21
涙石の品評も終わり、ルミの元から去る時がやって来た。
一応は、例の三つを除いた全ての失敗作を貰える約束になっている。
しかし"垂れ流し"などは所持して帰るのは不可能に近く、そもそも三人に全ての石を持ち帰れるほどの荷物の余裕は無い。
故にここから更に持って帰るべき涙石の選別が始まるのだが。
「これで決まっ……いや、この紫と黄色変えるべきかしら……でも……」
とリッチーが延々悩み続け、放っておけば半日どころか丸一日時間を潰すのではという有様であった。
最終的にアーサーが介入し多少強引に石の選別を行い、持ち帰るべき石たちは姉妹の荷物へ分割して納められた。
惜しくも"透視"はルミの元に残り、"垂れ流し"は持ち帰ることが出来ず、"呪い除け"は貰ったはいいものの下層ではまず効力付きの石と認識されない。
結局有用な効力付きは一つも得られなかったが、それでも魔力の塊の如き魔法石の山。全て売り払えば数十万ゴールドは堅い。売り方次第では百万すら越えるだろう。
宝探しの名に恥じない、十分過ぎる稼ぎ。
リッチーが冊子から嗅ぎ取った宝の匂いは、確かなものだったのだ。
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「二日捨てに来なかった程度で騒がしい。私は毎日の餌やり契約などしたつもりはないぞ」
忌々しげに言い、ルミは四文字の呪文を唱えた。
その途端、四人の進路を塞ぐように陣取っていた地獄の禿鷲が頭上へ向け天高く黄色い鳴き声を発し、踊り狂いながらその隣にいた黒い霧の主へ飛び込んでいった。
黒い霧の主は突然の横やりに驚き戸惑い地獄の禿鷲を振り払おうとするが、頭だけを狂ったようにぐるんぐるん振り乱す地獄の禿鷲は渾身の力で黒い霧の主に掴みかかったまま彼方へ揉み合い消えていく。
続けてルミが呪文を唱える度、四人へ群がっていた巨鳥の魔物たちは昏睡して倒れ伏し、錯乱して隣の魔物に襲いかかり、一直線に彼方へ吹き飛ばされていく。
じきに四人に立ちはだかる魔物はいなくなり、四人の周囲にはうら寂しき凍原が広がるのみとなった。
「……怖ぁ。ルミちゃんが来てくれててよかった」
「ありがとうございます、三人だけで外へ出ていたら全員丸飲みにされて終わるところでした」
「構わない。せっかくの来訪者を魔物の腹の中へ送って終わらせるのは忍びないし、通路の補修もしに行かねばならないからな」
ルミは事も無げに言い、四人は再び凍原を進む。
ルミが同行しているのは三人の見送り兼、穴の空いていた滝の裏の通路の補修だ。
やはりあの通路は、ルミが呪文によって保護していたらしい。目当ての魔道具が完成し、友人を探しに凍原を去る時の為今でも維持しているのだ。
それを、つい百五十年ほど様子を見に行くのを怠けていた結果がこれ、だという。
あまりの時間感覚に、リッチーやピエールは苦笑いを返す他無かった。
「着いたな」
ルミに倣い川を下ることなく一直線に凍原を進むと、ものの数十分で四人は通路の入り口へと到着した。
発光するルミが光源など何一つ気にかけず進もうとするのを制し、角灯の準備を整えてから進む三人。
少し降りると、登る際に三人が飛び越えた大穴がすぐに現れた。
暗闇の中煌めく指先で頬を撫でながら思案に暮れるルミ。
「随分と大きく空いたものだな。面倒臭い」
「穴はもっと下にもあるよ」
「……尚更面倒臭い」
珍しく感情豊かに、ルミが眉を寄せて半目になり気怠さを露わにした。
その表情のまま呪文を唱えると、大穴の内部で土が隆起していく。
めりめりめり、と土が盛り上がり、奥深く続く大穴は一時的だが塞ぎ止められた。
その調子で、ルミは目につく穴全てを土を隆起させ塞ぎ止めながら階段を降りていく。
時折例の頭梟らしき鳴き声が聞こえたが、一瞬で穴が塞がれる為彼らが出てくる暇はない。
立ち止まることも頭梟に怯えることもなくすいすいと進めば、あっという間に最初に見つけた大穴だ。
「……ここが最後です。ここより下に補強が破損した箇所はありませんでした」
「そうか。ではここまでだな。私は支保材の調達に向かうとしよう」
片手間に呪文を唱え、即座に穴を塞ぐルミ。
ぽんぽんと衣服の土埃を払ってから、数段階段を上がり三人に向き直った。
「……どうも、ありがとうございました。あなたにとっては廃棄物とはいえ、あれだけの品に加え、食事と寝床まで融通して頂いて。感謝に堪えません」
最初にアーサーが口を開いた。大きな背嚢を背負ったまま、姿勢正しく直角に頭を下げて礼を行う。
続けてピエールも頭を下げて礼を言い、リッチーは気安い態度で手を振り笑いかけた。
ルミも、ごくわずかに口角を持ち上げささやかな笑みと共に手を振り返す。
そうして三人は身体を翻し、階段を降りていく。
ルミは三人の、いや、リッチーの背中をじっと見続け、
「……リッチー!」
気づけば叫んでいた。
足を止め、振り向く三人。
だがルミは何も言わない。
伸ばしかけた手は、指先がわずかに震えるのみ。
ルミの視線が、真っ直ぐリッチーへと向かう。
ルミの脳裏に、リッチーと過ごした二日間のことが浮かんだ。
ミェルクレスの美しさに目を輝かせるリッチー。
友人に似ている。
石の美しさについて、熱の籠もった口調で語るリッチー。
友人に似ている。
美しいミェルクレスの結晶を眺め、舐るリッチー。
友人には似ていない。
が、美しい物を見てうっとりする顔はやはり友人に似ている。
リッチーを見ていると、彼女の心に千年以上昔に別れた愛しい友人の姿が想起される。
悠久の昔に過ぎ去ってしまった友人との語らいが、鮮明な思い出として心の中に浮かび上がる。
千年求めた愛しい友人との友情の残滓がそこにはある。
もう少し、少しだけ、あの思い出を思い起こしたい。
そこの二人には更なる失敗作を与え、代わりにリッチーだけでももう少しここに滞在……。
浅ましい欲望を、ルミは途中で振り払った。
あまりにも不義理な行いである。
リッチー本人ではなく、彼女を使い友人の姿を思い出すきっかけにするだけ。
リッチーに、何よりも友人本人に対し失礼だ。リッチーと友情を交わすあの二人にも悪い。
そのようなことをする訳にはいかない。
「ルミちゃん? あたしがどうかしたの?」
訝しげな顔で問いかけてくるリッチーに対し、喉元までせり上がっていた言葉を飲み込んだルミは穏やかに笑いかけた。
「……君との触れ合いは、私の中の友人への想いを再び思い起こさせてくれた。礼を言おう、リッチー。そして、達者でな」
多少違和感を覚えたもののリッチーは素直にルミへ笑い返し、今度こそ階段を降りていった。
三人の姿が奥へ消えていくのを、黙って最後まで見送る。
悠遠の輝光人、ルミェリル=ミェラ。
彼女は、そしてまた孤独になった。
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「ルミちゃん、何言おうとしてたのかな」
「十中八九、リッチーにもう少しここにいないか提案しようとしたのでしょう」
「え? あたし? 何で?」
アーサーが答えた推測に、ピエールは尋ねておきながら半ば分かっていたというような顔をした。
むしろ、当事者であるリッチーの方が理解出来ていない。
「だよねえ。……ちょっと悪いことしちゃったかな」
「だから、姉さんは余計な気を回し過ぎですってば。そもそも本人が望まなかった以上この話はこれで終わりです。姉さんが気に病む話ではない」
「それはそうだけど、こっちから提案しても……」
「だからっ、あたしをっ、無視するなーっ! 何でそうやってあたしを無視するのよーっ!」
姉妹の間に挟まれたリッチーがぴょこぴょこ飛び跳ねながら自己主張すると、二人も会話を止めリッチーに意識を向けた。
頬を可愛らしく膨らませながら、リッチーが改めて尋ねる。
「で、何であたし? リッチーもっと涙石見ていくといいよ、とかそういう?」
「……いや、そういうのじゃなくてね。ルミちゃんさ、多分リッちゃんと友達を重ねて見てたと思うんだよ。だから千年以上も離れ離れになってる友達のことだしこんなにすぐ別れちゃうのは色々惜しかったかも、って」
「ふーん、そうなの? あたしってそんなにその友達と似てるのかしら。あたしみたいに背は低いけど胸大きかったり?」
あっけらかんと言うリッチー。
滞在中涙石しか頭になかった彼女には、ルミが語ったリッチーと友人の共通点など何一つ頭にない。
真顔ですっ呆けたことを言うリッチーにピエールは苦笑いすらせず素でため息を吐き、アーサーは蔑むでもなく怒るでもなく感情を乗せずに鼻を鳴らした。
「ある意味リッチーを長居させなくて良かったですね。この宝石女、あまりにも彼女に対し気がない。本当に涙石にしか興味向いていませんよ」
「そうだね……。でも、そんな所がルミちゃんの言ってた友達に似てたのかも」
「かもしれませんね」
そこで一旦会話は途切れ、三人は黙々と暗闇の通路を下ってゆく。
無言のまま暫く間が空いてから、アーサーがぽつりと呟いた。
「貰ったはいいけれど、この涙石どう処分しましょうかね……」
一個一万ゴールドを越える涙石が、荷物の空きスペースに目一杯。
人に知られれば、どう足掻いても騒動は免れない。
町に帰った後のことを考え、嬉しい悲鳴ならぬ嬉しいため息を吐きながら帰路を進むのであった。
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「……」
時刻は夕方。
一行を見送り、通路の補修を終えた後のルミ。俯いたまま、片手間に呪文で魔物を退けながら一人帰路に着いていた。
無言のまま扉を開け、用意してあった外套掛けに外套を掛け、用意してあった食事に手につける。
用意してあった暖かい飲み物に口をつけ、ほう、と息を吐いて窓から物憂げに外を眺める。
「……」
小さな声で、行方の知れない友の名を、縋るように呼ぶルミ。
彼女は知らない。
彼女の友人は魔道具の暴走によって姿を消した直後から今の今まで、ずっと彼女の側にいることを。
姿を見失ったルミが悲嘆に暮れ、自身を探して世界中を駆けずり回り、今もこうして自身を見つける為の研究を続けているのを全て隣で見続けていることを。
今も隣で、ルミの虚空への呼びかけに確かに応えていたことを。
ルミは気づけない。
姿だけでなく認識をも見失う呪いを受けた友が行っている、炊事や掃除といった日々の雑事を。
毎日用意された食事。
掃除の行き届いた室内。
手入れした覚えが無いのに純白を保つ羽毛の敷物。
いつの間にか増えている少女趣味な小物。
"誰か彼女に会いに来て欲しい、彼女の孤独を紛らわせて欲しい"と願いを込めて川へ流された手記。
アーサーの背嚢に収まったままだった筈が、いつの間にか作業部屋の机の引き出し、二百年前に元々あった場所へ戻された手記。
後に友人の懐へと紛失することになる、赤と青の二色の涙石。
……リッチーの鞄の奥底へ、魔力の行使を阻害する布にくるまれ隠し贈られた"透視"の涙石。
それら全てのことに違和感を覚えることが出来ず、ルミは今日も二人、孤独に研究を続けている。
ルミは信じている。
我が友はきっとどこかで自分のことを待っているのだ、と。
それは正しい。
だがその友がすぐ隣にいることを、彼女はまだ知らない。
友は彼女が自分を見つけてくれる瞬間を、今日も隣で待っている。
活動報告にて、リッチーと宝石島の冒険のあとがきを投稿しています。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/419438/blogkey/1696983/




