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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
87/181

13

 ほほほほーぅ……ほほほほーぅ……。

 深い穴の奥底から、何かの鳴き声が反響しながら響いた。

 このタイミングでの鳴き声は、まず間違いなく自分たちに気づいたのだろう。

 三人の頬に、冷や汗がひとしずく。


「……ねえこれ」

「登りましょう、早く」


武器を握る手に力を強め、アーサーは足早に階段を駆け登り始めた。

 ピエールが殿を勤め、間にリッチー。

 最後尾を走るピエールは度々後ろを振り向きながら、前方にいるリッチーに呼びかけた。


「リッちゃん」

「なに、どうしたの、ピエール、ちゃんっ」


返すリッチーの言葉は途切れ途切れだ。

 洞窟行で精神的にも体力的にも消耗しているが故のものである。

 それを見越しているピエールが、リッチーへと左手に持っていた角灯を渡した。


「えっ」

「私が抱えるから。リッちゃんは私の分のランタンも持ってて」


言うやいなやさっとリッチーを左腕で抱え込むピエール。

 リッチーは両手に角灯をぶら下げながら、最初は戸惑っていたもののすぐにピエールへ身体を預けた。


「……ごめんね、ピエールちゃん」

「大丈夫、任せて」


せめてもの役割分担として、リッチーが代わりに頭を後ろへ向け後方をじっと見つめ続ける。

 鳴き声は頻繁に聞こえてくるが、まだ視界に何かが現れたりはしていないようだ。


「まだ何も見えないわ」


ピエールに小脇に抱えられながら、リッチーが言う。

 姉妹は返事をするのも惜しいとばかりに黙々階段を登り続け、時折階段をぶち抜く大穴を迂回し、ムカデなどの危険な生物を斬って捨てていく。

 そうして、走り始めておよそ数分後。


「駄目だ、やっぱり来てる」


ピエールの呟きと共に、それは視界に姿を現した。

 外へと通じる光。

 そして、その出口の手前で一際大きく空いた大穴を。



   :   :



 大穴の大きさは奥行きは三メートルほどだが、幅は床を全て飲み込むほどに広がっている。

 これまでの穴は全て迂回すれば普通に通れる程度だったが、今回は穴の上を越えなければ先へ進むことは出来ないだろう。


「やっと出口……あっ!」


先頭のアーサーから遅れて出口の光を捉えたピエールとリッチーが、一瞬の歓喜の直後大穴の存在で表情を一転させた。

 姉妹の頭に浮かんだのはただ一つ、リッチーのことであった。

 自分たちだけなら、この程度の穴は難無く飛び越える、とまではいかなくとも全力で跳べば端に手をかけよじ登ることは容易い。

 だが、姉の小脇に抱えられているリッチーにとってはこの幅は絶望的な距離だ。どれだけの勢いを付けても、端に手すらかからないだろう。


 背嚢を捨てリッチーを背負って跳ぶべきか、ピエールがリッチーを投げ渡すか。

 ピエールが一つの選択肢を模索している間に、アーサーが思いつく全ての選択肢の中から最善手を選び取った。


「姉さん、リッチーを降ろして迎撃の準備! リッチーは巻物、炎を準備!」


こういった状況での妹の判断には、姉は絶対的な信頼を置いている。

 ピエールは迷うことなくリッチーを降ろし、右手にショベルを握り後ろを向いて構えた。

 リッチーもすぐさま立ち上がりピエールの角灯を地面に置き、鞄から一巻の巻物を探して一番上に置いた。


 一方アーサーは。

 剣を納め、盾を腰へ戻し、角灯の持ち手を握らず腕に通した状態で。

 一足先に穴の上を駆けた。

 背嚢を背負っていながらの、見事な跳躍。

 端に両手を掛け、崖際にぶら下がるような状態から造作もなく下半身を振り上げ登り切った。

 登り切ったアーサーは角灯と背嚢を降ろし、背嚢の中身を漁り始める。

 そうしてアーサーが一括りの縄を掴み取った直後。

 闇の底から、魔物たちが這い出てきた。



   :   :



 出てきたのは大きな梟であった。

 とはいえ身体は随分と丸みを帯びており、巨大だが短い嘴が面積の殆どを占めている。

 頭だけ、といった体型だ。

 その直径一メートル半はありそうな梟の頭に、太く長い頑強そうな足が二本。足の長さも頭と同じほどあり、梟の頭に足をそのまま取り付けたかのような不気味な形だ。

 足の先には分厚く太い爪。恐らくこれで土を掘っているのだろう。

 土中棲の頭だけ梟という何とも不気味な魔物たちが通路の下方向から、無数に駆け登ってきていた。


「うえっ」


闇の奥から浮かび上がるその巨顔に、リッチーが思わず呟く。

 一方ピエールは武器を握る手に一層の力を込めて、飛びかかってくる頭梟を迎え撃った。

 頭梟の一羽が、しゃっ、と右足を振り上げ上段蹴りを放つ。

 ピエールは頭への蹴りを屈んで避けたが、直後頭梟は軸足を浮かび上がらせ空中で回転しながら左足で追撃の中段蹴り。

 梟とは思えない、いっぱしの武闘家のような鋭い蹴りだ。

 反撃を行おうとしていた右手のショベルで咄嗟に防ぐピエール。

 きぃん、という硬質の足爪とショベルの金属がぶつかる高い音が響き、一瞬一人と一羽の動きが完全に停止した。


 足を戻し更なる追撃を仕掛けんとする頭梟より早くピエールは右足を一直線に伸ばして蹴りを見舞い、頭梟を押し出すように突き飛ばして階下の後続へとぶつけた。

 続け様に一閃。

 ……というには不格好なショベルでの殴りつけで横から攻撃しようとしていた別の頭梟の足を真一文字に下方へ打ち払い、怯んだところに左手を添えショベルの腹で頭梟をフルスイングした。


 丸かった筈の頭梟の輪郭が、楕円に湾曲するような錯覚と衝撃。

 側面の頭梟も派手に突き飛ばされ、別の頭梟を巻き込んで階段の下へと転がり落ちていく。


「リッチー! 炎の巻物を唱えて穴の中に投げ入れて! それから縄を手に巻きつけて強く握って! 私が引き上げます!」

「えっ、あっ」


投げ渡された縄に手をかけようとしたリッチーだが、同時に別のことを言われて一瞬戸惑い、慌てながら鞄から巻物を出そうとした。

 が。

 元々消耗していた上に焦っている時の行動というものは、得てして失敗するものである。

 荒事に慣れていない彼女であれば尚更。


 慌てて取り出そうとしたリッチーの手は滑り、二巻あった巻物は両方とも彼女の手から離れ足下へと落下した。

 筒状の巻物は坂になっている眼前の大穴を転がり落ち、すぐに見えなくなる。


「あ、あっ」


闇の奥から代わりに飛び出すのは、頭梟の大きな嘴。

 それが彼女の頭へ一心に向かう、直前。


「けエエーッッ!」


脇をすり抜けて突っ込んできたピエールの跳び蹴りが、先頭の頭梟を再び穴の奥へ押し込んだ。

 直後、穴の上から代わりに投げ込まれる開かれた一巻の巻物。

 紅蓮の炎を噴き出すそれは穴の半ばで停止し、炎の壁となって後続を押し留めた。


 アーサーが投げ入れた巻物である。

 戦闘経験の無いリッチーでは何か不測の事態が起きるかもしれない、と警戒していたおかげで、すぐに自分の分の巻物を投げ入れることが出来たのだ。


「縄を掴んで巻き付けて! 早く!」


今度こそ、アーサーの指示によってリッチーは手にしかと縄を巻き付け握った。

「握ったわ!」

「角灯に気を付けて! それから何があっても力は緩めないように!」


両腕に縄を握り締めたアーサーが、全力で縄を引いた。

 リッチーの身体が一瞬宙に浮き、穴の上を跳び、

 顔面を穴の壁面に強打した。


「ふぎょっ!」


叫び声を上げ一瞬力が緩むが、それでも辛うじて縄から落ちることなくリッチーは引っ張り上げられた。角灯も持ったままだ。


「リッチー確保! 姉さんも登って!」


縄を回収しアーサーが叫ぶと、頭梟の群れの中で果敢にショベルを振り回し大立ち回り、後続を階段の下へ突き落とし続けていたピエールが振り向いた。

 ショベルを鞘に納め、一羽の頭梟の鋭い蹴りを姿勢を下げて避けつつ足を払って転ばせ再び階下へ突き落とす。

 即座に立ち上がって階段を駆け登り、置いてあった角灯を拾いつつ悠々と穴を飛び越えた。

 一直線に突っ込んでくるのをアーサーが抱き留め、すぐに数歩登る。


 階下にぎっしりと現れた頭梟たちはほほほー、ほるほほー、と鳴きながら三人を見つめているが、どうやら彼らはここを登れないのか、登るつもりがないらしい。

 アーサーは一通り荷物をまとめ、その場に腰を降ろして一息ついた。


「何とかなりました」

「アーサー、まだ下でめっちゃほーほー言ってるけど」

「どうやら彼らは登ってこられないようですし、ここから上には私が見た限り穴は空いていません。上から来ることは無い筈です。外へ出る前に、少しだけ休憩を挟みましょう。いずれにしろランタンを仕舞ったり色々と準備をしなければいけませんし」

「そう……?」


少し不安げにしながらも、ピエールも角灯を地面に置き大きく息を吐いた。

 リッチーもアーサーの隣で座り込み、強打した顔を押さえている。


「……やはり、この辺りは今まで通り丈夫」


壁面の支保坑を指でなぞりながら、誰に言うでもなく呟くアーサー。

 彼女が触れた支保坑は最初に調べた時と同じく、ただの木とは思えない驚異的な頑丈さを取り戻していた。

 ここから上は一切穴が空いていないあたり、やはり一部だけ魔力的な保護が無くなり脆くなっていたのであろう。

 不思議なものだ、という興味と、帰る時どうしようか、という悩みがない交ぜになった表情で、アーサーは未だ下で燻っている頭梟と大穴を見下ろした。


「リッちゃん、大丈夫? どっか変なところ無い?」

「顔以外は何とか……ああ怖かった、巻物落としちゃった時ほんとどうしようかと思ったわ。ありがとね二人とも」


顔を上げたリッチーが、笑顔で笑いかけた。

 やはりと言うべきか、痛みはあったものの怪我らしい怪我の痕は全く見られない。


「ま、何とかなって良かったよ。……アーサー、それでこれからは?」


ピエールが軽く笑いかけてから妹に話を振ると、アーサーは自身の分の角灯の灯を消し背嚢へと戻している真っ最中であった。

 遠いものの出口の光が届いている為、明かりを消してもさほど問題は無さそうだ。


「とりあえずランタンを仕舞いましょう。それから外套の用意です」

「……外套? そういや何かめっちゃ分厚いのとか持って来てたけど、そんなのいるの?」

「外へ出れば真偽ははっきりしますよ」



   :   :



 風が吹き刺さる。

 外へ出た三人を襲ったのは、刺すような鋭さのある乾いた寒風であった。

 元々シテテ下層は南国気候な為防寒具の品揃えなど皆無に近く、少数置いてあった分厚い外套を複数買い込み重ねて着込むことで防寒具とした三人。

 しかしそれでも、強烈な寒気を防ぐには心許ない。


「……寒っ、何これ死ぬ」


洞窟の出口に近づくにつれ、露骨に変わり始める空気に不安を滲ませていたピエール。

 それは洞窟を出て風を直接浴びたことで限界に達し、一歩外へ出たと思ったらぼそっと低く呟きながら返す足取りですぐに洞窟内へ逆戻りした。

 アーサーも戻りはしないものの、吹き付ける冷気に口を閉じたまま目だけを見開いて硬直している。

 一人、リッチーだけが涼しい顔だ。


「……」

「わあ、上に上がったら本当に寒いのね。あたしびっくり」


端が裂けそうなほど瞼を全開にしたまま固まるアーサーとは対照的に、リッチーは余裕の顔で周囲を見回した。

 洞窟を抜けた先、シテテの更なる上層は、うら寂しい広大な草原が広がっていた。

 樹の一本も生えておらず、ススキに似た細長い葉を持った草が視界いっぱいに敷き詰められている。

 所々岩や石が露出している箇所もあるが、土の姿はどこにも見えない。

 その上、地面にびっしり生えている草の背丈はリッチーの口元ほど。

 棘や毒などがある訳でもなく本当にただの草なのだが、まるで芝生に迷い込んだ小蟻の気分だ。

 リッチーもアーサーも身を屈めて草に潜り、目から上だけを外に出して周囲を眺めている為尚更である。

 空は相変わらず雲一つ無く、昼下がりの青空には太陽が強烈な光を放っている。

 にも関わらず日光の熱など何一つ意味を成さぬ、よく晴れた北国の凍原の如き世界が広がっていた。


「背高いわねーこの草。でも逆に姿勢を低くしたらこの草の中をワサワサ隠れながら進めるからいいのかしら。ねえ次は川を探すんでしょアーサーちゃん……アーサーちゃん?」


頼れる妹からの返事がないことに気づいたリッチーが、アーサーへと視線を向ける。

 彼女はまだ目を見開き固まっていた。

 姉妹二人は暑さには人並以上に強いのだが、寒さは人並以上に苦手。


「もう少し中で休もう」

というピエールの提案にアーサーは真っ先に賛成を示し、三人は洞窟内部に再度引っ込んでいった。

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