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姉妹冒険者物語  作者: 並野
リッチーと宝石島の冒険
78/181

04

 小騒動あったものの、ひとまずヘリヘリを食べ終えた三人。

 すぐに動かず、座って休憩を続けていた。


「あー美味しかったー」

「ごめんなさい姉さん、私も姉さんが食べられるような味付けのソースを選ぶべきでした」

「いやいや、あれは聞かずに食べた私が悪かったよ。それにアーサーはあれで美味しかったんでしょ? ならいいじゃん」

「でもアーサーちゃん的には、あたしとピエールちゃんみたいにきゃっきゃしながら食べさせ合いっことかしたかったんだもんね」

「……」

「また今度すればいいのよ、今度。きゃふふ」


リッチーは軽く笑いながら、両足を子供のように揺らしている。

 少し不満げな顔をしたがアーサーもすぐに微笑みを浮かべ、ピエールも明るい顔で笑っていた。

 人の往来を眺めながら、三人は一休み。

 広場は相変わらず人が多いものの、場所も広く露店は軽食の店しかないので人の密度はさほどでもない。多くの人が食事を取ったり、腰を降ろして休憩していた。


 暫しそうして休憩していると、どこからともなく二人組の男が現れ広場の中央で大道芸を始めた。

 一人は座り込んでバグパイプに似た不思議な管楽器で演奏を始め、もう一人は拳大の球状に磨かれた水晶を用いてジャグリングを始める。

 管楽器の奏でる響きに合わせ、光を反射する無色の水晶が男の手で空を舞う。

 演奏はそつが無く、ジャグリングも手慣れた動きで合計五つの水晶を空中で弄んでいる。


 だが、見物客の集まりはいまいちだった。

 そつは無いが華も無い。そんな印象の、どこか淡々とした大道芸だ。

 人々の芸を見る目も、不快感こそ抱いていないもののさしたる好感の素振りも無い平坦な感情ばかり。

 事実アーサーなどは数秒眺めてはすぐに視線を外しそれ以降一度も意識を向けず、ピエールですらただ眺めているだけだ。


 が、その中で一人。

 リッチーが大道芸に視線を向けたまま、肩に掛けていた可愛らしい鞄をアーサーの膝元へ放り投げ大道芸人の元へ歩み寄っていった。

 気づいた二人がリッチーを視線で追う。


 一直線に大道芸人の元へ近づいていったリッチーは、堂々と二人の側に並び、踊り始めた。

 突然の乱入者に驚く二人の大道芸人。

 しかし不人気でもプロなのか動きを乱すことはなく、すぐに乱入者の存在を受け入れ淀みない動きで芸を続けている。


 ぷぁー。ぷぁー。

 たん。たたん。


 管楽器の音色に合わせ、軽やかに揺れ踊る少女の身体。

 足を踏み鳴らし、身体をくねらせ、汗を散らして少女が踊る。

 足取りは淀み無く、二人の大道芸人に負けないくらい熟達した踊りだ。

 その上薄着の若い少女が大きな胸や腰を揺らしながら踊っているとあって、先ほどとは打って変わって見物客が三人の前に集まり始めた。


 そつの無い演奏やジャグリングを背景に、たたん、たたん、と軽快なステップで足を鳴らしながらリッチーは踊る。

 加えて、管楽器の奏でる曲が聞き覚えのある曲に変わったことでリッチーは歌すら口ずさみ始めた。


「――南の端には島一つ 涙の形の石の島

川を掬えばアクアマリン 崖を掘ったらエメラルド

煌めく輝き小石の如く かの地に満ちる涙石

シーレペテレンペティカッソン 宝石眠りし輝く地

シーレペテレンペティカッソン 女神と涙の雫の地――」


最後の二文を繰り返しながら歌声はやがて小さくなり、歌の終わりと共にぴたっ、とポーズを取って身体を急停止させるリッチー。

 演奏とジャグリングも同時に終わり、芸の終了と同時に見物客から拍手が贈られた。

 おひねりとして硬貨が投げられ、三人はやり遂げた顔で客へと手を振る。

 客が散ったところで大道芸人の二人もリッチーと握手をし、集めたおひねりの何割かを渡してから去っていった。

 

両の掌に硬貨を抱えたリッチーが、笑顔で姉妹の元へと戻ってくる。

 二人は戻ってきたリッチーに小さく拍手を送り、笑みを返した。


「ねー見て見てー、あの芸人のおじさんがあんたにも、っておひねり分けてくれた」


彼女の手には、沢山の一ゴールド硬貨。数枚だけ十ゴールド硬貨も埋もれている。

 総計すると五十ゴールドに届くかどうか、というところだろう。


「いきなり鞄を投げ捨てて歩いていくから何をするのかと思えば……」

「リッちゃん相変わらず踊るの得意だよね。たたん、たたん、たんたんたん、ってさ」


ピエールが座ったまま足を踏み鳴らしてリズムを刻み、アーサーはリッチーの鞄から彼女の財布代わりの小さな巾着を取り出して口を広げた。

 袋の中へ、リッチーが手の上の小銭を流し込む。


「まあねー、ああやって踊るのは楽しいし好きよ。お金にもなるし」


巾着を鞄に戻し、リッチーは再び隣に腰を降ろした。

 健康的な汗の雫が頬を伝い、首から鎖骨のくぼみへと滑り降りる。


「今度は二人も一緒に踊ろうね。三人で踊ったらきっと楽しいよ」

「その時は周囲に誰もいない場所でしましょうね。ところでリッチー、先ほどの歌は?」

「この島の歌。有名な歌だから、さっきみたいな大道芸人とか、酒場の歌姫がよく歌うのよー。あたしもそのおかげで覚えたの」

「有名なんだ。割といい曲だったね」

「そうですか? 私は間延びした面白味の無い曲調だと思いましたが」

「出た。アーサーの厳しい評価」

「今のはただの個人的な感想です……行きましょう」


三人はベンチから降り、再び市場通りの人並みに紛れ始めた。




   :   :




「ね、これにしましょ! ピエールちゃんなら大丈夫だって絶対! 問題無く使いこなせるから、ね!」

「……えー……」


シテテ内、武具屋。

 一本の武器を抱えて猛然と詰め寄ってくるリッチーを前に、ピエールは苦笑いと共に頬を掻き難色を示していた。

 リッチーが抱えている武器は、長さ一メートルほどの柄の先端に鋼鉄(はがね)の刃が付いた単純な形状。

 刃は幅広でおおよそ五角形をしており、先端は緩く尖っている。扁平だがごくわずかに湾曲しており、何かを掬うのに適した形。

 つまるところそれは、刃の付けられたショベルであった。


「だってほら、こうやってぶんぶん振り回せば斧! 先端は尖ってるから思いっ切り突けば槍! いざとなったら叩いてもいい! 万能武器!」

「いや、こんなのじゃ人は刺せても魔物は刺せそうにないよ……」

「ならほら! 斧としてこう、ほら! ね? ね?」


ショベルを胸元に抱えたリッチーが、胸ごと押しつけるようにしてピエールへと迫る。

 このショベルは、シテテの冒険者間でささやかな流行を見せている通称"バトルショベル"だ。

 通常時は武器として扱い、露出した断層や岩石の埋まる地面などではショベルとして土を掘り原石を探すことが可能。

 少し土を掘るだけで貴重な宝石が見つかることのある、シテテならではの流行と言えよう。

 武具屋の片隅にも、鮮やかな青色の全身鎧が立派なバトルショベルを構えた状態で飾られていた。

 ショベルを構えた騎士鎧という奇妙な組み合わせだが、どこか威厳と風格がある。


「ね? ほらほら、ね? ほら」

「でもこれじゃあ私、いたずらもぐらみたいだし……」


ピエールは苦笑いしながらアーサーへ助けを求め視線を投げたが、妹は完全に我関せず、といった調子で自分用の装備を探している。

 手助けしない方が面白そう、という点が一つ。

 いくら姉とはいえ、命を預ける装備に関しては口出しせずとも問題ないだろう、という信頼が一つ。

 故の放置であった。


「いたずらもぐらだって可愛いじゃない! 今回ばかりはあたしを助ける為だと思ってもぐらピエールちゃんになってよ! ね、ね!」

「……もぐらピエール……」


ピエールの脳裏に、もぐらの鼻と髭、おまけに白い手袋を付け、せっせと地面を掘り進む自分の姿が浮かぶ。

 間の抜けた姿である。

 やはり普段通りの手斧にするべきか、と考えたピエールだったが、それを見越したかのようにリッチーが勢いを更に強め、"ね"と"ほら"を連呼しながら迫り始めた。

 不意に視線を向けたピエールの目に、リッチーのきらきら輝く期待に満ちた眼が映る。

 久しぶりに再会した友人のせっかくの頼みを、無碍にするのも悪いのでは。

 ピエールの良心が疼く。


 そこから更に数分の問答を経て、結局ピエールはバトルショベルを腰に提げ武具屋を後にすることとなった。

 武器としての使用には大きな問題は無いと判断し、つまるところ否定要素が好みの問題しか無かったからだ。

 どうやら今回は、ショベルピエールの冒険になるらしい。

 会計を済ませる直前、ちゃっかり普段通りの装備を新調したアーサーがショベルピエールの光景を思い浮かべて一人忍び笑いをしていた。




   :   :




 市場通りでの買い物も一通り済み、時刻は夕方。

 夜に向けて人波もいくらか減り始めたところで、三人は一軒の建物の前までやって来ていた。

 大きな建物だ。入り口の扉はぴったりと閉ざされ、横には警備員らしき屈強な男が二人並んで立っている。


「……ここは?」

今日の買い物をたっぷり詰めた背負い鞄を背負ったピエールが、建物を見上げながら呟いた。

 隣では、アーサーも鞄を背負った状態で建物や警備員、周囲の構造について目を走らせている。


「ここはねー、あたし行きつけの宝石の競売所! 今日はちょうどやってる日だし、せっかくだから見ていこっ」


調子よく明るい声で言い、リッチーは警備員の控える扉の前まで臆せず歩いていった。

 無言のまま扉を塞ぐ二人の男たち。

 リッチーは警備員と何やら話をし、鞄から何かを取り出して見せた。

 す、と再び無言のまま男たちが脇へ移動する。


「行こ」

振り向いて笑うリッチーに急かされ、姉妹も建物の中へ。

 中へ入った三人を、ひんやり涼しい心地のよい空気が包み込んだ。

 魔力によって冷やされている。それだけの手間をかける価値のある場所だという証だ。

 三人が入ると、すぐ前にはカウンターがあり受付らしき者と案内役らしき者の二人の人間がいた。

 リッチーは慣れた様子で先ほど取り出した板状の物体を二人に見せ、案内役の先導に従い建物内を歩き始めた。


「今見せた物は?」

「これ? この競売所の月間パスよ。ここ本当は入るのに一人八十ゴールド入場料がいるんだけど、三百ゴールド払ったら一ヶ月入場可能になるの。しかも計五人まで他の人も一緒に入れる。ここの常連は皆この手のパスを使って入るのよー」

「一回八十ゴールドで、一ヶ月だと三百ゴールド。……月に何回くらいやってるの? その競売って」

「五回ってところかしらねー」

「その月間パスとやらを使って、実際に競売品を競り落としたりなどは?」

「一回もなーい! ここねー、参加費はかかるし警備もしっかりしてるけど、その分参加者は間近で石を見たり、触ったりしてもいいのよ。だから瞼が触れるくらい近くで眺めて、指先に石の粉を擦り込むような勢いで触って、それでおしまい」

「……すごい無駄!」

「無駄じゃないわよ浪漫よ! 綺麗な物を見て、触って、楽しむ! その為には何百ゴールド払ったって惜しくないし! あーあ、頭かちかちのアーサーちゃんならまだしもピエールちゃんにそれ言われるとは思わなかったわー、がっかりだわー」

「いやあ、流石に月三百ゴールド払って石を見るだけっていうのはね……」

「何よ何よ、ちぇっ、ぷぇぷぇっ」


リッチーはコミカルな調子で、舌打ちとも口笛ともつかない謎の鳴き声を発しながら唇を尖らせる。

 そうしている内に、三人は案内人に連れられてとある部屋へと到着した。


 中はやはり涼しく広々としており、多くの椅子が並べられている。

 座っている人数は十数人ほどで、清潔で身なりのよい年輩の者たちがいれば、冒険者然とした汚れた格好の者たちもいる。

 着古し小汚い旅格好に大荷物の姉妹だったが、幸い余計な注目を浴びることはなさそうだ。

 三人並んで、空席に腰掛ける。


「二ヶ月くらい前ねー、ここで力の指輪が売りに出されてたのよ。実演もしてたけどあれが本物で。石は研磨しただけの複雑なカットも装飾も何もされてないやつだったんだけど、もう見てるだけで力が籠もってるのが分かる! って感じの美しさでねー、透き通るような鮮やかな赤なのに反対側は全く見通せなくて、光を当てると鏡みたいに光を反射するんだけどその光まで赤く変色してて、流石本物の魔法の宝石って感じで惚れ惚れしちゃったわー。あとはめてると力も強くなった」

「そこが要でしょうに、何で肝心の効力の話が一番適当なんですか」

「リッちゃんの興味がどこに向いてるのかよく分かる説明だった……」


三人が小声で雑談を交わしながら待っていると、どうやら時間が来たらしく競売が開始された。

 進行役の男が挨拶を行ってから、一品目の品が部屋へと運ばれる。


「では一品目。冷気の再充填型魔法石となります。細工済、連続で丸一日使用可能。使用と同じ時間放置しておけばその分魔力が充填されます。出品エンガンディット商会、産出エンガンディット五号坑道、加工エンガンディット商会員ウェンデレヒュー。価格は八百ゴールドからとなります。……それでは皆様、ご検討のほど、よろしくお願い致します」


説明を終えた進行役が後ろへ下がると、競売の参加者たちが席を立ち出品物の前へと集まっていった。

 三人も同じようにして、出品物の前へ移動する。


 台の上に置かれているのは、人の頭ほど大きな青緑色の塊だ。

 青みがかった塊は、南瓜に似た少し潰れた球体。軽く磨かれた色付きの岩、とでも言うような印象だ。

 石の上部には水色の金属による、何やら複雑な細工が施されている。


「マラカイトね。大きいのはちょっと珍しいけど、魔力部分を大事にし過ぎて削りも磨きも甘過ぎる。独特の縞模様もちっとも出せてないし、無駄な母岩がいっぱい残ってるじゃない。あたしの好みじゃないわ」

「リッちゃんは本当に石は見た目のことしか見ないね……」


至近距離で石を眺め指先でぺたぺた触ってから、リッチーはつまらなそうに石から離れた。

 同様に、参加者たちも冒険者然とした者たちは石から離れ、身なりの良い者たちが残って石の品定めを続けた。


 参加者の一人が、石に施された金属の細工を何やら操作する。

 すると、石から白い光と共に冷たく冷えた空気が漏れ始めた。

 さながら北国の真冬の寒風のようだ。

 触れただけで即座に害が及ぶほどではないが、当て続ければ水は凍り皮膚も凍傷を起こすだろう。


「わっ、冷た」

眺めていたピエールが冷気に触れて慌てて飛び退き、アーサーも無表情だがさっと機敏に冷気から離れた。

 一方品定めをする者たちは、冷気を服越しに浴びながらも一歩も引かず真剣な眼差しで眺めている。


「部屋に置くには……」

「店か……いや食糧庫……」

「しかしこの大きさとは……」


石から視線を一時も離さないまま、ぶつぶつと何事か呟く参加者たち。

 これが買う気の無い冷やかしと、本気で競売に参加している者の差である。

 三人は早々に元の席へと戻った。


「……あれで八百ゴールドからってどうなの? 高い?」

「あくまで開始価格ですが相当安いでしょうね。余所なら数倍はする筈。……とはいえ、あの大きさですから」

「ん? 大きいの駄目なの?」

「駄目じゃないわよ! 大きい塊はそれだけで見る人を圧倒する美しさが」

「魔法の石は大きければ効力が高い、とは限りません。小さくても効力の強い石はありますし、同じ効力なら小さい方が携行性の面で圧倒的に有用です。それに大きいと何かの拍子に割れて壊れる危険も高い。施設に設置しての使用に限定されるでしょうね。見て分かる通り同業者には受けが悪い」

「あたしを無視するなー!」

「あー、なるほどなー。確かに時々アーサーが買うのもコインくらいの大きさで数百数千ゴールド、っていうのが多いもんね」

「えっ、アーサーちゃんそんな高い石買うことあるの? どんな石? 綺麗? 今持ってる? 見せて?」

「ただの換金用で今は持っていませんよ、あなたはどうしてそう石の話になると異常なまでに、ちょっ、懐に手を入れないでください!」

「あった……ってなーんだこれ今日買った奴じゃない」


アーサーの懐から掠め取った宝石を戻し、にひひ笑いするリッチーに姉妹が片や笑顔、片やため息で返していると、参加者たちの品定めも終わり本格的に競売が開始された。

 当然三人は見ているだけだが、競売は四人の参加者が競い合い最終的に千五百三十ゴールドの値で競り落とされることとなった。


 続いて出品されたのは、魔力を貯蔵し必要に応じて利用出来る魔法使い用の平凡な魔法石が四個。どれもトマトほどの大きさで、価格は千前後。

 こちらは先ほどとは逆に、身なりのよい者たちにはあまり受けなかったが冒険者然とした者たちの方が真剣な顔で品定めを行っていた。


 しかし、三人はやはり冷やかし。買う気も無ければ品定めをする気もない。

 特にリッチーの評価は散々であった。その魔法石は魔力こそあれど宝石ではなく、氷晶石という白く濁った石を荒く磨いただけの物なのだ。

 しかもそれが四個も続くのである。

 せっかくの競売なのに綺麗な石を一つも見ていない。

 リッチーがじわじわと、頬と不満を膨らませ始めていた本日の競売。


 最後に、進行役の男が満を持したという顔で高らかに声を上げた。


「それでは本日最後の品の紹介に移らせて頂きます。……出品はアラシャルテの涙筋川浚い組合。先日見つかったばかりの、呪いの涙石の」


説明と同時に運び込まれた結晶。

 それを見たリッチーが、甲高いきんきん声で、


「来いいたああーっ!」

と叫んだ。

 突然の叫び声に部屋内の全員が同時にビクつく。


 リッチーは周囲の反応などお構いなく椅子を蹴倒して立ち上がり全速力で出品物へと駆け出そうとしたが、寸前でアーサーに服を掴まれた。

 服の肩胛骨部分を掴まれ猫のように持ち上げられたリッチーが、空中で手足をぐるぐる回しながら叫ぶ。


「離してアーサーちゃん! 石が! 石があたしを呼んでるのっ!」

「落ち着きなさい」


リッチーを持ち上げたまま、アーサーが視線を進行役の男へと投げた。

 意図を察した進行役が説明を再開する。


「……先日見つかった、呪いの涙石の結晶となります。先ほどの四つの石同様魔力の貯蔵石として扱え、その貯蔵量は並の魔法使い数十人分。最上級の力を有しております」


その言葉と同時に、参加者たちの視線が石へと注がれた。

 大粒の葡萄ほどの大きさの、完全な真球の桃色の結晶だ。

 涙石と説明された通り内部は完全に透き通っており、不純物の類は一切見られない。鮮やかな桃色の雫が球状に固定されているかのよう。

 特筆すべきは石から漏れ出るように溢れている光で、球体の中心部から揺らめくように、煙のように溢れる光は石を透過し桃色に輝いている。

 呪文の心得がある者ならば分かるであろう、濃密な魔力の光だ。

 全てを破壊力のある呪文に用いれば建物一つ吹き飛びそうなほどの魔力が、小さな石一つの中に納まっている。


「しかし、この石は前述の通り"呪いの涙石"となっております。効力は持っているだけで、あらゆる所持品が身体から離れていくというもの」


そう言って、説明役は一人の人間を奥の部屋から呼び寄せた。

 その人間は過剰なまでに荷物を抱えており、帽子にマスクに背嚢に鞄に外套に腰巻きに、と間違いなく本人より荷物の質量の方が多い。全身くまなく装備を身につけており、露出しているのは目だけだ。

 呼び寄せられた大荷物の人間は訝しげな参加者たちに余裕の態度で分厚い手袋に覆われた手を振ってから、台に鎮座する涙石を掴み、掌の上に乗せた。

 何も起きない。

 参加者の一人が、どういうことなのかと口を開こうとした寸前。


 ことっ。

 それは何か小さくて硬いものが、地面に落ちる時の音。

 音と共に、大荷物の人間の足下に何かが転がった。

 指輪だ。

 大粒の黄色い宝石が填められた指輪が一つ、突然床に現れたのだ。

 参加者たちが指輪に目を奪われる中。


 とさっ。

 再び落下音。

 今度は、外套が床に転がった。

 上を見上げれば、大荷物の人間が着ていた筈の外套がいつの間にかどこにもない。


 ぱさっ。

 続いて手袋が片方。見上げればやはり、大荷物の人間の片方の手から手袋が無くなり、指輪をびっしり填めている浅黒い素肌が露わになっていた。


 ぽとっ。

 ぱさっ、ころっ。

 どさっ、ぽとっ、ごろんっ。

 帽子。ローブ。何かの包み。何かの包み。

 音はまばらに続き、大荷物の人間の装備が床に転がっていく。

 何かの包みは背嚢や鞄の中身だったようで鞄はやがてスカスカになり、鞄そのものも地面に転がった。

 衣類は外側のものから順番に落ちるのかと思えば手袋の下の指輪が落ちたり、胴体は露出していないのに女性ものの下着が先に地面に落ちたりもする。

 そうして数分の間、参加者たちが唖然とその様を眺めていると。

 大荷物の人間の身につけていた物は全てが地面に転がり、全裸の若く美しい女性とその手の上の桃色の宝玉だけが残った。


 大荷物だった女性は磨き上げられた自身の裸体を晒すことに何の羞恥も無いようで、自信たっぷりに参加者たちへ微笑みかけてから宝玉を台に戻し、全裸のまま堂々とした歩みで奥へと去っていった。

 入れ替わりに別の人員が現れ、地面に転がったものを回収して戻っていく。


「……効力は、今実演した通りとなります。呪いの影響を受けない持ち運び方は、台車や荷車に乗せて運ぶ方法のみ。価格は一万ゴールドから」


値段を提示した進行役の男が一歩下がると、他の参加者たちが恐る恐るといった様子で席を立ち始める中、手を離されたリッチーが脇目も振らず全速力で駆け出した。

 真っ先に石の置かれた台の前まで飛びつき、桃色に輝く真球結晶を両手で愛おしげにそっと持ち上げ、地に膝を突き天に(ましま)す神に捧げるような姿勢で眺め始めた。


「あぁ……美しい……」

とろっとろに融けた眼差しで桃色の宝玉を眺めるリッチー。口元もだらしなく緩み、涎が今にも溢れそうだ。


「尊い……」

リッチーは陶酔した顔で呟き、宝玉をそっと口元に近づけて一舐めした。

 ぱさり。

 舐めると同時に、彼女の着ていた上着が地面へと落下する。

 だが彼女はそんなことは気にも留めない。

 無意味に艶めかしい舌遣いで桃色の結晶に舌を這わせ、ねぶるリッチー。

 落ちる髪留めと、ほどけて散らばる金髪のポニーテール。

 それでも気にせずリッチーは宝玉を舐め続け、やがて下着が落ち上半身が裸に、という瞬間にアーサーが落ちた上着をリッチーに被せピエールが宝玉を奪い取り台へ戻した。


「ああっ、待って二人とも! あたしまだ全然満足出来てなっ」

「早く着なさい!」


抵抗するリッチーをアーサーが強引に引きずり、ピエールは懐から取り出したハンカチで宝玉から唾液を拭い、心底申し訳なさそうな謝罪の表情で進行役の男にぺこぺこ頭を下げてから二人を追って席へ戻った。

 他の参加者たちは一連の出来事に、殆どが戸惑い顔である。

 ごく一部、リッチーの脱衣ショーが中断されて不満を抱く者もいたが。

 その後競売は始まったが呪いの効力が理由なのかどうにも振るわず、二人の参加者が五十ゴールド刻みで争い一万と四百ゴールドにて宝玉は競り落とされた。

 リッチーが宝玉の落札者に"最後にもう一度その石見せて触らせて舐めさせて"と頼み込もうとするのをアーサーが魔物じみた形相で阻止するといった事態が起きたものの、それ以外は何事も無く無事に競売は終了。

 三人のシテテ見物も、これにて終了である。

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