14
――窟を出れば、そこは厳寒なる島の中層である。防寒具を用意しなかったことを私は悔いることとなった。しかし君を想うだけで、心の底に滾るものがある。寒気など苦にならない。
私は頂きを目指し、まずは標である川との再会を目指した――
: :
洞窟を抜けたかと思いきや即座に中へ戻っておよそ三十分。
外套を掴む手に一層の力を込め、全身を小刻みに震わせながら。
姉妹は、再び極寒の草原へと足を踏み出した。
姉妹の間にはリッチー。今までの道程とは正反対で、彼女の方が平然としている。気温の上下には滅法強いのだ。
「寒っ……何でこんな寒いの、おかしくない……?」
「組合では上に登る度温度が下がる、とは言っていましたが、上層がこれほどとは……」
「えー、そんなに寒い? これくらいちょっと肌寒いって程度じゃない」
余裕綽々なリッチーの言葉を恨みたっぷりに無視して、改めて三人は草原へ視線を向けた。
身を屈めて草に隠れた状態で、視線だけを外に出している。
暫く周囲を見回してから、さっと頭を草の中へ下げた。
「やっぱり、ここも何かいる?」
「いるね。なんて言うか、下に這い宝石いたじゃん? あの塊が一つの魔物になった、みたいな感じの気配がそこかしこにある」
「……それって結構やばくない?」
「それなりには。ですが逆に、そのおかげで私たちの存在感は相対的に小さい。幸い私たちは魔力もさほど多くありませんし、程良く隠れながら進める筈です」
「ちょっと不安になってきた」
「なら帰りますか?」
「嫌!」
拒否の一言だけは威勢良く。
その頑なぶりに少し口元を緩めてから、真剣な顔に戻ってアーサーは前を向いた。
ベルトポーチから方位計を取り出し、太陽の位置とも併せて進むべき方角を見定める。
三人は姿勢を低くしたまま草むらの中を分け入り、忍び足で凍原を進み始めた。
: :
かさかさかさ。
かさかさ。
草に埋もれたまま、なるべく草を揺らさないよう慎重な歩みで三人は進む。
幸い気温の低さ故か小さな虫の類は一匹もおらず、また足下を這うような小動物もいない。
先頭を行くアーサーははっきりと分かる魔物の気配を避けながら慎重に、回り道をしながら草原を進んでいた。
が。
「……ね、ねえ二人とも」
小さな小さな衣擦れ声で呼びかけるリッチー。
あからさまな不安顔だ。沈黙を返す二人の顔にも、緊張が滲んでいる。
「……」
「これ、付いて来てるよね? 絶対付いて来てるよね?」
沈黙による肯定を返しながら、先頭のアーサーは静かに草の中を進む。
ほぼ無音同然の忍び足に、草の揺れは風の揺れに紛れる程度。気配は出来る限り消している。
にも関わらず何かの魔物の強い存在感が、三人の後をゆっくりゆっくりと追いかけて来ていた。
速度は三人の進行とほぼ同じ程度。
距離を詰めることは無いが、どれだけ複雑に蛇行しても寸分違わぬ道筋で後を付いて来ている。
相手は、明らかに三人の存在を感知している。
にも関わらず追いつこうとせず遅々とした速度で追って来ているのが、姉妹の心に妙な違和感を生じさせていた。
「……姉さん」
「どうする?」
「始末しましょう」
細々と言い合い、迎撃を決めた姉妹は手早く準備を行う。
進む速度を少しずつ緩めながら、ピエールは無言でショベルを抜き後ろを向く。
アーサーは盾を構えリッチーを守る為側に寄せながら、やはり視線を後方へ。
少しずつ緩めた速度を停止させ、速度を変えない気配が一直線に三人の前に姿を現すのを待ち、
姿が見える直前、強い風が吹くのに紛れ先手で踏み込んだピエールがショベルを振り降ろし縦真っ二つにしてすぐさま進行を再開した。
死体の姿をじっくり確認することもなく足早に草地の中を埋まり進みながら、三人が言葉を交わす。
「……今の見た?」
「ええ」
「あたしも見えたわ。二人の背嚢くらいの大きさで、白いもこもこした煙の塊みたいなの。ギズモよね、あれ」
リッチーの挙げた名前を首肯する二人。
ギズモ。
典型的な気体状の魔法生物だ。
白い綿の塊のような身体の中央に口を一つ持ち、空中を機敏な速度で飛行しながら火の玉を放って人を襲う。
かつては一対の目も持っていたらしいが、今見られるギズモは殆どが目を持たず口だけだ。
気体の魔法生物ということで武器による攻撃は効果が無いように思われるが、ギズモに関しては体内に核があり、それを破壊することで殺すことが出来る。
とはいえ核が弱点であることはギズモ自身も重々把握しており核を守る行動を取るので、実際に武器でギズモの核を破壊するのは中々手間がかかるだろう。
今回は奇襲が上手くいったので、一撃で容易に破壊することが出来た。
しかし次はどうなることやら……とアーサーが内心危惧しながら進んでいると。
再び、彼方から三人の元へ近付いてくる魔物らしき気配が一つ。
今度は進行方向真正面から。軸をずらしてすれ違おうにも、やはり相手は一直線にこちらのいる位置を目指して進んでいた。
認識した姉が再び先制攻撃で始末すべく、体勢をじりじりと整えながら少しずつ自然な動きで距離を詰め、
ぶおん、と飛び出し振り抜いた二度目の奇襲だったが核を避けられ実体のない煙だけを両断するに留まった。
即座にショベルを翻し再び一撃放つが、ギズモが慌てて距離を取った為追撃は届かず。
ギズモが反撃で放った二つの火球によって、凍原に白煙が立ち昇った。
: :
「わわっ、わひゃっ」
リッチーへ放たれた四発の火球を、アーサーが盾で殴りつけるように打ち払った。
ギズモが飛ばす火球は人の頭程度の大きさで、同量の水の塊のような重みがある。勢いもあるので、下手に当たれば燃えるだけでは済まないだろう。
火球を弾かれた三匹のギズモは、そのままの勢いでアーサーの後ろにいるリッチー目掛け突撃を仕掛けた。
アーサーも真正面から迎え撃ち、右手の剣を羽箒でも振るうかのように軽やかに二閃。
一体の核を砕き、一体の核を掠めて追い返し最後の一体の体当たりを真正面から盾で受け止めた。
白い煙に左腕が埋まり、石に似た何かと盾とが擦れ合う硬い感触。
両者が接触したのは一瞬の間だけでギズモはすぐに距離を取り、離れた位置からリッチー目掛け火球を放ち始めた。
「ひええっ」
頭を抱えて蹲るリッチーと火球との間に素早く割り込み、アーサーは再び盾で火球を弾き返す。
一、二、三。
三つの火球を防ぐが直後にギズモ本体から体当たりを受け、アーサーはよろけながらも苦し紛れに剣を振るって反撃を試みた。
しかし斬れたのは実体の無い煙部分のみ。ギズモは何の損害も受けた様子無く、またもリッチーへ火球を飛ばしている。
「……っ」
武具を構え、ギズモを睨みながらアーサーが歯噛みした。
素早く視線を投げれば、アーサーとリッチーから少し離れた位置ではピエールが八面六臂の大暴れをしている。
四方をせわしなく走り回ってはショベルを無尽に振り回しギズモやそれ以外の気体状魔法生物を斬っては捨て殴りつけては突き飛ばし、時には手足すら煙の中に突き込んで核らしき物体を砕いていく。
だがそれだけの活躍をしても殺到する気体生物の数を減らすのみに留まり、ピエールの攻撃をすり抜けた複数の気体生物たちが妹と宝石女の元へと襲来してくる。
「なんでっ、あたしばっかっ、ひぎゃっ!」
盾により火球は全て防がれたものの突貫したギズモの一匹がアーサーの防壁をもすり抜け、リッチーへと到達した。
「いたっ、痛い、痛いってっ!」
一直線に体当たりを仕掛けたギズモは、真上からばすんばすんと足で踏みつけるように煙の奥にある核で転がったリッチーを打ち据える。
幸い打撃の威力はさほどでもなく、至近距離から火球を放とうとした寸前にアーサーによって核を蹴り飛ばされた為リッチーにさしたる怪我はない。
だが、ここでようやくアーサーの疑念が確信を持ってリッチーへと向かった。
気体生物たちの標的は、明らかにリッチーただ一人。
立ちはだかる姉妹を余計な障害物としか思っておらず、リッチーだけを一心に狙っている。
魔力の量だけでは説明がつかない。
何か理由がある筈だ。
「リッチー、ギズモを引き寄せていることに何か心当たりはありませんか!」
「心当たりって、そんなのっ」
「開きかけの巻物や私たちが知らない間に魔法石を拾っていた、など!」
「ある訳……あっ」
何かに思い至った、というリッチーの顔。
図星だ。
その態度の変化を、姉妹二人はしっかりと視界に納めていた。
「持ってるなら早く捨てて!」
「え、い、いや、何も持ってないけど? 巻物はほら、洞窟で落としちゃったし、それに、あっ!」
言い掛けたリッチーの胸元で何かが動いた。
彼女は咄嗟に胸元を手で押さえたが、もう遅い。
迫って来る気体生物の一匹を斬り捨てたアーサーが、剣を鞘に納め鬼気迫る顔でリッチーの元へ駆け出した。
「ち、違う! いない、本当になんにもいないったら、こ、来ないでアーサーちゃん……来ちゃ駄目っ!」
リッチーの嘆願になど目もくれずアーサーはリッチーの目の前まで駆け寄ると。
彼女の細い足首をむんずと掴み上げ、逆さ吊りに持ち上げた。
「あーっ! あああーっ! ああああーっ!」
ゆっさゆっさゆっさ。
袋をひっくり返して中身を総浚いするかのように、逆さ吊りにしたリッチーを上下に振るアーサー。
すると出るわ出るわ。
蜥蜴の鱗、川浚い場で貰ったオパールの原石、紫溶岩地帯で最初に見つけたアメシストの欠片、その他いつの間に拾ったのかも分からない色とりどりの石くれたち。
一体どこに隠し持っていたのかと言わんばかりの量の原石が、リッチーの服と身体の隙間という隙間からぱらぱら無数に散らばった。
「ああーっ! ああああーっ!」
揺さぶられながら無我夢中で叫ぶリッチー。
それでもアーサーが勢いを緩めず、気体生物たちの猛攻を躱しながら宝石女を逆さ吊りにして振り続けていると。
ゆっさゆっさ揺れる丸い大きな小麦色の胸の谷間から、遂にそれは落ちた。
地面に落ちるより早く、右手で掴み取るアーサー。
「ふぎゃっ!」
当然、右手で掴んでいたリッチーは雑に落とされている。
「リッチー君……これは何かなあっ!」
アーサーが掴み取ったのは、大粒のダイヤモンドの原石。
……の、這い宝石であった。
今はアーサーの指の間で小刻みに震えている。必死に脱出しようとしているのだが、アーサーの力には敵わないらしい。
ちなみにリッチーの体温が移っておりほの温かい。
「あ、え、えっと、這い宝石に襲われた時あたしを盾にしたでしょ。その時胸の間にその子が挟まっちゃって、それで、群れと離れたからなのかしら? その子妙に大人しくなってたから、それに綺麗なダイヤだし、連れて帰ろうと思って、それで」
愛想笑いのリッチーの釈明をにっこり笑顔で聞き流すアーサー。
そしてダイヤの這い宝石を握ったまま草むらの中で大きく振りかぶり、
「だ、駄目止めて! その子なんにも悪いことしてないのに! お願いアーサーちゃん! あたしのティティちゃんを虐めないでお願いアーサーちゃああああっ!」
アーサーの手によって、這い宝石は彼方へと投げ飛ばされた。
宙を舞う無色の原石。
次の瞬間、三人に集っていた全ての気体生物たちが這い宝石を追って空へ飛び出した。
彼らはまるで"こいつを探してたんだ"と言わんばかりに、主人が投げた木の枝を追う忠犬のように、弧を描き飛んでいく光る無色の宝石へ殺到する。
「ああっ、あたしのティティちゃんがあっ……!」
「名前なんか付けるんじゃありません」
「みーんな飛んでっちゃった……あの魔法生物たちはあれを探して集まってたんだね……」
三人が各々表情は違えど投げ捨てられた這い宝石と、それに群がる無数の気体状魔法生物たちの奪い合いを眺めながら、体勢を整えようとしたところ。
突如空から雷鳴が轟いた。
: :
ピエールが空から飛来する巨大な気配に気づき二人に地面に張り付くよう叫んだその直後、雷鳴が鳴り響いた。
雲一つ無い青空に突然、すぐ近くで雷が落ちたかのような強烈な炸裂音が放たれ、その場に存在する全ての鼓膜を張り裂けそうなほど強く揺さぶる。
「あ、あー、あー……?」
地面に張り付く三人。かつてないほど巨大な音だったが本当に鼓膜が裂けるほどではなく、ただ大きな耳鳴りが頭の中をびっしり埋め尽くすだけで済んでいた。
「ピエールちゃん……アーサーちゃん……?」
リッチーが虚空に問うが、その言葉は耳鳴りに呑まれ姉妹は元より発言した自分自身にすら聞こえない。
姉妹はリッチーを地面に伏せさせたまま、頭を草むらから少しだけ覗かせて様子を窺った。
空は変わらず快晴だ。雷雲などどこにも見当たらない。
しかし。青空の片隅をよく見ると、黒い点が一つ存在した。
それは姉妹が眺めている中ぐんぐんと大きくなり、やがて一個の巨大な存在となってうら寂しき凍原に降り立った。
深い藍色の身体は極太の大蛇の如し。表皮は鱗なのか羽毛なのかも分からない分厚い何かで覆われている。
胴の下部には野太い大爪を備えた足。その巨大さたるや、人ならば数人は容易く掴めるであろう。
胴の上部には身体と同じ藍色の翼。身体の大きさからすると少々小振りで、空を飛べるのか疑わしい大きさだ。すなわち、強大な魔力を利用して飛んでいるということに他ならない。
頭部はほぼ猛禽そのもの。やはり深く濃い藍色で、嘴だけが際立つ鮮やかな黄色をしている。
そして最も特徴的なのは胴体中央部。
蛇状の身体の中心を包み込むように、灰色の雷雲が渦巻いている。
姉妹が知る中で一、二を争うほど力強く、強大な鳥の魔物。
「い、雷の翼だ……」
人を超越する巨鳥の嘶きが、凍原に轟いた。
: :
雷の翼は生え並ぶ草たちを激しく揺らしながら、地面すれすれで滞空していた。
羽ばたきの頻度は緩やかで、やはり魔力を使っていなければ空を飛ぶことなどとても不可能な動きだ。
滞空しながら、ぐおんと頭を伸ばす。
一匹のギズモが一瞬で丸飲みにされた。喉元でギズモが暴れているかのような痕跡を見せたが、それもわずかな間だけだ。
続いて二、三、と丸太のような上半身を鞭のように振るう。
その度に風圧で草が押し潰されるほど靡き、這い宝石に群がっていた気体魔法生物たちが回避の試みも空しく一飲みにされ消えていく。最早入れ食いである。
三人に気づいていない、或いは眼中にないことは明白であった。
雷の翼の標的は、見た限りでは這い宝石に釣られ集結してしまった魔法生物たちだけらしい。
海老で鯛を釣る、ならぬ、這い宝石で雷の翼を釣る。
流石の姉妹も頬から首筋から背中まで冷や汗でぐっしょぐしょに湿らせつつも、逃げる魔法生物たちを狩り続ける雷の翼から離れる。
その間三人は一言も喋らない。
雷の翼に気づかれるような真似はほんの少しもしたくない。
そのことはリッチーですら何も言われず悟り、三人は極限まで神経質めいて息一つ、物音一つ立てるまいと草の中を這う。
が、群がっていた魔法生物がおよそ半分ほど丸飲みにされた辺りで。
今度は別方向から、別の強大な気配が凍原に現れていた。
最初に気づいたのは雷の翼、そしてほぼ同率でピエールである。
一匹の気体生物を丸飲みにしかけていた雷の翼は頭をぴたりと止め、代わりに逃げようとしていた気体生物を足の爪で切り裂きながら空を見上げた。
足爪一振りで三分割にされた気体生物は、煙部分を消滅させ割れた核だけを残して地面に落ちる。
同様に三人も、表情こそ違えど揃って空を見上げた。
ピエールは冷や汗で前髪をぺったり額に張り付けながら、リッチーはあまりの自身の手に負えなさにただぽかんと口を開けて、アーサーは顔を青ざめさせ、歯すらかちかち震わせつつ。
そうして空から新しく現れたのは、三人の想像通りまた別の巨鳥の魔物。
……なのかどうかも分からない、黒い煙か霧のような何かの塊であった。
: :
先制攻撃は雷の翼。
全身から白い魔力の光を迸らせながら、宙に浮いている黒い煙めいた塊めがけて嘴を開き薄紅色の熱線を放った。
鉄をも一瞬で溶かす高熱の光線だ。人に当たれば燃えるという過程すら挟まず灰になるだろう。
が。
一直線に黒い霧の塊へ投射された筈の熱線は敵を焼くことなく、煙に触れた瞬間完全に霧散してしまっていた。
思いも寄らぬ結果に雷の翼は一瞬面食らい、その間に黒い煙の塊が一直線に距離を詰めた。
煙の中から橙色の巨大な鉤爪が飛び出して、雷の翼を痛烈に打ち据える。
ぎょおおおっ。
雷鳴のような激しさを持つ雷の翼の鳴き声が轟き、離れた位置で呆然と見ていた三人の耳を劈き落下する衝撃で地面を揺さぶった。
巨大な鳴き声と巨大な質量の落下で、耳と地面と足とが震える。
鉤爪で雷の翼を殴り飛ばした黒い霧の塊は、敵のことなど無視して気体生物たちを襲い始めた。
彼らも必死で逃げようとしているのだが、相手のあまりの巨体と速度故に生き延びることなど叶わない。
恐らく霧の内部にあるであろう口で、二、三体の気体生物を飲み込んだ黒い塊。
の、後ろから突き飛ばされた雷の翼が猛然と体当たりで反撃した。
ぐろろろろっ。
甲高く鳴きながら先ほどの雷の翼のように地面に打ち付けられる黒い霧の主。
こちらも霧の中には相当な巨体があるようで、落下した際地面が大きく震えた。
黒い霧の主は霧に包まれている為どういう姿勢を取っているのかは分からない。
が、どうやら即座に体勢を建て直し雷の翼と取っ組み合いになったということは三人にも読み取れた。
体長にして十メートル単位、重量にしてトン単位の巨大な魔物同士のぶつかり合い。
片方が大地に打ち据えられる度に地面が慄き震え、片方が雄叫びを上げる度鼓膜が悲鳴を上げる。
冷涼閑散としていた筈の凍原が、大地震え嘶き轟く戦場と化していた。
ぎょおおっ。
霧の中から飛び出した鉤爪を二本の足で押さえ込んだ雷の翼が、一際高く鳴きながら全身を青紫色に輝かせた。
「あっやばっ」
あまりのスケールの違いにぼけっと大怪獣決戦を眺めていた姉妹。光に気づき、慌ててリッチーを引っ張り回避行動を取る。
直後。
雷の翼の胴の雷雲から放たれる、無数の紫電。
全方位へ乱雑な放電が行われ、草むらを白く焦がし、逃げ遅れの気体生物を消し飛ばし、アーサーが構えた革の盾の表面を一撃で消し飛ばした。
表面の革が一瞬で消滅し、革の内側にあった眩しく輝く金属が露わになる。
雷の翼が奥の手として用いる電撃の渦だ。かつて姉妹が雷の翼と交戦した際には、五十人近くいた討伐隊がこの電撃の一波で半数以上殺される結果となった。
今の一瞬もアーサーの持っている盾が内側に特殊な金属を仕込んでいないただの革製であれば、防ぐことなど出来ず盾ごと腕が消し飛んでいたであろう。
しかしその電撃も、黒い霧に阻まれた途端あっさりと消滅していた。
どうやらあの黒い霧には、魔力を通さない性質があるようだ。そのおかげで、雷の翼の主な武器である熱線も電撃も通用していない。
黒い霧の主は霧の中に身体を潜めて電撃をやり過ごし、魔力の光が消えた瞬間橙色の鉤爪で雷の翼の喉頸を鷲掴みにせんと掴みかかる。
巨大な化け物同士の格闘戦を横目に。
三人は今度こそ、慌てふためきながら逃げ出した。




