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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
98/181

03

 一通り契約も済み、夫妻が作り置きの軽食による昼食を終えた後。

 昼からは特に用事のない姉妹は、パウル夫妻によって明日から使う装備の選別に入った。

 一旦店を閉め、店内のスペースで四人は向かい合う。


「まずは武器かな? 二人とも、得意な……」

「お待ちくださいまし」


まず口火を切ろうとしたのはパウルだったが、ルアナによって半ばで割り込まれ霧散した。

 口を閉ざしたパウルが嫁の顔を窺うと、ルアナは顎に手を当て、真剣な顔で姉妹を見つめている。


「……ルアナさん?」


パウルの問いかけにすらろくに応えず、ルアナはぱたぱたと歩を進め、姉妹の顔を至近距離から眺めた。

 笑顔のまま戸惑いを浮かべるピエールと、無表情のまま見返すアーサー。


「やはりそうですわ。見れば見るほど冒険者とは、武器を振るう前衛とは思えません。これならわたくしの思い描く、アレが出来そうですわね」

「ルアナちゃん、アレって?」

「お二人とも、お好みの色はあるかしら?」

「えっ? えーっと、そうだなあ……鮮やかな淡い緑とか、青色とか、かな」

「アーサー様は?」

「色の好みは私も姉さんも同じです。強いて言うならば姉さんが緑、私が青」

「丁度両方ありますわね。それに……少し、失礼致します」


考え事に没頭しているルアナが、何やらぶつぶつ呟きながらもアーサーの手を取った。

 そのまま、腕の長さや背丈、股下などを採寸していく。

 ピエールは突然の採寸に驚き、アーサーが乱暴に抵抗するのではないかと身を強張らせる。

 しかし意外にもアーサーはされるがままだ。

 やがて、ルアナの手はアーサーの胸元へ。


「あら? アーサー様、あなた何か着てますわね?」

「姉さんも私も服の下に胸当てを着ています。これは外すつもりも表に出すつもりも無いので、そのつもりで考えて下さい」

「胴防具が二重になりますけれど、構いませんの?」

「重量次第ですが問題ありません」

「分かりましたわ」


会話の最中にも、ルアナの暫定的な採寸は進む。

 やがて採寸の手はアーサーから姉に移り、ルアナは真剣な顔でピエールへとまとわり付いた。


「ちょっとルアナちゃん、くすぐったい」

「やはりピエール様は少し小さいですわね……」

「うわ、一日に小さいって二回も言われた、しかも両方女の子に」

「姉さんは実際、女性にしては小さめですよ」

「うー、そうかなあ……」

「発育不良というほど極端ではなく、あくまで同年代の中で低いだけですから。気にする必要はありません」

「そう言われても、気になるものはなる……」


話している間に、ピエールの採寸も一通り完了した。

 ルアナが姉妹から離れ、誰に向けるでもなく一人頷く。


「暫しお待ちくださいまし」

「あっ、ルアナさんっ」


そして、一人店内から奥へと小走りで駆けて行った。

 残された姉妹とパウル。

 ピエールとパウルは完全に話の流れに置いて行かれた格好であり、アーサーだけが何やら察している様子だった。


「えーっと……どういうこと?」

「なんだかすみません、ルアナさんは一度夢中になると周りが見えなくなるもので……。多分、先に防具の方を見繕うつもりなんだと思います」

「防具……でもここにあるよね?」

「ですよね……一体これは」

「お待たせ致しましたわ!」


勢い良く押し開けられた扉。

 三人が視線を向けると、胸元を青と緑に染めたルアナが戻ってきていた。

 遅れてから、それが両腕で抱えた布の塊だと気づく妹を除く二人。


「お二人とも、まずはこれを着てくださいまし! ピエール様の方は丈が余るでしょうけれど、着て頂いた後に合わせますわ!」


店内に戻ってきたルアナが、ぱたぱたと歩み寄り胸元に抱えた淡い薄緑の布の塊をピエールへ、同じく淡い水色の塊をアーサーへと押しつけた。

 受け取った二人が布を広げる。


 それは、手首足首ほどまで丈のある、豪勢なロングドレスであった。


「うわ……」

「……ル、ルアナさんっ、それ! ルアナさんが実家から持ってきたドレスじゃないかっ!」


姉妹が広げたことでようやく気づいたパウルが、目を見開いて声を荒げた。

 しかしルアナはどこ吹く風だ。

 にんまり笑顔を浮かべて、パウルに身体を寄せる。


「うふふ、そうですわ。きっとお二人にも似合うと思いますの」

「いやいやいや、ルアナさん、分かっているのかい! 彼女たちは冒険者なんだ、彼女たちがあれを着て活動するってことは」

「わたくしはちゃあんと分かっておりますわ。持って来たはいいものの、全く使い道の無い箪笥の肥やし。死蔵するよりもこうして活用した方がいいに決まってます。……それに、パウルさんのお気に入りは黒と桃でしょう? あれは置いてありますから、また今度、ね?」

「い、いや、そういうことじゃなくてね……」

「ほらほら、わたくしたちがいたらお二人が着替えられないでしょう? 行きましょう、パウルさん」


未だ納得いかないパウルと強引に腕を組み、ルアナはさっさと店内を出て行ってしまった。

 去り際に、姉妹二人にウィンクをしてから。


 残された姉妹。

 ピエールが、当惑の滲みきった顔で隣を見やる。

 そこには、にんまりと満面の笑顔を浮かべた妹がいた。


「アーサー……?」

「これは想像以上ですね。愉快なことになりそうで何より」

「……いやいや、いやいやいやちょっと待って!」


ドレスを広げ調べてから床に置くと、てきぱきと身につけていた茶一色の装備を外し始めたアーサー。

 ピエールはまだ納得がいかないようで、ドレスをひとまず床に置いてからアーサーへと迫った。


「私全然理解が追いつかないんだけど! このドレス何? なんでこれ着ることになってるの? 私たちが宣伝するのは武具でしょ? なんで?」


まくし立てるようなピエールの問い詰めに、アーサーは他人がいる時には絶対に見せないであろう、満開の、しかし少し意地の悪い笑顔で笑いかけた。


「姉さん、何故あのルアナという女は私たちを見て宣伝要員としての起用を思い立ったのでしょう?」

「え? それは……私たちが、そこそこ腕の立つ……女の前衛、だから?」

「その通り。では何故女の前衛が良かったのか? 男の前衛に存在しない利点は?」

「利点……」


ピエールが悩んでいる間に、アーサーはあっさりと身に纏う衣服を脱ぎ捨てていた。

 常に衣服によって隠れている為全く日焼けしていない真っ白な肌、筋肉による隆起の少ない、均整が取れる極限まで引き締まった女性の手足、地味な下着、眩しい白銀に輝く極めて上質な金属製の胸当て、が露わになる。

 勿論それは一瞬だけのことで、直後には渡されていたドレスに袖を通していた。

 一応コルセットが存在するものの健康体そのものの彼女の身体はきつく締めつける必要などどこにも無く、紐を軽く締めるだけで身体にフィットする。胸当てを加味して丁度ぴったり、というところ。

 アーサーとルアナには多少身長差があったが、問題無く着れる範疇だ。

 強いて言うならば、腰回りはそれなりにゆとりがあった。ドレスのデザインも体型、特に下半身の輪郭を隠す為の支えが入った、裾周りにボリュームのある形だ。

 明らかに旅路に向いた格好ではないが、舞踏会で踊る時などのことも考えられているのか動きやすさ自体はさほど悪い訳でもない。


「姉さん、背中締めてください」

「え、あ、うん」


未だに考え続けていたピエールだったが、アーサーに急かされ戸惑いながらも背中の紐を締めて結んだ。

 意外に手慣れている。


「……男に存在しない利点ですが」

「うん」

「華やかさですよ」


ドレスを着終えたアーサーが、微笑みながらその場でくるりと一回りした。

 遠心力で空気を()んでふわりと舞い上がる空色の裾と、一本の三つ編みお下げ。

 一回転したアーサーは裾をつまみ、姉へ向けて笑顔で恭しく一礼。

 その様はどこまでも優雅で。

 床に畳んで纏められた茶褐色の衣服の塊とは雲泥の差で。

 土埃に薄汚れた冒険者などではない、品と風格を備えた一角(ひとかど)の令嬢の姿がそこにはあった。


「宣伝というからには人の目を引かなければ意味がありません。ではどうやって人の目を引くか」

「その答えが、これ?」

「流石にこのようなドレスまで持ち出してくるのは意外でした。ですが、この上から武具を装備して組合に行けば注目の的になるのは間違いありません」

「それは、まあ、色んな意味で……」


ドレス姿で組合に行くことを想像し、ピエールは苦々しい顔で頬を掻く。

 一方のアーサーはまだ溢れんばかりの笑顔だ。

 にまにまと破顔したまま、自身の頬を両手で抱えている。

 普段のアーサーからは想像も出来ない上機嫌ぶりだ。

 とはいえ姉にとっては、見慣れた光景でもあるのだが。


「はあ、こんなドレスを着るのはいつぶりでしょう。これで暫くは小汚い旅格好とおさらばですよ」

「……そんな格好で防具まで装備して、本当に外出るの?」

「この土地なら日を跨がず、ドレス姿でも活動出来る場所がいくらでもありますからね。日帰りならば荷物も少なくて済みますし、多少の防具を着る余裕はあります。それに何より、金を出して買う訳ではなく必要ならすぐ普段着に戻れる。ああ、無償で着飾れることの何たる有り難み」

「……ケチの国のお姫様」

「ふふ、そうですよ。今の私はお姫様です」


苦し紛れの皮肉も笑顔で肯定され、ピエールは今度こそ嫌そうに顔をしかめた。

 そんな姉の元へ、笑顔で迫るアーサー。


「勿論今から姉さんも、お姫様になるんですよ?」

「い、嫌だ、私そういうヒラヒラしてフリフリした、邪魔そうな服嫌い」

「大丈夫ですよ。姉さんもきっと似合います。それに何だかんだ言って姉さんもこの手の服は着慣れているでしょう?」

「そりゃあ何かあるたび皆に無理矢理着せられてたからね! でも嫌なものは嫌!」

「残念ですが姉さんに拒否権はありません。これも仕事です。これを着ていつも通り活動するだけで、金と武器二本が追加で貰える。これほど割のいい仕事はありません」

「むー……!」


苦し紛れに鳴いて抵抗するが勿論アーサーに効果など無く、ピエールも諦めて装備を外した。

 妹と比べると幾分子供っぽい体型と柔らかそうな肌、そしてやはり鏡のように煌めく銀色の金属の胸当てが露わになる。

 衣服を脱いだピエールは薄緑のドレスに袖を通し、アーサーが背中の紐を締める。


「……背嚢背負ってるよりずっと身体が鈍く感じる」

「流石に丈が合っていませんね。でもよく似合ってますよ。姉さんだってお澄まししていれば可愛いんですから、たまにはそういう格好もして見せてください」


薄緑のドレスを着終えたピエールが、なんとも居心地悪そうに自身の身体を見下ろした。

 袖は余っていて指先くらいしか覗いていないし、裾は直立していても地面に付いて尚余りある。肩も胴もぶかぶかだ。

 本人の表情も不満一色。


 だというのに、じんわりと滲み出る品格のようなものが彼女にはあった。

 隠そうとしても隠しきれない品の良さが、奥底に確かに備わる根本的な育ちの良さが、普段の茶褐色の旅格好では窺えなかったものが、ドレス姿となったピエールの姿に現れていた。


「ふふふふふ……」


 アーサーがそんな姉の姿を見て、今度は悪戯っ気の一切無い、心からの晴れやかな笑顔を浮かべた。


「お二人とも、着替えは終わりましたか?」


が、妹の貴重な笑顔は近づいてきたルアナの気配によって一瞬で消失する。

 すとんと無表情になったアーサーが着替えたことを告げると、パウルとルアナが店内へと戻ってきた。


「あらあら、まあまあまあ!」


姉妹のドレス姿を視界に納めたルアナは、喜色満面で駆け寄った。

 並んで立つ二人の周りをくるくる回りながら、全方向から姉妹を眺める。

 アーサーは平然としていたが、ピエールはどうにも気恥ずかしげに身体をくねらせていた。


「は、恥ずかしい」

「何を言っているんですか、明日からはこれで外に出るんですよ。堂々としてください」

「うああ……」


本人が呻くのをよそに、ルアナがピエールの着ている薄緑のドレスの調整に入った。

 木製のクリップや紐を大量に使い、ドレス各所の余りを調整しながら固定している。


「姉さんの裾はもっと上げて下さい。膝まで」

「あまり上げると美しくありませんわ」

「姉さんはドレスを着て激しく動くことに慣れていないので長いと身のこなしに支障が出ます。そこは妥協出来ません」

「仕方ありませんわね」

「むしろ腰くらいまでぜーんぶ上げちゃって欲しいんだけど……下には別に穿くからさ……」


ピエールの発言は当たり前のように無視され、やがてドレスの調整が終わった。

 距離を取り、少し離れてクリップまみれになったドレスを眺めるルアナ。

 問題が無いことを確認し、満足げに頷いた。


「これでいいですわ。さあ、パウルさん! 次はお二人に似合う防具ですわよ!」

「やっとかい。二人とも、申し訳ない。ルアナさんはこういう所結構凝り性なんだ」

「いえ」

「本当に"いえ"だよもう。アーサーさっきまでニッコニコの笑顔で私のこと見てたからね。内心一番喜んでるよこの子」


ピエールが唇を尖らせ、横目で妹を睨む。

 アーサーの表情は少しも揺るがない。

 が、これは本当に何も感じていないのではなく、意識して無表情に押さえている時の顔だ。

 ピエールは不満そうな顔を崩すことなく、だが少しだけ溜飲の下がった面持ちで、視線を防具を選ぶ夫妻に戻した。


「アーサー様は水色のドレスなので、シンプルな色のものを主に合わせようと思いますの」

「それなら鋼鉄(はがね)かな。在庫もいっぱいあるし、基本だから回りにも出来を見せたい。あとは七色華鉱が店頭に……」

「店頭に陳列してある七色華鉱の鎧は磨き過ぎで光を反射して目立つので止めて下さい」

「あー、そうか。光沢が強いと光を反射して悪目立ちするから、磨き過ぎるなって師匠言ってたのか。理由もちゃんと聞いておけば良かったなあ」

「でも七色華鉱は出来る限り艶々にした方が濡れたような質感や七色の輝きが映えて美しいと思いますの……」

「武具は命を預ける道具だから、実用性を重視しないとだね。せっかくルアナさんが磨いてくれたのに勿体ないけど、磨いた七色華鉱は今度加工し直そう」

「お手伝い致しますわ」

「うん、ありがとうルアナさん」

「わたくしの方こそ至らなくて、申し訳ないですわ……」

「そんなことないよ、ルアナさんはいつも良くやってくれてる。僕なんかには勿体ないくらいだ」

「パウルさん……」

「ルアナさん……」


互いに頬を赤らめ、手を合わせて見つめ合うパウルとルアナ。


「……まーた二人の世界作っちゃってる」


ピエールがぼそりと呟いた。



   :   :



「さあ、完成ですわ!」


パウル夫妻が防具の選定を始めてからおよそ二時間。

 ようやく姉妹の防具が整った。


 ピエールは薄緑のドレスに合わせ、緑を基調とした防具だ。

 肩から腰までの軽鎧、ドレスの裾部分を覆う腰当。

 これらは黒緑と言うべき、深い苔色の金属。

 羽黒緑(はねぐろみどり)という名前で、名前の由来でもある羽のような軽さに加え、強度も高い水準で兼ね備えた金属だ。

 加工も簡単で弱い熱の呪文でも加工出来るのだが、つまるところ耐熱性が低く直火で炙られるとすぐに軟化、下手をすると溶けたり金属なのに燃えてしまう。また耐酸性も低く、腐蝕性の物質に対しても脆いという欠点も併せ持っている。雨や土で汚れた際は、念入りに手入れしなければすぐに錆びてしまうだろう。

 利便性は高いが、さりとて万能という訳でもない一長一短の素材だ。


 残る腕部と靴は彩度が低い灰がかったような薄緑色の、竜鱗石という金属。

 こちらは鋼鉄と同程度の重量、強度に加え、耐酸性、耐熱性が非常に強いという羽黒緑とは対照的な特性を有している。

 耐熱性の高さは加工難度にも繋がり、強力な熱の呪文を扱えなければ溶解はおろか叩いて形を変えられる柔らかさにするのも難しい。

 竜鱗石を加工出来るのは、武具屋としての腕前の証の一つと言えよう。

 その緑灰色の金属で、指を除いた両手から肩までと、靴の表面、前後を覆っている。


 アーサーは水色のドレスに、防具は鋼鉄一色だ。

 装備の部位は腕部、軽鎧、腰当、足、と姉と同じ。

 だが姉と比べるといくらか軽装で、腕は肘から先のみ、足は前面のみ鋼鉄を当てた一般的な革靴だ。

 とはいえピエールの方は背が低い上にドレスの裾が短くどうにも軽い雰囲気が否めないのに対し、こちらは背が高く表情も鋭く、一角のお嬢様がそのまま鎧騎士に昇格したかのような、確かな風格を醸し出していた。

 とはいえ、戦闘力に関しては正反対だが。


   :   :


「んー、いい具合ですわ」

「確かに、よく似合っているね」


ドレス鎧一式を身につけた二人を眺めながら、ルアナが満足げに言う。

 隣のパウルも、予想以上に様になっている二人の姿に静かな感嘆を露わにしていた。


羽黒(はねぐろ)もそこそこ軽いなー、上着より軽いくらい。でも手足が竜鱗石だからちょっとだけ重いや。アーサーはどう?」

「少し重いですね。とはいえ、重心も分散していますし寝具や食糧を積んだ背嚢に比べればずっと軽い。活動に支障は無さそうです」

「えー、そう? 下そんなに長いのに」

「ドレス姿で動くのは慣れですよ。姉さんは慣れていないから気になるだけです。……やはりもう少し丈長くしましょうか? 姉さんも慣れ」

「それはいいや」


上から被せるように断られ、アーサーは笑いこそしなかったが雰囲気を緩めて隣の姉を見つめた。

 美しく武装した姉の姿を、内心感慨深く眺める。


「うーん、こう武装すると兜が欲しくなる。頭全体覆う格好いい奴」

「顔を覆ってしまうと目や耳が鈍くなりますし、女性である意味が無くなります。今回は止めておきましょう」

「ちぇっ、兜欲しいのになー。がちっとした騎士兜。でもしょうがないか」

「さてさて!」


武装したお互いの姿を暫し眺め合っていた姉妹だったが、ルアナが声を張り上げ話を切り出したことで視線を前へ向けた。


「これで防具は揃いましたわね。次は武器ですわ! 見たところアーサー様は片手用の剣を用いているご様子! であれば是非こちらを!」


得意げな顔で言いながら、ルアナが掲げたのは。

 店内に入った姉妹が最初に目撃した、花の形の剣であった。

 姉妹の顔が揃って険しくなる。


「いかがです? この剣、可愛らしいと思いませんこと? わたくしが考案した、女性の方の為の剣。やはり女性であれば、武器でも可愛らしい物がいいですわよね? その為にこういった装飾をあしらったのですわ。あっ、勿論ピエール様の分もありますのよ? 是非手に」

「いらない」


ルアナの手から剣が滑り落ちた。

 鞘に納められた花の剣が、虚しく床に転がる。


「パウル」

「……な、何かな、アーサーさん」


アーサーの視線がパウルに向いた。

 その恐ろしく冷たい視線に、思わずたじろぎ半歩後ずさりするパウル。


「あの武具屋にまるで似合わない不愉快な吊り看板と、店頭に纏めてある不快で奇怪な装飾の武具の数々。あれらはルアナが提案したものですか?」

「え、あ、ああ、はい……そうです。世の中には、女性が気に入るような可愛い武器が少しくらいあった方がいい、って……でも、君たちは」

「即刻止めさせてください。私は店内に入る以前にあの看板を見て引き返そうかと思いましたし、店内に入ってあの奇怪な武具を見た時も姉さんに止められなければ帰っていました。店の不人気の一端を確実に担っています」

「……そ、そんなに……? だ、だって、可愛らしいじゃありませんの……?」

「限度があります」

「……」

「残念だけど、私も同意見かな……」


アーサーに一刀両断されたルアナは縋るような視線をピエールに向けたが、彼女も苦み八笑み二の苦笑いで妹に同調し、ルアナはしょんぼりした顔で項垂れた。

 彼女の縦ロールまでもが、まるで気落ちしているかのように力なく垂れ下がっていた。



   :   :



 その後。

 姉妹は使用する武器も見繕い一式の装備を整えると、それらを全て脱ぎ普段通りの茶一色の格好に戻り、武具店を後にした。

 活動は明日からなので、それまでは装備を受け取っても仕方がない。それに、ピエールのドレスは丈を調整する必要がある。裾の内側にある支えも含めた大規模な調整なので簡単には終わらない仕事だ。

 今は夫妻が必死で、慣れない針仕事に精を出していることだろう。


 明日から、姉妹の鎧姿での活動が始まるのだ。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 珍しく機嫌が良いのが丸わかりのアーサー和みますー良かったねえ!
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