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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
97/181

02

「お待たせ致しました」


店の奥。応接室らしき一室まで誘われた二人は、巻き髪お嬢様店員ことルアナに茶を出されていた。

 アーサーが感情の窺い知れぬ無表情のまま、カップを手に取り舌先だけを湿らせた。

 隣でもピエールが、一口茶を口に含んでいる。

 毒物や薬品の類は仕込まれていないようだったが、淹れ方が下手なのか茶葉が悪いのか単純に美味しくない。

 ピエールも最終的に三分の一ほどしか口にせず、アーサーなどは舌を付けた以降カップにも触れようとしない。


「えーっと。……ルアナ様、なのかな? そう呼んだ方がいい?」

「いえ、今のわたくしはただのルアナ。ですので気兼ねせずお好きなように呼んでくださいまし」

「うん。分かった。ルアナちゃんね」


ピエールがそう呼ぶと、ルアナは縦ロールを揺らし優雅に微笑んだ。

 その笑みはやはり上品で、お嬢様と呼ぶに相応しい笑顔だ。


「それで、さっきの話の続きだけど」

「一から詳しくお話し致しますわ」


こほん、と咳払いをしてから、ルアナは語り始めた。


 パウル武具店。

 今まで一軒しか武具屋が無かったロールシェルトに、つい最近新しく出来た二軒目の武具屋である。

 店主の名はパウル。元々唯一の武具屋であったマリウス武具店の店主、マリウスの元で修行を修めた一番弟子だ。


 しかしこのパウル武具店。

 開店したはいいものの、どうにも人気が奮わない。

 どうしても師であるマリウスと比べると質で劣るからなのか、客の入りは少ない。

 そもそも悲しいことに、開店当初から客の入りは非常にまばら。

 控えめに言っても、幸先は明るくはなかった。


「市井でのこの店の評判は、半人前の武具屋もどき、というものが殆どですの。……けれど、わたくしはそうは思いませんわ。確かにパウルさんの作品が師であるマリウス様の作品に比べると劣るのは事実。ですが半人前などと! そこまで劣っているとはわたくしは思いません!」


握った拳を思いの外力強く空に振り上げ、ルアナは語気強く語った。

 その熱の籠もりように、ピエールは若干目を丸くしている。

 アーサーはいつも通り無表情だ。

 ただ黙って、ルアナを観察している。


「皆、パウルさんの武具の出来を知らないのがいけないのです。知って頂ければ、決して半人前などではない、と分かって頂ける筈。ですので、どなたかにパウルさんの武具を大々的に扱って頂き、冒険者組合などで宣伝を行って貰えれば、と考えていましたの。……そこへ、あなた方が現れた」


瞳に星が散りそうなほど熱を込め、ルアナはピエールの両手を包み込むように握った。

 意外に、あまりきめの細かい手先ではない。手指はお嬢様ではなく作業着に似合った、よく使われた手であった。

 治癒の呪文の心得があれば荒れた手もすぐに治せるのだが、使えないのか治す魔力も惜しいのか。


「あの使い込まれた武器と、素振りを見て分かりましたわ。あなた方、その麗しい見目を持ちながら実際はとてもお強いのでしょう? その見目と強さ、宣伝にはピッタリだと思いますの」


……ですから。


 そう付け加え、ルアナは真っ直ぐ二人を見つめる。


「わたくしに、協力してくださいませんか?」


改めて告げられた言葉。

 ピエールはちらりと、視線を隣の妹へと向けた。

 アーサーはやはり一貫して無表情のまま、やおら口を開く。


「一つ目。金銭の問題。無償で協力するつもりはありません。かといって、あなたの説明通りならこの店に余計な人員を雇う金があるとは思えませんが」

「ええ、その通りですわ。ですので、謝礼はわたくしの個人的な蓄えからお出し致します」

「二つ目。我々はまだ店の武具を詳しく確認した訳ではありません。もしも実際の質が評判通りなら宣伝しても無意味でしょうし、そのような半人前の武具を使用するつもりはありません」

「その時は断って頂いて構いませんわ。ですがそのようなことにはならないと、わたくしは確信しております」

「三つ目。話は店主本人を交えて行うべきでしょう」

「パウルさんは今作業中で手が離せませんの。もうじき一段落着く筈ですので、合流して貰いますわ」

「四つ目。その口調と立ち振る舞いに、胸元から覗く藍銀の首飾り。藍銀は呪文の補助に用いる、非常に高価な素材。ただの武具屋の店員が身に付けられるような品ではない。……あなたの素性は? あなたはこの店の、何ですか?」


それまでアーサーの質問にすらすら答えていたルアナだったが、最後の質問を投げかけられるとわずかに視線を横に逸らした。

 やや伏し目がちに、言葉を言い掛けているのか口元をもごつかせる。


 一見すると、何か後ろめたいことがあるようにも見える。

 しかし姉妹には一目瞭然であった。

 ルアナの心にあるのは、後ろめたさとは全く別の感情だと。

 少しの間目を逸らしていたルアナだったが、やがて。


「……わたくしの今までの名前は、ルアナ・ラフェニア・ネリリエル。ロールシェルトを含むこのネリリエル地方一帯を治める、ネリリエル家の長女ですわ。……でもそれは昔のこと。今のわたくしはただのルアナ」


ルアナはぽっ、と頬を赤らめる。


「……パウルさんの、お嫁さんですわ」


ルアナが視線を逸らしたのは、ただの惚気の前振りだった。



   :   :



「ルアナさん、一段落したからお昼ご飯にしよう? 何でこの部屋に……うん?」


応接室に、一人の男が入ってきた。

 三十手前ほどの男で、焦げ茶の髪は少し長く、前髪は目にぎりぎりかからない程度。

 背丈も体型も人並。特徴らしい特徴と言えば、やや痩けて見える頬には髭が一切無く、つるりとしていることくらいだ。

 顔立ちは人が良く優しそうだが、一方気弱で軟弱そうな印象も目立つ。

 単刀直入に言えば、冴えない雰囲気の男だった。


 彼の名前はパウル。

 パウル武具店の店主にして、お嬢様店員ルアナの旦那である。


「ああっ、パウルさんっ!」


応接室に入ってきたパウルを一目見るなり、ルアナは席から立ち上がりパウルへ飛びついた。

 自身の胸に飛び込んでくる金髪縦ロールを、驚きつつも受け止めるパウル。

 照れの無い平然とした受け止め方には、日常的に抱き合ってるという事実を窺わせる。


「ルアナさん、僕今手汚れてるから。あとこの人たちは?」

「構いませんわ、一仕事終えた後の美しい汚れですもの。さ、力強く抱き返してくださいまし。……それから、こちらの二人は先ほど店に来たお客様。"宣伝"して頂けそうな方たちですわ」

「宣伝って、ルアナさん本当にやる気だったのかい……?」


結局諦めたのか油と金属粉で汚れた手でルアナを抱き返しながら、パウルは姉妹に視線を向けた。

 わずかなニヤつきと当惑が混じった複雑な笑顔で手を振るピエールと、微かな目礼のみを行うアーサー。


「……ああ、ええと、こんにちは。パウルです。この武具屋の……ちょっと、ルアナさん。挨拶するから離れて」


姉妹に挨拶しかけたパウルが、途中で言葉を止めてルアナに呼びかけた。

 名残惜しげに離れるルアナ。


 かと思えば、姉妹の対面の席に着いたパウルの、すぐ隣に身体を密着させるようにぴたりと座った。

 上機嫌な飼い猫のように身体を擦り寄せている。


「……改めまして。こんにちは、パウルです。この武具屋の店主をやっています。お二人は?」


二人が名乗ると、パウルは驚きで少し瞼を持ち上げた。

 今まで名前を尋ねていなかった為、ルアナも同様だ。


「……もしかして、おと」

「女です」

「あ、そ、そうなんですか。すみません」


堅く圧のある声音でアーサーが割り込むと、少し気後れした様子でパウルは返した。

 一瞬たじろいでしまうパウルの代わりに、ルアナが話を引き継ぐ。


「お二人はこれだけ見目麗しい女性なのに、どうやら冒険者として相応の実力を持っているようなのです。……お二人とも、腰の武器をパウルさんに見せてあげて頂けませんか?」


頷いた二人が、腰の鞘から武器を抜いて机の上に乗せた。

 気圧されていたパウルだったが、武器を見てさっと顔色を変える。


「……これは……」


パウルは一転して真剣な顔で、身を乗り出して二人の出した武器を眺める。


「よく使っているね。念入りに手入れをして大事に使ってきたのが分かるよ。……これ、どれくらい使っていたのかい?」

「三ヶ月です」

「三ヶ月? 嘘だろう、ここまでの劣化、少なくとも年単位で……」


半ばで言葉を止め、パウルは口元に手を当て一唸り。

 ちなみにパウルが武器を観察する一連の間、ルアナは武器には一目もくれず、パウルの真剣な顔だけを眺めていた。

 それも相当うっとりした表情で。


 暫く何やら考えていたパウルだったが、やがて視線を武器から外し二人へ戻した。

 彼は隣からの視線と表情には気づかないままだ。


「……ちなみに今日は?」

「西部の森に出て薬草採取と、槍鹿を一頭仕留めました。組合で尋ねれば活動の裏付けは取れる筈です」

「なるほど。……確かに君たちは、十分な実力を持っているのかもしれないね。君たちみたいな人にうちの武具を使って貰えれば、宣伝効果は十分にあると思う」

「ではパウルさん」

「でも……本当にいいのルアナさん? 報酬は……」

「構いませんわ。元々父から無理矢理押しつけられたお金ですもの。パウルさんの為なら……」

「ルアナさん……」

「パウルさん……」


互いの名を呼び合い、花が咲きそうな桃色の空間を作り始める二人。

 アーサーが黙って恐ろしく冷たい眼差しでそれを眺め、ピエールが"もうちょっと優しい目つきしてあげなよ"と表情だけで妹を諫めていた。


 ピエールが視線で妹を宥めつつも、小声で問いかける。


「……アーサー、なんかやる気みたいだけど、いいの?」

「条件次第ですが、こちらが責を負う話ではありませんからね。それに久しぶりの楽しみが出来そうですよ、これは」

「……楽しみ?」


訝しげな顔で聞き返したが、アーサーはそれ以上語ることはなく。

 ピエールの顔に、若干の疑念が滲んだ。



   :   :



 その後。

 改めて武具を検分したが、やはり高品質とまではいかないものの、最低限実用に耐えうる出来であることを確認した姉妹。

 アーサーと夫妻の静かに激しい交渉と、ピエールの合間合間の大欠伸と伸びと頬杖によって、細かい条件が詰められた。


 期間は姉妹が町を発つ二十六日後まで。

 期間中姉妹は夫妻と相談の上パウル武具店で用意した装備を身につけ、冒険者として活動する。

 装備は無償の貸与とする。ただし矢弾などの消耗品を扱う場合や、早過ぎるペースで武具を破損した場合は別とする。

 期間中姉妹は、パウル武具店の宣伝を適切に行う。

 他、パウル武具店の印象を向上させる為の活動を、夫妻と相談の上適宜行う。

 報酬は契約完遂で千二百ゴールド。加えて、姉妹二人にそれぞれ一本ずつ武器を作成、進呈。


 他、いくつかの雑多な事柄を合わせ、以上の条件で姉妹はパウル武具店と契約を交わすこととなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルアナさんのこだわりなのかもしれないけど、武具使ってもらうには買ってもらうために店に入ってもらわなきゃだから… 看板を何か変更した方がーとか!もう夫婦で色々話したんでしょうけども。 こだわ…
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