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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
92/181

18

 凍原の白い家の一室にて。

 三人が床に座って眺めている中、一人作業机に座っているルミが両手で涙石の塊を握り込み、何やら呪文を唱えていた。

 透過する指先から青白い光が溢れ、指先と接している涙石の中へ取り込まれていく。

 暫しの間そうやって呪文を唱え、光を指先から涙石へと注いでからルミは呪文を唱え終えた。


「……」

手のひらにある石を眺める。


 無色だった涙石の塊は、淡い黄色にその身を変色させていた。

 奥底から溢れていた光も、石そのものの黄を透過することでゆらめく薄黄色へと変化している。


 ルミは無言のまま暫く石を眺めてから、小さく息を吐いて脱力し石をリッチーへ。

 びゃっ、と風を切るような迅速且つ正確な動きで石を掴み取ったリッチーが睫毛を擦り付けるようにして至近距離から石を眺める。

 隣では姉妹も物珍しそうに石を眺めていた。


「失敗だ。何の効力も無い、ただの魔力の混ざった石くれ」


とんでもない話である。

 魔力を貯め置ける魔法の石としては破格の魔力量だ。これをただの石くれと呼ぶのであれば、一般に流通している魔法石や魔法の聖水など路傍の小石にも劣る。

 やはり彼女と自分たちでは、根本的な価値観が違うのだろう。

 とアーサーが考えていると、


「そうね。あんまり綺麗じゃないわ」


リッチーもが手の中の黄色い涙石に低評価を下し、石を放り投げた。

 がちん、と床と衝突し割れたかのような音を立てる涙石。


「あっ!」

思わず声を上げた直後、慌てて口を押さえるアーサー。

 その声にルミとリッチーが目を丸くしてアーサーを見返してから、一瞬の間を置いて軽く笑い飛ばした。


「……リッチー、もう少し丁寧に扱ってやった方がいいのでは?」

「そうね、きひひ」


随分と気安い態度で笑い合ってから、ルミは脇に積まれている透明な涙石を一つ手に取り再び加工作業に取りかかり始めた。

 呪文の力で真球状に整えてから、髪の毛のように細い針で何やら彫ったり、何かの液体を一滴針につけて垂らしたり。

 鬼気迫る表情で加工を始めたルミから意識を外し、三人は顔を突き合わせる。


「……」

無言、薄目でリッチーを睨むアーサー。

 リッチーは笑顔でやり過ごした。



   :   :



 夜。

 ルミは脇目も振らずに石の加工に没頭し続け、途中から会話すら挟まなくなったことで三人は作業部屋を後にした。

 外はすっかり暗闇に染まっているが、作業部屋ではルミ自身が強く光り輝き、室内も床や棚に転がる様々な種類の道具や魔法石によって一定の明るさと暖かさを保っていた。

 三人は最初に応対した白い敷物の部屋を寝床として借り、用意して貰った夕食に口を付けている。


「……なんか不思議な料理だねこれ」


そう言ったピエールの左手には食器。

 中には灰色の泡が満ちている。


 正体は、何と鳥肉である。

 鶏ではない何かの鳥類の肉と、やはり正体の分からない未知の果実を極限まで擦り潰し裏ごしして、泡状に仕立てたものだ。

 食材自体は毒性もなく、人が食べるには何の問題もない。

 だがこのムースのような何か、味付けが非常に独特だった。

 とにかく甘い。

 塩気は皆無。未知の果実らしき酸味と甘味、ほんのりと香る香辛料の風味だけが味付けだ。

 それが果実だけなら良かったものの、実際は鳥肉の脂や風味もはっきり存在感を主張している。

 密度のある泡状の塊に、肉の味と果実の甘酸っぱさがたっぷり。


 甘い味付けの果実ソースで肉を食べる、というのは三人も慣れているが、流石にこのようなものを口にするのは初めてであった。

 三人とも、何とも言えない顔で匙を動かし肉の泡を食べている。


「やはり、私たちとは味覚が全く異なるのでしょう」

「あのエルフ泣かせのお茶を美味しそうに飲むくらいだもんね。あれはあたしやアーサーちゃんでも辛過ぎて無理だったのに」

「ね」


曖昧に笑って、ピエールは一旦器を置き左手を床へ這わせた。

 優しく指を包み込む純白の敷物。

 昼間の茶による青い染みは、もうどこにもない。


 ピエールは再び器を手に取り中身を口へ運びながら、硝子張りの窓から外を眺めた。

 月と星の明かりに照らされ、うっすらと浮かび上がるのはどこまでも続くうら寂しき凍原。

 地平線の果てまで草一色だ。

 ルミが言うには暫く歩けば草地以外の場所にも出られ、そこで食料や物資を調達している、と言っていた。

 だがこうして見ていると彼女の言葉は全くの嘘で、この地には本当に草しか広がっていないように思えてならないのだ。

 光る彼女の小さな背中を見ていると、まるで凍原の中に閉じこめられ永遠の時を孤独に過ごしているかのような、暗い想像ばかりが浮かんでくる。

 千年以上一人孤独に、全く変わらない生活を続けている彼女の生き様を想うと、どうにもそんな悲観的な気分になってしまうのだ。


「ピエールちゃんがまた切ない顔してる」

「姉さんは意外に感傷的ですから」

「普段ぼけっとしてるのに、そういう所あたしと違うなーって思うのよね」

「姉さんが馬鹿なりに考えようとしてる馬鹿だとしたら、あなたは最初から考える気のない馬鹿、というところでしょうね」

「直球で酷い」

「あなた、地下でルミが話していたことも一切聞いていなかったでしょう?」

「えっ……まあ……そうだけど。あの時はあの大きな涙石に夢中だったし。何か大事なこと話してた?」

「あそこはまともな精神なら聞くべきですよ」

「何よ、それじゃああたしがまともじゃないみたいじゃない」

「だからそう言ってるじゃないですか。……もっとも、今回に限ってはそれが吉と出たようですが」

「ならいいじゃない、むしろ褒めてよ。もっとあたしを褒めて、労って、敬って」

()なこった」

「フランクに酷い」


隣から聞こえてくる会話に、ピエールは頭を抱えて俯いた。

 悲観的な気分などとうに吹き飛んでいる。

 アーサーは姉が悲観的、感傷的な気分になるのを嫌うようで、そういった雰囲気を見せると気分を晴らさせようとわざと気の抜ける話をし始めることがある。

 今回はリッチーの助力もあり上手くはまったらしい。

 ピエールは普段通りの明るい気の抜けた笑みを見せながら、二人の会話に混ざり食事を再開した。




   :   :

――どうやら私の旅はここまでで十分のようだ。

川を遡り、私はようやく辿り着いた。千年、いや万年かけても尽きることはないであろう、素晴らしい輝きの園に。この地にある輝きさえあれば、君を取り戻す日もそう遠くはない筈だ。

ああ、親愛なる我が友よ。待っていて欲しい。

君の笑顔だけが、私の望みなのだ――

   :   :




 翌朝。


「……ほげ」

目を覚ましたリッチーは、自分が何とも言えぬ極上のふかふかで身を包まれていることに気づいた。

 喉元からつま先まで身を優しく絡め取り包み込むふかふかが、天にも昇る心地の暖かさをもたらしている。

 何たるふかふか感。このまま二度寝どころか丸一日、いや丸五日は寝ていられそうだ。

 そのまま彼女が再び目を閉じようとした直前、目の前に不機嫌そうなアーサーの顔がにゅっ、と現れたことで目を半開きにしたままリッチーは硬直した。


「……」

「おはようございます。他人の家の敷物を、随分と贅沢な使い方していますね」

「……」

「もしや二度寝しようなどと考えていませんか? いませんよね?」

「……」


ここで"考えてまーす"と答えて再びこの圧倒的ふかふかに頭まで潜らせたらどうなるだろうか。

 ……間違いなく、ふかふかを強引に剥ぎ取られ朝から怒濤の剣幕で怒られるだろう。

 最悪の目覚めになるのはごめんだと、リッチーは渋々ふかふかから抜け出し起き出した。



   :   :



 目覚めた三人は部屋と身支度を整え、外を眺めながら談笑に耽っていた。

 しかし、家主(ルミ)が現れる様子はない。

 太陽がすっかり登り切るまで待ったが一向に姿を見せず、心配になった三人はこっそりと作業部屋の中を窺う。

 いやに滑りのいい作業部屋の扉を音も無く開け、頭を縦に三つ並べて隙間から中を見ると。


「……」

彼女は寝ていた。


 作業部屋の隅に備え付けられた二、三人は同時に寝れそうな大きなベッドで、タオルケット一枚を被り身体を丸めて眠っているルミ。

 緩やかに上下する身体はやはり発光しており、生地の薄いタオルケット越しにも青白い光が透けて見えている。

 眠る彼女の顔には普段の大人びた雰囲気が無く、まるで背丈相応の幼く頼りない童女のような寝顔であった。

 小さな両手でタオルケットをぎゅ、と握りしめているところなど、一人寝が寂しい幼子そのものだ。


 そんな彼女から視線をずらすと、作業机の側に山と積み上がった色とりどりの涙石の山が目に入った。

 昨日運び込んだ分が全て加工され、まばゆい色と光を放っている。

 昨晩、三人が作業部屋を離れた時には、まだ三、四個ほどしか出来ていなかった。

 それが今朝には数十個。

 恐らく彼女は、夜通し作業を続けていたのだろう。

 下手をすると、眠りについたのは夜が開け始めてからかもしれない。

 三人は無言で顔を見合わせてから、そっと扉を閉じ部屋へと戻っていった。



   :   :



 結局ルミが目覚めたのは、太陽が真上に近付く真昼になってからであった。

 寝ぼけ眼で起き出したルミを加え、用意してあった食事を四人で取る。

 遅蒔きながらの朝食だ。


「そういえば今は君らがいるのだったな。忘れていた」


胡乱に言いながら、ルミは青みがかったオムレツを匙で掬い口へ運んだ。

 オムレツの中身は昨晩と似ており、微細に擦り潰された鳥らしき肉とリンゴ、それに大量のエルフ泣かせを合わせたもので、極めて辛く甘く、塩気は皆無。

 三人のものにはエルフ泣かせこそ入っていないもののそれ以外は同じで、やはり塩気が無くただ甘ったるい。

 何とも不思議な、ルミの味覚と食生活。

 それでも、普通に食べられる食事を用意して貰えるだけで有り難いことである。


「あたし驚き……ルミちゃんそんなにエルフ泣かせいっぱい食べて大丈夫なの? 辛くない?」

「……辛い? ペッテは辛いのか? 私にはとてもそうは感じないが……」

「ありゃ、そこから違うの。あたしたちじゃ辛過ぎて実をそのままかじることすら出来ないくらいよ? 細かくして、ぱらーっと料理に混ぜて、それで丁度な辛さ」

「そうなのか。私が知る下層人はもう少しまともに食べていた記憶があるのだがな……ところで」

「なあに?」


甘ったるいオムレツをもしゃもしゃしながら応えるリッチー。

 姉妹もルミへ視線を向ける中、彼女は匙でオムレツの中の青い実を掬い眺めながら口を開いた。


「君らはペッテを"エルフ泣かせ"と呼ぶが……エルフが泣くのか? これで?」


尋ねるルミの目は訝しげだ。

 リッチーは答えようとしたが口の中がオムレツで埋まっており、代わりにアーサーが答えた。


「下層の町に、古いお伽話があるようです。エルフを泣かせて宝石の涙を得るのに、その実を用いていた、という。真偽は分かりませんが」

「ならば作り話だろうな。こんなもので泣くとは思えない」


アーサーの話に対し、ルミは小馬鹿にしたような口調で控えめに言い捨てた。


「この島ってさあ、やっぱりエルフに関係する話多いよね。エルフ泣かせもそうだし、エルフの涙筋って名前もじゃん。宝石屋のおっちゃんはエルフか女神がいたって言ってたけど、本当に住んでたのかな?」

「どうでしょうね。涙石という名前も涙筋が最大の産出場所だから、エルフの涙が宝石になるから、という点が少なからず影響している筈ですが」


ピエールの呟きにアーサーが乗り、視線をルミへと向けた。


「……涙筋?」

全く心当たりが無い、という顔のルミ。

 アーサーが涙筋の由来も含めて説明するが、やはりその顔は釈然としていない。


「どれも聞いたことのない話だな、大方作り話だろう。下層人は、現代に残るエルフがどういう存在か知らぬと見える」


再びきっぱりと言い捨てて、ルミは再び匙を動かし始める。

 どうにも含みのある言い方だが、エルフについて言及する彼女の表情は芳しくない。

 そのことは三人全員が朧気ながら感じ取っており、それきりエルフに関する話が続けられることはなかった。

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