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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
99/181

04

 翌日。

 宿の一室で目を覚ました二人が、朝の身支度を整えている。


「むああ……」


目尻に涙を浮かべながら、大欠伸を吐くピエール。

 格好は下着姿だ。

 しかし完全な無防備という訳ではなく、上は胸当てを身につけたまま。

 長年使い古しているにも関わらず傷一つ無く銀色の輝きも一切損なわない胸当ては、厚みがあるにも関わらず着ているのを忘れそうになるほど軽い。その軽さは羽黒緑以上だ。


 ピエールの後ろでは、アーサーが姉の寝癖をせっせと整えていた。

 彼女も寝姿のままで、にも関わらず胴には胸当てが燦然と輝いている。

 胸当ては姉妹お揃いだ。


「くああ……」

「頭を揺らさないでください」

「ににに……」


再びの大欠伸と共に頭をかくんと倒しそうになったピエール。アーサーが咄嗟に頭を支えつつ、ついでとばかりに人差し指で頬をつついた。

 姉のぷにぷにの頬に、妹の白い指先が埋まる。


「だって眠いし……今日ちょっと早くない……?」

「組合に顔を出す前にあの夫妻の店に行く約束でしょう? その分早く出る必要があります」

「あー……」


言われて思い出したようだが、寝ぼけ眼の姉の頭の揺れは止まらない。

 妹は笑みと叱責の中間のような表情のまま、姉の髪を梳いていった。


   :   :


「おはよう、今日はいつもより早いんだね」

「そだね、おはようエフィム君」


身支度を整え、宿のロビー兼食堂へ出た二人。

 その姿を捉えた宿屋の息子、エフィムという名の少年が声をかけた。

 ピエールはまだ眠気の残るぼんやりした笑顔で応え、アーサーは一瞥のみ。


「今日は髪の毛括ってないんだ」


挨拶の後、エフィム少年が再び口を開いた。


 姉妹の髪型はどちらも何もしていない、ただ寝癖を整え真下へ降ろしただけの格好だ。

 二人とも意外に長く、肩先まで伸びている。


「この後人にやって貰うからね。今は降ろしたまま」

「へえ、そうなんだ。いつもは男か女か分かんないようなぱっとしない見た目だけど、こうして見るといつもよりはちょっとは女の人っぽいかな。ちょっとだけ」

「あはは……、でも降ろしたままだとなんか違和感あるよ。首筋をくすぐられてるみたい」

「早く朝食を用意してください」


ピエールとエフィムが慣れた様子で会話をしているところに、一人席に着いていたアーサーが割り込んだ。

 少年が奥の部屋へと入っていくのを見送ってから、ピエールも妹の向かいの席に腰を降ろす。

 周囲の席には四人ほど他の客がいたが、特に姉妹へ気を払うでもなく食事を続けている。


「確かに違和感がありますね」

「え? どしたの、何が?」

「髪ですよ」


席に着いたところで、アーサーが先ほどの話を引き継いだ。

 気づいたピエールが、苦笑いで後髪を指で弄ぶ。

 纏められていないことで意外に質量のある茶髪が、空気をさらりと撫でていた。


「だよね。なんか寝起きのまま活動してるような気になっちゃう」

「私もすっきりしない気分です。やりかけの仕事を放置しているかのような」


発言と同時に、アーサーの全身がごく小さく、ふるりと振動した。

 彼女の視線は、一直線に姉の髪の毛へ向いている。

 妹にしては珍しい反応に、ピエールは暖かみのある苦笑いを返した。


「……今だけでも括っちゃう?」

「いえ、止めておきましょう。気にはなりますが、これはこれで新鮮です」

「そ?」


返事をする間も、やがてエフィムが持ってきた朝食を食べる間も、アーサーの視線はピエールの髪に釘付けだった。

 表情こそ無表情だったが、内心ではどうもこの髪型を存分に楽しんでいるらしい。

 そう気づいたピエールは、暖かい笑顔で真正面から妹の視線を受け止めていた。



   :   :



 朝食を終えた二人は、すぐさま宿を出てパウル武具店へと足を運んだ。

 店内へ入ると、カウンターの向こうにいたお嬢様店員嫁、ルアナが喜色露わにして二人を迎えた。

 まだ外は薄暗いほどの早朝だが、六本の縦ロールはばっちりセットされている。


「お二人とも、お待ちしていましたわ! ささ、どうぞ奥へ!」


上品な笑顔のルアナに誘われ、二人は店の奥へと入った。

 中にはパウルがおり、更に防具を展示するのに使う鎧掛けが二つ。

 そこには姉妹の為の防具が掛けられており、その隣に几帳面に畳まれたドレスが二着置いてあった。


「おはようございます、二人とも」

「おはよう」


朗らかな口調だが、どうにも気の弱そうな雰囲気が滲むパウルの挨拶。

 ピエールは声を出し、アーサーは会釈でそれに応える。


「ピエールさんのドレスも調整しておいたよ。早速だけど着てみてくれるかな」

「ありがとねー」


ドレスと鎧を指すと、パウル夫妻はすぐに部屋を後にした。

 残された姉妹が、手早く衣服を脱ぎドレスと鎧を身に纏う。


「姉さん、どうですか?」

「んー、昨日試しに着た時よりはちゃんと動けそう」


二人はドレスと鎧を装備し終え、隣室にいる夫妻を呼んだ。

 二人の鎧姿を目にしたルアナが、得意げな顔で笑う。


「やはりわたくしの目に狂いはありませんでした。素晴らしい女騎士っぷりですわ、お二人とも!」

「なんかくすぐったいなあ、でもありがと」

「ピエールさん、ドレスの調整はどうだろう?」

「多分これで大丈夫そう」

「なら良かったよ」

「さあさあ、後は最後の仕上げ、髪型ですわ! 二人とも、そこの椅子に……」

「髪は私がやります。姉さん、座ってください」


声高に言い放ちかけたルアナに、アーサーが素早く割り込んだ。

 ピエールはまるでそうなるのが分かっていたと言わんばかりに、何も言わずすとんと椅子に腰掛ける。

 その際裾を押さえず普段の調子で座ったことでドレスがめくれ、頬を赤らめドレスを押さえながらいそいそと座り直した。


「あの、アーサー様? 髪も是非わたくしに」

「必要ありません」

「ごめんルアナちゃん、任せたげて。アーサーって髪いじりには妙に拘りがあるみたいでさ」

「……仕方ありませんわ。確かに髪は女性の命ですもの、同性とはいえ他人に気安く触らせるものではありませんわね」

「うん、そういうことで」

「あっ、勿論パウルさんはいくらでもわたくしの髪を触っていいんですのよ? むしろわたくし、パウルさんにならくしゃくしゃの滅茶滅茶に髪をかき回されても……」

「……うん、そういうことはいいから」


頬を赤らめにじりにじりと隣にいたパウルの元へ近寄り、頭を夫の胸元にこすり付けるルアナ。

 当のパウルとピエールは盛大な苦笑いで嫁の行動を見送り、アーサーは無視して姉の髪を触り始めた。


「そのまま垂らすと邪魔ですね」

「そうだね、鎧に噛んじゃいそう。いつも通り上げるか編んじゃう?」

「それだと面白味がありません。せっかく着飾っているのですし、何か普段とは違う髪型が……」

「でしたらこうですわ、こう!」


髪型談義を行っていた姉妹に、我に返ったらしきルアナが割り込んだ。

 思わず二人が視線を向けると、そこには。


 ルアナの手によって、髪を左右に括られたパウルの姿があった。


「……えーと」

「ツインテールですわ! ピエール様は背が低く可愛らしい顔立ちなのできっと似合うことでしょう! 髪の長さも丁度いい具合ですわ! 色のあるヘアリボンを足すことで、緑を主とした鎧姿にも彩りが加わります! 例えばこの赤などは如何かしら?」

「あの……ルアナさん、僕でやるのは……」


ルアナが赤いヘアリボンを取り出し、パウルの髪に軽く巻いて見せた。

 パウルは控えめな声で嫁を止めようとしているが、彼女に止める気はないらしい。


「……ツインテール……」


括られたパウルの髪を前にして、発された呟き。

 その呟きは、姉か妹どちらのものだったか。

 それは分からなかったが、どちらが発言主でもおかしくないような表情を、二人はしていた。


 ピエールは悩み、不安。

 彼女はツインテールなど殆どしたことがない。括って上げる時は常に一本だ。

 左右に括って上げるのは普段のポニーテールと比べると非常に女の子らしく、自分には合わないのではないか? という不安と悩みが、彼女の脳裏を過ぎっていた。


 一方のアーサーは。

 非常に単純だ。


「ありですね」


言うやいなやルアナから二本の真っ赤なヘアリボンを受け取り、さっさとピエールの髪を左右に纏めてヘアリボンで括ってしまった。


「え? あれ?」


と言う間に、姉の髪型は見事なツインテールとなっていた。

 鮮やかな茶髪は耳の斜め上辺りで束ねられ、二本の房となっている。

 後髪は全て纏められ、彼女のほっそりとしたうなじが大露わだ。

 髪を纏め上げる真紅のヘアリボンは茶髪にも、緑の服装にもよく似合っており、緑ばかりだった服装に対するささやかなアクセントにもなっていた。


 小さく可憐な、ツインテールの少女騎士。

 憧れの騎士様の真似をして、背伸びをしておもちゃの鎧を身に纏った幼い少女。

 そんなメルヘンチックで可愛らしい、絵本の中から飛び出したような存在がそこにはあった。


「きゃあっ! これ、これはかなりいい感じですわ! ピエール様はやはり小さく顔立ちも幼いから、女の子らしさを前面に出す髪型がよく似合いますわ! アーサー様は如何お思いですの?」

「……あのさ」

「……いい」

「やはりアーサー様もそう思われまして? ですわよね!」

「ねえってば……」


大盛り上がりのルアナ。

 口数少ないものの、非常に満足げなアーサー。

 全く付いていけないピエール。


「……はい、ピエールさん」

「あ、これはどうも……」


同じく付いていけない、だが嫁の暴走に慣れた雰囲気のパウルに横から手鏡を差し出され、ピエールは妙に親近感を覚えながらも鏡を受け取った。

 水色の金属を極限まで磨き上げ表面処理を施した水色の金属鏡に、ツインテールヘアの自分の姿が映る。


「……なんか子供っぽくない?」

「何言ってるんですかそれがいいんですよ」

「いやよく考えて? 私アーサーより年上だよ? お姉ちゃんだよ?」

「大丈夫ですわ、初対面の人間なら誰が見てもピエール様を姉だとは思いませんもの。確実に妹ですわ」

「そうですね、確かに姉さんは定期的に妹に間違えられます。……ねえピエール? アーサーお姉様って言ってみてくれませんか?」

「……」


最後の一言はいやに小馬鹿にするような口調で告げられ、ピエールは無言のまま目を細め歯を剥き出しにした、威嚇の表情でアーサーに応えた。

 周囲に他人がいるので笑顔までは見せなかったが、それでも微笑む寸前というほどの柔らかい表情を見せるアーサー。


「冗談は程々にして。姉さんの髪はそれでいいでしょう。鎧に噛まなくなる位置になりましたし」

「次はアーサー様ですわね。アーサー様はそれこそポニーテールか編み上げでよろしいのではないでしょうか? アーサー様は大人びて見えますし、それらしい髪型が」

「ツインテにしよう」

「いいので……えっ?」


ルアナの発言の間に割り込んだピエールの言葉によって、場が凍り付いた。

 ルアナとアーサーが驚き振り向く中、ピエールは一人眉を釣り上げ、満面の怒り笑顔で立ち上がっていた。

 結われたばかりの二つの房の先端が、ふるふると震えている。


「アーサーもツインテールにしよう。ツインテール鎧姉妹。これで行こう」

「……い、いえ姉さん、流石に私にその髪型は」

「何言っちゃってんの? 私に似合うのに私より年下のアーサーに似合わない訳ないじゃん?」

「……」


す、と後ずさりその場から離れようとするアーサーに、豹が獲物に迫るかのような静かで鋭い踏み込みで追い縋るピエール。

 数メートルは開いていた距離が一瞬で詰められ、アーサーの手甲越しの手首が掴み取られた。

 パウル、ルアナ夫妻には軌跡を視認するのも難しい速度だ。

 改めて、彼女たち姉妹の身体能力の高さは確かなものだと実感する夫妻。


「姉さん、私は普通の髪型でいいですから」

「ツインテールも普通の髪型でしょ? まさか私の髪を普通じゃない髪型にした、なんて言わないよね?」


思わず口ごもった妹に、久々に主導権を握れた姉が少し嫌味な満面の笑みを見せた。


「アーサーはそりゃ口が立つ方だし、そんなアーサー相手だとそりゃ私もさ、いつも口じゃ負けちゃうけどさ。でもさ、バランスってあるよね? やったらやり返されるよね? ……ツインテールにしたら、ツインテールにされ返されるよね?」

「わ、分かりました、姉さんも、姉さんもそのツインテールを解いて別の髪型にしましょう、だから」

「いやいいよ、子供っぽいとは思うけど確かに新鮮だし、それにアーサーも私の髪気に入ってくれてるみたいだし」


だからね。

 そう繋げて、ピエールがにっこり笑う。

 比例するようにアーサーの顔が引きつる。


「お揃いにしようね?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] > ツインテールにしたら、ツインテールにされ返されるよね? 今まで読んだ本とか全部合わせても、この言葉は見たことないです! 外なのに笑いそうになりましたわー
[良い点] 「アーサーはそりゃ口が立つ方だし、そんなアーサー相手だとそりゃ私もさ、いつも口じゃ負けちゃうけどさ。でもさ、バランスってあるよね? やったらやり返されるよね? ……ツインテールにしたら、ツ…
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