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姉妹冒険者物語  作者: 並野
労働者姉妹物語 薬屋編
54/181

11

 その後、横にカイを連れたアーサー主導の元、一通りの始末が行われた。


 死んだ余所者たちの装備を剥ぎ、死体をまとめて火葬する手筈。

 目覚めている者たちに対する改めての説明。現状では重度の昏睡者を救う手立てが無いことも説明すると、村人たちの殺意が一斉にお嬢様、ガブリエラへ突き刺さった。

 だが拘束された状態で座るガブリエラは魂が抜けたように虚ろな表情のままだった。


 そして現状の説明ののち、村人に馬に乗って町へと赴き、強い治癒の呪文、具体的には腹部に剣が刺さって貫通した者を救える程度、を使える人を探して来て貰うよう指示。

 それだけ強力な呪文の持ち主があの町にいるかは分からないが、もしもいるなら連れてきて貰うだけで用は済む。


 最後にアーサー自身が昏睡者を救う為の薬草を探しに出かけることを告げ、その間村人たちに激情に駆られガブリエラを嬲り殺さないように言い含めた。

 とはいえアーサーの内心では、もしピエールが助からなければ誰より先に自分が元凶の女を刻んで森に捨てる気だったが。


   :   :


 薬屋に戻ったアーサーが、準備を整えている。


 薬は全て持ち出す訳にはいかない。

 もし全ての可能性が潰えれば、最終手段としてアンティラ中和に満たない効力の魔法の治癒の薬を併用することになる。

 その時の為に中位の治癒の薬を残しておき、残りを鞄と懐に分散して収める。


 次に巻物は可能な限り持って行く。

 カウンターの奥の棚にある巻物を一通り手に取り、身体中の収納スペースにねじ込んだ。

 使わなければ戻せばよい。


 アンティラも少量。

 もしも不測の事態が起きた時。致死量にならない量のアンティラがあれば、少しくらいは眠りの呪文に対する保険になる。とはいえあの眠りの呪文の強さでは本当にお守り程度の効力しか無いだろう。

 それでも無いよりはましだ。


 腰には剣。革の小盾は常に左手に握っておく。

 握る手に力を込めれば、手の震えをごまかせるから。


 可能な限りの準備を整えた上で、アーサーは薬屋の建物を出た。

 カイが告げた乙女の祝福の群生地、目的の場所はまどろみ樹林の奥地。

 彼女はたった一人で、荒らされたばかりの魔物たちの住処に侵入するのだ。


   :   :


「……アーサーさん」

「大丈夫です。あなたは入らなくていい。……ただ、万が一の時には私を引きずって姉さんの横に置いてくださいね」


アーサーとカイが立つのは林とまどろみ樹林の境界。

 視界の先、樹林の地面は激しく踏み荒らされた跡が残り、点々と倒れる人影が散らばっている。


 覚悟を決めたアーサーが一歩踏み込む。足元を注視して、夢見の草が無いことを確かめてから。

 その瞬間、樹林のどこかから響く甲高い鳴き声。


「アルミラージだ……主を呼んでる……!」


恐怖に慄くカイが呟く中、アーサーは盾を握る手に力を込め、虚勢を纏ってその場に立ち続ける。

 やがて森の奥から近づいてくる強大な気配。

 まどろみの大角だ。


 アーサーの頬に冷や汗が流れる。だが樹林から出る訳にはいかない。

 気配は真っ直ぐに二人のいる場所へと近づき……増えた。


「なっ……!」


アーサーの声が上擦るのとほぼ同時に、大角が二人の前に姿を現した。

 それも三匹。

 現れた三匹のまどろみの大角が、アーサーを睨みながら一直線に、道中にある死体を踏み潰しながら歩いて来る。

 気づいたカイが腰を抜かしてへたり込んだ。


「……」


大股でのしのし歩いてくる大角。すぐにアーサーの間近、前方百八十度を囲んだ。

 焦げ茶の美しい毛並みの、毛の一本一本まではっきり見える位置。巨大な三匹の化け物が、アーサーを見下ろしている。

 身長が高過ぎて完全に壁だ。

 アーサーが身体を逸らし真上を見上げて、ようやく自身を見下ろす目が見えるほど。

 三匹の大角が、見上げる小さな少女の目を見下ろしながら口を開いた。


「汝この地の宝奪いし者か」


彼らの言葉は嗄れた老人のような声色だが、淀み無く滑らか。

 樹林の侵入者に対する、大角からの問いかけだ。

 三重に重なる問いかけを聞きながら、アーサーが瞳を見返し答えを返す。


「いいえ」

「その言葉努々忘れることなかれ。宝奪いし者を番人は決して許さぬ」


大角がその身を横へずらし、塞いでいたアーサーの前を開けた。


「……とりあえずは、こんなことになっても人が入るのを許してくれるようです」


未だに緊張を漲らせたまま、アーサーが呟く。

 その後ろではカイが足腰を奮い立たせ何とか立ち上がっていた。


「も……物凄く……殺気立ってるみたいだね……、まどろみに入ってすぐ、大角が三匹も囲んでくるのなんて初めてだし……というか一匹だけじゃなかったんだねこの魔物……」


無言で首肯しつつ、アーサーが更に一歩踏み込んだ。


「では、行きます。もしも容態が悪くなっても私や町からの救援が来なければ、その時は言った通り最後の手段を試してください」

「……うん、分かったよ。でもそんなことにはならないって、僕信じてるから」


カイへの返答は無く、アーサーは一人まどろみ樹林を進み始め……ようとして立ち止まった。

 いきなり歩みを止めたアーサーに、カイが首を傾げる。

 彼が問いかけるより早く、大きく方向を変えて進むアーサー。

 視界の隅にいる一人の男を抱え上げて戻ってきた。


「……あ、ルーカス兄ちゃん」

「そういえばこいつ、お偉いお嬢様の面倒を見るとか言ってましたね。……使えない、本当に使えない。あの馬鹿女の蛮行を阻止出来る立場にいながら、何とも使えない。しかも察するに、この男も樹林の魔物の眠りの呪文を侮っていた口です。もし知っていればこんなことになる筈が無い、ああ使えない、全く使えない」

「……アーサーさん、やっぱりルーカス兄ちゃんに厳しいね」

「放置して進まないだけ情け深いと思ってください。では、こいつも適当に村のどこかに寝かせておいてください」

「分かった」

「それでは」


今度こそアーサーは、一人まどろみ樹林を進み始めた。


   :   :


 アーサーの小さな足音は、殆ど聞こえない。

 右を向けば荒らされた樹林。柔らかかった土も踏み固められ、植物は殆ど踏み潰されている。それでも念を入れ、踏まれた夢見の草も踏まないよう避ける。


 左を向けば死屍累々。余所者たちが一様に倒れ伏し、死体には虫が群がって一人ずつ肥やしとするべく解体している。

 中には昏睡している者もいるが、アーサーに助ける気は微塵も無い。精々乙女の祝福を入手し戻る時に、遺品漁りついでに一人二人抱えて戻れれば上々というところ。


 そして後ろには、三匹の巨大な魔物。

 まどろみの大角は、樹林を進み始めてからずっとアーサーの後を付いて来ていた。

 厳重な監視状態だ。おかげで自身の足音も魔物の足音でかすかにしか聞こえない。

 アーサーは強大な圧迫感を背中に感じながらも、努めて意識しないように樹林を進み続ける。


 小さく息を吐き、ポケットから出したパンをかじった。

 雰囲気が非常に不穏だ。魔物たちにとって人間による騒動は終わりを見せた筈だが、未だに樹林内部には不穏で剣呑な雰囲気が満ちている。


「何も……」


言いかけてアーサーは口を噤んだ。

 今は隣に姉はいない。

 服の隙間から素肌を舐める寒風のような不安を、アーサーは盾を握る手の力を強めて紛らわせた。


   :   :


 暫し歩いて現れたのは、かつて夢見の花畑だったもの。

 今は粗方毟り取られ、ただの荒れ地と化している。作業員たちも皆無だ。

 それを見送り、アーサーは直進する。そこを境に、倒れる余所者たちの痕跡も無くなった。


 どしん、どしん、どしん。


 一人、いや、四人で歩いていると、まるで自身の足音がとてつもなく巨大になったように感じられる。

 暖かい陽気を湛える筈の樹林の空気が、冷たく乾いて感じられる。

 暑くないのに汗が滲むのが分かる。

 不安が心を塗り潰し、身体を浸食するのが分かる。


「少し、休憩しよう」


珍しく独り言を呟き、アーサーは手頃な木に背中を預けて力を抜いた。

 後方を木に、残り三方を大角に囲まれた状態で、ずるずると足を曲げてへたり込むアーサー。


 脳裏を様々な失敗の可能性が過ぎる。

 乙女の祝福が見つからない、見つかるけど量が足りない、不測の事故で時間をかけ過ぎて戻った頃には手遅れ、どこかで失敗して樹林の魔物に襲われ死ぬ、突然樹林の魔物が心変わりを起こして襲われ死ぬ、樹林の魔物に寝かされ死ぬ、樹林の他の魔物に襲われ死ぬ、樹林の他の魔物に……。


 右手の甲で目元をぐしぐし拭いながら、大きく息を吐いた。

 可能性の話を考えていても仕方がないとはいえ、一度不安に駆られるとどうしても振り払えない。

 アーサーの悪癖の一つであった。

 気を落ち着けようと鞄から水筒を出して中身を口に含み、静かに目を閉じるアーサー。


 だが彼女が嚥下した瞬間、遠方から甲高い鳴き声が響いた。


「っ!」


全身をびくつかせ立ち上がるアーサー。三方を囲む大角を見上げると、三匹とも一方向、彼女の進行方向から見て左側へ目を向けていた。

 アーサーもそちらへ目を向け感覚を集中すると、遠くから何かが来ているのが分かる。大きな何かが近付いてくる気配だ。

 大角の一匹が、気配の方角へ向けて駆け出した。


 彼女の視界の遙か先、木々の合間の花畑に見えたのは一匹の巨大な獣。付近には、二足歩行のありくいが何匹か取り巻いている。


 ありくいの方は彼女にも見覚えがある。アントベアだ。

 森林地帯ではお馴染みの大蟻類を、主な食料とするありくいの魔物。基本的に人間は襲わないが、飢えている時や自衛の際には襲う。

 大きさはアルミラージほど、身体能力もアルミラージと同程度。常人ならその短い手で殴られた瞬間、肉と骨が弾け飛ぶだろう。


 しかし、巨大な獣の方は彼女にも見覚えが無い。

 薄黄色の体毛に覆われた、長い紐状の身体。足らしきものは無く、胴体の先の方に毛のない細長い腕が一対。そして頭は馬に似た何か。

 巨大な蛇に毛を生やし、頭を歪んだ馬の頭蓋骨とすげ替え、痩せこけた老婆の枯れた腕を付け足したような。不気味極まりない存在だ。


 花畑の上で全身をくねらせながら、細い両腕で夢見の花をむしり取っては口へ運ぶ馬蛇。周囲には薙ぎ払われ叩き潰された虫たちの残骸が転がっており、アントベアが花畑の外で蟻の死骸に細長い舌を突き刺して中身を啜っている。

 馬蛇が、駆け寄る大角に気付いた。


 キシシシッアアアァァアアアアッッッ!


 馬蛇の口から、金属を擦るような強烈な不快音波が掻き鳴らされる。

 遠くにいるアーサーすらも、意識が遠くなりそうな咆哮だ。事実横にいるアントベアはダメージが大きかったらしく、中には倒れたり嘔吐したりするものもいた。


 一方大角は怯まない。一切走る勢いを緩めることなく一直線に馬蛇へ走り頭から体当たりを仕掛ける。

 だが馬蛇は迅速な反応で胴体を滑らせ、樹の上へと逃れていた。

 馬蛇が魔力を放ち、木々の葉が白く輝く。


 直後、花畑に赤い雨が注いだ。

 放たれたのは無数の火弾の雨霰。馬蛇と比べれば小さなものだが、人の頭よりは間違いなく大きい。

 火炎弾が上空から花畑一帯を埋め尽くし、一瞬の内に炎に撒かれた花畑の花が、土が、虫の死骸が灰になって散っていく。

 炎が土を掘るどどどどっ、ぼぼぼぼっ、という音が絶え間無く鳴り響いた。


 しかしその音も、五秒と持たずに消失する。

 人より遙かに巨大な大角は、人より遙かに機敏な動きで花畑から出て馬蛇の側面へと滑り込んでいたのだ。

 焦りの色を見せる馬蛇。

 自身と大角の間に三本の火槍を生み出し牽制しながら逃げ去ろうと胴体をうねらせたが、三本の槍を腕で薙ぎ払い大角も魔力の光を迸らせた。


 その途端、全ての炎が跡形も無く消え去り馬蛇が木の上からずり落ちる。

 木に引っかけたまま、力無く垂れる長い胴。

 大角が、垂れ下がる両腕を無造作に引っ張った。

 黄土色の体液が飛び散り、腕を引き千切られた馬蛇が目を覚ます。


 千切られた腕の痕から体液を垂らしつつ、馬蛇が叫んだ。

 だが今度は音量も力も弱い。苦痛から来るただの断末魔のようだ。

 再び炎の呪文、今度は槍ではなく面の、炎の波動で大角を怯ませ逃げようとする馬蛇。

 前方全てを埋め尽くし幾重にも広がる炎を孕んだ紅色の波。花畑のみならず周囲の草木や眠っているアントベアまで範囲内の全てが焦げていく。


 しかし大角は避けも防ぎも怯みもせず、悠々歩を進め魔力の光を発した。

 炎が消え、馬蛇が脱力し、大角が今度は馬蛇の頭を掴む。

 馬蛇は即座に目を覚まし呪文を放とうとしたが、それより早く頭を握り潰され二度と目覚めぬ眠りへ落ちていった。

 争いが終わり、森に再び静寂が満ちる。


「……」


一部始終を見ていたアーサーの全身に、じっとりと冷や汗が滲む。

 あれが本来いるまどろみ樹林の外敵、本来あるまどろみ樹林の争いなのだ。


 それに比べたら先の余所者のなんと小さいことか。

 人間という種族のなんと小さいことか。

 一般人相手に余裕をかましている、アーサーという小娘のなんと小さいことか。

 本物の魔物を目にする度、彼女は自身の矮小さを感じずにはいられない。


 改めて痛感したアーサー。

 視界の端々には、意識の無いアントベアが転がっている。

 彼らも大角と馬蛇の呪文の巻き添えを喰い焦げた上に眠っていた筈なのだが、争いが終わり十数秒も経つと次々と目覚め始め、夢見の花を避けるようにひょこひょこ奇妙な足取りで元来た方角へと逃げ去って行く。

 大角たちは視線を向けこそするが、追いかけて殺すことはせずアントベアたちが去っていくのを静かに見送っていた。


 恐らく彼らは、馬蛇の周囲に付いて回って薙ぎ倒された死骸を漁っていただけなのだろう。

 花畑の中にも入っていなかったし、戦う素振りも見せていない。

 大角たちの反応を見る限り、自身の手で大蟻を殺すこともしていない筈だ。


 狡いと言うべきか、聡いと言うべきか。

 だがあれこそが、本来あるべきまどろみ樹林の利用法なのかもしれない。

 そう思いつつも、戻ってきた大角を引き連れアーサーは再び樹林を進み始めた。

 戻ってきた大角の焦げた体毛に、未だ燻る熱を側面に感じながら。


   :   :


 どうやらあの余所者たちの騒動は、まどろみ樹林の外、更なる奥深い地に棲む魔物たちにとっては好機の一つだったらしい。

 樹林を進む先々で混乱に乗じて夢見の花を狙う魔物が侵入し、何匹かは夢見の花を奪い逃げおおせ、大半は先ほど同様大角やアルミラージとの大立ち回りを演じた挙げ句永遠に目覚めない身体へと変えられていた。


「夢見の花は魔物たちにとっても価値のある薬草なのでしょうか。まさか心の傷を癒す為、なんて理由で命を賭けて奪いに来る筈はないでしょうけど」


そこの所、どうなのですか?

 アーサーは横を歩く大角に戯れに問いかけたが、返事はない。

 大角が人の言葉を用いるのは、樹林に足を踏み入れた時のあの問いかけだけだ。それ以外は人の言葉を喋ることも無ければ、言葉を理解する素振りも無い。


「……あなたたちも中々どうして不思議な生態してますよね」


歩きながら呟くアーサー。

 不意にまたどこかでアルミラージの鳴き声が響き、大角が一匹アーサーから離れた。

 暫くして、身体を何かの体液で汚した大角が戻ってくる。

 今回は角が灰色だ。角から滴る黒に近い濃い灰色の粘液は、腐った海水魚に似たどこか潮っぽい腐敗臭を発している。


 直進するアーサーが、進路上にいたマステスラの側を通過する。

 相変わらずマイペースで、並行する大角に踏み潰されるぎりぎりの位置にいながらも危機感を全く見せない。

 このマステスラは、今朝出会ったあのマステスラだろうか。

 それとも別個体だろうか。

 精神的な疲労からつい集中が途切れ、樹林を歩くアーサーがマステスラに向け視線を逸らした。


 その瞬間。


 横を向いていたアーサーの頬に、柔らかな毛並みがふわっ、と当たった。

 一瞬呆けたアーサー。

 すぐ視線を前方に戻すと、先ほどまで後ろにいた筈の大角たちが並んで彼女の前方に立ち塞がっていた。

 見上げたアーサーの目を、屈み込む魔物たちが六つの瞳で睨み据える。

 至近距離で見合う目と目。


「なん……あっ、え……」


冷や汗が溢れる。

 呂律が回らない。

 息が出来ない。

 四肢がふらつく。

 すとん、と尻餅を着き、呆然と魔物の目を見上げた。


 身体が震える。

 盾を握る手にも力が入らない。

 歯の根が合わずかちかち鳴る。

 何が起きた? 何で睨む? 何をした? もしかして花を?

 思考がぐるぐる回りながらも視線を離せずぴくりとも動けないアーサーの眼前で、大角の一匹がゆっくりと口を開いた。


「この先、許し無くば入ること敵わず」


許し。

 許しって何だっけ。敵わず、敵う、って……。

 混乱の極みにあり、単語の意味すら理解出来ず自失するアーサー。

 へたったまま長い時間をかけて、ようやく言葉の意味と、心当たりを頭の中から引っ張り出すことに成功した。


 まどろみ樹林の奥には、人が入ることを許されない境界が存在する。

 その境に行くと大角によって制止される。大角によれば許しがあれば入れるらしいが、一体許しとは何の、誰の許しなのか、どうすれば許しが得られるのか、許しが必要な樹林の奥には何があるのか。

 知る人間は、誰もいない……。


 薬屋に来た当初にアメリーから聞いた、まどろみ樹林の境の話だ。

 それを思い出したアーサーが、全身から冷や汗を噴き出しながら初めは浅く、だんだん深く呼吸を再開した。


「聞いてた、知ってた筈なのに、何でこんなに……」


へたり込むアーサーが大きく脱力し、力無く空を見上げる。

 木々と大角に囲まれた空模様は、彼女の心を写すかのように暗澹と曇り始めていた。

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