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姉妹冒険者物語  作者: 並野
労働者姉妹物語 薬屋編
61/181

18

「おかえり三人とも、どうだっ……うわあっ!」


裏口の扉を開けて出迎えたカイ少年を、いきなりピエールが襲った。

 驚く少年の胴に腕を回し、力強く抱き上げ抱き締める。

 カイは驚きながらも突然の肋骨への痛みに抵抗するがそれも叶わず、みしみしみし……と胴を締め上げられている。


「カイーっ! カイも苦労してたんだねーっ! これからもアメリーちゃんを支えてあげてねえーっ!」

「ちょっと、痛い、痛いってピエール! あばら折れるから! 折れるからあーっ!」


アーサーが血相を変えて二人を引き剥がしにかかるが功を奏すことは無く、骨が折れる寸前の力でカイはピエールに"ぎゅっ"とされ続けた。


   :   :


「あー本当おかしい、声出して笑っちゃったわ」

「お姉ちゃん、僕は全然おかしくないんだけど」

「そうね、確かにカイはおかしくなかったわ。本当におかしかったのはアーサーの狼狽っぷりよ。お姉ちゃん何やってるんですかカイにぎゅっとはしない約束でしょう止めて、止めてっ……って、言うことやること子供みたいなんだもの、ぷっ、あはははは」


その時の光景を思い出したアメリーが再び声を上げて笑うと、無表情で目を閉じていたアーサーの眉根がぐぐっ、と中央へ力強く寄った。


「いやあごめんごめん、まどろみでさ、アメリーちゃんの苦労話を聞いてたら色々と胸がいっぱいになっちゃって、ついね」


苦笑いのピエールが言った言葉に納得のいった素振りを見せたが、それでもカイの表情は優れない。


「それで本当に締め殺される寸前まで行ってちゃ笑えないよ」

「大丈夫、ちゃんと加減はしてるから。骨も折れたりしてないでしょ?」

「まあそれはそうだけどさ……、というか、二人ともお姉ちゃんの話とか知らなかったんだね。最初から全部知ってたのかと思った」

「私たちが知っているのはアメリーと一緒にいた、冒険者時代のことだけですから。私たちと別れてから、具体的に何があったのか聞いたのは今日が初めてです」


不機嫌そうな顔のままアーサーが言ったところで、アメリーが半笑いのまま食堂の椅子から立ち上がった。


「ところでカイ、エラちゃんは? もう帰った?」

「え? うん、エラちゃんにお茶淹れて貰って、氷室にあった果物を少し出して二人で食べてたよ。それでゆっくり休んだ後、そろそろ家に帰って夕食の支度しないと、って言って帰ってった。三人が帰ってくるちょっと前かな」

「そう、そういえばもうそんな時間ね」


立ち上がっていたアメリーが窓際に歩み寄り外を眺めると、空に僅かに緋色が混じり始めている。

 もう夕方だ。


「じゃ、私は夕食の準備をするわね。後はゆっくりしてて」

「採取した薬草の処理はいいのですか?」

「今日はもういいわ。すぐやらなきゃいけない訳じゃ無いし、明日あんたたちが行ってからゆっくりやればいいもの」


にっこり笑ってから、アメリーは台所へと向かっていった。後にはカイ少年と、姉妹二人が残る。

 感慨深そうに息を吐くカイ。


「……明日には、二人も出てっちゃうんだね」


返すピエールも、少し名残惜しそうな雰囲気だ。


「そうだねえ。……適当に店番して、家の仕事手伝うだけののんびりした一月かと思ってたけど、思ったより色んなことがあった」

「平穏無事な生活が送れるかと思ったのに、とんだ一騒動でしたよ」


しみじみ話すカイとピエールとは裏腹に、アーサーには少しも感傷めいたものは感じられない。

 情緒も何もあったものではない妹に横目で辟易の視線を一瞬向けてから、ピエールは再び机越しにカイと向き合う。


「……カイ、明日からも頑張ってアメリーちゃんのこと支えてあげてね」

「言われなくたって分かってるよ。ここに住むようになってから、今までずっと二人でやって来たんだよ?」


どこか誇らしげな顔で、微笑み頷くカイ。その表情は、齢十歳程度の少年のものとは思えないほど大人びている。

 ピエールも微笑み頷き返し、


「もし大変になったら、女の子口説いてここで働いて貰ったらいいからね」


口調はそのままに爆弾発言を投下した。

 カイが話の落差に肩を落とし、アーサーが目を閉じたままため息をつく。


「……雰囲気ぶち壊しだよ、ピエール」

「いやでも実際のところ、この店人手足りてないし誰か雇った方がいいんじゃない? それならほら、顔見知りで、仲のいい女の子を誘えば信頼出来るしさ、カイなら選り取りみどりだし、例えば」


まくしたてるように勢いよく喋りだすピエールを、うんざりするような半眼でじっと眺めるカイ。

 それでもピエールの勢いは止まることはなく、仕方ないといった調子でカイ少年はため息をついた。


   :   :


 四人が囲む机の上に、並べられた料理たち。

 まずはパン。木皿の上に置かれたパンは薬草や森の木の実が練り込まれた緑灰色のパンで、軽く炙られほかほかの湯気を立ち上らせている。

 次にスープ。雑多な種類の薬草がまるで葉野菜のごとく大量に入れられ、そこに紛れるようにざく切りの芋と、少量の豆。薬草の色が出たスープは黄金色、と言えば聞こえは良いがその実わずかに緑がかった黄土色で、湯気と共に香る匂いも複数の香料が混ざり合ったような複雑怪奇な匂いだ。肉類は入っていない。

 最後に主菜。角切りにした鞭打ち草の蔦と玉葱の炒め物を、パイ生地で包み焼きにしたものだ。

 きつね色に焼かれたパイ生地の中から覗く、こんがり焦げ目がつく程度に炒められた緑色の蔦と玉葱。にんにく油の香ばしい、食欲を誘う香りが漂っている。

 だが肉は無い。

 料理の内容を目にしたカイが、信じられないものを見る目をしながら立ち上がった。


「な、何これ」

「何って、今日の夕食以外の何に見えるのよ、いいから座んなさいな」

「いやそうじゃなくて、その内容が……」


アメリーに諭され渋々椅子に座り直すカイだが、その表情は変わらない。


「いつも通りじゃない、何がおかしいのよ」

「だ、だって今日は二人の最後の夕食でしょ? 何か奮発して豪華なもの出したりしないの? ていうかそもそもお肉は?」

「そんなもの無いわよ、最後だろうといつも通り。お肉ももう無いわ、一角兎もルルドリの干し肉も、とっくの昔に食べ終わってるじゃない」

「そ、そんな……今日はさぞかしいいものが食べられるんだろうなって思ってたのに……これじゃいつも通りじゃん……パサパサのパンと残り物スープと鞭打ち草……!」


ああ……と嘆きの声を上げながら、机の上に両肘を突き、カイは顔を両手で覆った。

 その隣では、何一つ気にかけずいつも通りの調子で黙々食事を始めているアーサーと、仕方なさげな顔で苦笑うピエール。

 ピエールのその顔は、内心同じことを思っているが食事を用意して貰っている立場な以上内容に文句など付けられない、という顔だ。


 少々大袈裟に嘆くカイ。

 だがアメリーは食事中に机に肘をつかない、と素っ気なく言ったきり一切気にせず自分も食事を始めた。

 何度か不満を洩らしたものの、結局カイも大人しく食事を始めた。

 最後の夕食は、最後まで普段通りのまま過ぎていく。


   :   :


 小さな灯心に照らされながら、姉妹が旅立ちの準備を整える地下室。

 そこにノックの音が鳴り、布袋を持ったアメリーが静かな足音で降りて来た。


「荷造り終わっちゃった?」

「ううん、途中だよ。どしたの?」


ピエールが問いかける横では、アーサーがアメリーの手にある袋に目を向けている。

 アメリーは右手の先に光球を灯しながら姉妹の元まで近づき、しゃがんで袋を地面に置いた。

 袋から、一つの包みを取り出し差し出す。


 受け取ろうとするピエール。

 だがアメリーはそれを平然と回避し、回り込むように移動して後ろのアーサーへ渡した。


「ひ、ひどい」

「ごめんね、こういうのはアーサーに渡した方がちゃんと扱ってくれそうだし」


くすくす微笑むアメリーをよそに、アーサーが受け取った包みを解いた。

 中にあるのは、全体的に薄汚れた硬貨が十五枚。揺らめく明かりに照らされる銀色のそれは、アーサーにも見覚えのあるものが多い。

 自身が店番をしていた時に、客から受け取った百ゴールド硬貨たちだ。


「今回の報酬よ。約束通り二人で一日五十ゴールド、三十日で千五百ゴールド」

「……確かに受け取りました。ありがとうございます」


一枚摘み取って質を確認してから、アーサーは硬貨と包みを元に戻した。

 彼女が硬貨の包みを置くのを待ってから、アメリーは次に袋の中身を一つずつ取り出し、地面に並べていく。

 暗褐色の、半透明の硝子の小瓶が六本。

 同じく半透明の、こちらは白く濁ったような硝子の小瓶が四本。

 質のよい布製の巻物が二巻。表面は何かで加工され艶を帯びている。


「アメリーちゃん、これ何?」

「三色治癒六本、汎用解毒四本、巻物が炎と氷。餞別よ。持って行って」


アメリーが並べた物をずい、と姉妹の方へ押し出す。

 その内容にピエールは驚き、アーサーは無表情ながら訝しげだ。


「薬だけでも、道具屋への卸値価格で計五百八十ゴールド。その上巻物はマステスラの粘液が使われている中級品。一巻五百ゴールドは下らないでしょう。……餞別にしては少々高価過ぎるように見えますが」

「あらそうね? やっぱり止めておこうかしら」


言われて気づいた、と言わんばかりのわざとらしい口調と共に、アメリーが押し出した品を再び手元に寄せた。

 それから悪戯っぽくアーサーへ視線を向けるが、彼女は無表情のままだ。むしろ横にいるピエールの方が露骨に反応している。

 暫く見つめ合ってから、アメリーが笑う。


「……ふふ、冗談よ。それにしてもあんた本当にこういうことでは表情変えないわね。お姉ちゃんの方は手まで伸ばしかけてたのに」


笑いながらアメリーが再び品を押し出した。


「それでさっきの話だけど、いいのよ。色々世話になったし、まどろみの一騒動の時はあんたたちがいなかったら無事に終わってたか分からなかった。あの件の追加報酬兼、乙女の祝福の群生地に関する口止め料。くらいに考えて」


アーサーはその言葉に、少し探るような視線を向けていた。

 が、やがて納得したらしく品を手元へ寄せる。


「……ありがとうございます」


妹に続いて姉も礼の言葉を述べると、アメリーは満足そうな笑みを浮かべ立ち上がった。


「じゃ、おやすみ。後はまた明日ね」


空になった袋を拾い、アメリーが地下室から去っていく。

 彼女の気配が遠ざかってから、ぽつりと呟くのはピエール。


「……アメリーちゃん、やっぱり変わったよね」

「そうですね。昔ならこんな施しなど一切しなかった。それどころか、昔の彼女なら何とか理由を付けて報酬を値切ろうとしていたでしょう」

「大人になったんだね。酸っぱいのも甘いのも味わって」

「人は変わるものですね……」


最後の一言は、アーサーにしてはしみじみとした感慨深さのあるものだった。

 それから得た報酬を分配し、背嚢や服の内側に納め荷造りを再開した二人。

 荷造りもじきに終わり、小さな声で数度会話を交わしてから床へと就いていった。



   :   :



 よりより、かたかた。

 よりより、かたかた、よりより。

 姉の茶色い長髪を編み上げるアーサーの手つきに紛れ込むように、窓が風で揺れている。

 まるで髪を編むごとに窓が鳴っているかのようだ。


「随分と風が強いですね」

「空は晴れてたけどねー。風だけ冷たくて結構寒かったよ」

「それは少し困りますね……」

「ねー」


軽い調子で二人が話していると、やがて自室から身嗜みを整えたカイがやって来た。

 視界の先にあるものを見て、一瞬面くらうカイ少年。


「ん、カイどうしたの?」


視線を向けず髪を編まれながらピエールが呼びかけると、カイが歩みを再開し姉妹の対面の椅子へと座った。


「いや、部屋の隅っこに大きな鞄が置いてあったから。二人とも、最初会った時はこれ背負って平然としてたよね」


カイが視線を向けたその先には、二つの大きな背嚢が並べて置いてある。

 だが容量に比べて中身は少ないようで、少々だぶついている。


「まあねー。でも今は食べ物とか水が入ってないからかなり軽いよ。一旦ここ出て、町に着いたら食べ物買って詰めるからもっと重くなる」

「ふうん……」


何の気なしに立ち上がったカイが、背嚢の一つに歩み寄って手をかけた。

 ぐっと力を込める。

 背嚢が、ごくわずか浮き上がった。


「ふんっ、ぐ、お……重い……!」


こめかみに青筋が立ちそうなほど力を込めて背嚢を持ち上げようとするカイだが、結局地面から指二、三本分ほどしか上がらないまま力尽き背嚢を地面に戻した。


「重過ぎるよこれ。二人とも本当にこんなの背負って、しかもまだ重くするの?」

「……カイはまだ子供なんだから、持ち上げられる訳ないでしょう? 大人になれば背負って歩けるようになるわよ」


会話を繋いだのは、食堂から出てきたアメリー。

 ふわふわの赤毛を揺らしながら、机の上に朝食を並べていく。


「ごめんねアメリーちゃん、今日は丁寧にやって貰ってるからもうちょっとかかるかも」

「いいわよ。でも全部並べ終える頃には終えてくれると助かるわ」


持ってきた朝食の皿を並べ終え、台所に戻ろうとするアメリーをカイが呼び止めた。


「お姉ちゃんは? これ持てる?」

「当たり前じゃない、私だってまだまだ衰えちゃいないわよ……ほら」


トレイを机に置いたアメリーが床の背嚢に両手を通し立ち上がった。

 背嚢を背負ったまま、少し重そうにしながらも手狭な食堂内を歩いてみせる。

 尋ねておきながらまさか背負えるとは思っていなかったカイが、驚きに目を丸くした。


「……お姉ちゃん、凄い」

「とはいえ、私でも背負って歩くにはこれで丁度ってところかしらね。ここから更に食べ物と水詰めたら五割増しか、日程によっては倍くらいの重さになるわよ。それは私には無理」


この重さから更に倍、と聞いてカイの顔が心底信じられないものを見る目に変わった。


「……ほんとに? そんなに持てるの、二人とも?」

「旅に慣れた身体張る前衛の人なら、皆これくらい持てるよ」

「食料満載時は私もかなり辛いですけどね。姉さんほど化け物じみてはいません。……姉さんは、背嚢を背負った上から更に背嚢の乗った私を抱えて走れます」


背嚢二個と妹一人分を抱えて走れる。

 最早想像の付かない領域にある小柄な少女の身体能力に、カイは最早開いた口が塞がらなかった。


   :   :


 最後まで代わり映えのしない、薬草パンと薬草と豆と鞭打ち草による最後の朝食を終えた二人が食後の一服をしている。

 今日の茶はキバアオイ。治癒の薬に使う薬草だが、単体で飲用しても体力回復や体調を整えるなどの効果がある。アカチマギレが汎用外用薬なら、キバアオイは汎用内服薬、と言えよう。

 味も薬草にしては癖や苦みが少なく、さっぱりとしたほのかな甘みと鼻を抜けるような爽快感のある香りが特徴的。

 魔力を含む薬草ということで嗜好品にするには有用過ぎるが、味の面でも人気のある薬草だ。


「はー……」


深い藍色に透き通る液体を一口含み、満足げにため息をつくピエール。

 アーサーも満更ではないという雰囲気だ。


「キバアオイ美味しい……」

「そうね。大抵は全部三色治癒に使っちゃうから、こうやってお茶にするのは相当な贅沢よ。ま、これからまた歩き詰めなんだし、少し奮発してあげるわ」

「キバアオイ美味しいよね、僕も昔薬にする分をつまみ食いして、お姉ちゃんに怒られたことあるよ。……舌が真っ青になっちゃうから、飲んだ後は水で口濯いだ方がいいよ」


軽く笑ってから、カイがコップに口を付ける。アメリーとカイが飲んでいるのは、キバアオイではなくいつものハーブティーだ。


「へー、ほんと? アーサー舌見せて」

「何で私が……」

「自分の舌は自分じゃ見れないじゃん、ほら早く」

「……」


少し無表情を崩し、恥ずかしそうにしながらもアーサーが少しだけ舌を出しすぐに戻した。

 一瞬見せた舌は、確かに青く変色している。


「わーほんとだ、青い。じゃあ私も?」


アーサーとは違い大きく舌を出すと、アーサーが控えめに笑った。


「真っ青です。飲み終わったら濯ぎましょうね」


ピエールがにっこり明るく笑い、コップに口をつけた。


   :   :


「二人はこれからどこに行くの?」

「まずは町に寄って食料を確保して、その後は東、中央方面に行くよ。あの町には南から来たからね」


四人が会話を交わすのは、家の表側、店への入り口の前。

 空青く風が吹き、アメリーの赤毛や作業用ドレス、アーサーのくすんだ金髪をはたはたと靡かせている。


 旅立ちの準備を整えた姉妹は地味な革の上着に、ズボンの上から分厚く短い革のスカートを穿いている。全体的に着古されているが、まだ買い換えるほどではないようだ。

 腰には武具。ピエールは手斧を納めた幅広の鞘、アーサーは片手用の剣の鞘と、革の張られた丸い小盾。

 更に背には背嚢が背負われているが、背筋を伸ばして立つ二人には、気にする様子は微塵も感じられない。


「……さて、それでは私たちはこれで」

「待った」


言葉と共に身体を翻しかけた二人を、何か思い出した様子のアメリーが呼び止めた。

 動くのを止めた二人が見つめる中、アメリーの表情が不意に変化する。

 にやついた、厭な笑みだ。


「あんたたち、もしこの地方で誰かと一緒に冒険したり戦う機会があったら、ちゃんとこの店のこと宣伝しなさいよね。リリシアソーンの隅っこにある薬屋は、小さいながらも質のいい物を売ってる、お勧めだ、って。可能ならその時に、昨日あげたアメリー印の薬や巻物を見せてやんなさい」

「え、あ」

「ああ、でもあんまり大袈裟に宣伝しちゃ駄目よ? うちだって作れる薬、対応出来る客には限度があるんだから。ほどほどに熱心に、ほどほどに熱心にが大事よ。場合によっては、町の道具屋の方を宣伝しなさい」

「……」

「いいわね?」

「う、うん」


何か大事な話があるんだろう。

 そう思っていた自身の予想を裏切る内容に、ピエールが戸惑いながらも頷いた。

 カイも少々うんざりした顔で自身の姉を見上げているが、アーサーだけはいつも通り平静だ。

 言うことを言い終え満足したアメリーが、不敵な笑みを見せる。


「ま、それはそれとして。……二人とも、今までありがとう。気をつけて。油断して、私みたいになっちゃ駄目よ」


急に飛ぶ話に少しだけ苦笑いしつつも、ピエールが片手を上げてそれに応えた。


「アメリーちゃんとカイも。姉弟二人で、いつまでも仲良くね」

「うん。ピエールも、アーサーさんも、元気でね。身体には気をつけて」


カイが年不相応な柔らかい笑みと、年相応の乳歯が抜けた後の生えかけの歯を見せる。

 そうして二人は今度こそ身体を翻し、森の小さな薬屋を後にした。


   :   :


「……あっという間の一月だったわね」


少し微笑みながら呟くアメリー。だがその余裕の表情とは裏腹に、彼女の右手は無意識に動いている。

 真下へ垂れ下がったまま、所在なさげに、何かを求めてさまよう右手。


 その手を、カイの左手が優しく握り返した。

 はっとした顔の姉に、背の低い弟が優しく笑いかける。

 間を開けてから、アメリーが目尻を下げて弱った笑みを見せた。


「少しだけ、感傷的な気分になっちゃったわ。あの二人と一緒にいたら、あの頃のことを思い出しちゃって。あの時も、こんな風にあいつらと別れた後のことだったな、って」


カイは何も答えない。ただ無言のまま、姉の大きくて小さな手を握っている。


「……カイ、ごめんね。頼りない姉で」

「ううん、僕は大丈夫だから」


気持ちを切り替えてアメリーが笑いかけると、カイもその目を見つめ返しながら、はっきりと答えた。


「さ、入ろ、お姉ちゃん。風が強いから寒いよ」

「そうね」


小さな弟に手を引かれ、姉は建物へと戻っていった。


「ねえカイ」

「何?」

「今日、一緒に寝てくれない?」

「えっ」

「なによ、いいじゃない久しぶりに。……それとも、私じゃなくて他に一緒に寝たい女の子でも出来た?」

「お、お姉ちゃんっ!」

「ごめんごめん、冗談よ。うふふ」


  :   :


「……」

「……あれ。どしたのアーサー」

「少しだけ、名残惜しさを感じたもので」

「アーサーにしては珍しいこともあるもんだね」

「まどろみ騒動は面倒でしたが、それ以外は本当に穏やかで、気持ちのいい日々でしたよ。武器を振り回す機会も殆ど無かった」

「……じゃあ、今からでも戻ってもう半月くらいいさせて貰う? アメリーちゃんならきっと喜んで受け入れてくれるよ」

「頷きたいのは山々ですが、一度ルールを破ってしまえばこれから先気に入った場所がある度に滞在を伸ばすことになってしまいます。区切りはしっかり付けますよ」

「そっか」

「立ち止まってしまってすみません。さあ、行きましょう」

「うん」


姉妹の旅は続く。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/419438/blogkey/1357223/

活動報告にて「労働者姉妹物語 薬屋編」のあとがきを投稿しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです!(比較的)穏やか!アーサー良かったねーて思いました!
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