13
卑屈な顔で笑いながら揉み手をする店主を尻目に、背嚢を背負い武具を腰に吊し姉妹は宿の扉を潜って外へ出た。
町の西側にある為被害を免れた宿の店主は、襲撃の直前まで姉妹を最低限客としての扱いをしながらも散々見下していたものだ。だが襲撃後に驚くほどの掌返しを披露し、一転して姉妹へと媚び始めていた。
その様にはアーサーですら不快感が一周して、荒野のように乾き荒んだ笑みを浮かべたほど。
「……いい天気」
東を向くピエールの目に、雲一つ無い早朝の朝陽が映る。
強い日差しが目に注ぎ、ピエールは手を翳して日光を遮った。
二人して朝の日差しに真っ向から向き合いながら、町を東へと進む。
「向こうに着いたら少し贅沢して、いい物食べて、いい装備があったら新調しましょうね」
「おっ、アーサーにしては珍しい贅沢宣言」
「今のままでは少し懐が温か過ぎますから。これだけ硬貨があると持ち運ぶのも楽じゃありませんよ。そういう意味でもさそりアーマー討伐などあまりしたくはなかったのですが」
「まあいいじゃん、お金のこと考えずにお腹いっぱい食べれるって思えば」
さそりアーマー討伐前の時点で既に五万ゴールド相当の金銭を有していた彼女たちだが、それに加え今回の報酬で計六万の稼ぎを得た。
可能な限りこの町で揃えられる質の良い装備を新調し、食事の質も上げ、小さくとも価値のある換金用の貴金属や魔法の品に換えた。
それでも手元に残る硬貨は百ゴールド硬貨三百枚。下手な武器一本より重い上に嵩張る厄介な荷物と貸していた。
本来ならばエル・トレア組がそうしたように組合への預金扱いにして支払いを保留させても良かったのだが、寄る辺の無い自分たちでは信用が出来ないと、アーサーは多少無理をして一括で報酬を受け取っていた。
その結果発生した硬貨の重石を背負いつつ、東へと歩く姉妹。
現在地である町の西側は親蠍が通らなかった為建物や石畳への被害は少なく、時折建物の壁に開けられた大穴とそれを塞いだ跡が見える程度だ。
一方、町を通る住民たちの表情は未だ暗い。
死者数は甚大で、右を向けば子を殺された親がおり、左を向けば妻を殺された夫がいる。
更に後ろを振り向けば家族全員皆殺し、つい先日までいた筈の者がいない。
どこを見ても知人を喪った者が目に付く中で、明るい顔が出来る者などどれだけいるのか。
誰もが虚ろな顔をして、ぼんやりとした雰囲気のまま姉妹とすれ違っていた。
暗い雰囲気漂う町を、ピエールは複雑そうな、アーサーは平然とした面持ちで抜けていく。
町を東へ、中央広場へ近づくにつれ、だんだんと被害の傷痕が増していく。
目撃頻度が増加する、建物に開いた穴。同時に、補修されないままの穴も現れ始める。
住んでいた者が皆殺されているので、誰も直さないのだ。
大穴から覗く内部は魔物だけでなく人にも派手に荒らされていて、金目の物は全て持ち去られていた。
ぽっかり開いた穴の奥に壊れた家具と乾いた血痕だけが残るのを眺めながら、姉妹は進む。
開けた場所に出た二人。
中央広場だ。
かつては所狭しと露店の屋台が並び、人の往来も活発で名称の割に手狭な印象を拭えなかった中央広場。
今でも広場と呼ぶには違和感があるが、それは以前とは異なる理由によるものだった。
掘り返された地面。
剥がされた石畳。
転がる無数の瓦礫。
町の補修の手は未だ行き渡っておらず、視界こそ開けているものの元々の広場としての役割をとても果たせそうにない状態が続いていた。
広場に面した建物もおよそ半分が全壊し、ただの瓦礫の山だ。当然そこにも悪意ある人間の手が入り、瓦礫はそのままに金品だけを探して掘り出した痕跡が残っていた。
中央広場に着いた二人が視線を半壊した建物の一つ、組合の建物へ向ける。
そこにいたのは何名かの人間たち。
蠍との死闘を共にした五人と、本部、支部を含めた組合の職員たちだ。
サラを含めた本部の職員たちは集まって何やら立ち話をしており、その隣では五人が、支部の職員に囲まれて何やら話しかけられていた。
五人の表情はあまり芳しくない。
支部職員たちの意図するところは、腕の立つ五人に取り入ろうとする媚びでしかない。それを皆分かっているのだろう。
「来ましたな」
最初に姉妹に気づいたトルスティが手を上げて挨拶した。
二人も軽く挨拶を返し、五人の元へ移動する。
途中、支部職員たちが姉妹にも何やら話しかけようとしたが、アーサーが返事一つせず冷たい眼差しで見つめると皆言葉半ばに散っていった。
特に一人、受付をしていた若い職員女性などはアーサーが今までの恨みを込めて一睨みすると声すら出せずに顔を青くして建物内へと引っ込んでいってしまうほどだ。
「お二人とも、おはようございますぅ」
本部職員たちから離れたサラが普段のふにゃっとした笑みと口調で言う。
「おはよう、もしかしてちょっと遅れちゃった?」
「ううん、そんなことないよ。僕たちもちょうど準備終わってここに来たばかりだから」
「そっか、それならよかった」
安心した様子でピエールがにっこり笑うと、リストも爽やかで気品ある笑みを見せた。
彼ら五人も皆旅格好だ。体躯に見合った荷物を背負い、しっかりと武具も装備している。
リストとトルスティは、腰に剣を一本ずつ。
更に、主従前衛二人は胴体や手足など身体の各所に防具を、ツキカも腰に二枚の盾を。
それらの防具は全て黄金色で、朝陽を浴び煌めいていた。
さそりアーマーの甲殻製の防具だ。彼らは甲殻を売却する際何枚か手元に残し、自分の防具として用いることにしていた。流石に加工は自分では出来ないので、この町の人間に頼んでいる。
「じゃあ早く行こうぜ、俺はもうここはうんざりだ。可愛い女の子どころか住民誰からもチヤホヤされねえ」
「おや、先ほどまで支部の職員から熱烈な歓迎を受けていたのでは?」
「ハハハ、分かってて言ってるなこの妹は。あいつらみーんな目に金とコネしか映ってなかったぜ」
ヴィジリオがツキカの馬の背に跨がり、少女の背に小太りの身体を預けながら軽く笑い飛ばした。
「そう言いつつ少し鼻の下伸ばしてた癖に」
一方、若干ご機嫌斜めな様子でツキカが言い、手を伸ばして後ろにいるヴィジリオの痘痕の浮いた頬を摘んだ。
摘まれて歪む不細工な頬。一頻り引っ張ってから、ツキカは手を離した。
七人が、組合建物から離れる。
サラも最後に本部職員たちと一言交わしてから、七人の元へ駆け寄った。
彼女も軽装だが旅路の装備だ。
どうにも頼りない雰囲気の女性だが、一応徒歩で町々を渡れるだけの体力はある。
「皆さん、お待たせしましたぁ。では行きましょう」
そうして八人は本部職員たちとも軽く別れの挨拶を交わしてから、広場を東へ抜けていった。
今日彼らはハシペルを後にし、予定通りアッシェへと向かうのだ。
目的地を同じくする姉妹も、一時の旅路を共にすると決めている。
出立の日だ。
: :
「そういえば、僕たち結局ここの町長さんとは会わずじまいだったね」
「サラちゃんの話によると今回の件で相当荒れたみたいだし、会わなくてよかったんじゃねえの」
「そうですねぇ……きっと、会えば皆さん不快な思いをしたと思います。なのであの人には申し訳ないですが、会わなくて正解でしたよ。この町の後のことは、あなたたちが背負う必要はありませんよぅ……とと」
歩きながら会話を交わす八人。
時折石畳に破損があり段差になっているのを避けながら歩みを進めている。この辺りは親蠍の通った場所とは異なる為派手な破損は無いが、一家全滅した家が多く穴が開いたまま、中を荒らされ放題の建物が殆どだった。
人通りも皆無に近く、東部分は完全な廃墟街と言っても過言ではない。
「……この辺りの住民は皆殺されたのか。派手にやられたものだな」
「そうだね……町の建物の被害よりも、襲撃の後で露骨に減った人の方が気がかりだよ」
「人の支援は容易ではありませんからな。余所者を無理矢理引っ張ってきて住まわせる訳にもいきますまい。時間の流れに任せるか、比較的近所である隣町に要請するか」
「それもここまで派手に殺された後では相当難航するでしょうね。脅威は去った、と言われてすぐに納得して移り住む人が一体どれほどいるのやら」
「最終的にあたしたちは得して終わったけど、ここはこれから大変そうよねー」
「お前、思いっきり他人事だな……」
「そりゃ他人事だし」
話しながら歩く八人は、やがて東門の前まで到着した。
町の補修はどうやらここが重点らしい。
正面部分の瓦礫は既に撤去され、一応の通り道が作られている。
失われた分厚い外壁も、一時的な代用として木製の柵が据え付けられていた。
外壁と比べれば急場凌ぎであまりにも頼りない印象だが、魔物の範疇にない熊や猪ならひとまずは侵入を防げるだろう。
今も暗い顔の労働者たちが、崩れた瓦礫の撤去を続けている。
八人が何も言わずに門だった跡を通り抜けようとした時。
ピエールがふと立ち止まって、後ろを振り向いた。
他の面々も、訝しげながら小さな姉の視線を追う。
その先には。
クルス少年が、八人の元へやって来ていた。
: :
少年の前には即席の車椅子。木製のそれには膝から下を喪ったセレスティナが座っており、車椅子を押しながら二人が八人の前まで近づいて来た。
少年は険しい顔をしたまま何も言わない。
代わりにセレスが小さな会釈をし、口を開いた。
「皆さん、この町を出るのですね」
彼女に応えたのはエルマ。どうやら怪我の手当の関係でいくらか友好を深めたらしい。
「もうここに留まる理由もないからな。……セレスティナ、足の具合はどうだ?」
「ええ、おかげさまで怪我そのものはもう全く痛みません。膝先で立つことが出来るほどです。……ただ時折、喪った足が痛む感覚がありまして」
「それは手足を喪った人間が度々感じる痛みだ。治癒の呪文や痛み止めで止めることは出来ない。時間の経過で納まるが、それまでは耐えるのだな」
「そうなのですか……。それでは、頑張って我慢する他ありませんね」
にこりと微笑むセレスの顔に、わずかに寂しさが混じる。
会話が一通り済んだところでセレスが車椅子の上で姿勢を正し、桃色の髪を垂らして折り目正しく頭を深く下げた。
たっぷり時間をかけて頭を下げてから、ゆっくり姿勢を戻す。
「皆様。今回のことは本当にありがとうございました。皆様のおかげで町を襲った魔物は討ち取られ、町に平和が戻りました。……その上、討伐した蠍の解体、売却や報奨金など、私たちに便宜まで図って頂いて。感謝してもし切れません」
セレスの礼の句に、リストが半歩前に出て答えた。
「魔物に襲われている町を助けるのは、冒険者にとって当たり前だよ。それに、君たちには僕らも世話になった。こっちだってお礼を言わなきゃいけないくらいだ」
返答と共にリストが微笑むと、セレスも同じように笑みを返した。
「……皆様。旅のご無事をお祈りしています。本当に、ありがとうございました」
最後に再び、心の籠もった礼の言葉と共にセレスが頭を下げた。
彼女の礼を終わるのを待ってから、クルスが車椅子を反転させる。
一行に背を向ける、終始無言のままのクルス少年。
だが去り際に足を止め、背を向けたままの格好で小さく言葉を発した。
「……お前らには、感謝している。お前らは確かに、俺より遙かに強かった。俺は、ただの世間知らずな子供だった。……だが、負けない。俺もいつか、お前らのようになってやる」
言うだけ言って、返答を待たずに少年は去っていった。
その背を見送ってから、改めて門跡を通過し東へ進む一行。
ハシペルの町が、ゆっくりと遠ざかってゆく。
: :
「あのちっこいの最後まで尖って格好つけてたねー、見ててこっちが恥ずかしくなっちゃいそう」
「でもちょっと羨ましかったな……あのセレスって子綺麗で胸が大いっでえ!」
話途中でツキカが頭を渾身の勢いで振り上げ、自身の背に乗るヴィジリオの鼻を後頭部で強打した。
「おまっ、ツキカ! その頭突きは止めろっつってんだろ! 鼻が折れる!」
どろりと流れ出る鼻血を慌てて拭い治癒の呪文を唱えるヴィジリオを尻目に、ツキカは頬を膨らませながらかっぽかっぽ馬の足を踏み鳴らして平然と歩く。
「乳なんかあたしがいくらでも触らせてあげてんのに、そういうこと言うからデリカシー無し男なのよヴィジリオは。どうせならそのまま鼻潰れちゃえばいい。そしたらもっと不細工になって、他の女がもっと寄らなくなる」
「別にちょっと言うぐらいいいだろ実際に触る訳でもねえしよ……うぐぐ……」
「お前は本当に嫉妬深いな」
「そうよ、あたしたち一族は嫉妬深いの。パートナーが自分以外の、ただの馬に乗っただけで怒り狂うような一族。だからエルマもサラちゃんも物騒姉妹も、ヴィジリオに色目使ったりしないでよね」
「誰がするかこんな不細工」
「姐サン直球過ぎだろ! もうちょっと優しい言い方にしてくれよ!」
「いいよいいよ、もっと言ってやって。その方がヴィジリオもあたししかいないって思い知ってくれる」
エルマと不細工組がきゃいきゃい言い合う中、隣ではリスト、トルスティとアーサーがクルスのことについて話している。
「……リスト様はどう思われましたかな? あのクルスという少年のこと」
「うーん、そうだね……。少し心配かなあ。お仲間さんも散々だったし、これから先どうなるだろう」
「ほうほう。では妹さんは?」
「私はあれはどうとでもなると思いますよ。今回いやに高いプライドを傷つけられたようですが、それを考慮してもあの少年、中々心が強いと感じました。親蠍の攻撃を眼前で見ていながら町へ戻る意志を見せ、組合建物で仲間を殺された直後親蠍と遭遇しても、心乱さず一矢報いようという気概があった。腕前もあの歳で腰細森の獣だけを相手にしての腕ならば十分です。将来性はあるのでは」
「ふうむ、それも言えてるかも……」
リストが小さく唸る中、トルスティがアーサーへ疑問の目を向けた。
「……妹さん、あの少年のことを評価していますな? あの一行の第一印象は非常に悪かったと聞きましたが、我々が見た限りではあなたはそんな素振り殆ど見せておりません」
初老従者に尋ねられ、アーサーは視線を前に向けたまま答える。
「印象が最悪で個人的に嫌いなのは事実です。しかし襲撃時に世話になりましたし、あの金髪には見込みがあります。人の強さには、私情を抜きにして敬意を払いますよ」
すっぱり言い切ったアーサーに、主従二人は感心の素振りを見せていた。
そして最後尾では。
ピエールとサラが、並んで歩いている。
「何だかんだ大変だったけど、まあまあマシな結果にはなったかなあ」
「そうですねぇ、お二人とも、今は結構なお金持ちになったんじゃないですか?」
ふにゃっとした顔で笑うサラに、ピエールも同じくらい底抜けの笑みを返した。
「そうなんだよ、お金いっぱい。だから今度こそ、アッシェでは美味しい物食べながら戦わないでのんびり過ごしたいな」
「あそこは魚介が美味しいですからねぇ。特に今は漁の盛りの季節ですし、色々なものが食べられると思いますよぉ」
「んー、楽しみ!」
穏やかな顔で笑い合うピエールとサラ。
他の六人も態度は違えど、その顔は晴れやか。
同じく快晴の空の下、八人は腰細道を進み続けた。
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活動報告にて、死闘・蠍鎧のあとがきを投稿しています。




