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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
94/181

20

 翌日。

 今日はルミも朝の内に起き出し、白い絨毯の部屋で四人向かい合うようにして朝食を取っていた。

 ちなみに今朝も鳥肉と果実の甘ったるいオムレツ、ルミの分はエルフ泣かせたっぷりである。

 真っ青な実の混じったオムレツを匙で一掬い、口に運ぶルミ。

 普通なら辛味に悶えピエールでなくとも涙をこぼしそうなものだが、そんな素振りは全く無い。


「今日も旨いな」

と言いながら軽快に食事を続けるルミを、三人はやはり不思議な目で眺めていた。



   :   :



 最後の食事も滞りなく済み、昨晩完成した涙石の時間である。

 昨日と同じ調子で涙石の山へ飛び込み、あれもこれもと眺めては舐め舐めては眺めと輝く涙石たちに半ば埋もれながらその輝きを楽しんでいたリッチー。

 その最中、とある一つを拾い上げ睫毛で擦り始めたのを見てルミが腕を組んだ。

 表情は変わらないが、どこか得意げな動きだ。


「それに目を付けたか。そのミェルクレスは今回二つ出来た効力付きの一つだ」

「えっ、効力付き二つ?」

「そう珍しいことではない。少ないときは一日に一つも出来ないが、多い時は一日に五ほど出来る時もある。むしろ二つは少ない方だろう」

「そんなに……」

「もしあなたが下層に降りたら魔法石の市場価値が粉々に砕け散りますね。経済力で大陸中の人間の拠点を支配することすら不可能ではありません」

「下層人を何万人支配したところで私には価値などない。私が求めているのは友だけだ」

「でしょうね」

「そ、それであの涙石の能力は? リッちゃん、何か変化あった?」

「何も? この淡い紫、特別綺麗って訳でもない感じよ? これ効力あるの?」


暫く睫毛で撫でてから、リッチーは手にしていた紫色の涙石を地面に転がした。

 そのまま効力ありらしい涙石からは興味を失い他の石を眺め始めるリッチー。

 一方姉妹は効力のことを知りたいらしく、ルミへと視線を向けた。


「リッチーの興味は引けなかったか。やはり出来と見栄えは比例しないのだな。……それでこの石の効力だが」


言いながら、ルミは床に転がった紫色の涙石を拾い上げた。

 姉妹の視線も石へ向かう。


「"呪い除け"だ。これを身につけていれば、呪いの呪文によって所持品が呪われるのを防ぐことが出来る。まあまあ有用な効力だろう?」


やはり表情には出ないが得意げな様子で言うルミ。

 だが姉妹の表情は晴れない。というよりも、ピンと来ない、と言った方が正しいだろう。

 二人の反応が芳しくなかったことで、ルミも違和感を滲ませた。


「君らもあまり興味をそそられないようだな」

「持ち物を呪われるのを防ぐ……って、本人が呪われるのを防いだりとかは?」

「対象外だ」

「……既に呪いのかけられている対象への解呪の力は?」

「無いが?」

「……」


ルミの回答により、二人はますます首を捻らせる。


「道具に呪いをかける呪文……ってそんなの見たことある? アーサー」

「ありませんね」

「いないのか? 呪いをかける者。私が他の土地にいた頃は呪いをかける呪術師の類がいたものだが」

「どこかにはいるかもしれませんが、今はもうありふれた存在ではないでしょうね。少なくとも我々は今まで聞いたことすらありません」

「……そうか……」

「ということはその紫の涙石は、町の人が見ても能力の無い普通の魔法石にしか思われないのかな。……案外、そういう石もいっぱい下に流れてたりして」

「かもしれませんね」


"呪い除け"に関する話題は終わり、三人は再びリッチーの狂喜を眺め始める。


 それから、十分ほど経った頃だろうか。

 三分の二ほど石を舐め終わったところで、リッチーがとある一つの涙石を視界に納めた。

 その途端、彼女の両手から石が転がり落ち、彼女の視線が一つに釘付けになる。


「……リッちゃん?」


様子が変わったことに気づいたピエールが呼びかけたが、返事はない。

 そろそろと這うようにしてその石の元へ進み、そっと手に取るリッチー。

 頭上高く掲げながら、感嘆のため息を大きく洩らした。


 ほぼ無色同然の涙石だ。強い光を放っているものの、色は非常に薄い。

 しかしその涙石。よくよく見ると、ごくわずかだけ七色に変色しているのが見て取れた。

 透明な石の中に七つの色がうっすらと存在し、七本の糸のように細く伸びて石の中を駆けめぐっている。

 まるでコップ一杯の透き通った水に七色の染料を一滴ずつ垂らし、色同士を混ざることなく絡めたような。

 うねる虹を、石の中に閉じ込めたかのような。

 オパールの遊色とはまた違った独特な色彩を誇る、透き通った虹の涙石だ。


 舐めることも忘れ、リッチーは石を天高く掲げながら、

「おお……、神よ……」

と呟いた。彼女は特に信仰している神はいない。


 そのあまりの挙動の違いに姉妹は彼女の元へ歩み寄って薄七色の涙石を近くから眺め、ルミは先ほどよりもはっきりと得意げな様子で頷いていた。


「あ、これ確かに綺麗。中でうっすら虹みたいになってるのが凄いね。色は薄いんだけど、それが逆に透明感出てる」

「分かる? ピエールちゃん分かるッ? 綺麗よねこれ本当に七色の化身虹色の神様みたいな神秘性と儚げな美しさと底知れぬ奥深さと」

「ちょっ、分かったから落ち着いて」


うっかり褒めてしまった瞬間リッチーに両手足で触手生物のように絡み付かれとてつもない早口で石のことをまくし立てられるピエール。

 後半は早口過ぎて聞き取れないほどだが、リッチーの口が止まることはない。

 アーサーがさりげなく二人から離れ、ルミの元まで戻った。


「あの石は?」

「二つ目の効力付きだな。こちらは"呪い除け"とは違いリッチーの興味を引けたようだ」

「些か引き過ぎのような気もしますが」

「それは……まあそうだな」


二人は若干引き気味な様子で暴れリッチーが収まるのを待った。

 彼女の薄七色の涙石に対する熱弁は息継ぎ以外では一度も止まることなく三分ほど続き、ようやく満足した様子で絡み付いていた姉を解放した。

 解き放たれたピエールは耳元で長時間語られ続けた所為かふらふらだ。

 リッチーが落ち着くのを待ってから、アーサーはルミへ尋ねた。


「あの涙石の効力は?」

「ああ、あれは」

「持ってると何か見えるわね」


ルミの発言に被せるように口を開いたリッチー。

 姉妹がリッチーへ目を向け、ルミも頷いた。


「見える? 何かって何?」

「うーん……これ外にいる魔物かしら。この先ずーっと離れたところに、大きい鳥みたいなのがいるのが分かる。あと地面に……これ凄いわ。本当にいっぱい涙石の塊埋まってるのね」


石を持ったまま、あっち、こっち、と指を指すリッチー。彼女の目は前を向いているようで、どこを見ているのか分からない胡乱な視線だ。


「そのミェルクレスは"透視"。遠く離れた位置にある、自身にとって害の及びそうな生物や、有益そうな物体を見ることが出来る。"見えない筈のものを見る"という点では非常に惜しいが、私の求めている効力とは少し異なる。前に出来たのは……六十八年前だったか。約五十年に一個しか出来ない、少し珍しい効力だ。……尤も"腹減らず"や"罠抜け"のような千年かけて未だ一つしか出来ないような物に比べれば、ずっとありふれているがな」


リッチーとルミの説明を聞くにつれ"透視"の有用性を悟ったアーサーの目が大きく見開かれ、ルミの説明が終わった途端アーサーはリッチーの手から薄七色の涙石を奪い取って自身の手に納めた。


「ああん、持ってていいけどあたしに見えるように持ってっ」


リッチーの言葉も耳に入らず、アーサーは石を握りしめたまま宙空へ視線を投げる。

 視界内に、ぽつりぽつりと点が現れた。

 それは羽ばたく赤い点だったり、全く動かない黄色い大きな点だったり。

 どれも空中に浮いている、というよりは、遙か遠くにあるものが透過して見えている、という状態だ。

 彼女の真正面には赤い羽ばたきが三つと、黄色い大きな点が四つ見える。

 右手側には米粒のように小さな赤い点が十数個。恐らく気体魔法生物だろう。

 左手側では鳥の形をした赤い点が二つ絡み合っている。どうやら争いの最中らしい。


 更にアーサーが石を握りしめたまま視線の焦点をずらすような感覚で頭の中で強く意識すると、家の壁を透過して外の様子を直接見ることさえ可能であった。

 焦点を合わせ、絞るような感覚を調整しながら、隣で自身が握っている石をぺろぺろ舐めている宝石女に視線を落とす。

 彼女の衣服が透け、一糸纏わぬ姿のリッチーがそこにはあった。

 更に視線をずらして、後ろに立つルミの姿を、


「私を覗き見るのは止めろ」


視線を向ける直前、眼前を桃色の霧のような塊が埋め尽くし視界を遮った。

 小さく呻き仰け反って、ルミから視線を逸らし焦点をずらして衣服の透視を止めるアーサー。


「何? 覗き見るって」

「"透視"は上手く扱えば壁や衣服の透過も出来る。その力で私の透視を試みたから止めただけだ」

「えっ、そんなことまで出来るの?」

「そこまで使いこなすにはコツが要るのだがな。君の妹は優秀らしい。……とはいえ、人の素肌を覗き見ようとするのは頂けない」

「……申し訳ありません、つい好奇心が逸ってしまい」


握っていた石をリッチーに渡してから、アーサーは大きく息を吐いた。

 夢中で扱っていた時は気づかなかったが、"透視"で焦点を合わせるのは精神力を消耗する。

 精神的に疲弊した様子で息を吐くアーサーだが、彼女へ向け


「やーいアーサーの変態」

「さっきちらっとあたしの方見下ろしてた時、あたしの裸見てたのね。きゃーアーサーちゃんやーらしーっ」


遠慮無いからかいの言葉が投げかけられ、げんなりした様子でアーサーは再び息を吐いた。

 そのまま右手で額の冷や汗を拭おうとして手に付いていたリッチーの唾液を額に塗り広げてしまい、だめ押しとばかりにアーサーの気は滅入っていく。



   :   :



「うーん出来ない、壁の向こうは辛うじて見えたけど、服はさっぱりだ」

"透視"の涙石を握ったピエールの視線が、目の前の壁と自身の身体とを行ったり来たりしている。

 隣ではリッチーが、やはりピエールの握る薄七色の涙石を指の隙間から眺めたり、舐めたりしていた。


 暫くそれを続けてから、諦めたピエールが"透視"の力を扱うのを止めて視界を元に戻した。

 右手に持つ涙石を床に置こうとしたが、右手を意識した途端リッチーの涎でべっとり濡れていることに気づき顔をしかめる。


「リッちゃん舐めるならもうちょっと綺麗に舐めてよ、ああもうべとべと」

「ごめんごめん、この虹の石がどうしても綺麗で、美味しそうで、ついね?」


石をリッチーへ渡してから、ピエールは懐から取り出した布きれで右手を拭い大きく一息ついた。

 リッチーが薄七色の涙石を弄び始めるのを一瞥してから、アーサーとルミへ視線を向ける。


「……本当に凄いね、あの涙石。あれがあったら不意打ちなんか絶対受けないし、お金になりそうな物の場所も建物の中も完璧に見えちゃって」

「そうですね。ただ宝玉を持つだけであそこまで広範囲を見渡せるのは驚異としか言いようがない。並の魔法使いの呪文では、手元の封筒の中身を透視するのが精一杯の筈です」

「それでも手紙の中身を開けずに覗き見れるなんて凄い! って言われるくらいなのにね」


姉妹の会話に、ルミは無言ながらどこか優越感と、かすかな虚しさを滲ませた。


「この程度の能力なら私でも道具無く呪文だけで行えるのだがな。……やはり、私のような力の持ち主は最早ごく少数か」


少し含みのある言葉に姉妹がルミへと視線を向けたが、彼女は何も語らない。

 そうこうしている内に薄七色の涙石を堪能し尽くしたリッチーが石の唾液を拭き、作業机の側にある涙石の山へと積み上げた。


「はー、堪能した堪能した。あたし大満足……ここに来た甲斐が本当にあったわ……」


床にごろんと転がったリッチーが、目を閉じたままうっとりした顔で呟いた。

 心の底から幸せそうだ。


「ねえルミちゃん、この涙石本当に貰っちゃっていいの?」

「構わない。君らに貰われなければどうせ川へ捨てるだけだ」

「やったー! あたしこれ好き! 大好き! ピエールちゃんが風景見てこの風景こそ宝! とかほざいてるの聞いててもしかしてこの旅本当に風景だけ見て終わるんじゃ……って心配してたけどここまで実のある結果になるとは思わなかった! 三人とも愛してる!」

「愛してるなら"ほざいてる"とか酷い言い方しなくてもいいじゃん、というかリッちゃん本当に根に持つねその言葉……」


ピエールが頬を掻いて苦笑う中、ルミがわずかに頬を緩めながら口を開いた。


「とはいえ、約束は守って貰うぞ」


その言葉が発された途端、アーサーの表情が硬くなる。

 一方リッチーは相変わらず気の抜けた顔のまま、頭を起こしてルミを見返した。


「約束? なーにそれ?」

「……やはり聞いていなかったのか。失敗作を渡す条件として、君はミェルクレスの鑑定をしてくれ。その山の中から、特に美しいと思うものは残して行って貰う。それらはいつか、私が友と再会した時に見せてやりたいのだ。私は石の美醜にはとんと疎くてな」

「あら、そうなの。何個くらい?」

「そうだな……二個か三個もあればいい」

「綺麗なの上から三個ね。じゃあこれとこれとこれ!」


特に迷うこともなく、リッチーは山の中から三個の涙石を取り上げ並べた。

 一つは青一色の涙石。昨日の失敗作の中で、リッチーが一押ししていたもの。美しいが、効力は無く魔力もあまり無い。

 もう一つは燃えるような紅蓮の石。同じく昨日の分で、色の揺れ具合が本当の炎のように見えている。効力は無いが、魔力はそれなりに含んでいる。先の青と並べると、赤と青で中々良い見栄えだ。

 そして最後は勿論。


「やっぱり」

「……」


"透視"の力を持つ薄七色の涙石である。


「この七色の涙石は本当に綺麗! 今までこんな模様の涙石なんて見たこと無いし、きっと百年ものね! これならルミちゃんのお友達も大満足してくれる筈!」

「やはりそれか。君の反応はその"透視"が最も大きかったから予想通りではある」

「でしょ? 勿論これが……」


言い掛けたリッチーが、続く言葉を霧散させながら不意に視線を向けた。

 その先にいるのはアーサーだ。

 何も言わずに、黙ってリッチーとルミのやりとりを眺めている。

 表情も動かず、ただ、じっと。

 その顔は馴染みの薄い他人が見れば、何とも思っていない無表情としか思わないだろう。

 だが、幼少期からの付き合いであるピエールとリッチーには一目瞭然であった。


 アーサーは"透視"の石が欲しいのだ。

 現代の人間の技術では到底作り得ない効力を持った道具が。

 持ち込むところへ持ち込めば、一万どころか百万、千万、億の値すら付きかねない圧倒的魔力を誇る魔法石が。

 数千年の時を越える古代遺跡の最奥に最も貴重な宝として厳重に保管されるような、神話の時代の魔道具が。


 しかし約束は約束である。

 リッチーが機転を利かせて"透視"の石を大した美しさではないと偽った評価を下していれば難なく手に出来ていたかもしれないが、彼女が石に対してそのような偽りの評価を下す娘ではなく、またそういった機転の利く女ではないことはアーサーも重々承知している。

 故に何も言い出さない。

 アーサーはただ黙って、貼り付けたような無表情を保ったままであった。


「……」

そんな妹の心情を、顔を見るだけで察した姉と友人。

 ピエールは約束だから仕方がないと諭すような顔で妹の手を握り。

 リッチーは手に握る薄七色の涙石とアーサーとを、不安げな、切なげな顔で見比べた。

 先ほどまでの笑顔の名残はどこにもない。

 リッチーは暫く石とアーサーを見比べてから、意を決した表情で視線をルミへ向けた。


「ねえルミちゃん、この虹色の」

「リッチー」


リッチーの呼びかけにルミが応えるより早く、アーサーが一言、小さく鋭く名を呼んで遮った。

 意図するところなど、すぐに分かる。

 "私は諦めるから、余計なことは言うな"と。


「で、でも」

だがリッチーとしても、彼女に報いたいという感情があった。

 何だかんだと文句を言い合い雑に扱い扱われたが、こんな真偽の不明瞭な宝探しの旅に付き合ってくれたのだ。

 戦うことも、道筋を決めることも、荷物を運ぶことも全て任せきりで。

 道中は散々好き勝手に喋っていたが、自分が足手まといであることをリッチーは忘れていない。


 しかしアーサーは、リッチーの想いを分かっていながらも、その試みを制止した。

 これ以上を望むべきではないと。

 現状のルミが友好的だからといって、調子に乗るべきではないと。


「"透視"がどうかしたか?」

「……う、ううん。何でもないの。はいルミちゃん、この三つの石。きっとお友達の目にも適うと思うわ」


表情を笑顔に切り替えて、リッチーは赤、青、虹の三つの涙石を手渡す。

 かすかな違和感に首を傾げながらも、ルミは何も言わずに涙石を受け取った。

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