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姉妹冒険者物語  作者: 並野
死闘・蠍鎧
63/181

02

 誰もまともに取り合わなかった、あの第一報から三日。

 ロビー内の隅の席に座る姉妹の視線の先を、六人組の男女が通り過ぎていく。


 全身を金属鎧で固めた前衛が三人、身軽な防具に大きな両手持ちの剣を背負った男が一人、魔法使いらしき後衛が二人。

 六人は堂々とした足取りで組合の建物を後にし、彼らが去った後のロビー内には話し声が満ちていく。


「"巨壁"の奴ら本気だったぜ、フル装備で行きやがった」

「これで決まりか?」

「さてな。何せあの"疾風"すら帰って来なかった。いつもとは違う」

「疾風なんかただの凡人集団じゃん。あいつらじゃ熊の群れにすら勝てないよ」

「どっちでもいいが、さっさと誰か仕留めてくれんもんかね。賭け金の管理がだりぃよ」

「てめえ一応言っておくが、金ちょろまかしたらぶっ殺すからな」

「わーってるよ」


聞こえる喧噪を聞き流しながら、静かに目を瞑るアーサーと、机に肘を突いて脱力するピエール。

 ピエールがちらりと視線を上げて組合内、受付のカウンターに視線を向けると、そこには大きな立て札が置かれ、"腰細道の魔物討伐 賞金一万五千ゴールド"と大きく記されている。


「……一万五千かぁ」

「あの時の男の言葉が間違っていなかったのなら、十倍は欲しいですね」

「十倍て」

「あの書き方からすると、どうせ何人いても一万五千ですよ」

「……えー、それだと十人で倒したら一人千五百じゃん。千五百て」

「少なくとも十倍は欲しいでしょう?」

「まあ、そうだね。でももしかしたら一人一万五千かもしれないし……」


二人が小声でぼそぼそ話していると、突如入り口の扉が勢い良く、叩きつけるように開かれた。

 どこか既視感のある、組合ロビーが静まり返る瞬間。


 入って来たのは彩度の高い派手な服に身を包んだ、背の低い肥えた中年男。手の指や首に煌びやかな装飾品をこれでもかと身につけている。

 一見した印象は間違いなく、偉ぶる成金だ。

 成金風の男は怒り心頭という表情で肩を怒らせながら、受付のカウンターまで音を立てて歩み寄った。


「ち、町長……」

「腰細道に出たとかいう魔物はどうなった? もう始末したか?」


怯える受付職員の目の前に立った成金風、町長は、爆発しそうな怒りを寸前で溜め込んでいるような顔で職員へ問いかけた。

 ふうふうと荒い鼻息が、受付職員の前髪を揺らしている。


「さ、先ほど"巨壁"の一行が向かいました。彼らなら」

「"閃光"は?」


職員の弁明の半ばで町長が被せるように言うと、職員は顔を引き攣らせながらも視線を一方へ向けた。

 それを追うように町長が視線を滑らせれば、そこにはいつもの指定席に座り、余裕の態度で菓子を口にする金髪、ミレイアと、向かいの席で静かに茶を飲む背の高い青年。

 "閃光"の一人である背の高い男、名前はレイナルドと言う。


「……あら、町長さん? そんなに汗かいてどうしたの?」


視線を向けられてからようやく、舐め切った口調で口を開くミレイア。

 町長の怒りが爆発した。


「"閃光"ッ! 貴様ら何故こんなところでボサっとしている!」


激昂して少女へ詰め寄ろうとする町長の前を、音もなく立ち上がったレイナルドが塞ぐ。

 その後ろに隠れて、ミレイアはわざとらしく怖がるような演技をして見せた。


「やーん怖ーい、あたしびっくりして泣いちゃいそう」

「ふざけるな! 残りの二人はどうした! まさか怖じ気付いたのではないだろうな!」


残りの二人。

 その単語が出た瞬間、ミレイアの表情が豹変した。

 一瞬で苛立ちの満ち満ちた顔で、横を向いて舌打ち。


「……クルス君はあの女と二人でアクセサリーでも見てるんじゃないの。……何よ、あたしだって頑張ってるのに、クルス君はいっつもセレス、セレス、セレス。あの女、本当にクルス君に気が無いって言うなら二人きりになんてなるんじゃないわよ、あーもう、あいつ早く死なないかしら……本当に……」


悪鬼のような顔でぶつぶつと恨み節を垂れ流していたかと思えば、表情はそのままに視線を町長へ戻すミア。


「……町長が来たら言うように、ってクルス君からの伝言。……俺たちはあと数日は腰細道の魔物を討伐しに行く気はない。装備の整備中だし、他の有象無象が挑戦してるなら自由にさせてやる。奴らに倒せたなら俺たちの出る幕ではなかったということ。もし誰も倒せなかったなら、その時には俺たちの力を見せてやろう」


そこで区切って、再びミレイアは口を開く。


「それから、もし町長が偉そうに命令してきたらこう言えって。……俺たち冒険者はあんたの部下でも無ければこの町の衛士でもない。命令されたからって、聞く必要はない。……大体、この町やあんたがここまで儲けているのも俺たちが狩った獲物を売り捌く時に結構な量の手数料を取ってるからだろう。俺たちの成果で肥え太ってる癖に、あまり偉そうにするな。……だってさ」


言い終えた少女は不機嫌露わに一度鼻を鳴らしてから、町長から意識を外し再び菓子に手を付け始めた。

 一方の町長は顔を首元まで怒りで真っ赤にしながらも、何も言い返せず全身に力を込めながらぶるぶる震えるばかり。

 やがて、


「もういいっ!」


と爆発するような怒声を叩きつけて去っていった。

 町長の前に立ちはだかっていた青年も、無言のまま元の席に戻り茶を啜る。

 暫くは町長の怒号の余韻が残っていたのか静かだったが、だんだん会話が戻り始め、ロビー内の雰囲気も元に戻っていく。

 ぼそぼそと話している者たちの話題は、もっぱら"閃光"に関してのもの。

 反応は千差万別だが、多くは二人の余裕の態度を評価する向きだ。

 姉妹二人は何を言うでもなく、ただ静かにその光景を眺めていた。



   :   :



町長が怒鳴り込んできた日から、更に二日。

 結局あれから何組かの冒険者が腰細道へ出発したものの、生還者は皆無。

 町には、にわかにただ事ではないという空気が満ち始めていた。


 そんな日の朝方。

 姉妹二人は宿屋の一室で、気怠げにくつろいでいる。


「戻りましょうか」


ベッドの上に腰掛けるアーサーが呟くと、隣のベッドの上にうつ伏せで大の字になっているピエールが、


「うー……」


とシーツに顔を埋めたまま唸った。


「おさかなたべたい……」

「諦めて他の土地で我慢しましょう」

「でも、あの何とかっていう島で穫れる魚が美味しいって言ったの、アーサーじゃん」


ピエールがベッドに突っ伏していたままの頭をにょき、と起こして隣にいる妹へ顔を向けた。

 アーサーはじと目で自身を見つめる姉を見返しながら、仕方なさそうに息を吐く。


「それはそうですが、どうしようもありません。この調子だと道を塞いでる主は当分移動する気は無さそうですし、かといって私たち二人で挑むのは無謀極まりない。迂回して森の中を入って進むのも、鉢合わせしたり気づかれる可能性を加味するとやはり危ない。面倒な事態になる前に、大人しく引き返すべきです。幸い、アッシェには食事以外に行く理由もありませんし」

「……」

「さ、消耗品の調達に行きますよ」


妹に理詰めで諭されると、姉には返す言葉が無い。

 いくらかの不満と少しの諦念を顔に浮かべたまま、ピエールが起き上がった。


   :   :


 せめて、あと一回組合に様子を見に行こう。

 というピエールの提案で、宿を出た姉妹は現在組合の建物の前に立っている。

 軽く扉を押し開け中に入ると、


「ど、どういうことですかぁっ!」


震えた声音の叫び声が二人の耳に届いた。

 ここはいつも騒がしい、と姉妹は同じ感想を抱きながらロビーの空席に腰を降ろし、注意を受付のカウンターにある人混みへ向けた。

 重なる喧噪の中から、何とか当事者らしき者たちの言葉を選り分ける。


「腰細道を魔物が塞いでるなんて、聞いてませんよぉ!」

「な、何分、数日前にいきなり現れたもので……」

「し、詳細は? どんな魔物がいるのか、追い払う目処はあるんですか?」

「数組のパーティが討伐や偵察に向かいましたが、誰も戻ってきておりません……」

「生還者ゼロ! それってとっても危険じゃないですかぁっ! あああーっそんなぁ……!」


話を聞くに、アッシェに向かう為ここに来た人間が、腰細道の封鎖を知り驚いているというところだろう。

 そう判断したピエールだが、アーサーは思案顔だ。


「アーサー、どしたの?」

「あの声……」

「声?」


アーサーの言葉と共に視線を人混みへ戻すピエール。

 人混みの中心にいた人物が、人混みを伴ったまま受付のカウンターから離れていく。


「どうしましょう……早く行かないといけないのに……」

「そんな心配しなくても、たかが魔物ごとき俺たちがすぐに倒してやりますよサラさん!」

「そうよ! 今まで行った奴らは皆弱かっただけ! あたしたちがすぐに倒してくるから! ……そうしたら、本部に口添えとか」

「いえそんな、生還者がいない危ない魔物相手に不用意に立ち向かって……は……」


人混みの中心にいる人物と、ピエールの目が合った。


   :   :


「ああああーっピエールさぁぁぁーん!」


開口一番、声量は大きい癖に何故か震えてヘロヘロな叫び声を上げながら、その人物は席に座るピエールの元へ駆け寄った。

 だが、即座にアーサーが立ち上がり突き出した盾によって寸前で阻まれ、飛び込もうとした本人は頬を革張りの盾の表面に擦りつけるだけに留まる。


「おおっ、サラちゃんじゃん。久しぶりー」


勢いが収まりアーサーが盾を引いたことで、改めて視線を交わし合う二人。

 ふわふわした雰囲気の女性だ。

 年格好は二十代後半。背も大人の女性相応で、身体の凹凸もはっきりとした、大人の女性の色気がある。

 だがその割に表情は緩く、へにゃりと笑うと寝惚けた少女にしか見えない。

 深い紺色の髪も短く少なく揃えれば清涼感がありそうなものを、肩口まで伸びた髪は無駄に質量があり一層ふわふわとした綿菓子のような雰囲気を醸し出している。声もどこか震えているかのようで特徴的、あるのはやはり脱力感。


 彼女の名前はサラ。

 これでも冒険者組合の南大陸本部に所属する上級職員で、正真正銘のエリートだ。

 姉妹とは過去に、仕事を通じて関わった経験がある。


「ピエールさんアーサーさん久しぶりですぅぅぅ」


サラはヘロヘロ声で言うと同時にピエールの両手を掴み、縋り付くかのように頬を寄せた。

 ピエールは笑顔でされるがままに、アーサーは盾を戻し再び席に腰を降ろす。


「お二人はどうしてここに? やっぱり気まま旅の途中で?」

「ええ。そして腰細道に魔物が出たので今から引き返して」

「あああ待ってくださいようぅ」


アーサーが立ち上がる素振りを見せかけた瞬間、せめてこっちは逃がすまいとサラはピエールの胴に腕を回してしがみついた。

 薄目、無言でそれを見下ろしながら、アーサーは再び腰を降ろす。


「……冗談です。あなたには世話になりましたから、話は聞きますよ」

「それで、サラちゃんはどうしたの? 何かアッシェに行きたいみたいな話してたけど」

「ええ、それがですね……」


と姿勢を戻したサラが言い掛けたところで、割り込む人影が複数。


「サラさん、そいつらと知り合いなの?」

「こいつらただの根かじりよ? あなたみたいな人が一々相手するほどの存在じゃないわ」


先ほどまでサラの周囲に纏わり付いていた取り巻きたちだ。

 よく見れば、先日獲物を横取りされそうになっていたのを姉妹が助けた相手も混ざっている。


「ほら、こんな奴ら放っておいて早く行きましょう」

「あんたたち、彼女が誰だか分かってんの? 根かじり如きが何を偉そうに、早く散りなさい」


取り巻きたちによって姉妹から引き離されそうになるサラ。

 彼らの手をやんわりと拒否し、何とかその場に留まった。


「……えっと、ちょっと待ってくださいね皆さん。この二人はわたしにとってとても大事な人なので」


取り巻きを下がらせたサラは、素早く机に身を乗り出し姉妹へと顔を寄せた。

 三人顔を合わせての、内緒話の体勢だ。


「……ええとぉ、まず、根かじりって何です……?」

「根かじりはここ特有の言い回しで、植物採集専門で獣と戦わない冒険者のこと。蔑視の対象のようです」

「はあ……。確かに腰細森は広さの割に魔力が薄く高価な植物が全く無かった筈ですし、腰細森で採集専門、だと稼ぎは少なそうですが……。ということは、お二人はここでは獣を狩っていない、ということですかぁ……?」

「うん」

「……お言葉ですが、お二人にとっては腰細森の獣なら簡単に狩れるのでは……? ここの獣はあまり強くないと聞いていますよ……? 二ヶ月前のあの戦の英雄であるあなたたちが」

「そのものずばり、この間のあれがあったから暫く戦いたくない気分なんだよね……。あの時貰ったお金があるし、ここも価値のある薬草は無いけど木の実とか集めて売れば稼げないこともないし」

「……ふむぅ……」


納得がいった様子で、サラが顔を離した。

 即座に集まろうとする取り巻きを制し、周囲にも聞こえるように姉妹に向けて発言。


「とにかく、お二人には色々とお話を伺いたいです。奥の部屋を貸して貰うので、ちょっと来て貰えませんか? 後からわたしの同行者にも来て貰うので、顔合わせも」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよサラさん! こいつらは一体何なんです!」

「あんたたち、この人とどういう関係なのよ!」


周囲の人間が一斉に詰め寄ってくるのをかわしつつ、姉妹は顔を見合わせた。

 一瞬見つめ合ってから、ピエールは笑顔、アーサーは眉だけを緩めて息一つ。

 二人は立ち上がって、サラ主導の元組合奥の個室へと歩いていった。


   :   :


「えっ……あの……はい……どうぞ」


と、普段散々難癖を付けて採集物を買い叩いていた職員の女が、理解出来ないという顔で姉妹とサラを見比べながら相談用の個室へと案内した。

 各々席に着いてから、早速切り出すサラ。


「お二人は、今回腰細道に出たという魔物についてどれくらい知ってます?」

「どれくらい知ってる? アーサー」

「何で姉さんが私に振るんですか」

「いや、アーサーなら見当付いてるのかなって」

「……。まあ、多少は付いてますが……」


アーサーが語尾を濁しながらも答えると、サラとピエール両名が身を乗り出した。


「どうしてアーサーさんは分かってるんです? 組合では何の魔物かも殆ど分かっていないような雰囲気でしたが」

「今のところ生還者無しということになっていますが、事態が発覚する直前に一人だけ生きて帰ったと思しき男がいました。最初はただの与太話だと思っていましたが、その男の言葉が事実だったと仮定するなら心当たりは絞られます」

「なるほど!」


音が鳴らない程度の柔らかい手つきでぺたぺた手を打ち合うサラ。

 その向かいで、ピエールは顎に手を当て首を捻っている。


「確かにいたよね最初にでっかい魔物が出た! って叫んでた人。でもあの人曖昧なことしか言ってなかったような……」

「そうでもありませんよ。発言が真実と仮定するなら、正体を特定するには十分な内容でした」

「だったかな……というかアーサーも最初は全然信じてなかったのに。今どこにいるんだろ、あの人」

「さあ、それは知りません」


二人の会話が一段落着き、サラが詳細を尋ねようと口を開きかけた時。

 ピエールが何かに気づき、扉へと視線を向けた。


「誰か来た」


続いて反応するアーサー。


「来ましたね。人数は七……六でしょうか」

「いや違うと思う。五人、うち一人が普通の人じゃない感じ」


返されたアーサーが、口元に手を当て小さく一唸り。


「……ということですが、あなたの連れの戦力になりそうな人は五人、うち一人亜人。で合っていますか?」

「ええ、合ってます。ということはもう来たのでしょうか。お二人とも、やっぱり気配を読むのがお上手ですねぇ」

「私は姉さんに比べると何枚も劣りますがね」


謙遜という訳でもなく、わずかにぶっきらぼうな口調で言い返したアーサー。

 そうして暫し待っていると、やがてサラにも聞こえるような足音、次にノック音が室内に届いた。

 サラの気の抜けた返事の後、扉が開かれる。

 入って来たのはピエールの予想通り五人。


 まずは年若い青年。

 濃い藍色の髪を男にしては少し長く伸ばした、品行方正、という言葉が似合うような涼しげな美男子。整った顔立ちにしなやかながら力強さのある身体、穏やかな微笑を湛える顔など、非の打ち所の無い作り話の中の理想の王子のようだ。


 二人目は、六十手前ほどの初老の男。

 まず目を引くのは老人とは思えない隆々たる筋肉。服の上からでもはっきりと分かる野太い手足の凹凸に、分厚く硬そうな胸元。

 かと思えば厳めしい胴体の上には、温厚で品と人柄が良さそうな初老男性の顔がすとん、と乗っている。

 白髪の混じった伸びた茶髪を後ろで縛り目を細めて微笑むその顔だけ見れば、孫を前にして気の緩んだ一角の貴族、とでも言えそうな顔立ちだ。


 三人目は、恐らく四十代の女性。

 目尻や指先など身体の節々には中年に差し掛かった痕跡が現れているものの、よく鍛えられ引き締まった身体はそれらの痕跡を打ち消して余りあるほど若々しい。一見すれば二十代後半でも通じそうだ。

 顔つきも若々しく、うなじの部分で一括りにされた橙色の髪も年齢不相応に艶やか。

 だが、表情は隣にいる初老男とは対照的に険しく鋭い。

 大人の凄みと魅力を備えた女将軍、とでもいうような雰囲気だ。


 四人目は半人半馬、蹄人の少女。

 上半身、少女部分の年格好は姉妹より幾つか下。わずかに茶色がかった、白く長い髪を左右で二つに括っている。ぱっちり開いた釣り目の瞳も赤く、活動的でやや悪戯好きな年頃の少女、というところ。

 下半身の馬部分も髪の色と同じく、白に近い月毛。体高は低くこじんまりとしているが、それでも上半身の少女の身体とは対照的に胴から足まで太く頑強そうだ。

 胴には二枚ある楕円の金属盾や鞍に旅荷物など様々な道具が掛けられ、


 五人目が鞍の上に乗っていた。

 その男、贔屓目に見ても不細工だ。

 歳は二十歳半ば。背丈は低く短足で、冒険者とは思えない小太り体型。身体の表面は脂で妙に艶があり、自信に満ちた不細工な笑顔を晒している。

 探してもそうはいない、不細工の見本のようだ。

 その男は蹄人の少女の背に乗り、何故か乗られている少女本人よりも疲労している。

 入って来た五人は挨拶も半ばに、姉妹のことを見つめたまま足を止めていた。


「皆さん、お待ちしてました! ささ、とりあえず座ってください。二人の紹介をしますねぇ」


喜色満面のサラに促され、王子と初老男が席へ。

 不細工は蹄人から降り、馬の背に括られていた敷物を地面に広げた。

 敷物の上に少女が馬の胴体をぺたりと降ろして座り、不細工はすぐ近くの席に。

 そして中年女だけが座ることなく、ブーツの硬い靴底をこつこつ鳴らして姉妹の前に歩み寄った。


「……」


自身の顎に手を添えた女が、上半身を曲げて至近距離からピエールの顔を見つめる。

 笑顔のまま表情に戸惑いを交え、相手の顔を見返すピエール。


「扉越しでもはっきり分かるほど強烈な、まるで豪傑熊でも寝ているのかという強い存在感」

「あ、あの、エルマさぁん、紹介をしますので」

「だのに、実際見てみるとどこにでもいそうなとぼけた顔の小娘。分からないものだ」

「あのぅ……」


サラの弱々しい言葉を完全に無視し、息がかかりそうなほどの距離で視線を交わす二人。

 アーサーを含めた五人は、黙ってその光景を眺めている。


「お前、魔法使いか?」

「え、えっと、違、違います」

「なら何が出来る?」

「……前衛、とか……」

「前衛? この吹けば飛びそうな身体でよくも……」


ぐいぐい迫られ気圧されがちにピエールが答えると、女は一瞬驚きを示したがすぐに思案顔に変わった。

 顔を離して腕を組み、一唸り。

 だが再び口を開こうとしたところで、席に着いている初老の男によって窘められた。


「エルマ、その辺にしておきなさい。まずはサラさんの話を聞こうじゃありませんか」


視線をピエールへと向けたまま、女は無言で席に着く。

 ようやく全員が席へと落ち着き、サラによって話が進められる。


「ええと、それではまず、皆さんにお二人の紹介をしますねぇ。こちらの茶色い髪の方がピエールさん、こちらの金髪の方がアーサーさん。二人とも冒険者で、可愛らしい女の子ですがとても強い身体能力と気配を読む力を持っていまして……」


一旦区切ってアーサーへと目配せを行い、視線にて踏み込んだ話をしていいか尋ねるサラ。

 どうやら言わずに濁して欲しいらしく、サラは触れずに話を続ける。


「……そして、お二人はあの二ヶ月前の"ニオス南部解放戦"で活躍した英雄でして」

「ニオス南部解放戦……」


真っ先に反応したのは、机に頬杖を突き溶けた脂身のように脱力していた不細工だ。

 野太い眉毛を持ち上げて、姉妹に視線を向ける。


「聞いたことあるぞ。ニオス南部の田園地帯が山から降りてきた梟熊の群れに町ごと占拠されて、そこを取り返す為に千人単位の人間を繰り出した大戦(おおいくさ)。その時に、何でも人間の女とは思えない異常なほどの身体能力を持った女が二人いて、梟熊相手に化け物みたいに大暴れ、二人合わせて討伐数は五十以上。どっちも男みたいな名前で、それをからかった奴は顔面陥没させられて死んだとか」

「殺害も陥没もさせていません。鼻骨骨折、呪文を使えばじき治る程度です」

「その当人ってことでよさそうだな、つーかどっちにしろ殴りはしてんのかよ」


アーサーがしれっと放った返事で、場の空気が何ともいえない、気まずいようなそうでもないような曖昧な雰囲気に変わった。


「……ううん、僕には分からないなあ。見た目はどう見ても可愛らしい女の子じゃないか。皆は分かるのかい? 気配とか雰囲気とか、そういうの」


美男子が口元に手を当て、訝しむ顔で姉妹と他の四人へ交互に視線を巡らせた。

 そんな些細な仕草すら、品の良さが満ちている。

 青年の言葉に答えるのは不細工。

 左手で隣に座る蹄人少女の馬の背を撫でながら、不敵な口調で答えた。

 そんな些細な仕草すら、全く格好が付いていない。


「俺には分かるぜ。確かに見た目とは裏腹にただもんじゃない、外見と強さが乖離した雰囲気をしてる。魔物によくある奴だ。こういう雰囲気の魔物に出くわしたら、いくら弱そうな見た目でも手ぇ出したら痛い目見る。……そして、やばい雰囲気してる割に魔力は大して感じ取れない。……魔法使いじゃあないんだろ? お二人さん」


男が不細工ながら精一杯格好付けた態度で尋ねると、ピエールは大きく、アーサーは静かに一度、頷いて肯定した。

 不細工が鼻を鳴らして不細工な笑みを見せたのを、横で笑うのは蹄人の少女。

 口に手を当て、きしし、と歯を見せる特徴的な笑い方をしている。


「流石ヴィジリオ。自分がおデブでおチビな不細工で舐められっぱなしだから、人を見た目で判断しないことに定評がある」

「うるせえぞツキカ」

「やあん、ごめんなさい。……大丈夫大丈夫、あたしはヴィジリオの良さをちゃんと知ってるから」


不細工、ヴィジリオに頭をはたかれながらも、蹄人少女のツキカはどこか嬉しそうに少女の上半身を不細工の柔らかい脇腹へ擦り寄せている。

 逸れた話が一段落ついたところで、サラが再び口を開く。


「お二人は……ええっとぉ、今は宛の無い放浪旅で、アッシェに向かう途中だった……ということで、いいんですよね?」

「ええ」

「おや、それでは我々と目的地は同じですな。しかし聞くところによると現在、腰細道には魔物が居座っているという話でしたが?」

「ええ、ええ、そうなんですよぅ! ですから有事の際に備えて、皆さんには顔合わせをして貰おうと思いまして」


初老男の問いかけに勢い良くサラは答え、立ち上がって端の席に座る美青年の元へ。


「今度はお二人に皆さんを紹介します。この人はリストさん。ここから遠く離れた北大陸の」

「"エル・トレアの放浪王子"」


アーサーの被せた言葉に、初老男と中年女が静かに目を細めて反応した。


「北大陸、エル・トレアという国の王族は若い頃旅に出て、己を鍛えると共に世界各地の魔物への対応策を学ぶという代々続く伝統がある。今代のエル・トレアでは第一王子のリスト・ロール・エル・トレアが従者二人を連れて修行の旅の真っ最中」


つらつらと語ったアーサーに対し初老男と中年女は先ほどと同じ反応を示し、当のリスト本人はあからさまに虚を突かれた顔で脱力、笑みを浮かべて息を吐いた。


「……良く知ってるね」

「あなたたちのことは有名ですよ。眉目秀麗、剣士としての腕前も人柄も非の打ち所の無い、紛うこと無き本物の王子と評判です。……尤も」


ごく小さく一言付け足して視線をリストの隣にいる年経た男女へ走らせると、二人ともかすかに口元を歪めて笑みで返した。


「そう言われるのはいつまで経っても慣れないや、はは……。とにかく、そういうことなら詳しい紹介は必要ないかな。リストだよ。僕も戦闘呪文は使えない普通の前衛。よろしくね二人とも」

「人と話す度完全無欠の王子様だってベタ誉めされてるんだからいい加減慣れろよな、王子サン俺が見ただけでももう二十回は若い女に誉められてんだからよお」

「はいはい、妬まない妬まない」

「はあっ、べ、別に妬んでねえし! いい加減なこと言うなよツキカ!」

「……このやり取りもこれで十三回目だ、彼らも懲りないな、全く」

「ははは」


不細工の軽口に蹄人少女が突っ込みを入れ、中年女がため息を吐き、リストが慣れた顔で笑う。

 不細工の言葉はぶっきらぼうに聞こえるが、互いに心安い友人同士の語らいという雰囲気だ。


「さて、次は我々ですな。私はトルスティ。代々王家に仕えている家系で、リスト様とは生まれる前からの付き合いになります。私も戦闘呪文の使えない前衛、呪文は隣にいる私の妻が担当しております」


初老男、トルスティが着席したまま一礼すると、続いて隣の中年女が。


「私はエルマ。夫であるトルスティ同様、リスト様の従者だ。呪文は大方扱えるが、主に怪我の手当を担当することが多い。骨折程度なら即座に治して戦線復帰させてやるから、そうなったら言うといい」


小さく目礼をするエルマ。敵意は無いのだが、生来のものなのか表情はやはり険しい。

 エル・トレア三人組の挨拶が済み、次は不細工の元へとサラが移動した。

 そしていざ口を開こうとしたが、不細工に先を越される。


「ところでアーサーちゃんは王子サンのことはよく知ってたみたいだが、俺たちのことは何か知らんのかい? ん? ヒント、俺は魔法使いだぜ」

「いえ、申し訳ありませんが。蹄人の少女と魔法使いの人間という組み合わせなら、一度聞いていれば忘れはしない筈ですが」


すげない返事に、不細工は肩を落としながらピエールへと視線を滑らせる。

 だが勿論、彼女も首を横に振る。

 問うた言葉は切り捨てられ、不細工は落胆と少しの怒りを滲ませて机の上に置いた拳に力を込めた。


「畜生……俺はいつもこうだ。王子サンはどこ行っても有名で人気者で若いメスどもにちやほやされてんのに……妬ましいぜ王子サンよお……」

「そういう君だって明らかに僕より凄い力があるんだから、気を落とすこと無いよ。それに、ツキカさんがいるじゃないか」

「そーそー、ヴィジリオにはあたしがいるいる」


蹄人の少女が上半身を隣に座る不細工へ寄せると、不細工は無言のまま視線をずらして自身をじと目で見つめる少女の眼に合わせた。

 片や恋慕、片や親愛。

 二人の眼差しは、そういう雰囲気だ。


「……お前は確かにいい奴だよツキカ……。女にまるで縁の無い俺みたいな奴にも優しくしてくれて……真っ直ぐな好意向けてくれて……しかも若くて可愛くて……胸でかいし……」


ぶつぶつ呟く不細工。後半、欲望の漏れた言葉を発したことで、アーサーとエルマが表情に出さぬ程度に嫌悪感を示した。

 だが不細工はそのことにまるで気づかないまま、ツキカの頭を撫でて大きくため息を吐いた。


「……でも、でも……俺、馬の尻にはちょっと興奮出来ないっていうか……そもそも大きさが合わないっていうか」

「その辺にしておけヴィジリオ。お冠だ」


静かな声で割り込んだエルマの言葉に、不細工がはっとして顔を上げた。

 対面にいるアーサーの無表情の仮面が、右目の目尻あたりからひくひくと剥がれ始めている。

 慌てて姿勢を正し口を噤む不細工。

 アーサーは無表情が乱れないよう努めながら、横で何の"大きさ"なのか疑問を浮かべている姉の腹を肘でつついて諫めた。

 蹄人少女が先ほど同様擦れるような声で笑い、苦み九笑み一の比率で苦笑うサラが場を取り繕う。


「……え、えーとですねぇ……こちらはヴィジリオさん。"西の魔法都市"出身で、治癒を含めた様々な呪文に対する素晴らしい才がありまして……」

「ついた渾名が"醜い鬼畜魔道師"」

「お、お前っ、いちいちそれ言うなよ!」


言葉を濁したサラの代わり、とでも言うように言葉を繋ぐ蹄人の少女。

 不細工に脂肪の乗った腕で叩かれるが、やり遂げた笑みだ。


「……えーとぉ、ちなみに……鬼畜、の部分は普段ヴィジリオさんはこちらのツキカさんに騎乗して行動しておりましてぇ、普段のやりとりで軽い調子ですがヴィジリオさんがツキカさんを叩くことも多く、それが一見無理矢理使役しているように見え付いたものです。ツキカさん本人は望んで彼を乗せている為、誤解によって生まれた渾名だということを補足しておきますぅ……」

「ヴィジリオはおデブだけどおチビだから意外に軽いし、手足むにむにで貧弱だから叩かれても痛くない。ばっちこい。むしろ、でかくて筋肉ごつごつで鎧とか着てるような奴の方が嫌」

「それ以前にお前、俺以外誰も乗せたがらねえじゃねえか」

「もち」


ヴィジリオの突っ込みに自信満々に頷く蹄人の少女。


「そしてこちらが、蹄人のツキカさんです。ヴィジリオさんと一緒に行動していて、主にヴィジリオさんの移動手段になっています。装備を見て分かる通り武器は持たず、戦闘の際は盾で防ぎながら走り回って上に乗ったヴィジリオさんが呪文で攻撃を担当するという二人一組の戦法が基本となっております」

「ツキカよ。よろしくね物騒な姉妹ちゃん」


大きな目を細め、歯を見せて笑いながら緩く手を振るツキカ。

 姉妹がそれぞれの態度で挨拶を返し、全員の紹介が済んだことでサラが席に戻った。

 心なしか疲れた様子で、胸に手を置き深呼吸をするサラ。


「えーとぉ、それではですねぇ。紹介も済んだことですし、早速アーサーさんから腰細道にいるという魔物の話を聞きたいと思います。アーサーさん、話して貰えますか?」


表情を変えず、静かに頷くアーサー。


「五日前に、組合のロビーに飛び込んできて巨大な魔物の存在を語った男がいました。彼が恐らく第一報で唯一の生還者でしょう。その男が言う所には、"腰細道に巨大な化け物が出た。そいつは建物くらい大きな金色の鎧で、通りがかる人間を捕食している"と」


アーサーの言葉に従者夫婦は表情は異なれど似通った仕草で腕組みをして唸り、王子は小首を傾げた。


「リビングアーマー? あれって今もいるの?」

「ああ、太古からの生き残りが今もまだ徘徊してるって噂だぜ」

「ふーん。リビングアーマーってあたし見たことないなー、どんな奴なんだろ」

「いや、待て」


不細工と蹄人の軽い会話にエルマが割り込んだ。

 堅い表情で眉間に皺を寄せ、アーサーを睨むような鋭さで見据えている。


「リビングアーマーは人を襲うが、食べはしない筈だ」


指摘の言葉で真っ先に気づいたのは職員、サラ。口を閉じたまま、目を大きく開いた。


「人の肉を食べる、巨大鎧。としたら……私が知る限り、候補は」


サラの言葉を繋ぐように、アーサーがはっきりとその名を口にした。


「現在腰細道にいるのは、恐らくさそりアーマーです」

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