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姉妹冒険者物語  作者: 並野
労働者姉妹物語 薬屋編
49/181

06

「はい、では次。待ち針草の葉。お腹の調子を整える作用があります」


薬屋のカウンターの上に、湯気の立つ小さなカップが一つ置かれた。

 差し出したのはアーサー。そして差し出されたのはピエール。

 ピエールは表情に疑わしさをはっきりと出しながらカップに手を付け、口元へ運び……


「臭っさ」


と一言呟いてカップを置いた。

 ピエールの隣に座ったアーサーの眉が、即座に中央に寄る。


「何戻してるんですか、早く飲んでみてください」

「やだよだって臭いじゃんこれ、どうせまた苦々で嫌々なろくでもない味なんでしょ」

「薬草は匂いと味は必ずしも一致する訳ではないしそもそもろくでもない味って何ですか、カイすら当然のように薬草の茶を飲んでるのに姉さんだけ飲めなくて恥ずかしくないんですか」

「あーもーうるさい……アーサーは将来絶対口うるさくて嫌味なおばちゃんになるよ、窓枠の縁の埃を指で確認して遠回しに文句言うタイプ」

「いいから早く飲みなさい!」


アーサーに声を荒げ叱られたピエールが、やはり嫌そうな顔でカップを手に取り口に含んだ。

 口に茶を含んだまま、半眼で口元をもごもごさせて味を確かめる。

 嚥下。


「どうですか、待ち針草は軽く煎ると風味が増して飲んでみると意が」

「苦っが、もういらない。風味なんかある訳ないし」

「……」


無言で姉の頭を叩こうとするアーサー。

 拗ね顔でそれを避けるピエール。

 叩こうとする。拗ね顔で避ける。叩こうとする。避ける。

 それを何度か繰り返し、やがて二人はカウンターの向こうでどたばた音を立てて騒ぎ始めた。

 薬瓶を落とさないよう気をつけながらも、床を踏み慣らし両手を振り回し年頃の少女のように騒ぐ二人。

 作業中だったアメリーに怒られるまで、その騒ぎは続いていた。


   :   :


 その後。アーサーが空になったハーブティーのカップやティーポットを片づけに席を外し、ピエールが一人カウンターの向こうで崩れそうな頬杖をついてまどろんでいた頃。

 店内の外から、人の気配が近づいて来るのをピエールは感じ取った。

 姿勢を正し店の扉へ視線を向ける。

 そのまま少し待っていると、気配が扉のすぐ前まで近付き、扉の擦れる轟音と共に一人の男が店内へと入って来た。


「やあ、いらっしゃい!」


開幕一番、ピエールの明るい笑顔。

 入って来た男は多少面食らったものの、すぐにピエールへと気障な笑顔を返して来た。

 ルーカスだ。外套や背負い袋、踝まで土で汚れたブーツなどから、探索帰りだということが分かる。

 カウンターの向こうにいるピエールを目にしたルーカスが、笑顔のまま立ち止まって少し考え込む素振りを見せた。

 それから、


「この店は、可愛い女の子しか店番に雇わないと決めているのかな?」


とピエールへ微笑みかけつつ言い放つ。

 しかし当のピエールは何も意に介すことなく首を傾げただけだ。

 やはり自信満々だった男の頬が、少々ひくつく。


「……薬草をいくらか摘んで来たから、買い取って貰いに来た。君が応対をしてくれるのかい、お嬢さん」

「あ、薬草の買い取り? えーと、ちょっと待ってね、もう少ししたら買い取りしてくれる人が戻ると思うから」

「そうか」


入ったところで立ち止まっていたルーカスが歩みを再開し、カウンターの前まで移動した。

 自信に満ち溢れた笑顔で、反対側に座るピエールへと顔を近付ける。

 端正な顔の作りだ。鼻梁高く真っ直ぐで、彫りの深い鋭く伸びた目元。顎はやや大きく、髭は今朝剃りたて、というところ。

 だがピエールは、笑顔のまま意図が読めず内心疑問を浮かべるばかり。目の前の男に、何か特別な感情を抱いている様子は無い。

 暫くそうやって見つめていたが、ルーカスはふいに諦めた調子で顔を離した。


「……君、もしかして金髪で視線の鋭い冷たそうな女の子の血縁じゃない? この間ここで店番してた娘だけど」

「金髪で、視線の鋭い、冷たそうな……ってアーサーかな。だったらそうだよ。アーサーは私の妹。今一緒にここで働いてる」

「アーサー?」

「そう、アーサー。それで、私が姉のピエール。名前は私たちの地元の風習でね、この名前はこの性別用、っていうのが殆ど無いんだ。一つの名前を男女どっちにも使う」

「へえ、なんか珍しいな」

「よく言われるよ、でも気に入ってるからからかったりしないでね」

「勿論、君みたいな可愛い女の子をからかったりなんてしないよ。……でも、ちょっとだけしたくなるかな? 俺、可愛い子が困ったり不機嫌になったりする顔も結構好きなんだよね」

「……変な人だね」

「よく言われるよ」


最後に言い返し、ルーカスがにやけた顔で笑う。

 ピエールも微笑み、二人してカウンターを挟んで笑い合った。


「……うん、君はあのお堅い妹さんと比べると話しやすい」

「アーサーはねー、気に入らない相手だと徹底的に心の壁を張っちゃうから。私ももうちょっと他人と打ち解けてもいいと思ってるんだけど」

「全くだ」


からから笑い声を上げるルーカス。一頻り笑い終えてから、背負い袋をカウンターの上へと乗せた。

 袋の口を開き、中にある小さな袋の中身をカウンターの上へ広げた。

 大量の黄色い葉だ。

 枯れ葉になる直前のような黄色いハート型の肉厚な葉。採りたてらしくまだ瑞々しい。ピエールが顔を近付けると、つんと来るわずかな刺激臭が鼻腔に広がる。


「キイロスリネっていう薬草なんだけどピエールちゃんは分かるかな?」

「……、あー、うん、分かるよ。分かる分かる。あの赤青黄色の黄色のやつでしょ」


薬屋の店員なんだから当然だよ、というような態度だが、実際には今言った以上のことは知らないだろう、というのは初対面のルーカスにすら明らかであった。

 だが彼はそんなことはおくびにも出さない。


「そうそう、その黄色。よく知ってるねピエールちゃん。賢い」


見え透いた世辞に疑いもせず気を良くしたピエールが、照れ笑いと共に後頭部、うなじを掻く。

 何せ彼女が賢い、などと言われたのは何年ぶりのことだろうか。

 彼女自身が知る限りでは、数年どころか今まで生きてきて一度も記憶に無い。


「で、このキイロスリネはいつもこうしてアメリーちゃんの所に売りに来てるんだよ。値段は大体この一袋で百ゴールドくらい」

「へー、けっ……」


結構するんだね、という言葉をピエールは飲み込んだ。目の前の男にキイロスリネの値段を知らない、ということを知られないようにする為だ。

 先ほどの世辞の影響か、妙な見栄のようなものが彼女の心に発生していた。

 そしてその心の動きも、初対面のルーカスにすら明らかであった。


「だからさ、今の内にぱぱっと買い取り済ませてくれると嬉しいな」

「いや、でも」

「君だって店員だろう? ……もしかして本当はキイロスリネのこと分からない?」

「いや別にそんなことないし。……でもこの質と量だと百にはならないんじゃない? 五十くらいじゃないかな?」


一瞬拗ねたような素振りを見せた後、腕を組み、顔を背け、だが得意げな表情で流し目を送るピエール。

 薬草の質と相場くらい分かっているぞ、という最大限の態度によるアピールだが、そもそもピエールは相場を知らず、一方ルーカスは何度もここで取引をしていて相場を熟知している時点で勝負になる筈が無い。

 男の悩む仕草は見る人が見れば即座にわざとらしさに気づけそうなものだが、ピエールには気づけない。


「ううん、五十は流石になあ。八十くらいで手を打たないか?」

「じゃあ七十」

「七十……七十かあ」


非常に大袈裟な仕草で悩むルーカス。

 暫くそうしてから、中身を全て出してピエールの方へ押し出した。


「……七十でいいよ。今日は可愛いピエールちゃんとの出会いの記念ってことで」


ルーカスがいかにも名残惜しそうな顔で、小さな山となったキイロスリネを差し出す。

 ピエールはそれを内心達成感を秘めて受け取りカウンターの下から硬貨を取り出したが、頭を上げるとそこには奥から戻ってきた静かな怒りを湛えたアーサー。左手には新しく淹れて来たと思わしきティーポット、右手には二つのカップ。

 ピエールの顔と身体が固まった。


「散々口に合わない茶ばかり飲ませて申し訳無いから、今度はちゃんとした紅茶を淹れてあげようと思ったら……」

「げっ」


遅れて気づいたルーカスが、目に見えてうろたえ始める。そしてそれは向かいのピエールも同様だ。


「……」


どんっ!

 怒り露わに大きな音を立てて、カウンターの上に置かれたティーポットと二つのカップ。

 冷ややかに目を細めたアーサーが、カウンターの上のもの、それからピエールの手に握られている硬貨を一瞥。


「姉さん、そのカウンターの上のキイロスリネの買い取りですか? 値段はその量で七十?」

「え、あ、う、う、ん……」

「最初に言い出した価格は?」

「え、え、えと、ルーカス君が、百って……」


ぴく。

 発言を聞いたアーサーのこめかみに、青筋が立つような感覚。


「……ルーカス、君?」

「あ、ああそうだぜアーサーちゃん。俺たち仲良くなったんだよ。な、ピエールちゃん」

「えっ? あっ、そ、そう! そうだよアーサー! 私ルーカス君とは仲良くなれそうで」


言い合いながら両手を握り合おうとする二人。だがその手をアーサーは間髪入れずはたき落とした。

 ゆっくり首を前に伸ばし、至近距離でアーサーはルーカスを睨みつける。

 完全に因縁をつけるごろつきだ。


「なに人の姉に気安くちゃん付けして気安く触ろうとしてるんですか」

「ええー……それは私の勝手じゃ……」


言い掛けるピエールを振り向き様強く睨みつけ、アーサーは姉を後ろへ下がらせた。

 代わりにカウンターの椅子に座り、小さく息を吐いてキイロスリネに目を落とす。


「さて。それで、この量のキイロスリネを幾らで売るつもりですか?」


改めてアーサーに問い直されたルーカスは、視線を頭ごと逸らした。

 大きく一息。

 そして少し間を空けてから、気持ちを切り替え既視感のある晴れやかな笑みで頭を戻した。

 どうやら通用しないと思ったらすぐに引き下がる質らしい。


「悪かったね、二十でいいよ」

「二十は安い。二十五ゴールドお支払いします」

「……変なところできっちりしてるな君」

「個人的にはあなたは大嫌いですが、アメリーにとっては大切な客ですので。これからもご贔屓に」


アーサーがカウンターの下から、七枚の硬貨を取り出して渡した。

 硬貨を懐に納めたルーカスが、最初の時のような気障な笑みを見せる。


「ピエールちゃん、君もう少し気をつけた方がいいよ。ちょろ過ぎてサシで交渉続けたらどんなことでも騙せそうだ」

「その点に関しては心底同意ですね」


アーサーの同意に顔を上げて笑い飛ばし、ルーカスは背を向けて扉へと歩き始めた。


「そうそう、今日から俺暫く来ないから、アメリーちゃんと坊主にも言っといてくれ」

「何か理由でも?」

「今町に冒険者崩れが大勢来てるの知ってるか? 親父に言われてな、そのトップの面倒を見ろって言われてんだ。何しにこんな所まで来たのか知らないが……まあ見た目はかなり可愛いお嬢さんだから、俺としては無碍に扱う訳にもいかないよな」


言い終えると返事を待たず、ゆっくり余裕のある足取りでルーカスは店を後にした。

 それを見送ってから、ピエールは恐る恐る視線をアーサーへと向ける。

 姉の視線には目もくれず、アーサーはカップに紅茶を注いでいた。二つのカップに紅茶を満たし、一つを無言でピエールの前へ。

 そして自身も茶を口にし始める。


「……ね、ねえアーサー」

「相場が分からない物を、自分だけで取引しようと思わないこと。どうせあのいけ好かない男の口車に乗せられて、自分一人で何とかしようとしたのでしょう?」

「う……」

「大体三色薬草の薬は道具屋への卸値五十ゴールドですよ? なのにあれだけの量のキイロスリネが百だの八十だのする筈ないでしょう」

「……」

「今回はぼられずに済みましたけど、気をつけてくださいね」

「はい……」

「それから」


ずいと顔を姉の目の前に寄せるアーサー。

 一瞬驚いたものの、ピエールの表情が叱られる姉から、妹の奇行にうんざりする姉に変わりつつある。


「あのろくでなしに何か変なことされてませんよね?」

「ろくでなしって、アーサー……」

「されてませんよね?」

「されてないよ……話しただけ」

「そうですか、ならいいです。……次回あいつが来たら、真っ先に私を呼ぶこと。いいですね」

「アーサー、ルーカス君のこと嫌いなの?」

「嫌いに決まってるじゃないですか客じゃなかったら張り倒してますよそれからあいつのことなんてあいつでいい君付けなんて必要ありません」

「……」


めんどくさっ。


「何か言いましたか」

「言ってませんーアーサーがめんどくさい妹なんて誰もぼそっと零したりしてませんー」

「やっぱり言ったんじゃないですか、あっ、ちょっと姉さん! どこ行くんですか待ちなさい!」



   :   :



「……という訳で、あのろくでなしの女誑しは暫く来ないそうです」


今日の出来事を一通り説明し終えたアーサーが、優雅に夕食のスープを口へ運んだ。

 今日のスープの具は、水で戻したルルドリ鼠の干し肉と余った薬草類、それにだめ押しの鞭打ち草。

 干し肉になっていてもルルドリには多量の脂があり肉の旨味が出ているが、使われている薬草の種類が雑多な為調和の取れた味とは言い難い。

 苦いような辛いような酸っぱいようなほの甘いようなよく分からない味だ。


「あんた、今日でいきなりルーカスへの敵意増したわね。そんなにピエール口説かれたのが嫌だったの?」

「……」

「ちょっと、そんな本気で睨まなくてもいいじゃない。冗談よ冗談」

「それよりさ、あのいっぱいいた人たちって結局どこ行くのかな? もしかしてまどろみに来たりして」


アメリーとアーサーのやり取りにカイが割り込むと、二人も軽く首を捻った。


「それは無いと思うわ。まどろみに対して人数がいれば何とかなる、なんて軽い考えする奴はもう殆どいないもの。それにそいつら、中央から来たんでしょう? なら少しくらいまどろみの危険さも聞いてる筈よ」


首を捻るついでに軽く回して肩凝りを解し、アメリーは視線をアーサーへ向けた。

 薬草の混ぜパンを毟って口に含んでいたアーサーは、ゆっくりと咀嚼してから口を開く。


「私も同意見です。いくら夢見の花畑の価値が尋常ではないとはいえ、自分の目で一度でも主の姿を見れば花を盗む気になんてなれる筈がない。人数の多さからして、人手を使って北の沼地の泥浚いでもするのでは?」

「確かに、夢見の花の価値凄いよね。花一本で五万ゴールドだって聞いた時は僕もびっくりしたよ」

「それだけ稀少ってことね。私も一時期は、目の前にこんなにあるんだからどうにかして一本くらい拝借出来ないか、って毎晩毎晩必死で考えたものよ」

「恐ろしいことを考えますね」

「あら。あんただって内心、何か抜け道が無いものか、って考えてるんじゃないの?」


図星を刺されたアーサーは少しだけ目を見開いてアメリーを見返してから、ごくごくわずか、ピエールにだけ分かりそうな程度に口角を持ち上げて微笑み返した。

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