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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
83/181

09

 鳴き声の位置は遠い。その上、近づいてくる様子もない。

 放置して進めば関わらずに済むだろう。

 だが姉妹はリッチーを挟んで、複雑な表情で顔を見合わせた。


「結構遠くで鳴いてたわよね、今の」

「……どうしますか?」

「うーん、様子くらいは見た方がいいんじゃないかなあ」

「あ、また鳴いた。でもこっち近づいてきてないし、放っぽっててもいいんじゃないの?」

「しかし見に行くとなると厄介事を背負う可能性がありますよ。それに今回はこれがいます」

「でも無視は出来な……」

「あたしをーっ、無視するなあーっ」


間に挟まれながらも無視されていたリッチーが器用に小声で声を荒げてぴょんぴょん跳ねた。

 姉妹は視線をリッチーに向け、程度こそ違えど二人揃って小さく笑う。


「ごめんごめん、ちょっと真面目な話だったからさ。……アーサー、とりあえず行こう」


ピエールが急かすとアーサーはそれ以上の反論をすることもなく、頷いて歩みを再開する。

 だがその進路は今までと違う。具体的には鳴き声の元へ向かう方角だ。


「もうっ。それで、どしたの?」

「あの鳴き声の主、戦ってる。多分だけど、人間と」

「あら。同業者?」

「恐らくは。こんな所に来る以上向こうも戦力は整えている筈ですし、構う必要はないと思うのですが」

「万が一のことがあるかもしれないし、様子くらいは見ておこうよ」

「という話になりました」

「なるほど。そりゃしょーがない。見に行かないと。いえ見に行くべきね。うんうんそれがいい」


姉妹の説明を聞いたリッチーは、特に考える素振りも無く即断で答え頷いた。

 自分の方針に同調して貰えたことでピエールが気分を良くする。


 と思いきや。

「だよね。私たちで助けられるなら助けてあげた方がいいし」

「なんて一切思っておらず、どうせ同業者なら宝石掘り出してるだろうし見せて貰いたい、程度の考えですよこの宝石女は」

「……リッちゃん?」

「いえそんなこと全くありませんことよ?」


ピエールの視線に対しスイと目を逸らすリッチー。

 どう見ても図星である。

 アーサーは言わずもがな、リッチーにも人助けをする気が感じられないことにピエールは一転して肩を落とした。


「二人とも冷たいなぁ……」

「結果的には様子を見に行くことに決まったのだからいいでしょう?」

「そーそー」


二人とも本心で言っているとは思えない適当な返事だ。

 ピエールはやはり肩を落としたまま、けれど少しだけ微笑みを浮かべた。



   :   :



「……良くない状況だ」

「そうですね。非常に良くない」


 進路を変えて歩くこと数分、騒動の場は思いの外すぐに見つかった。


 そこは入り組んだ紫溶岩の森の一角、少し開けた空間になっている場所だ。

 多少波打っているが大きな窪みもない平坦な地面に、いくつか大きな岩石が転がっている。

 転がる岩石の内の一つは真っ二つに割れて白い魔力の輝きを放つ赤色の原石を覗かせており、


 岩石の側では三人の男女が魔物と戦闘の真っ最中であった。

 相手は三匹の巨大な鳩に似た巨鳥である。

 大きさは人間大。飛ぶことは出来ないようで、地面を跳ねるように移動している。

 昨日、川浚い場で見かけた魔物とほぼそっくりだ。

 だが異なる点が二つ。まず色が、鮮やかな黄色であること。

 そしてもう一つは、呪文を操ることだ。


 一匹の巨鳥が羽を広げて鳴いた。

 その鳴き声は三人が先ほど聞いたものと全く同じで、鳩のような見た目だが鳩とは全く違う、猛禽じみた魔物の鳴き声だ。

 鳴き声と同時に巨鳥の黄色い羽毛から白い魔力の光が溢れ、無数の鋭い氷の弾が発射された。

 三人の男女は散開し、氷柱を避けようと試みるも、一人が寸での距離で回避し損ない太腿に氷柱が突き刺さった。

 避け損なった十代半ばほどの女性の足に氷の円錐が埋まり、苦痛で叫びながら姿勢を崩す。


 倒れた女性へ飛びかからんとする二匹の巨鳥。

 そこへピエールが石を二つ、全力で投げつけた。



   :   :



 風を切って飛来する礫を、死角から投げられたにも関わらず回避する巨鳥たち。

 その間に続けて投石しつつ戦闘の場へ飛び込んだピエールが、被弾した女性と巨鳥の間に割り込んだ。

 抱えられたリッチーと抱えるアーサーが遅れて到着し、アーサーがリッチーをその場に落とす。


「ぎゃんっ」

「リッチー、女の応急手当と、肩でも貸してやりなさい。そこの二人は石が欲しいなら早く必要分回収して逃げる準備、時間をかけるとすぐに他の魔物が飛んで来ます」

「な、何だ君は、いきなり何を」

「早く!」


鋭く叫ぶと同時に、一匹の巨鳥がアーサーへと氷弾を飛ばした。

 計三発、放たれた弾をアーサーは左手の小盾で打ち払い距離を詰める。

 剣と嘴が交差し、火花が散った。


 巨鳥が突き出した嘴は金属成分を含んでいるのか嘴とは思えないほど硬く、鋼鉄(はがね)の剣とも互角に打ち合って見せた。下手をすれば、刃の方が損耗が激しいのではというほどだ。

 アーサーが袈裟斬りに打ち込んだ刃を、巨鳥は頭を持ち上げ、嘴で真正面から受け止める。

 と同時に、巨鳥の身体が白く光り呪文を放つ体勢を取った。

 近距離から冷気の波動を放ち、全身を凍らせ今度こそ確実に嘴で貫くつもりだ。


 しかし巨鳥の作戦は、剣を受け止められたアーサーが更に一歩踏み出したことで瓦解した。

 呪文を放とうとした巨鳥の眼前に、剣の次に迫ったのは盾。

 アーサーは剣を止められるのは想定済みだったのか間髪入れず即座に踏み込み、左手の革張りの小盾の追撃を叩きつけたのだ。


 渾身の力で巨鳥の顔面を殴りつける。

 手応えは程々。盾が軽く小さいので大きな魔物が相手では中々致命傷とはいかない。

 とはいえ顔面への強打で巨鳥は怯み、足踏みしながら呪文を散らし半歩後退した。

 好機。


「でえっ!」

身体を翻しながら勢いをつけ、横へ振り抜く一閃。

 十二分に威力の乗った斬撃は直撃を回避されたものの、切っ先が巨鳥の足の付け根を掠め小指一本分ほど切り裂いた。


 太い血管を損傷したのか、傷口からは赤い血が見る見る内に溢れ出し黄色い羽毛を伝ってゆく。

 失血死を狙える勢いだったが、巨鳥が冷気の呪文で傷口を凍らせた為致命傷には至らない。

 アーサーが口惜しげに歯噛みしながら、再び口を開いた。


「石は割れましたか!」

「あ、あと少しだけ」

「遅い! これ以上こんな場所にはいられない、早く逃げ」

突如四本の光の線が空から急降下した。


 光はピエール、アーサー、一匹の巨鳥、石を割っていた男一人の元へ飛び込み、ピエールは危なげなく回避、アーサーは盾で防いだのでよろめいたものの無傷、巨鳥は足を一本を吹き飛ばされ、男は胴を鎧ごと抉られその場に倒れた。

 飛び込んできた光は地面すれすれで舞い上がり、突き出た岩石の一端でぴたりと動きを止める。

 光の筋にしか見えなかったその存在。

 空から強襲してきた、四匹の黒い川蝉たちだった。



   :   :



 二匹の巨鳥は襲撃に気づいた途端一瞬の迷いも無く全速力で逃げ出し、残った一匹が何とか立ち上がろうと、何とか逃げようと絶叫しながら一本残った足で無為に地面を掻いている。

 姉妹は襲撃者たちを怯むことなく見返し、じりじりと動いてリッチーを背に隠すような位置取りに。

 氷柱が刺さっていた女はかちかち歯を慣らし頻繁に川蝉へ視線を向けながらも、必死に足を引きずり胴を抉られ倒れた男の元へ駆けている。

 胴を抉られた男は深手だが致命傷ではなく意識もあるようで抉れたわき腹を手で押さえながら低く呻き、もう片方の男は震えながら黒い川蝉を凝視している。

 そんな慌てふためく人間たちを見下ろしながら、川蝉たちは余裕の態度でぢぢぢ、ぢぢ、と嘲るような、呼びかけるような声音で口々に鳴いていた。


「……見つかっちゃった」

「あれだけ派手にしていれば見つからない筈がない」

「どうするの? 大丈夫?」

「……そこの三人、早く石から離れてください。彼らの狙いは間違いなくその魔法石です」


アーサーが黒い川蝉たちへ視線を張り付けたまま言うと、三人の男女は少し話し合った末肩を貸し合い怪我を押して姉妹とリッチーの近くへと移動した。

 三人が石から離れ、原石の前に降り立つ黒い川蝉たち。

 一匹は未だ喧しく断末魔の絶叫を続けていた巨鳥に難無くとどめを刺し、死体を仲間の元へと引きずっていった。


 今日の食事と貴重な魔法石を確保した黒い川蝉たち。

 だが彼らは六人の人間たちを見つめながら、まだ鳴いている。

 納得していない。

 そういう意図の鳴き声だと判断したアーサーが、再び口を開く。


「……先ほど割った分を懐に隠しているのなら、全て彼らに渡してください」

「な、何で」

「隠し持っていることを疑っているのかもしれません」

「だけど……」

「彼らにはまだ見逃す気は無い。今立ち去ろうとすれば間違いなく攻撃してきます。そうなった場合、我々にあなた方を気にかける余裕はありません」


アーサーの追撃の一言で観念したのか、無傷の方の男が自身や瀕死の男の荷物からほのかに光る魔法石の原石の欠片を取り出し、黒い川蝉たちの方へ投げて転がした。

 こっそり、後ろにいたリッチーも懐から光る赤い石の欠片を男と同量取り出し投げている。

 いつの間にかの早業で隠し持っていたらしい。


 男とリッチーが隠していた分を全て投げると彼らは満足したのか、原石や巨鳥の死体を嘴で突き砕き解体し始めた。

 砕いた魔法石は、程良い大きさになったところで丸飲みにしている。

 光を放つ原石の欠片を飲み込む度、ちちちちと景気よく鳴き声を上げる鳥たち。

 いやに感情豊かだ。


「……行きましょう。ゆっくり、背を向けないように」


視線を川蝉に張り付けたまま、じり、じり、と後退していく人間たち。

 川蝉たちは意識こそ六人に向けているが、今は成果物の解体に勤しむばかり。


 そうして、六人が岩石の広場から離れた。

 瞬間背後から別の川蝉が突撃してきたのをピエールがショベルの腹で殴り返した。


「ひえっ」

叫び頭を抱えてうずくまるリッチー。三人の男女も気を緩め油断した直後の奇襲に肝を冷やしていたが、予期していた姉妹だけが落ち着いた態度だ。

 背後からの奇襲の直後、先ほど広場にいた四匹の川蝉たちも一斉に飛来し六人の元へ現れる。

 が、仲間の奇襲が失敗したことに気づくと一転してつまらなそうな雰囲気で、今度こそ六人から完全に興味を失った。


 ショベルで殴られふらつく一匹を加えた五匹が、戯れながら広場の場所へと戻っていく。そのやり取りには、どこか奇襲に失敗した仲間を励まし労るような、仲の良さが窺える。

 もしもここで奇襲を防げず体勢が崩れていたら、その時こそ五匹による総攻撃を受けていたであろう。

 しかしそれはピエールの手によって未然に防がれ、彼らは川蝉にとって"弱くて食べやすい獲物"ではなく"大怪我するかもしれないから無理して食べなくていい獲物"という認識のままその場を去ることに成功したのだ。

 六人は、何とかその場を逃げ延びた。



   :   :



 岩石転がる広場から離れ、隠れ場所となりうる窪みに身を潜めた六人。

 姉妹とリッチーは携行食をつまみながら一息付き、同業者三人は女性が怪我を呪文で手当し、無傷の一人は緊張の糸が切れたのか壁に寄りかかり仰向けに脱力している。


「危ないところだったね。そっちの人は大丈夫?」


口に含んでいた干し果物を嚥下したピエールが問いかけると、呪文により手当を続けている女が視線を向けず、手だけを上げて応えた。

 治癒の呪文を使いながら会話が出来るほど熟達してはいないらしい。だが表情は暗くないので、取り返しが付かない、という事態にはならないだろう。

 顔色から察したピエールが、安堵の息を吐く。


「……一体なんなんだい、あの黒い鳥どもは」

脱力していた男が、仰向けのまま口を開いた。

 答えるのはアーサー。


飛び黒弩(とびこくど)。シーレペテレンペティカッソンの中間層に多く棲息している川蝉に似た魔物です。動きは見た通りまあまあ速く、群れを作って集団で獲物を襲う性質があります。肉食で人も捕食する上、魔法石も積極的に狙うので絡まれる機会の多い面倒な相手。とはいえ呪文や毒などは用いず、また賢いので損得勘定には敏感。戦いを避けるのは難しくありません。……組合で中間層の情報収集を行えばすぐに聞ける名前の筈ですが」


アーサーが最後に付け足した一言に、三人は程度の違いこそあれど表情を歪めた。

 どうやら情報収集を怠ったらしい。

 だがアーサーにとってはどうでもいいことである。


「迂闊に、上に上がるんじゃなかったなあ?」


わき腹を抉られた男が、手当をされ脂汗を垂らしながらも不敵な笑みを浮かべた。

 脱力している男も姿勢はそのまま、手を力無く振って同意を示している。


「全くだ。上がるにしても、登ってすぐの場所で何も見つからなかった時点で戻るべきだったよ。俺もお前も運が悪い」


手当中の女も雰囲気で同調し、三人は軽い調子で笑い合った。こんな状況だが、仲違いの芽も無く悲観的になることも無いようだ。年季の入った仲の良さが窺える。


「……ところで君らは? まさかこのままここを進むのか?」

「そのつもりです。なので申し訳ありませんが、あなた方の面倒を長々見ることは出来ません」

「そうかい。一緒にいてくれると心強かったんだがな……」


言いながら、脱力していた男はちらりと頭を上げ、三人に縋るような眼差しを向けた。

 だがピエールが少し反応しただけで、アーサーとリッチーは気にも留めていない。

 男は達観したような薄笑いで、再び力無く真上を見上げた。



   :   :



 せめてもう少しだけ、というピエールの提案により姉妹とリッチーは怪我人二人の手当が済むまでは窪みの中に留まり、その間アーサーによる中層、紫溶岩地帯の解説が行われた。

 一通りの説明が済んだところで怪我人の手当も一段落し、三人は惜しまれながらも窪みを後にし再び紫溶岩の大地を歩き始める。


「全員無事に助かったのはいいけど、あの三人石の一つも掘れてなかったなんて。何も見れないんじゃがっかりもいいところよ、もう。あの石もくすね損ねたし」

「いいじゃんリッちゃん、人助けっていう本来の目的は果たせたんだしさ」

「あたしにとってそれは本来の目的じゃないのよっ」


唇を緩く尖らせるリッチーを間に挟み、三人は本来の道へと戻って歩を進めている。

 やはり原石を見つけても掘ることはなく、魔物の気配がすれば岩陰に身を隠す遅々とした進行だ。


「この調子だと、今日もここで夜を過ごすことになりそうですね」

「この溶岩の場所ってどれくらい続くの?」

「組合で調べたところによると今のように隠れながら進んで二日ほど、というところらしいですよ」

「あの日誌には一日で抜けたって書いてあったけど?」

「日誌の主が今の私たちのようにゆっくり進んだとは限らない。ここの魔物など気にも留めず堂々と直進した上での一日、なのでしょう。下手をすると夜間も進んでいたかもしれません」

「それありそう」


会話半ばでピエールがまた空からの気配を感知し、三人は岩陰に隠れ壁に背を預けた。

 気配が過ぎ去るのを待ってから、二人は背嚢からコップを取り出しリッチーへ渡す。ピエールの背嚢からは一つ、アーサーの背嚢からは二つだ。

 リッチーの呪文によって三つのコップに水が満ち、三人はぬるく味気ない呪文の水を一息に呷った。


 三人揃って飲み干し、大きく息を吐く。

 それと同時にリッチーは足下の岩の隙間から鮮やかな青が覗いているのに気づき、しゃがみこんで隙間を見下ろした。

 どうやら岩石の床一枚隔てた下には瑠璃が埋まっているらしい。

 しかもリッチーの勘では相当な量だ。

 愛おしげに地面に指を這わせるリッチー。

 しかし暫くしたところでアーサーに急かされコップを元の背嚢へ戻し、三人は再び歩き始めた。


 代わり映えのしない紫溶岩の大地。

 見上げた空は青く、太陽も高く昇っている。

 三人は淡々と、紫溶岩の森を歩き続けた。

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