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姉妹冒険者物語  作者: 並野
労働者姉妹物語 薬屋編
53/181

10

 死体が続く道を追い、睡眠した者の避難と生き残りへの説明を行いながら姉二人の後を追うアーサーとカイ。

 二人が村の端にまで近付いた頃、一つの異変と遭遇した。


 彼女たちの視線の先から、森の魔物たちがゆっくりと近付いて来ている。

 アーサーは身構えたまま立ち止まり、横にいるカイも彼女の服の裾を全力で握り締めた。


 甲殻の足を交互に動かし、ひょこひょこ歩く蟻とクワガタ。

 兎とは思えぬ巨体で、どすどす地面を踏みながら歩くアルミラージ。

 そのアルミラージより更に巨大で、どしんどしん大地を揺らしながら二本の足で歩くまどろみの大角。

 彼らまどろみの魔物たちが、二人とは真逆の方向へ歩いている。


 全身を強張らせる二人。

 その横を、一瞥もくれず魔物たちは通り過ぎていった。

 まるで、全ての用が済んだと言わんばかりに。

 虫の群れが、群れの中に紛れる十数匹のアルミラージが、よく目立つ一匹のまどろみの大角が。

 全ての魔物が二人の横を通り抜け、後には沢山の足跡だけが残った。

 魔物の気配は、もう村のどこにも感じられない。


「ね、ねえアーサーさん、これって」

「……盗人たちを制裁し、夢見の花を全て回収したから撤収したのでしょう」


小さな堅い声音で言い返し、アーサーは歩みを再開した。

 やがて現れた二人の男の死体。どちらも潰れたトマトのようになっており、その上から更に身体を引き裂かれ血と内臓が辺りに盛大に散乱している。

 アーサーは無言でカイを引き寄せ、右手で少年の目を隠しながら左手で先導して歩みを続ける。


 そして挽き肉二塊(ふたかたまり)を通り抜け、暫く歩いたところで。

 二人は、最愛の人間を発見した。


 村の外れに留められた、二台の馬車の側。大きな木の根元に六人の人間が並んで横たえられている。

 ピエール、アメリー、エラに、二人にとっては見知らぬ相手である一人のメイド、それから御者が二人。

 馬車の荷台には、長い鮮やかな金髪を靡かせる高価な装備に身を包んだ若い女性と、二人にも見覚えのある優男が腰掛けている。


「お姉ちゃんっ!」


叫び声と共にカイがアメリーの元へ駆け寄った。

 倒れる彼女の前で膝を付き、呼びかけ揺さぶるが反応は無い。


 一方のアーサーは。

 アメリーとピエール、両方が意識を失っていることに気づいた瞬間、その場に腰砕けになってへたり込んでしまった。

 大きく目を見開き、全身をわなわなと震えさせている。


「そんな……両方……まずい……治癒が……在庫も……」


大きく震える右手を口元に当て、茫然自失のまま何かを呟くアーサー。

 暫くそうして呟いてから立ち上がると、足取り不確かなままピエールの横まで歩き、倒れるように腰を降ろす。視線は土に汚れた姉の顔から一瞬たりとも離れない。


「あなたは……薬屋の従業員ですね。無事だったのですか」


アーサーの指が、ピエールの頬を撫でる。

 慈しむような動きで指を滑らせ、姉の顔の土を拭う。


「今回のことは残念でしたが、どうやら村人の方は眠っているだけで何も被害が出ていない様子。わたくしは馬と御者が目覚めたら一度戻ります、建物の被害に関しては後ほど……」

「駄目ですねガブリエラ様、こいつ、完全にショック受けちゃって聞こえていません。獣に襲われたのがよっぽど怖かったんでしょう」


リーノが小馬鹿にするような口調でお嬢様に言うが、その声を聞いた瞬間手をぴたりと止めてアーサーが立ち上がった。

 その表情は今にもぐしゃぐしゃに崩れそうだ。事実、目尻には既に涙が滲んでいる。


「……お前、この騒動の関係者だったのか……?」


立ち上がったアーサーが俯き気味のまま、リーノの前へ移動する。

 両腕はだらしなく垂れ下がり、視線も虚ろだ。

 荷台から気障な態度で飛び降りるリーノ。両手に武具を持っているが、今にも倒れそうなほど弱々しい足取りのアーサーに油断していて警戒心は強くない。


「ええ。まあ、失敗に終わりましたけどね。幸いガブリエラ様とレナータさんは」


アーサーが剣を抜いた。

 凶器を振るった、と思わせないほど淀みなく軽やかな一閃。


 剣を持つ右手ごと下腹部を抉り斬られたリーノが不思議そうな顔で先端の無くなった右手を見、事態に気付いてからぐらりとよろめいてその場に尻餅を着いた。

 切り開かれた腹部から、もろもろ漏れ出るはらわたの断片。


「あ……え? おい……なんだよこれ、どうな、て、おれの、おれのはら……」


先の無い右腕で必死に漏れるはらわたを戻そうとするが効果など無く、次第に声音も小さく、息も弱くなり、顔は青白く。

 最後にくの字に折れ曲がるようにして倒れ、青白かった顔を濃血で赤く汚してリーノは死んだ。


「……は……え……?」


その声はお嬢様とカイ、どちらのものだっただろうか。

 二人のどちらがその声を発してもおかしくないほど、揃って驚愕に目を剥いていた。

 胸から下を返り血に染めたアーサーが、俯いたまま身体の向きを動かした。

 その先にいるのは、荷台に座ったまま動かないお嬢様。

 アーサーがよろよろと一歩踏み出す。握る剣が地面に擦れ、刃に付いた血で跡を残す。


「ちょっ……待って……え……? 何で……えっ……」


再び一歩進むアーサー。

 事態を把握出来ないお嬢様が後ろへずり下がろうと試みたが、服の裾が荷台に引っかかって半ばで動きが止まる。

 更に一歩進む。

 あと一歩で剣が届く間合い。


「ま、待って、待って待ってお願い! わたくしたちはあなたたちに被害を与えてないでしょう! 建物の被害も後でちゃんと補償を」


踏み出したアーサーが剣を振り上げた。

 お嬢様の頬に、鮮血が散る。


 ……が、それだけだ。

 死を間近に粗相をしたものの、彼女の身体には傷一つついていない。

 顔を両手で庇ったまま目を瞑っていたお嬢様が恐る恐る目を開くと、剣を振り上げたアーサーをカイが後ろから羽交い締めにする光景が目に入った。


「アーサーさん止めてよ! 怖いよ! そんなすぐ殺さないでよ!」


血で汚れるのも構わずアーサーにしがみつくカイ。

 アーサーからすれば、こんな子供の拘束などあって無いようなものだ。本気になれば簡単に振り払って目の前の女を殺せる。

 だが少年による横槍が意外だったのか、アーサーの頭が少しだけ落ち着きを取り戻した。


「……」


冷静になれば、先ほどの屑はともかく目の前の責任者らしき地位の高そうな女を殺す訳にはいかないと分かる。

 腕を上げたまま深呼吸を数度。

 アーサーは、振り上げた剣をゆっくりと降ろした。

 歯の根が合わずかちかちと顎を震わせるお嬢様。

 未だ必死の形相でアーサーの背にしがみつくカイ。

 再び、大きく息を吐くアーサー。


「……あなた、本当にどうしようもない人の上に立つ価値の無い最低最悪の無能ですね。事前調査が一つも無い。まどろみ樹林の調査をしてないから魔物の強さが分からない。眠りの呪文を言葉通りに捉えるだけで詳しく調べないから、眠りの呪文の本当の脅威が分からない」


服の左のポケットから布を取り出し、剣を持つ手を上げるアーサー。

 カイはアーサーが剣を持つ右手を動かしたことで再び羽交い締めに込める力を強めたが、アーサーは平然と拘束を無視し刃の血を拭い始めた。


「眠ってるだけで被害を与えてない? 何を言っているんです? まどろみ樹林の魔物の眠りの呪文は、ただ眠るだけの呪文では無いんですよ。村人に出ている何人かと、ここに倒れている御者を除いた四人。彼らは重症です。この昏睡は、そのままでは二度と覚めない。……そもそもが、あなた何故そうも平然としていられるのですか? 無謀な作戦を立てて人を集め、自らは手を出さず花を摘ませ生贄にした張本人の分際で」


二度と覚めない。

 それを聞いたお嬢様が目を見開き、アーサーの脇をすり抜けて倒れているメイドの元へと駆け寄った。

 メイドの手を握り、涙を浮かべて顔を歪める。


「う……嘘でしょう……? レナ、レナ、起きて……!」


メイドの名を呼び、必死に縋るお嬢様。

 しかしその光景は、アーサーにとって更なる不快感を煽るものでしかなかった。

 自身の行動によって殺した人間を、気にかける気持ちがまるで感じられないからだ。それこそ、メイド以外のここにいる人間が、何より姉二人がどうなろうと知ったことではないという本心が透けて見える。

 再び殺意がじわじわと滾り始めるのを、アーサーは心の内で堪えた。


「ねえアーサーさん、それで……これからどうするの……? お姉ちゃんもピエールもエラちゃんも、もう二度と目覚めないの……?」


突然豹変したアーサーによって動転していた気が落ち着き、カイの心に再び暗いものが満ち始める。

 アーサーは拭い終えた剣を鞘に収め、ピエールの手にある盾を回収し、横たわるアメリーの元へと移動した。


「この重度の昏睡は、放っておけば死ぬまで目覚めない。ですが、何をしても目覚めないという訳ではありません」


屈み込み、アメリーの肩掛け鞄を開いて何やら取り出すアーサー。

 手にしたのは暗褐色の瓶。半透明の瓶の中には何かの粉末が入っており、蓋には小さなラベルが一つ。


「あ、それ」

「アンティラの粉末。これがあれば重度の昏睡も目覚めさせることが出来る」


その言葉に、俯いていたお嬢様が過敏に反応した。


「……! 貸しなさい! その薬を! 早く!」


アーサーの手からアンティラの瓶を意外なほどあっさりと奪い取るお嬢様。

 蓋を開けようとするが、焦りと手の震えで上手く開かずにいたところをカイに取り押さえられた。


「離しなさい! これでレナが!」

「駄目、駄目だよアンティラは! アーサーさんも何でそんな簡単に取らせたの!」

「自分の手でとどめを刺したいなら好きにさせればいい」


冷たいアーサーの一言で、お嬢様の手から瓶が滑り落ちた。

 蓋が半開きのまま地面に落ちそうになるのを、カイが慌てて受け止める。


「……どういうことですか……?」

「アンティラは効き目が強過ぎるんだよ。普段は眠気覚ましとか気付けに使うんだけど、本当にちょっぴりの量を時間を考えて使わないと、昼に飲んだら次の日の朝まで一睡も出来ないとか、沢山飲んだら胸が苦しくなって死んじゃうとか、そういうことが起きるの」

「良かったですね、カイが優しくて。おかげでそこの女を殺さずに済みました」


皮肉たっぷりの言葉にお嬢様が怒りを露わにするが、逆にアーサーに人殺しの目で睨み返され目を逸らした。


「でも、アーサーさん。じゃあどうするの?」


カイが再び尋ねると、アーサーは弱り切った顔で大きなため息を一つ。


「……この手の昏睡を目覚めさせるのに必要なアンティラの粉末は、量にして小匙三杯。これだけ飲ませたら確実に死ぬ。一般的な致死量より倍も多い」

「じゃあ?」

「強力な治癒の呪文か、質の高い治癒の薬の併用。身体にかかる負担を、治癒の魔力で相殺するんです。それが出来れば、すぐに目覚めさせることが出来る」

「……何だ、じゃあ……」


言い掛けたカイの脳裏に既視感。

 言葉を止めてアーサーを見ると、俯いて両の拳を強く握り締めていた。


「……無いんですよ! 薬も呪文も! 強力な治癒呪文を誰が使える! 村人にいる訳がない、私とカイは見習いレベル、余所者魔法使いは全員死んでる、唯一使えるアメリーはこの通り! 薬は唯一あった乙女の祝福の薬を、ついこの間どこかの誰かが買っていった! ……ねえそこのお前! 六百九十五ゴールドで買った治癒の薬は良く効きましたか? 効いたでしょうね、大怪我の治療や、重病人の体力回復に使う瀕死の人間の為の物、ですからね!」

「な、何を……」

「靴に背丈に声、瞳! 私が気づいてないとでも思いましたか!」


カイとお嬢様の顔が引き攣る中、アーサーが握った拳を震わせる。


「ああ……提示なんかするんじゃなかった……売るんじゃなかった……! まさか本当に買うなんて……必要な時が来るなんて……アメリーまでやられるなんて……!」


俯いたまま目を剥き歯を食い縛るアーサーの表情は、誰にも見えない。

 その横に、カイが静かに近づいた。


「……アーサーさん、乙女の祝福って薬にしなくても癒しの力があったよね。草そのものじゃ駄目なの?」


アーサーの顔が跳ね上がった。


「未精製の乙女の祝福でもある程度量があれば一人くらいは……しかし……それを言うということは」

「うん。だって」


そこでカイは区切り、アーサーの耳元に口を寄せた。


「あの乙女の祝福の薬、お姉ちゃんがこの辺にある物だけで作った薬だもん。それを聞いた時に、乙女の祝福の群生地を見つけた、一応教えるけど、凄く価値があるから他人には絶対言っちゃ駄目よ、って」


アーサーの瞳に、力が宿った。

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