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姉妹冒険者物語  作者: 並野
死闘・蠍鎧
73/181

12

 ハシペル襲撃から三日後。

 エルマが付きっきりで手当を行った甲斐があり不細工組の怪我は早々に一段落着き、余裕の生まれた一行は中央広場に陣取っているさそりアーマーの解体を始めていた。


「ええ、そうです。そのまま隙間に梃子を噛ませて。ヴィジリオ、お願いします」


主導はアーサー。他、ヴィジリオを含めた四人が解体作業に参加し、未だ完治していないツキカと手当を行っているエルマが離れた位置で作業を眺めている。


「へいっと」


ヴィジリオが軽い調子で返事をし、親蠍の足下へと移動した。

 そこではトルスティとアーサーが、二人がかりで親蠍の足の甲殻甲冑の隙間に金属棒をねじ込み梃子の要領で隙間をこじ開けている。


 ヴィジリオが右手を隙間に翳し、不細工顔で呪文を唱えた。

 指輪の上の大きな石が光を帯び、手から熱波が放たれて甲殻甲冑と肉の間を熱していく。

 暫し熱される黄金鎧。蠍の肉に火が通り、焼けた金属のような臭いが辺りに漂い始めたところで金属棒をねじ込むトルスティの手が一瞬ぶれた。


「おっ、と」


焼けた肉が甲殻から剥がれ始めたのだ。

 さそりアーマーの甲殻は、肉に火を通すことで焼けた肉が離れ剥がしやすくなる。

 ただし甲殻甲冑は断熱性がある為、外から熱しても肉に十分な火を通すのは難しい。関節の間から物を噛ませて甲殻を無理矢理こじ開け、生まれたごく小さな隙間へ注ぐように熱を込めるのが一般的だ。


 分厚い手袋越しに甲殻を掴むアーサーと、間に噛ませた金属棒を握るトルスティ。二人同時に、剥がれ始めた甲殻へとゆっくり力を加えていく。

 ぶちっ、ぶち、ぶち。

 焼けて縮んだ肉の繊維が千切れる音を立てて、足の甲殻甲冑が一枚、完全に剥ぎ取られた。


 トルスティは金属棒を手放し、自身も甲殻に手をかけた。剥ぎ取られ露出した足の肉は黒く焦げている。

 光沢のある黄金甲冑は、高さ一メートル半ほどもある縦長の長方形。緩く湾曲していて、形だけは持ち手を付けるだけでそのまま塔型の大盾として用立てられそうな形状だ。

 厚さは五センチ近く。重量も同じ大きさの鉄板ほどで、二人は下部を地面につけたまま持ち上げているがそれでも相当な重みが腕の筋肉にのし掛かっている。下手な人間では支えるのも一苦労、何かの拍子に倒れ手足を挟まれれば骨折もあり得る巨大な甲殻板だ。


 甲殻を、二人がかりで引きずりながら親蠍と手当組の間辺りへ運んだ。

 そこには剥がし終えた甲殻甲冑が何枚か並べられており、甲殻同士が重ならないように並べると親蠍の元へ戻り先ほどと同じ手順で再び甲殻を剥がしにかかる。


「キラッキラねー」


目の前に並べられた黄金甲殻を眺めながら、ツキカが呟いた。

 地面の上に敷かれた敷物の上に寝そべって下半身の馬の横っ腹を晒しているツキカ。その隣に座っているエルマも、治癒の光を馬の腹にある傷跡へ注ぎながら解体風景を眺めている。


 よくよく見れば、周囲には人だかり、と呼べるほどではないが幾人かの住民が遠巻きに解体風景を見物していた。見物人の表情は皆、興味と畏怖のない交ぜになったものだ。


「見た目は磨かれた黄金か、真鍮だな。……しかし分厚い。トゥルが何度殴りつけても陥没すら出来ん訳だ」

「それを一撃で叩き潰した物騒なお姉ちゃんの物騒さったらないよね。あーあ、あたしもトドメ刺す瞬間見たかったなあ。大きいのが飛んで来た、って思った次にはもう翌日の昼なんだもん」


脱力したツキカが視線をずらすと、親蠍の隣で子蠍の死体を解体するピエールとリストの姿が目に入る。

 こちらは小さいからか熱さずとも甲殻を剥がせるようで、二人は先端に刃のついた(のみ)のような道具を使い、甲殻と肉の隙間に道具を差し込みぐりぐり抉って肉を削ぎ裂いてから甲殻を剥がしている。


 子蠍の甲殻も既に何匹分かツキカたちの目の前に並べられているが、こちらは厚さ一センチほど。まだ現実的な厚さで、その分打撃による損傷が激しく歪んだものや千切れたものが多い。

 中にはピエールが鉄球で叩き潰した残骸からより分けた甲殻もある。一応並べられているが、何に使えるかも分からない切れ端同然の欠片ばかりだ。


 巨大蠍の解体ショーが、数時間ほど続いた頃。

 サラが大きな木桶を抱えて一行の元へ現れた。


「皆さぁん、お食事にしましょー」


ふにゃっとした笑みを湛えたサラが、エルマの隣に食事の乗った桶を置いて地面にちょこんと座った。

 背負っていた鞄からコップと大きな金属の水筒を取り出し、中身を注ぎ始める。

 その間に五人も作業の手を止め、ヴィジリオが呪文によって出した水、それに加え用意してあった石鹸で念入りに手を洗ってから桶の近くに腰を降ろした。


木桶の中身はふすま入りの丸いパン、軽く茹でた根菜と腸詰め肉、拳大の褐色の木の実。

 それらが浅く広い木桶いっぱいに詰まっており、七人分とはいえ中々豪勢だ。


 町が半壊した数日後に用意出来るとは思えない食事だが、今回の襲撃者であるさそりアーマーと風葬蠅は、食料には一切の興味を示さずただひたすらに人間だけを襲い続けた。

 故に食料備蓄はそのまま、人の数だけが大幅に減ったので食料には余裕があるのだ。

 その点は不幸中の幸いと言えるだろう。


「はああ、お腹減ったねえ」


気の抜けた笑顔のピエールが、サラから受け取った丸パンにかぶりついた。

 頬を膨らませてもむもむ咀嚼し、ほう、と一息。

 隣ではリストが品良く地面に腰を降ろし、木皿に乗った腸詰めをフォークで刺して口にしていた。

 サラは用意が良く、七人分の食器もしっかり鞄に詰めてあったようだ。


「ヴィジリオ、念の為聞いておくがどこも痛むところは無いな?」

「ああ、無えな。仮にちょっと痛くてももう自分で治せるから、ツキカの方を頼むぜ姐サン」

「ツキカも現段階で目立った怪我は粗方治っている、今日の夕方頃には終わるだろうよ。……妹、この調子だと今日中には解体は終わらないな? 明日からは私とツキカも手伝うが、今日までは手当に専念させて貰うぞ」

「そうですね、明日いっぱいはかかるでしょう。それに甲殻を剥がし終えた後は肉の処理もあります。その際はお二人の呪文が頼りです」


平坦な口調で返し、パンを小さく千切って口へ運ぶアーサー。

 さそりアーマーの肉部分は、わずかに腐敗が進み始めている。金属成分が混じっているからか普通の動物の肉と比べれば進行は遅いが、放置しておけば襲撃とは別種の被害を町にもたらすだろう。

 冷気の呪文で凍結させてしまえばいいのだが、怪我の手当が済んでいない現在、無価値の肉をわざわざ凍らせて保存する魔力の余裕はない。

 故にこのまま放置し、解体が終わり次第町の外へ運んで全て焼却する手筈になっている。


 また、蠅の死体は既に全て焼却済みだ。風葬蠅には一切の利用価値が無く、死体を山と積んでも百ゴールドにすらならない。

 風葬蠅が嫌われる理由の一つでもある。


「それにしても、やっぱり臭うね。腐敗臭はまだしないけど、鉄粉みたいな金属っぽい臭いだ」

「そうですか? 私はあまり感じませんが……」

「ここが風上だからでしょうな。エルマも近くに来れば分かりますよ」

「……ヴィジリオ、臭い?」

「ああ、それなりにはな。ちょっと生臭い鍛冶場の臭い、って感じ。ま、こうやって飯食ってても気にならない程度だけどな」

「ふうん」


言いながら、茹でた人参をフォークで刺して食べるツキカ。彼女の皿には腸詰めは無く、根菜類だけが盛られている。


「なあ、そんでサラちゃんよ」


コップに注がれていたぬるい茶を、自分の呪文で冷やしてから呷るヴィジリオ。

 かはあ、と中年男のような声を上げた。


「この蠍の殻は一体どれくらいの値が付きそうかい? それから討伐報酬とかさあ」


ヴィジリオが右手でお金のサインを作り、サラを流し目で見やる。

 サラは一人立ち上がって、並べられた甲殻と解体途中の蠍の死体を眺め始めた。

 暫く見回してから、元の位置へ戻る。


「わたしは管理部門なのであまりはっきりとは断言出来ません、詳細は支援部門と、査定部門の者が到着してからになります。……が、この甲殻の量と襲撃の規模ならば、組合からの報奨金と合わせて一人当たり四万ゴールドほどにはなるのではと思います。皆さんは、間違いなく町を救った英雄ですから」


四万という金額を聞いて、ツキカとピエールの二人がにわかに色めいた。

 だが意外なことに、尋ねていたヴィジリオの方は芳しくない反応だ。


「金額は文句無しだな。……だが、英雄なあ」


独り言のように呟き、ヴィジリオが顔を上げて周囲を見渡した。

 蠍の残骸や食事中の自分たちを遠巻きに眺める、住民たちのまばらな視線。

 まかり間違っても、英雄を見る視線ではない。


「もうちょっとちやほやされてもいいと思うんだが」

「残念ですが無理でしょうね。親蠍撃破直後の我々を見る目は、完全に同種の怪物を見る目でした」

「ここの住民は軟弱と世間知らずが過ぎるな。完全に化け物なのはそこの姉だけで、我々の腕前ならそう珍しくもあるまいに」

「あっ、またさりげなくひどい」

「酷いも何も、物騒なお姉ちゃんの方は確実に化け物に片足突っ込んでるよ」


ツキカからの追撃が入り、ピエールはパンを持ったまま力無く肩を落とした。


「いいじゃんいいじゃん、何であろうと可愛くて強いんだからさ」


自分でピエールに追撃を仕掛けておきながら、ツキカはにしし笑いでピエールの頭を撫で始めた。

 拗ね顔だったピエールも、撫でられながら笑顔を取り戻す。

 やがて食事も片が付き、一行は再び怪我の手当と解体作業に従事し始めた。



   :   :



 復旧の目処がついていない中央広場の一角。

 組合支部の建物内個室で、サラが南大陸組合本部から来た職員と二人きりで話し合いを行っていた。


「今回の支援は言われた通り石材が主、食料と医薬品はゼロで手配しておきました。……あなたからの手紙ということでこちらで現地確認せずそのまま手配しましたが、本当に大丈夫でしたか?」

「ええ。さそりアーマーも死体強盗も人ばかり食べていたので食料はほぼ手付かず。おまけに殺傷率が極めて高く怪我人が数えるほどしかいません。外壁と石畳を直せばひとまずは事足りるでしょう。……建物も壊れていますが、それ以上に住民の数が減りましたから。建て直すのは後回しで問題無い筈です」


応対するサラの口調には、普段の間延びした部分はない。仕事の真面目な話や真剣な時には、流石の彼女も口調が変わるのだ。


「そうですか。……しかし、随分と派手に暴れ回ったみたいですね。建物と外壁の破壊跡は驚きでしたよ。やっぱり流れ魔物は怖いですね」

「腰細道に魔物が現れたという一報から襲撃まで五日。ハシペルに巨大な魔物との遭遇経験が無かったという点もありますが、それを抜きにしてもこの日数で襲撃されれば並の町では被害を押さえるのは不可能でしょうね。皆さんがいてくれたのが奇跡でした」

「全くですね。あの七人が居合わせなかったらきっと滅んでましたよこの町。飢えた子連れのさそりアーマー、しかも蠅付きは危険過ぎる」

「なので、報酬の方もお願いしますよ。くれぐれも、皆さんに"命を賭けてまで町を救ったのに全く割に合わない"と思われないように」


真剣な口調で、言い含めるように告げるサラ。

 職員も同じように真剣な表情で、身を乗り出しサラへと顔を寄せた。

 声量も下がり、個室なのだが内緒話のような体勢だ。


「……報酬、この町からは出ないんですか? そもそも私、まだここの町長にすら会っていませんが」

「町で公表されていた報酬は一万五千。勿論人数分ではありません。ここの町長は典型的なお金しか見えてない人でしたので、最初から間に噛ませるとあの手この手で余所者へ流す金を減額させようとするでしょう。なので皆さんへの報酬が確定するまでは関わらせたくありません」


返答を聞いた職員が、訳知り顔で頷く。


「……ああ、その手の輩ですか」

「そうです、その手の輩でした。なので甲殻の買い取りは本部が行い、報奨金と合わせた支払いは復興支援から出す方向で。本格的な交渉は支援部門と査定部門の人たちが来てからです」

「分かりました。……ここの支部の職員は?」


少し顔をしかめるサラ。


「……ここの職員もあまり関わって欲しくはないのですが、そういう訳にもいかないので軽く話を通します。軽くでいいですよ、確実に町長まで話が漏れるので」

「ここの支部、あんまり評判良くないもんなあ……。一丁前なのは稼ぎだけ」

「あなたは忘れていませんね?」

「私の出身はニオスですよ。防衛戦から昨日の今日で、忘れる筈ありません」

「ならばいいんです。……よろしくお願いしますね」


真剣な顔で頷き合い、二人は個室を後にした。

 組合職員の矜持。

 組合とその職員は、冒険者がいらぬ騒動に巻き込まれないように、いらぬ揉め事で損をしないよう常に腐心している。

 魔物と戦う戦力は、人々にとって重要なものだ。故に彼らが困窮してその力を人間に向けたり、組合や人間そのものに不信感を持って町や人を見捨てたりしないように細心の注意を払っている。

 勇気ある善行には、正当且つ十分な見返りを。

 すぐ隣に強大な生物(まもの)がいるようなこの世界では、戦う力と気概のある人間は貴重な人材なのだ。



   :   :



「ほおお……!」


襲撃から更に経過し、およそ半月後。

 ハシペルの空き倉庫内に並べられた甲殻を見渡しながら、組合本部からやって来た査定部門の中年男は感嘆のため息を漏らした。


 大きさ毎に整理され等間隔で規則正しく並べられた黄金色の甲殻甲冑たち。倉庫の小さな窓から注ぐ光を浴びて煌めく様は、さながら国庫に納められた黄金の鋳塊のようだ。


「見事なさそりアーマーの甲殻ですね。解体も綺麗に行われています」

「解体も皆さんにやって貰いました。さそりアーマーとの交戦経験や解体知識のある人がいましたので」


サラが答えると、中年男は痩けた頬に手を当てながら頷いた。

 部下らしき若者を連れて甲殻の元へ移動し、甲殻の質、厚さ、損傷などの要素を念入りに確認し始める。

 部下に持ち上げさせて裏側も調べながら、手元にある灰色のざらつく紙に何やら記入していく。


 現在倉庫内にいるのは本部から来た複数名の職員、サラ一行、支部の職員数名だ。

 その内、七人と本部職員は一応立ち会ってはいるが、査定そのものにはあまり興味は無さそうだ。

 彼らにとって、この手の査定は日常茶飯事である。


 一方、支部の職員たちは興味津々だ。このような大型の魔物の換金も、本部から来る職員集団も、専門の査定職員の仕事なども何から何まで初めてのことである。

 町を半壊にまで追い込んだ化け物には、一体いくらの値が付くのか。

 この七人に、一体どれだけの金が流れるのか。

 その興味の根本は、若干野次馬じみていた。


 さしたる会話も行われないまま、小一時間かけて査定が済み査定部門の職員が、ハンカチで汗を拭いながらサラたちの元へ戻った。


「……幼体の甲殻は十分な成育が出来ていないのか少々薄く一般的な幼体より強度が低いですね。打撃痕も多く、完全に潰れた甲殻も多いので価値としては低めになります。この一塊分で三万ゴールドというところでしょう」

「ありゃ、思ったより安いね」

「誰かさんがハッスルして三匹も鉄球で潰さなきゃもう少し高値がついていたんですよ。周りに任せろと言ったのに」

「てへへ……」


呟いた言葉を妹に手厳しく返され、ピエールは苦笑いで頬を掻いた。


「やはり主原因は、先の通り幼体の甲殻の質があまり良くないことですね。……ただ、別に選り分けられていた、七匹分の幼体の内の二匹。こちらは他の幼体よりも大きく、甲殻の質も良いので通常通りの値がつくでしょう。七匹で二万五千になります。……分けてあったのは、何かしら意図があってのことですよね?」


査定部門の男が問うと、アーサーが一度頷いた。

 サラが、妹の顔を見返し尋ねる。


「え? どうしてですか? 別にするのに何か意味が?」

「あの七匹は"閃光"が倒した分です。私たちの取り分ではありません」

「こいつら姉妹は閃光とやらに随分馬鹿にされていたようで、意地の悪い妹のことだから素知らぬ顔して全部横取りするのだと思っていたのだがな。意外なこともあるものだ」

「あの、明らかに価値高そうな綺麗に殺してあるでかい子蠍もすり替えたりせず分けてるしね。意外」


エルマとツキカに茶化されながらも、表情一つ変えないアーサー。


「なるほど。では分けてあった分は別に計上することにしましょう。次に成体ですが」


話を進めつつ、査定職員は手元の紙に目を落とした。


「こちらは中々の質の良さでした。通常より厚く強靱で、損傷も鋏と顔面以外は少ない。打撃で討伐したさそりアーマーの成体なんて、身体中損傷が激しく価値がだだ下がりしているものが殆どなのですが」

「こっちは一撃で致命傷を与えられるピエールちゃん様々だね」

「私たちだけは仮に倒せたとしても綺麗にはいかないでしょうな」


うむうむ、と訳知り顔で頷く王子と従者。

 待ち切れないヴィジリオが、値段を尋ねに入った。


「で、このでかいのはいくらくらいになるんだい?」

「十万と……いえ、十一万でどうですかね。幼体の分と合わせて十四万、七人で割ればちょうど一人二万」


十四万。

 豪邸が建つ金である。

 一職員にはとても扱うことの無い大金に、支部職員たちが驚き目を見開いた。

 だがその反応とは裏腹に、本部職員や七人の反応は平静そのものだ。


「予想通りの金額だな」

「たった一日で二万、と考えるか、(はらわた)潰され死にかけてたった二万、と考えるか。難しいところよね」

「まあたった一日で二万、でいいんじゃねえの。倒した魔物をしっかり確保出来て、金に換えられるってだけで上出来だし。それに組合からの報奨金も別に出るんだろ。なあサラちゃん」


不細工組が話を降ると、サラは二人を見返し大きく頷いた。


「ええ、勿論。復興支援部門の者と話し合いましたが、皆さんにはそれぞれ一万ゴールド出ることになりました。甲殻分と合わせて三万。当初の予想だった四万より低くなってしまい申し訳ないですが……。それから、閃光の方々にも四千ゴールド四名分で計一万六千、子蠍分と合わせて計三万二千。一名は亡くなられていますが、親族もしくは仲間の方への見舞金扱いになります」

「え、ちょっ、そんな大金どこから……」


一人二万でも高額だったのに、更に一万の増額である。

 そのことに支部の職員が思わず口を挟むと、サラは当然だという顔で支部職員へ視線を向けた。


「本来は救って貰ったハシペルの町が出すのが道理です。……が、今回はちょうど復興支援金がありますので、そちらから出ることになっています。また、甲殻に関してはさきほどの査定と同額出せるのであればこの町で買い取って貰っても構いませんが……」

「ま、待ってください! 町の状況を見て貰えれば復興に莫大な手間と費用がかかることは分かって貰える筈です! なのにその復興支援の中から、八万六千ゴールドも出すなんて! それでは町の支援に回せる費用が……!」

「元々今回の支援金は、功労者である七名への報酬をこの町の代わりに出すのが主目的です。そもそも、支援が無くても復興出来るだけの金銭的余裕が、この町にはあるでしょう? 耐火性を持つ火吹き熊革の一大産地だと豪語し、稼ぎの量を鼻にかけていたのは本部の職員なら大抵知っていますよ」

「っ……」

「……組合を商会か何かと勘違いし、冒険者の人たちを金銭の動きでしか見ていない。だから、ここの支部は本部からの評価が悪いんです。普通なら、町を救った救世主には率先して十分な報酬を出しますよ」


突き放すような言い方で返され、支部の職員たちは一様に口を閉ざした。

 サラも彼らから視線を外し、七人の方を向く。


「話が逸れてしまってごめんなさい。お支払いについては、あと十日ほどで届く筈なのでその時まで待っててくださいね。……それから、本部から他の職員の皆さんが来たので、私たちは改めて町長の元へ行って来ます」


きっと荒れるので、皆さんは来なくても大丈夫です。

 言外に含まれたその言葉を七人はしっかり理解し、各々表情は違えど頷いた。

 表情と共に身体の力を緩めたアーサーが呟く。


「……あなたに間に入って貰うと、いらぬ苦労をしなくていいので助かりますよ。もしあなたがいなければ支部職員の皆さんのおかげで報酬はろくに出ず甲殻も買い叩かれ、懐には数千ゴールドの小銭しか入らなかったでしょうね。二度とこんな町救うか、と怒り心頭で町を去っていたところです」

「それが私の仕事ですから。あなたたちが心おきなく魔物に全力を注げるように、と」


自身より背の高いアーサーを見上げながら、にっと笑うサラ。

 そうして甲殻甲冑の査定も終わり、一行は倉庫を後にした。

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