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姉妹冒険者物語  作者: 並野
労働者姉妹物語 薬屋編
47/181

04

 配達時に毎回通っている行き着けの酒場兼食堂へ入ったカイ少年が、普段とは違う雰囲気を感じ取り違和感で軽く眉をひそめた。

 アーサーの主導で隅の席に座り、三人は一息つく。

 籠を降ろし席に着いたピエールが、周囲を見回し一言。


「賑わってるね。ここってもしかして名店?」

「いや、普段はこんなに人多くない筈なんだけど……」


小声で言いつつカイが視線を巡らせれば、店内は大賑わいでほぼ満席状態だ。

 主に二十代から三十代ほどの者たちが、浮ついた雰囲気で酒を酌み交わしている。多くの者が、昼間から酔っていた。


「身なりや雰囲気からして客の大半は余所から来た……一般人以上冒険者以下という所でしょうか」

「手厳しいね」

「中にはむむっ、と来る人もいるけど、私も正直な印象としては普通の人って感じかなあ」


小声でひそひそ会話しているところへ、給仕が空のトレイを抱えたままやって来た。淡い栗色の髪を長く伸ばした、姉妹と同年代、もしくは少しだけ年上の女性だ。


「何でも中央の方から、お偉いさんのお嬢様がこの町まで来てるそうよ、カイ君。……両手に花ね、妬けちゃうわ」


自然な流れで話に混ざりつつ、給仕の女性は右手をくねらせてカイ少年の顎へ滑り込ませ、ゆるゆると撫でた。

 反射的に全身を硬く強ばらせた少年が、視線だけで相手を捉える。


「……カ、カリーナさん、顔撫でるの止めてっていつも言ってるんですけど」

「あら、顔を撫でなかったらどこを撫でればいいのかしら? 服の中?」

「そ、そうじゃなくて! もう!」


喋りつつも顎から頬を撫でさするのを止めない給仕、カリーナの手を払いのけカイは姿勢を戻した。


「だからこの二人は薬屋の雇われ店員でそういうのじゃないってば」

「本当かしら? お姉さん心配だわ、いつカイ君が大人の階段登っちゃうのかって」


どうやら力関係は完全にカリーナの方が上らしく、カイ少年は頬を赤らめからかわれるばかりであった。


「ところで。先ほどの件、もう少し詳しく聞いても?」


横に座る姉にだけ分かる程度に機嫌を損ね始めているアーサーが静かな声で割り込むと、カイはここぞとばかりにそれに乗りカリーナの説明を急かす。

 若干驚いたようだが、やはり悪戯っぽい笑みを崩さずカリーナは話し始めた。


「細かいことは私も知らないわ。ただ中央に住んでる何とかって名前のお偉い家のお嬢様が、大人数連れて三日くらい前からこの町に滞在してるの。ここが目的って感じじゃないし、どこに行くのかしらね」

「ふーん。この辺で人集めてどっか行けるところあるの?」

「北の高山地帯の地下に古の古代遺跡が眠っている、という話は聞いたことがあります。山のどこかに遺跡へ通じる洞窟があるとか、時折遺跡の遺物が湿地の沼に浮いてくるとか。あの辺りは魔物も多くて危なく、且つ危険を冒すだけの価値もあるので行くならそこではないでしょうか」

「あ、それ僕知ってるよ。道具屋のおじさんがまだ若かった頃、北の山の沼からぼろっぼろの錆びた盾が見つかったんだって。その盾が掲げるだけで持ってる人の怪我を完全に治すっていう凄い力を持ってて、盾を巡って町中で奪い合いが起きたとか」

「その話、最終的にはどうなったんです?」

「殺し合いになって十人くらい死んで、山から持ち帰った人たちが引っ張り合いしたら錆びてた盾がばらばらに壊れて効力も無くなっておしまい。人が死んだだけで何も残らなかった」

「……虚しい話だなあ」


どこか実感の籠もった口調でしみじみと呟き、ピエールは自身の胸を両手で抱えた。


   :   :


 その後注文を行い、待つことおよそ一時間。

 混んでいる店内では用意にも時間がかかり、ピエールが五回目の欠伸を吐きかけたところでようやく給仕のカリーナが料理を抱えてやって来た。


「ごめんなさいね、見ての通り混んでるから時間がかかっちゃったわ。……それとカイ君には私っていうデザートもあるけど、ここで食べてく? それともお持ち帰り?」

「……いらないから。ほら仕事に戻りなよ、さっき長話して怒られてたでしょ。店長今も見てるよ」


最後の一言でカリーナが身体をびくつかせカウンター席へ顔を向けると、白髪をオールバックにした初老の男性が目の前の客に酒を出しながらじっ……と張り付けたような笑顔で彼女へと視線を注いでいた。

 愛想笑いを返しつつ、栗色の長髪を翻して足早に去っていくカリーナ。


「さーて、何はともあれご飯ご飯。あーいい匂い、久しぶりのお肉の匂いだ」


カリーナを見送ったカイ少年が期待に満ちた顔で目の前の料理の匂いを嗅ぎ、満面の笑みを見せる。

 彼の目の前に並ぶのは、やや斑模様になっている混ぜ麦のパン、芋を主とした野菜のバター炒め、そして贅沢にローストされた肉の塊。鶏の胸肉一枚分ほどのやや灰がかった肉が、こんがりと炙られ香り立つソースを絡められている。


 この地方特有の家畜である、ルルドリという大鼠だ。鼠らしく増えるのも育つのも早く、高い回転率で肉を供給出来る珍しくも価値のある家畜である。

 ローストルルドリは脂身が多く、炙り焼きにしてもまだまだたっぷりの脂を身から滴らせていた。立ち上る匂いも独特な臭みはあるものの、肉の焼ける香ばしさと絡められたソースのおかげで殆ど気にならない。

 目の前に置かれるやいなや、カイはフォークを握り猛然と肉へ飛びついていく。


 一方、姉妹二人の目の前にあるのは。

 横に独特の発酵臭がする蕪の漬け物が添えられた、大きな丼一杯のスープ。

 中には混ぜ麦の団子と、灰がかった肉の切れ端がぷかぷか浮いている。

 一目見て分かるほどの、カイの昼食との差。勝っているのは量だけだ。

 ピエールが無言のまま不満の満ち満ちた視線を妹へ投げかけた。

 だが、妹は視線を平然と受け流している。


「何をそんな嫌そうな顔をしているんですか? 肉はちゃんと入っているじゃないですか」


言うやいなや優雅に、上品な手つきで食事を始めるアーサー。

 ピエールの視線が、豪華なカイの食事と質素な自分たちの食事とへ交互に向かう。

 意図するところは間違いなく"私もあれくらいの質の食事がいい"だ。

 その心を余すことなく理解するアーサー。

 だが姉の望む返答を行う筈がない。同じ量だった場合の価格の比では、カイのものと姉妹のものでは倍から三倍近い差がある。

 結局無言の嘆願は全て無視され、ピエールはやむなくスープと漬け物に手を付け始めた。


   :   :


「はー、食べた食べた」


満面の笑顔で息を吐くカイ。その唇は肉の脂でてらてらと光っている。

 その横に姉妹が、一人は無表情、一人は不満顔で並んで歩く。


「あのこんがり焼いたお肉食べたかったのに」

「ルルドリならスープに沢山入ってたじゃないですか」

「調理方法が全然違うじゃん! もっとちゃんと手間のかかった、美味しいやつがいい!」

「はいはい、じゃあ帰る時はそうしましょうね。……さ、着きましたよ」


歩きながら会話していた一行が、再び道具屋へと到着した。

 先ほど同様箒を抱えた少女に案内され、店主の元へと向かう三人。


「なんだ坊主、もう用事は終わったのか?」

「うん、今回の用事はこことユユさんの所だけだから」

「あの羽女には引き留められなかったのか?」

「お昼ご飯には誘われたけど、お肉が食べたかったからパスしたよ。家では長いことお肉食べてなくってさ」

「そりゃあ一大事だ。肉を食わないとデカくなれんぞ」


にやりと笑った店主が、カウンターの下から布の袋を取り出してカイ少年へと投げ渡した。

 慌てて受け取ったカイが袋の口を開くと、中には茶褐色のガチガチに乾いた干し肉がぎっしり。


「ルルドリの干し肉だ。俺は店番の合間にそのまま食うが、坊主が噛んだら間違いなく歯か顎が壊れる。姉ちゃんに水で戻して料理して貰うといい」

「えっ、でも……いいの? 多いよ?」

「何、得意先へのちょっとした土産だ。姉にもよろしくな」

「おじさん……ありがとう」


笑顔のカイへ、店主も歯を見せて笑い返した。その歯は黄色いが全て欠けずに揃っており、どの歯も分厚く丈夫そうだ。


「話も一段落着いたようですし、仕事の話をしましょうか」


会話の隙を見計らい、すっと割り込むアーサー。

 笑顔だった店主の顔が一瞬にして鋭くなったが、特に何を言うでもなくアーサーの話に応対する。

 そうして必要物資の購入と代金の精算を済ませ、用事を終えた三人は町を後にした。


   :   :


 夕方。

 小さな薬屋の小さな食堂の、小さな丸机を四人が囲む。

 半開きになった窓の外は陽が暮れ始めており、夕暮れの緋色の明かりと共に、草のざわめきや小動物の鳴くささやかな音色が室内を満たしている。


 机の上には夕食が三人分。一足先に食べ終えたピエールは手狭な机から早々に食器を片付け、今は紅茶を飲んで一息ついている。

 他の三人はハーブティーだが、同じ物を飲む気は無いらしい。


「それで、ちゃんと話聞いてなかったピエールが物凄い力でリアーネから葉っぱもぎ取ろうとして、せっかく気を許しかけてたのに一瞬でぱぁになった。改めて実感したけどピエール力強過ぎ、本当に腕の関節が鉄みたいなんだもん。全然動かせる気しなかったよ。むにむになのに」

「いやあ、それほどでも……てへへ」

「別に褒めてないからね」


後頭部に手を回し、照れ隠しにうなじを掻くピエールにすげなく言い放つカイ。

 ピエールは笑顔を萎れさせたかと思えば、すぐに頭を上げて悪戯めいた笑みと共に机へ身を乗り出した。


「そういえばさー、そういえばさー。リアーネちゃんで思い出したんだけど。カイって女の子に人気じゃない? リアーネちゃんでしょ? 酒場のカリーナさんでしょ、それから道具屋の女の子からもなんか熱の籠もった視線受けてたし。ひゅー、もてもてじゃんカイ、ひゅーひゅー」

「だから、そんなんじゃないって」


向けられた軽口に、無言でじろっ、と睨み返すカイ。しかしピエールはからから笑うばかりだ。


「ふふん、カイは何てったって私の弟よ? そりゃ女の子も放っておかないわよ。一体どれだけの浮き名を流すのかしらね?」


フォークを握ったままの右手を口元に添え、得意げに笑うアメリー。弟のことながら自分のことのように嬉しそうだ。


「見た目のことは知りませんが、薬屋の弟で巻物や薬の制作を学んでいる、というのは相当な利点ですからね。単独で治癒の薬や巻物の制作が出来るようになれば、一生稼ぐのには困らないと言っていい。今の内から粉をかけておくのはある意味では当然です」

「……アーサーは本当に夢も浪漫もありゃしないね。妹ながら何て面白みが無い」


アーサーの発言には姉だけでなく、アメリーも辟易の眼差しを向けた。

 だが当の本人は素知らぬ顔でハーブティーを飲むばかり。


「そういう二人はどうなのさ。若い女の人二人で冒険者なんてやってたら、男の人から人気出るんじゃないの?」


逆に尋ね返されたピエールは、まさか言われるとは思わなかった、とでも言うような表情で目を丸くした。

 横にいるアーサーは顔色一つ、仕草一つ変化しない。


「私にはそういう気は一切ありませんし、旅路で異性として興味を持った相手は一人もいません」

「まるで強がりみたいな言い方だけど、アーサーは超冷たくてやばいよ。見た目は可愛いし賢いから仲間になった男の人から誘われたり好かれたりもそこそこあるんだけど、もう本心から何とも思ってないのがありありと分かっちゃう。……一回さ、見た目も格好良くて呪文も上手なニアエルフの男の人から本気で好かれたことあったんだけど、いい雰囲気になった所でその人が告白する前に割り込んで、そういうの興味ないんで、とかってそれっきりガン無視」

「……うわあ」

「しかもさ、それを隠れて見てた私と、あと一人女の子がいたんだけど、その子がアーサーの態度に本気で怒って説教したら真顔で、はぁ? だって。で、その子の平手打ちは片手で払いのけて全く相手にしないの。結局それがあってパーティは解散して、その人たちとは会わずじまい」

「あんた、普段そんなことしてんの? 知らなかった」


アメリーの言葉にも特別な反応を見せることなく、平然と食事を口へ運ぶアーサー。


「じゃあ、ピエールは?」

「私? ……いやあ、それが私もあんまり」

「あれっ」

「姉さんは姉さんで感性や情緒が子供なんですよ。恋だの愛だのよりも、冒険や伝説が気になる年頃の。ちょうどあなたが、女性に好かれても色恋沙汰に発展する気が無いのと同じです。……その癖、冷やかしだけは一丁前にしたがる」

「なんかさー、男の人と色々と、そういうことをするっていう考えが心に湧いてこないんだよね。冒険の仲間としては肩を並べて戦ってくれる頼もしいおじさんとか、後ろから的確に援護してくれる気障な魔法使いの兄ちゃんとか、仲良くなった人は沢山いるんだけど。ちゅーとかより、大変な仕事を終わらせてやったーって叫びながらハグする方がいい」

「……ピエール、今何歳だっけ」

「えっと、もうすぐ十八……だったかな」

「色気無いわねえあんたたち。まあ私も今はあんまり人のこと言えた義理じゃないけど」


苦笑いと共に、アメリーとカイがハーブティーを啜った。

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