわが子の身を心配しているに違いない。
赫弥は宮での様子を思い浮かべては大王に同情した。
この館に来る前に声をかけてくださった美しい大王。今はその美しさに翳りが生じているだろう。
赫弥はそう思いながら白湯を舎人の元に運んだ。
そしてそれとなく宮での様子を窺う。
やはり想像していた通り大王は葛城王子の身で心細くしているようである。人の前では気丈にふるまっているのだが。
赫弥は大王の心中を考えては心を痛める。
白湯と果物の準備をし大海人の部屋へと向かったが、外まで響く少女の声に思わずびくりとした。
「どうしてなの! 兄上がこんな目にあっているというのにあなたはどうして何もしようと思わないの!!」
多霧が赫弥に気づいて白湯と果物の盆を受け取る。
「ありがとう。あとはいいわ」
下がるように言われ赫弥は部屋の扉の方に視線を向けた。
一体何の騒ぎだろう。
と聞かずともだいたいの予想はつく。来訪者である間人王女は大海人王子に兄の見舞いをするように言ってきたのだろう。
それに大海人は渋っている。
今の少女の叫びはとても必死なもので苛立ちと悲しさが感じられた。
何とかできないものかと思うが一采女の自分には出すぎたことである。
多霧の指示通り下がるほかない。
赫弥は頭を下げさがろうとした。
「あなた、悔しくないの! 宮では兄上を病に陥れたのはあなただって言う官人もいるのよ!! それがどれだけ母上を苦しめているかっ」
その言葉に赫弥はどきりとした。
誰が誰を病に陥れたと。大海人が、葛城を病に。
なんてひどい噂であろうか。冗談にしても笑えない。
「もういいわ!! このろくでなし!!」
ばたんと扉が勢いよく開く。そこから自分と同じくらいの少女が飛び出してきた。後ろからおつきの采女が呼び止めるが少女は聞こうとしない。
はっと赫弥と彼女の眼が合った。
「あなた」
采女の声を聞かなかった彼女だったが赫弥をみて足をとめる。
「確か兄上に粗相をしてここに飛ばされた采女だったわね」
ぐさりとささるものを感じた。赫弥はその痛みに耐え礼をする。
「はい。赫弥と申します」
「ふぅん……、話がしたいわ。あなたの部屋はどこ?」
赫弥はさらに驚く。
「ひ、王女さまに私などの部屋を」
「気にすることはないわ。ここは宮からうんと離れた僻地、官人の目など届かないわ」
間人はつんと言い、早く案内するように催促した。ちらりと多霧の方をみるが多霧は仕方ないと案内するようにと指示した。
赫弥は仕方なく彼女を自分の部屋へ案内した。
宮の采女の部屋に比べると簡素な部屋であった。それが珍しいのか間人はきょろきょろと周囲を見渡していた。
「すみません。あまり綺麗にしていなくて」
「大海人の部屋に比べればぴかぴかよ」
「とりあえず白湯をどうぞ」
先ほど大海人の部屋に届けようとした白湯である。ありがとうと間人は言い白湯の入った器を口に運んだ。
「ここでの生活はどう? 大海人とは話はできて?」
「ええと……」
大海人は部屋に閉じこもっているかふらふらと例の外れ村へ行ったりして顔を合わせる機会は少ない。だが、それでも何度か話はできたと思う。
「何度かは」
「あら、意外」
一度も会ったことがないと彼女は想像していたのだ。
「変な子でしょう」
「はぁ……その、独特な方だと思います」
言葉を選んで答えたが間人はくすりと笑ってそうでしょうという。
「あの子は昔から病弱で繊細すぎる気難しい子だったわ」
ちょっとした物音に過敏に反応してしまったり、人前で突然気分悪そうにうずくまったり。おかげで何か悪いものでも憑いているのではないかと噂がたてられていた。
「父も心配して一度療養のために葛城山の方へ行かせたことがあったの」
そのとき忙しかったから数人の采女と舎人をつけて大海人一人で行かせたが。
「ちょっとましになって戻ってきたわ。そのまま成人して宮で働くようになった。昔のように挙動不審な行動をとることは少なくなったわ……でも」
すぐに引きこもってしまった。
いつも何をやっているのやら部屋の中で書物を読みあさり舎人にとらせた薬草で薬をつくったりと。
「全く何なの、あの部屋は。ひどい匂いだったわ」
確かに薬草の煎じた匂いがあの部屋は充満していた。赫弥ははじめてあの部屋に入ったときのことを思い出す。
「とてもじゃないけど王子の部屋じゃないわね」
間人は唇を尖らせて言った。赫弥は全くその通りと思い否定ができなかった。
「でも、あの子の気がすむならそれでいいと私は思っていた」
だから請われれば自分の土地でとれる薬草なども提供したこともあった。宮で交わされる彼のひどい噂についても気にしない素振りを見せていた。
「でも、今回は……」
間人はぎゅっと裾をつかむ。母に似て気丈な彼女であったが、今回宮で流れている噂は相当こたえたようである。
両の親を同じくする弟が兄を呪っているというもの。
違うと言ってもどうせその噂は消えることがない。
それが間人にとって悔しくて歯がゆいことであった。
「みんな、好き勝手なことを言って!」
「そんなこと……だいたい大海人さまが葛城さまを呪う動機など」
「漢兄さまのせい……」
漢という言葉に赫弥はどきりとした。久しく会ってなかったが、その者は大海人の中にいるもう一人の人格の名でもあった。
「そういうものもいるわ。漢兄さまが自分を捨てた母さまやそうさせた父さまを憎み、私たち兄弟に嫉妬していると。昔兄が病で倒れたのも漢兄さまのせいだというものもいるわ。大海人がああなったのも漢兄さまのせいとも」
「まさか……」
「葛城兄上が回復なされたと同時に漢兄さまは病に伏せられたの。これは呪詛に失敗して自分に返ってきたせいだと」
間人は苦しげにつぶやき、ぽつりと涙を流した。
「王女さまは漢さまのことをご存じですか?」
「ええ・・・おぼろげながら、何度か遊んでくださったわ。ぼんやりとした記憶だけどとても優しい方だったわ。私も葛城兄上も漢兄さまのことが大好きだった……」
だから許せなかった。宮の者が漢王子を蔑に言うことを。
「何も知らないくせに、好き勝手なことを……」
「そうですね」
赫弥は頷いた。
その者がどういったものか何も知らないというのに噂で好き勝手なことをいう。それがどれだけこの少女を苦しめてきたか。
赫弥には想像できない。だが、今の言葉だけでつらかったのだというのはわかる。
「す、すみません。差し出がましいことを」
じっとこちらを見つめる間人の視線に気づき赫弥はあわあわと袖で口を隠す。
「あなたって変な子ね」
そう言われぐさりと刺さるものを再び感じた。
「何でまともに話したことのない采女のあなたにこんなこと話しているのかしら」
そう言いながら間人はくすりと笑った。
「宮へ帰るわ」
そう言い外に控える采女に準備をするようにと伝える。
話が終わったようだと采女は思い返事をしすぐにつれの舎人のもとへ伝えに言った。
「今日は帰るけど、また来るわ。ひきこもりのあの子が見舞いに来てくれれば葛城兄上はきっと喜んで病から回復してくださるでしょうから」
「そうでしょうか」
赫弥は首をかしげた。あの仏頂面の王子がそんなことで元気になるだろうか。
「あなた宮に戻りたいのならその口直した方がいいわよ」
そう言われ赫弥ははっと再び袖で口を隠す。その反応をおかしげに間人は笑った。
「少し気が楽になったわ。ありがとう」
「私は何も」
していないのだが、間人からすれば赫弥と話して少しは気が紛れたようである。
それはそれでよかったのだろう。
間人王女が去った後に赫弥は大海人の部屋へと向かった。手には新しく盛った果物の盆を。
「失礼いたします」
赫弥はそう言い部屋の中へ入った。間人が先ほど言ったように中は薬の匂いで充満していた。前入ったときよりひどい気がした。
「なんだ?」
大海人は部屋の中に入ってきた赫弥に視線を向けた。
「く、果物を……」
「別にいいよ。もうすぐ夕餉だし」
彼はふぁとあくびをしながら背伸びした。間延びした声がとてものんびりで、とても兄が病で倒れたもののしぐさに見えない。
「心配じゃないのですか?」
「なにが?」
「葛城さまのことです」
赫弥はとんと盆を置き、大海人に詰め寄るように言った。
「間人王女はあなたに見舞いに来てほしいといったじゃないですか」
「ああ、姉上から聞いたのか」
先ほど多霧から聞いたのか間人が赫弥の部屋に行ったというのは彼は知っているようであった。
「大変だっただろう。あの人、結構感情で動く人だから」
「それだけまっすぐな方なのですよ」
くすくすと笑う大海人の行為に赫弥はだんだん苛立った声を出してしまう。
「どうして……心配じゃないんですか。そんなだから嫌な噂を流されてしまうのですよ」
「まぁ、そうだね」
彼は苦笑いした。
「この館に引きこもって外に出る気配のない人間、何をしているかわからないものだし」
客観的に自分をそう評す。官人たちの噂をさほど気にしている様子はないようである。
「でも、間人さまは悲しんでいます。大王さまも、葛城さまだって」
「そうかな」
「そうです! どうしてあなたはそんなのだから好き勝手言われるのですよ!」
「否定はしないかな」
「せめて葛城さまの見舞いだけでも、そうだ。大海人さまは医術にも通じているし診てみたらどうでしょう」
「ああ……あの人、私がこういうことしているの面白く思っていないからね」
もし見舞いついでに診察などしたら激昂するかもしれない。大海人はそれを想像してため息をつく。
「大海人さまは葛城さまが心配じゃないのですか!」
いつまでも何もしようとしない大海人の言動に赫弥は顔を真っ赤にして怒鳴った。その大声に大海人は少し驚いた様子であったがすぐに元の平静さを取り戻す。赫弥の大声に多霧が何事かと部屋に入ってきた。
「赫弥、下がりなさい。今日はもういいから」
多霧はそう言い赫弥に部屋を出るように言った。
しかしと赫弥は口を開こうと思ったが、多霧は厳しい口調で下がるように言った。
何とも言えない感情を抑え赫弥は礼をし、しぶしぶ部屋を後にした。
赫弥が去ったあと、多霧は大海人に頭を下げた。
「申し訳ありません。私の指導不足で」
赫弥の無礼は世話をしている自分に責任がある。そう多霧は謝罪を述べるが大海人は気にしていないと相変わらずのんびりとした口調で言った。
「でも、宮に戻るまでは直さないと生意気ととられるね」
くすくすとおかしげに笑った。
◇ ◇ ◇
赫弥は部屋の中で刺繍をしながら憤りを晴らしていた。夕暮れはとうに過ぎ外は真っ暗である。
(信じられないわ。大海人さまがあんな薄情な方だなんて・・・)
確かに何を考えているか不明なことが多い。しかも、もうひとつの人格もあるとかでますますわからない方であった。
それでも貧しい村のために病を診たり、薬を煎じてあげたり慈悲深いところもあるのだと感心した。そして自分に憑いていたものを祓ってくれたしなんだかんだで良い方だと思っていた。
なのに兄が病で倒れられたというのに全く関心なさげにし、姉に見舞いをと催促されても応えなかった。宮で流れている嫌な噂も自分には関係ないのだと平然としている。
(わからないわ。大海人さまという方が)
燈の光が弱くなるのを感じた。ふと見ると油がきれている。
油を足しに行こうかと思ったが、もう寝た方がいいのかもしれないと思った。だが、どうにも落ち着かずほんの少し足すために部屋を出ようと思った。
廊を歩いているとかさりと庭の方でうごめく音がした。赫弥はなんだとそちらへ視線をよこすとこの館の主の横顔が見える。
(大海人さま? こんな夜更けにこそこそと)
何をしているのだろうかと不審に思い赫弥はその後を辿った。
大海人が向かった先は館の厩である。そこから一頭の馬を出してきた。
これからどこかへ行こうとしているのだろうか。
(どこへ?)
そう考え赫弥ははっとした。
きっと葛城王子の元へ向かうのだ。先はあんな風にしていたが心配じゃないはずがない。
赫弥はいてもたってもいられず大海人の傍に駆け寄った。
思ってもいない者の登場に大海人は驚いた様子である。
「赫弥か」
「どちらへ行かれるのです?」
「ちょっと、ね」
「葛城さまの館ですよね」
「……」
大海人は何も答えない。どうして隠す必要があるのだろう。
「もしよければ私もお伴をさせてください」
赫弥の申し出に大海人は驚いた。同時に赫弥も驚く。
(わ、私何を言っているの)
赫弥も葛城王子のことが心配である。だからといって采女が夜のお伴をするなど聞いたことがない。舎人ならば護衛としてついていくのだが。
「別にいいじゃないですか?」
穏やかな声が大海人に同意を促すように言う。それに大海人はあきれたようにため息をつく。
「お、帯人さま」
全く気配すら感じなかったのに彼は赫弥のすぐ後ろに控えていた。
(いつの間に……)
「帯人」
大海人は困ったような表情で帯人を見た。対して帯人は相変わらずにこやかな笑顔である。
「万が一のときはこの帯人が全身全霊でお二人をお守りします」
「わかった。赫弥、あまり騒ぐなよ」
「はい」
子供でもないのだからそれはないと赫弥は思ったが、とりあえず頷いた。




