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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
90/181

16

「歩きながら質問に答えていこう」


台車を押しながら川沿いを先導する女が、前を向いたまま口を開いた。

 姉妹は不安げな顔で後を追っているが、リッチーは完全に不安や心配よりも期待の感情が上回っている。

 目がきらきらだ。


「君らが旅の頼りとしたそれは、確かに私が書いたものだ。だが宝の地図でもなければ、宝探しの日誌でもない。手慰みに(したた)めたただの手記、しかも昔紛失したものだ。まさか下層にあり、それを頼りにここまで来る者が出るとは思いもしなかった。知らぬ間に石と一緒に川に捨てていたのやもしれぬ」

「そ、それであの涙石はどうして……」


女の発言の終わりを見計らい、我慢が出来ないという調子でリッチーが口を挟んだ。

 アーサーが咎めるような視線を向けるが、最早リッチーに姉妹のことは目に入っていない。


「涙石……ミェルクレスのことか? あれは全て失敗作なのだ。毎日ああして川へ捨てに来ている。捨てる時間と君らの到着時間が重なったのは幸運な偶然、だっただろうか?」


女の言葉に、アーサーが追加の質問をしようと口を開きかけた時。

 ピエールが咄嗟にショベルを構え前に出た。

 それと同時に、四人の進行方向へ降り立つ一匹の雷の翼。

 四人を見下ろしながら、ぎゃりり、ぎゃりり、と低く威嚇するような声音で鳴いている。


「なんだそれは。ショベルか? 面白いな、今の下層人はショベルを武器として用いるのか?」


目の前に降り立った雷の翼を目の当たりにして緊張感を鋭く張りつめる姉妹。

 一方、女は目の前の外敵には何一つ興味も向けず、ただ自身の前に躍り出たピエールの得物に注意を向けていた。


「そ、そんなこと言ってる場合じゃ」

「あのサンダーバードを恐れているのか?」


やや間を置いてから、女は三人が雷の翼に警戒心と恐怖を抱いていることに気づいたようだった。

 ぞんざいな動作で右腕を上げ、発光する指先を目の前の雷の翼へ。


「    」


ぼそりと四文字の呪文を唱えた瞬間、魔力の軋む奇怪な音と同時に雷の翼の巨体が前触れ無く地面に倒れ伏した。

 草を潰しながら仰向けに倒れる蒼藍の巨体。

 姉妹は口を半開きにしたまま、雷の翼が倒れるのを呆然と見ていた。


「愚かな奴だ。私に直接手出しをすればどうなるかなど、この地に棲まう者なら皆知っているというのに。親から教わらなかったのか、それとも成体となったばかりで驕っていたか。……行こうか」


倒れた雷の翼の側を平然と通ろうとする女。

 三人は恐る恐るといった様子で、女を追い雷の翼の側を通り抜ける。

 間近で眺めた雷の翼は、どうやら死んだ訳ではないようだ。

 だらしなく嘴を半開きにし半目を開けて倒れているが、胴は規則正しく上下を繰り返している。


「……寝てる……?」

「ああ。ただ眠らせただけだ。私は攻撃呪文が不得手でな、こういった小細工の呪文しか操れないのだ。奴もその内目覚めるだろう」

「こざ、いく……」


平然と言いながら歩く女の背中を眺めながら、アーサーが絞り出すように呟く。

 手を伸ばし、たった四文字呟くだけで何の前兆も無くあれだけの巨体を即座に昏倒させる。


 間違いなく今の人間に出来る所行ではない。

 一部の魔物や選ばれし一握りの人間のみ扱える、伝説に残る古代の呪文だ。

 古代呪文は既に人の手から失われ、素質無い人間にはその呪文の名を聞き取れず口に出すことも出来ない、という。

 先ほど女が呪文名を唱え、それが四文字であると分かったにも関わらず詳細を全く聞き取れなかったのは、そういうことだろう。

 やはり彼女は、人智を超越した人の形をした何かなのだ。


 アーサーの頬を、冷や汗が一滴滑る。

 倒れ伏した雷の翼を通り過ぎ、再びアーサーが何か口を開こうとした寸前。


「さあ、着いたぞ。……しかし、ここに他者を招くなど初めてのことだ。大した持て成しは出来ないが勘弁して貰いたい」


凍原のど真ん中に、恐ろしく場違いに思える真っ白い一軒家がぽつん、と建っていた。



   :   :



 家の中はしっかりと掃除、整頓が行き届いており、小綺麗で居心地の良さそうな空間だった。

 妙に可愛らしい小物も多く、年頃の女の子が住んでいる、と窺える。

 更に部屋の隅には持ち運び出来る小型の暖炉のような道具が置いてあり、中には涙石が一つ。

 石はほの赤く輝いており、部屋内を適温に暖めて尚余りある魔力の光と熱を放っていた。

 その整いぶりに、ここが人の辿り着けぬシテテ上層部、凍原のど真ん中だということを忘れそうになるほどだ。


「すまないが客用の椅子はこの家には無くてな。適当にその辺りに座っていてくれ。私は茶菓子……などという気の利いた物があったかどうか探してくる」

「え、えっと、私たちここまで旅してきて結構汚れちゃってるんだけど、大丈夫かな? この真っ白い敷物とか……」

「気にするな。どうとでもなる」


本当に何も気にしていない口調で言い残し、女は三人を残して別室へと去っていった。

 暫く逡巡してから、恐る恐る床に敷かれている純白の、厚みのある未知の素材製の敷物に腰を降ろす三人。


 ふわあっ。


 座り込んで分かる、敷物の圧倒的ふかふか感。

 一体何の素材か分からないそれに指を添えるとすぅ、と埋まって見えなくなり、埋もれた指先を柔らかなふかふかが優しく絡め取るように包み込んでくれる。

 指を離すと、一切引っかかることなくそっ、と離してくれる。

 悪魔的な包容力だ。

 そのふかふか感には、三人全員が思わず敷物に頬摺りしたくなってしまうほど。

 姉妹は緊張と不安からその欲求を堪え、一人何の躊躇いも無く敷物に全身から飛び込もうとしていたリッチーはアーサーが首根っこを掴んで押さえた。

 姉妹は借りてきた猫のようにかちかちになったまま、顔を見合わせる。


「何なんだろこれ。何なんだろあの人」

「さあ……」

「あら、そんなの簡単じゃない」


不安そうに顔を見合わせる姉妹とは対照的に、リッチーがあっけらかんとした顔でそう答えた。

 姉妹が二人してリッチーの顔を見返すと、彼女はにへにへと笑みを浮かべて、


「あの人は川に捨てた涙石を失敗作だから川に捨ててるって言ってた。しかも毎日捨ててるって言ってた。……毎日あれだけの量の涙石を、どこかから手に入れてるってことよ。凄い! しかも捨ててるってことはもしかしたら貰えるかもしれない! もっと凄い!」


話しながら先ほど見た大きな涙石の結晶を思い浮かべたのか、だらしない顔で笑い始めるリッチー。涎すら垂れている。

 相変わらずなリッチーに二人はため息を洩らしつつも、その気の抜けっぷりを見て少しだけ緊張がほぐれたらしい。


 ごくわずかだけ表情が明るくなったところで、女が三人のいる部屋へと戻ってきた。

 明るくなった筈の表情がすぐに堅く戻る。


「すまない、出す物はあったのだが肝心の来客用の器が無くてな。……持っていないか?」

「はいはい、持ってます! コップも食器も! ね、ほらピエールちゃんアーサーちゃん!」


勢いよく言ったリッチーが話を振ると、二人はどこかぎこちない動きで背嚢から三人分のコップと、小さな皿を取り出した。

 それを見た女が、両手にポットと食べ物らしき何かが盛られた器を持って部屋の中央に腰を降ろした。

 純白のふかふかの上に置かれるポットと器。少々不安定だ。


「水気を抜いたトゥロルと、ペッテだ。これなら君らのような下層人でも食べられるだろう」


そう言って女が差し出した器に盛られているのは、かちかちに乾燥した薄い黄色の物体。

 そしてポットからコップに注がれたのは、鮮やかな水色の暖かい液体だ。

 言葉からして水色の液体がペッテ、黄色い何かがトゥロルだろう。どちらも三人にとって聞き覚えの無い名前である。


 差し出されたそれらをリッチーが躊躇い無く口に含もうとするのを止め、アーサーが最初にそれらに手をつけた。

 まずは乾燥した物体。少し観察してから、ぱきっ、と一口大に割って口に含む。

 むくむくと、咀嚼のち嚥下。

 暫し経ってから。


「……林檎ですね、これ」

と呟いた。


「リンゴ?」

「ええ。私たちはこの果物を林檎と呼んでいます。皮は赤か薄緑で、大きさはこの程度では?」

「確かに皮は赤いし、示した通りの大きさだ。しかしリンゴか……不思議な呼び名だな。私の知る下層人はそんな呼び名をしていただろうか……?」

「……」


トゥロルという名前の方が自分たちにとってはよほど不思議だ。

 という言葉を飲み込むアーサー。


「……なんだ、呼び名が違うだけで私たちが知ってる食べ物なんだ。じゃあこの水色のお茶は何だろう、薬草かな」


と、次は自分がと言わんばかりにピエールが水色の茶の満たされたコップに口を付け一口含んだ瞬間コップを取り落とし両目を見開きながら渾身の力で喘いだ。


「姉さんっ!」

「ピエールちゃんっ!」


隣の二人が驚き露わに片膝立ちになり、リッチーは身体を丸めるピエールの背中に手を、アーサーは鬼気迫る顔で女を見返した。

 一方、対面にいる女は。


「……何故だ……? ペッテは君ら下層人も食用にしていた筈だが……?」


彼女自身も、驚きを露わにしていた。

 どうみても演技をしている顔ではない。

 アーサーは腰の剣に手をかけるべきか迷いながらも視線をピエールにずらした。

 俯くピエールは口元に手を当て目を見開き、その目尻から涙の滴さえ流しながら、


「辛い……これ……あれだよ、初日に……食べた……青い辛いの……はがあああ舌が……!」

「……エルフ泣かせ?」

「そうそれ……!」


聞き返したリッチーに、俯いたまま手だけを上げて正解を示すピエール。

 アーサーの緊張感が見る見る内に緩んで萎み、


「……」

大きく息を吐きながら脱力する。

 対面では、未だに女が三人を見比べながら動揺を露わにしていた。



   :   :



「……すまない、まさか調味料としての利用が主で、ペッテで茶を淹れないとは」

「い、いや……大丈夫……こっちこそ汚しちゃってごめん……」

「それは先ほども言ったが構わない、どうにでもなる」


四人は青く染まった敷物中心部から、少し離れた場所に移動して座り直した。

 改めて、三人は呪文の水を温めた白湯を口に含む。

 女は一人ポットに入っていたエルフ泣かせの茶を飲んでいるが、辛味に悶える素振りは一切無い。平然どころか、旨そうにすら見えるほどだ。

 喉元の肌は透けているが、光に阻まれ口にした物が喉を降りるところは見えない。


「……さて、では話の続きをしよう。まず私のことは……そうだな。ルミ、とでも呼んでくれ。君たちのことは何と呼べばいい?」


ルミと名乗った女に、各々自己紹介を行う三人。

 ルミはやはり無表情に近いが、どこか満足げに頷いた。


「うむ。では、先ほど君らの話は軽く聞かせて貰ったが……君たちは宝を求めてここに来た。更に、あの廃棄予定のミェルクレスに強い興味を持っていた。その辺りを詳しく聞かせて貰ってもいいだろうか?」


水色の可愛らしいコップを置き、光る指先で乾いた林檎をつまみながらルミが尋ねた。

 勢いと情熱に任せてまくし立てようとするリッチーを押さえ、アーサーが話し始める。

 "宝石島"と名高いこの島で見つかった古文書とあって、宝石の類を求めて日誌を辿ったこと。

 滝の裏にある洞窟から先は下層に住む人々には全く知られていない未踏の空間であったこと。

 先ほどルミが捨てたミェルクレス、涙石は、恐らくごく稀に下層まで流れ着き、とてつもない価値のある宝として取引されていること。

 それらのことを一通り伝えた上で、"廃棄予定の涙石がまだあったらもし良ければ譲って欲しい"と言うべきか言わざるべきか、アーサーが黙って逡巡していると。


 我慢ならぬ様子のリッチーが遂にアーサーの制止をふりほどき、ルミの青白く光り輝く手を強く握った。

 熱の籠もった口調で、眼前の光り輝く女へとまくし立てる。


「あのねルミちゃん、あたしね、あの日誌に書いてあった"輝きの園"っていうのが見たくてここに来たの! 日誌の内容からすると、ルミちゃんはその輝きの園っていうのを見つけたんでしょ? お願い、連れて行って!」


その言葉、あまりにも直球であった。

 長い旅の果てに見つけたであろう宝の在処に、つい先ほど出会ったばかりの人間が連れて行って、と頼んでいるのだ。

 当然の如く、ルミの表情に険が混じる。

 ともすれば敵意とも取れそうな強い警戒を滲ませながら、リッチーを睨み据えた。


「……先の廃棄石ならともかく、私がかつて手記に書いた――あの場所へ行きたいというのはどういう了見だ? もし私からミェルクレスを奪う気がわずかでもあるのであれば……」


ルミは言葉を区切り、代わりに身体から魔力を迸らせることで応えた。

 彼女の内にある発光体が光を強め、身体の節々から漏れる光が一層強まる。

 風もないのにゆらゆらとはためく灰色の髪や服の裾。指先や口元など、もう青白い光に飲まれて輪郭も見えない。

 その存在は、最早人ではない魔力の塊そのものにしか見えなかった。

 先日競売所で見かけた、建物一つ吹き飛ばせるだけの魔力を秘めた涙石。

 それすら彼女と比べれば路傍の小石のごとし。

 町一つ焦土に出来そうなほどの魔力が、圧となって三人を襲う。

 町を滅ぼしうる雷の翼を赤子の手を捻るように昏倒させたのだからそれも当然と言えよう。

 姉妹は目の前の化け物相手に、全身が凍り付く。


 当然至近距離で直接圧をかけられているリッチーも同様……と思いきや。

 彼女はルミの威圧など何一つ気にすることなく言葉を続けた。


「輝きの園! 輝きの園、なんて例えるくらいなんでしょ? きっと独りでにぴかぴか光る魔法の宝石が花畑みたいにびっしり埋まってるんでしょ? ああ見たい! 四方八方光に満ちて目も開けてられないような光景なのかしら! それとも鍾乳洞みたいに尖った宝石がびっしり生え並ぶ宝石の森みたいになってるのかしら! ああ見たい、今までの旅路は本当に綺麗な石が全然見れなかったから! 今度こそ見たいのよ! ね、お願いルミちゃん!」


人外の化け物による威圧も何のその、早口で喋りながらルミの両手を握り、ついでに彼女の指先が光り輝いて綺麗なことに気づくとすりすり揉み揉み、更に見上げて彼女の瞳すら美しく輝いているのが分かれば睫毛が触れそうなほど至近距離でその目を見つめ返しながら、一点の曇りも無い目でリッチーはルミを見つめ返した。


 目の前の女は全身発光する美術品そのもののような女である、と気づいたリッチーには、最早ルミへの恐怖だとか警戒だとかそういった感情はどこにもない。

 ただ唯一"流石にこれで指や目玉を舐めたら怒られるかも"というぎりぎりの理性だけが彼女の行動を押さえ込んでいる。


 光ってないのに光り輝くような錯覚すら覚えるリッチーの瞳に、真正面かつ至近距離から見つめ返されるルミ。荒い鼻息が、彼女の顎から鎖骨にかけてをくすぐっている。

 逆に気圧されたのか威圧感が薄れてしまい、代わりに戸惑いの感情が混ざった。


「……君は、美しさしか頭に無いのか?」

「そりゃそうよ! 宝石は、美しいから宝石なのよ! さっき捨ててた涙石も! あの魔物たちみーんな、魔力のある石にしか興味が無くて魔力の無い涙石にはてんで無関心! ……あいつら皆馬鹿よ! あの真っ赤な魔力の無い涙石、色合いも、透明度も、中の光の反射具合も! 最高に美しかったのに! ああ、あれだけ、あれだけ拾えてたら……!」

「も、もういい、もう分かったから離れてくれ」


ルミは身体の発光を弱め、リッチーの肩を掴んで彼女を引き剥がした。

 リッチーも、ルミの美術品めいた輝きが収まったことで落ち着きを取り戻し剥がされるがままになる。


「……」

リッチーの肩を掴む腕を伸ばしたまま、何やら俯いて物思いに耽っているルミ。

 少しの間だけそうしてから、手を離し顔を上げた。


「君が宝石に対しどういう想いを抱いているのかよく分かった。……それに、仮に君らに害意があっても外の魔物に震える程度であれば、私を害すことは出来ないだろうしな。ついてくるといい、私が見つけたものを君らにも見せよう」

「やったあ! ありがとうルミちゃん!」


穏やかな顔で立ち上がったルミと、両手を振り上げて喜びを露わにするリッチー。

 姉妹は、二人の話から取り残されてしまったような心境だった。

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