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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
93/181

19

 遅い朝食も終わり、リッチーお待ちかねの涙石の見学の時間である。

 作業部屋に入るやいなや一直線に真横へ跳ね飛び、積まれた涙石へ飛びつくリッチー。

 まばゆく輝く石たちをあれもこれもと手にとっては、睫毛と舌で擦っていく。


「あれは石が好きなのはいいが、何故舐めるのだ?」

「綺麗な石は目だけじゃなくて舌も楽しませてくれるような気がする……んだって」

「……分からん」

「我々もです」


どうにも打ち解けられずにいるルミと姉妹であったが、リッチーの奇行を改めて目にした今この時だけは、想いが一致していた。



   :   :



「三人とも見てこれ! これ最高に綺麗! あたしの一押し! この深い青色のね! 中で渦を巻くようになってる絶妙な濃淡がね!」

「分かったから止め、止っ……止めろっ! 舐めた後の石を、押しつけるな!」


リッチーの一押しらしい真っ青に輝く涙石は石本来の光沢とは別の何かでテカりを帯びており、猛烈な勢いで押しつけられたアーサーの頬にまで何かのテカりが移ってしまっていた。

 呆れ半分苛立ち半分で、懐から布切れを取り出し頬のテカりを拭うアーサー。

 笑って見ていたピエールとルミだったがリッチーの標的が自分たちに向きかけたことで、慌てて話を逸らしにかかった。


「ね、ねえルミちゃん、それでこのリッちゃん一押しの涙石は? どんな石?」

「あ、ああ。それは一応魔力は定着したが、何の効力も持っていないただの石だな。魔力量も最低だ。……た、確かに見た目は綺麗だが」

「そ、そっか。ルミちゃんのお眼鏡には適わなかったんだね。見た目は! 見た目はすっごく綺麗なのにね!」


多少わざとらしく綺麗であることを付け足す二人。

 リッチーは不満顔だったが、一応これ以上押しつけるのは止めたようだった。

 服の袖で石のテカりを拭い、置く。


「一番綺麗だったのはあの青いのね。他はこの赤と緑。それから……これは別に綺麗って訳じゃないけど、他とは違うから気になったくらい」


先の青色からすると大分落ち着いた様子で、リッチーが赤と緑の涙石を手に取り眺めてから床に置いた。

 その次に手に取った涙石。

 こちらはまるで金属めいた艶のある銀色をしていて、磨き上げた銀そのものにすら見える。

 しかしやはり涙石らしく透き通っており、内部からは魔力の光が溢れている。少々異質な、宝石と金属の合いの子のような印象だ。


「ほう。それは昨晩出来た唯一の効力付きだぞ」


効力付き。

 そう聞いて、姉妹の目が光った。

 有用な効力の付いた魔法石とあれば、価格は一万を遙かに越える値が付きかねない。

 下手をすれば、一個で十万、百万すらあり得る。

 さしもの二人も、頭に一攫千金という言葉が浮かばずにはいられなかった。


「へー、これ効力付きなの。あんま綺麗じゃないけど。でも持った限りだと何も無かったわよ?」

「手にとってすぐ降ろしたのではないか? 暫く持っていれば分かる筈だ」

「確かにさっきこれ見た時は青いのにしか目がいってなくてすぐ置いてたかも。で、持ってるけど……」


ぽとっ。

 それは既視感のある光景。

 銀色の涙石を手に取って眺めていたリッチーの上着が何の前触れも無く床に落ちて、日焼け跡の白と褐色が対照的な柔らかいお腹、それにきつきつではち切れそうな胸の下着が露わになった。


「あっ」

姉妹が同時に呟き、二人の視線を追って下を見てようやくそれに気づくリッチー。


「これ……」

「"垂れ流し"だ。持ち歩いているだけで道具が勝手に地面に落ちていく。持っていても邪魔にしかならない、分かりやすい欠陥品だな。……しかし普通は身に纏っている装備は落ちず、道具だけが落ちる筈なのだが。下層人の抵抗力の低さ故だろうか」


ルミが語る中、石を床に置きリッチーはいそいそと上着を再び身に纏う。


「ねえ二人とも、これ出発前に競売所で見たのと同じよね」

「多分……」

「競売所?」

「五日前、下層の町の宝石競売所で全く同じ能力を持った濃い桃色の涙石が呪いの品として競売にかけられていました。川から流れてきた物という話でしたので、もしやあなたが捨てたものでは?」


アーサーの解説を受けたルミは、口元に手を当て暫く思案。


「……だろうな。何日か前、確かに桃色の"垂れ流し"が出来て、捨てた記憶がある。あれは魔物に食われず下まで流れたか。……しかし呪いの品とはな。それは呪いでも何でもないただの欠陥品だ」


大した興味も無さそうな口調で言い捨てるルミ。

 一方三人は。


「やっぱり涙筋から流れてくる高品質の涙石って、ルミちゃんが捨てた失敗作なのね」

「でしょうね。極稀にしか流れてこないのは、下層に流れ着く前に魔物が殆ど浚っていくから。……とはいえ、涙石以外も流れている辺り宝石そのものが多いことには変わりないでしょうけど」

「下ではあれだけ貴重な宝物扱いで、すっごい高値がついて、町を支えてる涙石がまさかこうやって一人の人の手で作られた、しかも失敗作だったなんてねー。……私たち結構凄い話知っちゃったんじゃない?」

「かもしれませんね」


ピエールの問いかけにすげなく答えたアーサー。

 実際には結構凄い、どころではなく重大な話である。迂闊に下層に広めれば、一攫千金を夢見た人間が性質のいい者悪い者含めて大挙してこの家へ殺到することは想像に難くない。

 更にそのことをルミに知られれば厄介事の芽を潰す為三人を下層に戻さず始末する、という最悪のケースにすらなりかねない。

 なので殊更話題にはしない。

 このことをルミ本人は知っているのかいないのか。

 それはアーサーには分からなかったが、一見する限りでは何も気にした様子を見せず、目に付いた美しい涙石たちを掲げるリッチーを穏やかな雰囲気で眺めるのみであった。



   :   :



「あの涙石そのまま置いといて大丈夫だったの?」

「少々心地が悪いが、一日二日程度なら問題ない。流石に四、五日も溜めれば分からないがな。例えるならば……石を生ゴミ、魔物を害虫程度に思ってくれれば相違無いだろう」

「例え方がひど過ぎる……」


リッチーによる涙石の品評会も終わり、四人は再び今日の分の涙石素材を削りに例の大結晶の元へと歩を進めていた。

 品評した涙石たちは捨てることなく家に残しており、ルミは空の台車を押している。


 外はやはり極寒の、うら寂しき凍原が一面に広がっている。昨日ルミが語った通り、昨日の往来で吹き飛ばした筈の草々は全て元通りになっていた。

 同じ道を通っている筈なのだが、どこを吹き飛ばしていたのかも判別出来ない。

 ルミは迷うことなく一直線に凍原を進んでいるが、姉妹はやはり不安げに視線を周囲へさまよわせている。

 一方リッチーなどはルミの側にいれば魔物に怯える必要がないと完全に慣れきってしまっており、時折巨大な鳥の魔物に絡まれても余裕綽々だ。その点は、姉妹より順応性が高いと言える。


 気の抜けた顔でルミの横を歩くリッチー。彼女の視線が不意に凍原の先、更なる島の上層へと向いた。

 遙か彼方には大きな断層があり、それは三人が森から紫溶岩地帯、紫溶岩地帯から凍原、と登る際に見てきたものとよく似ている。崖の上は凍原を下から見た時同様、霧に囲まれ見通せない。


「そういえば、ここって島全体からするとまだ真ん中なのよね。あたしたちは大分上の方に来たなーって思ってたけど」

「そうだな。君らはここを島の上層、と呼んでいたが実際は中層に過ぎない」

「島の頂上って何があるの? 町では頂上にはきっと何かいるんだ! って噂されてたけど。……おっきな金ぴかの魔法生物とか、貴金属の鱗を持つドラゴンとか?」

「私も詳しくは知らないな」

「あら、ルミちゃんも知らないの? ルミちゃんならもっと上にも行ったことあるのかと思ってた」


更なる島の上層に話が及び、リッチーのみならず他の三人も凍原の果てにかすかに見える断層へと目を向けた。

 殆ど見通せないものの、島の中心、頂上へはまだまだ遠く、複数の断層があるのが辛うじて見て取れる。


「一つ上には登ったことがあるが、あの先はもう人の入れる場所ではないぞ。溶岩魔人と氷河魔人が縄張りを巡って争い続ける、マグマと凍土の入り交じった熱と冷気の極限地帯だ。流動する溶岩の濁流の上を分厚い氷が覆い尽くし、かと思えば突如大地から溶岩が噴出し紅蓮の飛沫となって凍土に降り注ぐ。そんな中を、炎や氷の化身と言うべき魔法生物たちが躍り狂っている。……絶景だぞ。悪い意味でな」

「……この上そんな風になってるの」


ルミが滔々(とうとう)と語った知られざる島の話に、三人は各々上層の景色へ思いを馳せた。

 ピエールは見たこともない不思議で壮大な自然の風景に。

 アーサーはここより更に強大な魔物たちが蠢く灼熱と極寒の地獄に。

 リッチーはそんな所で石など見れる筈がないとつまらなそうに。


「私がまだ君らほどの年齢だった頃年寄りの老婆に聞いた話だが、この地は"虹の眠る地"らしい。五千年に一度、巨大な虹がこの島の頂上に降りてくる。そして、虹が降りる前後五十年だけは熱と冷気の魔物の争いがぴたりと止まるそうだ。さて、五千年に一度降りる虹の正体とは一体何なのだろうな」

「……下層の町では、全く聞かなかった話ですね。虹という単語すら聞いた試しがありません」

「町で聞いた昔話って女神だとか、エルフだとか、そんなのばっかりだったもんね」

「五千年もあれば、下層人の記憶から消えるのも容易いだろう。何せ彼らの寿命は百年も無いのだからな。私とて話で聞いただけで、虹の降りる時を見たことはない。……もっとも、来て貰っては困るのだが」

「何で?」

「ミェルクレスを始めとしたこの島の貴石の類は、全て上層の溶岩と氷河のせめぎ合いによる副産物だからだ。魔力の塊そのものであるマグマや氷塊が絶えず産み出され、蠢き混ざり冷え固まった結果、魔力と氷と溶岩の中で様々な石が産まれる。上層で魔物たちが絶えず争っているからこそ、この島は宝石島でいられるという訳だ」

「……ううん、聞けば聞くほど驚くことばかりのこの島の真実」


思わぬ形で聞けた島の真実に、無言で舌を巻く三人。

 彼女たちを見回しながら、ルミは少しだけ得意げな顔で口端を持ち上げていた。




   :   :




 二日目の涙石の採取も滞りなく終わり、ルミは昨日同様作業部屋に篭もって黙々と涙石の加工を始めた。

三人も白い敷物の部屋で、未知の鳥類の肉、溶き卵、果実を絡めたやはり塩気無く甘ったるいスープによる夕食を迎えていた。

 どうやらルミの食生活は、何かの鳥の肉と卵、何かの果実、リンゴ、エルフ泣かせ。この五つによって成り立っているらしい。

 毎食たっぷりと用意してあり食事の心配をしなくていいのは有り難いのだが、甘さ一辺倒の味付けにはどうにも慣れそうにない。


「うーん、どれだけ食べても慣れないこの甘いお肉」

「ルミちゃんってお塩いらないのかしらね。合間合間に食べる安い干物の塩気がこんなにありがたいなんて」

「そんな食事も明日で終わりですよ。……もっとも、この後は後で乾き切った保存食ばかりですけどね」


澄まし顔で果実の甘味酸味が絡んだ鳥の脂を口に含むアーサー。

 彼女の発言を聞いて、ピエールとリッチーが顔を見合わせた。


「明日にはルミちゃんともお別れなんだね」

「いつまでもここにいる訳にはいかないものね。出来ることならあと一日、いや一週間、半年……一年くらいここにいてルミちゃんの作る涙石に埋もれてたいわ……」

「二日分の涙石を貰えるだけで満足してください」


陶然とした顔で言うリッチーに、アーサーがすげなく言い捨てる。

 リッチーは多少の不満顔だったが特に反論することもなく器の中身を匙で掬って口へ運んだ。


 一方。何故かピエールの方が、リッチーよりも納得していないようだった。

 食事の手がぱったり止まったことで、二人が手元の器からピエールへ視線を上げる。


「どったのピエールちゃん」

「あっ、いや」

「私たちが帰った後、ルミが一人きりに戻ることを心配しているのですか」


慌てて弁明しようとしたピエールだが、横から放たれた妹の言葉が図星だったことで思わず口ごもってしまう。

 少しの間ふらふらと視線をさまよわせ、最後には伏せる。


「……なんか、ちょっと寂しいなーと思って」

「かといって私たちには何も出来ませんよ。千年以上一人で生きてきた彼女の人生に、私たちが一月、一年、百年と共に過ごしたところで一体どれだけの意味があるのか。そもそも私たちに彼女の孤独を紛らわせる力があるのかも怪しい。焼け石に水ですらない」

「それはそうなんだけど……」

「それとも、彼女に下層の町と交流を行うよう説得でもしますか? 彼女が涙石の加工を中断しわざわざ下層の人々と交流することに、意味があるとは思えませんが」


こういう話題の時、どうにも感情的、感傷的なピエールと違ってアーサーはどこまでも理性的、理屈的だ。

 今回は具体的な対案も無いことで一方的にピエールがやりこめられ、彼女はただ黙って俯くのみとなってしまった。


「何度も言っていますが、姉さんは他者に共感を抱き過ぎです。他人は所詮他人。同じ家同じ土地で過ごした訳でもなく、価値観もまるで異なる。過剰な共感は必要ありません」

「……」

「……それに、もしも彼女が何か言うとしたら。その時は、私たちではなくリッチーにでしょう」

「え? あたし?」


返す言葉も無くしょんぼり顔だったピエールをぼんやり眺めていたリッチーが、突然話を振られて驚き混じりに食事の手を止めた。

 アーサーの顔を見返すが、彼女はもう言うことはないという態度だ。


「詳しいことは、明日別れる時にでも分かる筈です」


それきり口を閉ざし、甘ったるい食事を再び口へ運び始めるアーサー。

 ピエールはまだ思うところがあったようだがリッチーには全く思い当たる節が無く、最後までアーサーの発言の意図に首を捻っていた。

 うら寂しき凍原の最後の夜は、静かに更けていく。

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