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姉妹冒険者物語  作者: 並野
夜鳴谷森林紀行
39/181

13

 咳き込むように数度血の飛沫を吐き、息も絶え絶えのピエール。

 と、その横で内臓に受けた衝撃を休めようと必死に荒い呼吸を繰り返すアーサー。

 治癒の薬を半分ずつ口に含み、何とか体調を取り戻しかけた頃。

 ようやくエンシェント玉葱マンと共に消えていったハルが死にかけの羽虫のような羽ばたきで二人の元へと戻ってきた。


「ピーちゃーん、あーさーぁ……」


小さな声と弱々しい羽ばたきでピエールの膝元へ降り立ち、太股の上で羽を休め崩れ落ちるように倒れるハル。

 膝の主はいくらか調子を取り戻した顔で妖精のフサフサした羽を撫でた。


「おかえりハルちゃん。さっきは本当にありがとうね、もしハルちゃんがいなかったら今回は本当にやばかったよ」

「いーってことよー、二人は大事な友達だもん。あー疲れた……」


疲労困憊ながらも気持ちよさそうな顔で、撫でられるがままになるハル。

 それを眺めるアーサーの表情は、若干険しい。


「……ハル」


膝を抱えて身体を丸めるアーサーが、ハルへと小さな声で呼びかけた。

 妖精が顔を上げて声の主の顔を見返すと同時に、ピエールも何か無言で言い含めるような表情でアーサーへ視線を向けた。

 表情の真意は、さっきの発言みたいなことは言わないように、だ。


「アーサー、だいじょーぶ? へろへろだったけど死なない? 二人とも死なないよね?」

「治癒の薬のストックがあるので姉さんと半分ずつ飲みました。おかげで調子は戻っています、問題ありません。それより」


一旦区切ったアーサーが、目を瞑って言葉を探す。


「助かりました。ありがとうございます」

「いーってことよー」

「……ただ」


後の一言で、ピエールの表情が妹を責めるものに変わる。

 だが当の本人は苦々しげな顔のまま言葉を続けた。


「今までの態度から、あなたが自分の力や影響力に気づいていなかったのは知っています。助けて貰っておいてこんなことを言うのは道理にも反します。本来言う資格なんてない言葉です。ですが、ですが一つだけ言わせてください」


再び言葉を区切って、大きく深呼吸を一つ。


「あれが出来るなら最初からやってください……!」


俯き、心の奥底から絞り出すように呟いた。

 その言葉を小さな妖精は怒ることも悲しむことも無く、寂しげな笑顔で肯定する。


「……そーね、ほんとーに。最初からあーやってアリさんとかふつーのたまねぎマンとかも、追い払ってあげればよかった。そーしたらピーちゃんも足をあんなに怪我することなかったのにね。ごめんね」

「いやいいよハルちゃんが謝ることなんて無いよ。今のは怪我して弱気になったアーサーがどうしようもなくて八つ当たりしただけだから、気にしなくていいよ」


素早い弁明の言葉と共に、隣で俯いたままの妹の頭を乱暴に撫でくり回すピエール。

 それと同時に開いたもう片方の手でハルを優しく撫でる。


「……はーっ、それにしても疲れた。最後にとんだお見送りだよ」

「本当に。……この玉葱マン、町に着いたら売らずに全部食べてやりたいくらい」

「それもいいかもねー。せっかくだしたまねぎマンブレッド食べたい」

「たまねぎマンブレッドってなーに?」

「たまねぎマンを混ぜて焼いたパンのことだよ。これがねー、すっごく美味しいんだ。たまねぎマンは他にもスープにしたりソースにしたり色々使えるけど、やっぱりパンが一番いいね。真っ白な粉でふっかふかのたまねぎマンブレッドにするともうほっぺたが土砂崩れ起こしちゃうくらい」

「ふーん、そーなんだ。……あたし楽しみ」


さりげなく発された一言に、姉妹は揃って敏感に反応した。

 ピエールは分かっていた、とばかりに訳知り顔でハルを見返し、アーサーは目を細めて嫌がるのと困るのとが混ざったような表情の変化を見せる。

 先に発言したのはアーサーだ。


「あなた、やはり私たちに付いてくるつもりだったんですね」


抑揚の無いその言葉に、足をぱたぱた上下に動かしていたハルの動きがぴたりと止まった。

 少しの間。


「……あたし二人にめーわくかけないし。何かあったら頑張って助けるし。ねー、いーよねピーちゃん?」

「そうだねー、私たちにずっと付いてくるのかっていうのは置いといて、とりあえず森を出て町に行ってみるってのはいいんじゃない? その後のことはまたそれから考えればいいし」

「でしょー? あたしも、あたしもニンゲンさんのいる町に行ってみたいの!」


ピエールの肯定的な返事に、ハルは調子を良くして仰向けに寝転がり手足を楽しそうにばたばた振り回した。

 だが、アーサーの反応は当然のように悪い。


「私は反対です。町に妖精なんて現れたら大騒ぎになりますよ。その上十中八九柄の悪い連中が見せ物や売り物にする為捕まえに来ます。森までならともかく、町に行くのは騒動の種にしかなりません。大人しく森の中で満足しているべきです」


冷たく言い放たれた言葉に、つい先ほどまで楽しそうだった妖精の表情が一転して険しくなった。

 子供っぽい拗ねた顔を、つんと逸らす。その上のピエールも少し困り顔だ。


「あたし捕まったりなんかしないもん。それに、もしほんとーにニンゲンさんがびっくりしちゃうなら、あたしが隠れてればいーし、ほらこーして」


仰向けで拗ね顔のまま、不意に飛び上がったハルが一瞬の動きでピエールの懐に潜り込んだ。

 驚くピエールの服越しにうっすら浮く鎖骨の隙間から、頭と羽の先端だけ覗かせるハル。

 アーサーへ顔を向け、どこまでも可愛らしく歯を剥き出して威嚇した。


「ねえアーサー、ハルちゃんも捕まらないって言ってるしいいんじゃないの? それに騒ぎにはなったとしても捕まったりするかどうかは分かんないじゃん。もしかしたら町の人気者になったりとかさー」

「もし何か起きた時被害を被るのは私たちなんですよ。わざわざリスクを背負い込むような真似をする気はありません」

「でもさでもさー……」


食い下がろうとするピエールが、言葉半ばで喋るのを止めて視線を一点へ向けた。

 同時にアーサーも、何かに気づいた顔で同じ方角を見つめる。


「……誰か来るね。通りがかりかな?」


何かではなく、誰か。

 二人が凝視する方角も森側ではなく林の向こう、道側だ。


「……どーしたの? また何か生き物が来るの? それならあたしがまた追い払ったげる! そーしたらアーサーもきっと分かってくれるよね!」

「ちょっと待って」

「……」


懐から即座に飛び出そうとするハルを押し留め、林の向こうをじっと見つめながら感知した気配へと意識を集中するピエール。

 アーサーは先ほどまでの渋る色が消え、完全な無表情だ。


「……二十人、うち一人くらいでしょうか」

「もうちょっと少なそう。十五人と少し、って感じ。一人はいるね」

「そうですか。……行ってみましょうか」

「食べ物とか余裕あったら分けてくれるかなー。ハルちゃんは暫くじっとしててね」


ピエールが頷き、立ち上がった二人は荷物を引っかけ気配の方角へ向けて歩き始めた。


   :   :


 林は狭く、木々の間隔も広い為少し歩くとすぐに気配の主が見えるところへと辿り着くことが出来た。

 まず目に付いたのは馬車だ。

 人にして十人は乗れそうな大きさのそれは、馬ではなく巨大なキウイとも言うべき茶色の毛玉から嘴と足だけが伸びている走鳥が二羽並んで引いている。


 馬車の付近には、年齢も性別も異なる数人の人間。まるで何かを探す様子で、周囲を見回している。

 気配を隠す気も無く真正面から歩み寄る姉妹と、その内の一人の視線が合った。


「やあ、こんにちは」


まず笑顔で挨拶をしたのはピエール。

 横に並ぶアーサーは仏頂面のまま、奥にある馬車とその周囲の人影を観察している。

 目が合ったのは若い女だ。背が高く軽装で、鮮やかな緋色の髪を肩口でさっぱりと切り揃えている。ぱっちり開いた目元とその髪が、軽快そうな印象だ。


「あ。……エリザさん、いましたよ! 女二人!」


姉妹に気付いた女が、馬車へ向かって声を張り上げた。

 声に反応して、馬車の周囲にいた人影全員が林の中へと入ってくる。

 ハルが懐から飛び出そうとするのを、アーサーが素早く手を当て押さえた。次いでピエールに目線で合図を行い、隠れたままにさせる。


「私はピエール、隣はアーサーね。普通の旅人だよ。君たちは?」


朗らかな顔で問いかけたピエールを、周囲の人たちは何も答えずに眺めるばかりだ。

 返事がないことにピエールの顔色が変わりかけたところで、馬車の中から女が一人、悠々と歩いてやって来た。

 余裕の態度で歩いてくる女を、二人はじっと見つめる。


「あら、これは可愛らしい……ええと、お嬢さん、でいいのかしら?」


頬に手を当て、困ったような顔で微笑む女。細く塗られた真っ赤な口紅が、半月のように歪められる。

 歳は二十半ば程度。緩くウェーブのかかった茶髪を後ろで結い上げ、目を細めて穏やかに微笑む様はいかにもどこかのお嬢様、という風貌だ。

 服装も旅路の格好にしては小奇麗で装飾品が多く、腰に吊るしている細身の鞘などは一目見れば誰もが実際に使ったことのない飾りだと判断するだろう。


「うん。私はピエールで、こっちがアーサー。こんな名前だけどどっちも女だよ」


にっこり笑顔でピエールが頷き返すと、女も微笑み返した。


「珍しいお名前ね。私はエリザ、見ての通り……と言っても分かり辛いかしら。これでも行商の真似事をさせて貰ってるわ。今はこの通り護衛と一緒に商品の配達中なの」


ぽん、ぽん。

 エリザが優しく手を叩くと、周囲にいる人たちがぎこちなくだが挨拶を始めた。

 見れば、確かに護衛らしく厳めしい顔や体つきをしている者が多い。

 ピエールが笑顔で周りに会釈を返し、アーサーは一点に視線を向けたまま表情に一切の変化を見せない。


「所で、私たちはついさっきこの辺りで魔力の白い光が光ったのを見たのだけれど……あなたたち、何か知らない?」

「先ほど大型の玉葱マンに襲われました。何とか逃げ延びましたが、恐らくその時の光でしょう。……これは昨日仕留めた分です」


エリザの問いかけに答えたのはアーサーだ。答えると同時にピエールの背負っていた玉葱マン二匹を受け取り掲げたが、周囲の人間たちの反応はあまり芳しくない。


「まあ、凄いのね。魔物を倒したりするなんて。お仲間はいないの?」

「いません。私たち二人だけです」

「そうなの。女の子二人で旅だなんて、立派ね……」


糸のように目を細め、エリザはわずかに思案に暮れる。


「とにかく、あの光で誰かが犠牲になっていた訳じゃなかったのは本当に良かったわ。……あなたたち、良かったら一緒にお食事とその怪我の手当でもどうかしら? 私の護衛には治癒の呪文が使える子もいるのよ。勿論多少のお金は頂くけど、せっかくこうして旅路で出会えたのだしお安くしておくわ」

「ご飯! いいね! 是非おねがっ」


笑顔で一歩踏み出そうとしたピエール。

 そのすねを、前を向いたままのアーサーが前からは見えないよう踵で小突く。


「折角のお誘いですが、持ち合わせもありませんし遠慮します。我々はもう少しこの林で休んでから出発しますので、どうぞお構いなく。怪我も衣服が汚れているだけで今はもうそれほど重傷ではありません。食料も町に着くまでは持ちます」


視線を逸らすことなく真っ直ぐ見つめたまま、敵意の無い平坦な口調で拒否の言葉を口にしたアーサー。

 横ではピエールが表情でありありと不満を主張しているが、一瞥もくれていない。

 再び頬に手を当て、困ったようにエリザが微笑む。納得していないという顔だ。


「そう? それならお代は頂かないから手当だけでもいかが? ……はっきり言うけれど、こうして出会った可愛らしいお嬢さん、それも怪我人を放置して、どこかで魔物に襲われて死んでしまったらと思うと寝覚めが悪いのよ。幸い私たちには今怪我人はいないし、魔力には余裕があるから施しを受けると思って手当だけでもさせて貰えないかしら?」


断られて尚食い下がるエリザの言葉に、ピエールの顔が妹への不満からエリザへの申し訳なさへと変化した。


「ねえアーサー、ここまで言って貰ってるのに」

「申し訳ありませんが、もう一度言わせて貰います。お構いなく」


ピエールの言葉に被せて遮り、平坦な口調のまま再びはっきりとアーサーは拒絶の言葉を口にした。

 素っ気ない返事へ即座に野次を被せるのは、周囲の護衛たち。


「エリザさんがせっかく治してくれるって言ってんのに、何意地張ってんだこいつ」

「他人に頼らない私かっこいい! とでも思ってるんじゃない?」

「もういいじゃないですかエリザさん、わざわざ丁寧に相手する必要ありませんよ」


一度誰かが口を開けば、それをきっかけに周囲からアーサーを責める言葉とエリザを引き止めようとする言葉が林の中に喧噪となって木霊する。

 妹を非難する言葉の雨に、ピエールの顔が不快感と申し訳なさとで曇り始めた。


 エリザが眉をハの字に寄せ、護衛たちを窘める言葉をかけようとした直前。

 アーサーが、これ見よがしに大きな大きなため息を吐いた。


「……もういいです。分かりました」


言葉と共に、無造作に背嚢と吊した玉葱マンを地面に落とすアーサー。

 一転して語気の強まった口調に、林の中が再び静まり返る。


「あなたたちのような後ろ暗い連中の言うことを聞く気は毛頭無い、と言ってるんですよ。我々は商品になるつもりはありません」


アーサーが後に付け足した一言。

 その言葉を聞いて、驚きを見せたのはピエールだけだ。

 護衛たちは訝しげな顔を見せ、エリザもあくまで上品な仕草で不快感を露わにするばかり。


「……ちょっと、アーサー?」

「あなた、もしかして私たちを追い剥ぎだとでも思っているのかしら。流石にそれは笑って見過ごせないわ」

「その腰の鞘。随分見事な装飾ですね」


諭すような口振りの言葉を、アーサーは完全に無視して突然明後日の方向へ話を振った。

 エリザの表情に、やや当惑の色が混じる。


「え……ええ、そうかしら。父からの贈り物なの。ちょっと派手過ぎるけど」

「そうですね、少々派手過ぎます。……話は変わりますが」


そこで一旦区切って、一呼吸入れると同時に貧乏揺すりの如く爪先で地面を蹴り始めるアーサー。


「西から南あたりの大陸で人身売買を行う、ろくでもない連中の間では他にはない面白い流行があるんですよ。商売道具である鞭を隠し持つのに、剣の鞘を使うんです。武器を収めた鞘の側面、分かり辛いところにもう一つ棒状の物を収める穴を作る。そしてそこに、短鞭を差して隠し持っておく、という小細工がね。……その鞘の口元、装飾の中に指を引っかけるのに丁度いい大きさの輪がありますよね。装飾類が皆磨き抜かれた鮮やかな金属なのに、その輪だけ手垢でくすんで輝きを失っている。ちょっと試しに指引っかけて引っ張って見て貰えません? 引き抜けたりするのでは?」


無表情の中にどこか愉快そうな感情を垣間見せるアーサーが、饒舌に語り始める。


「それから奥に見える馬車、綺麗な色の幌ですね。濃い紅色の幌なんてそうそうありません、さぞかし染色代がかかったことでしょう。おかげで幌の中が透けず、中での動きが見られずに済みますね。……例えば拘束された人影が身じろぎするところとか、食事を与えるところなど」


アーサーが、無言で目線をエリザへと向けた。

 風の音が響く林の中で、表情を失った二人の女の視線が交差する。


 エリザが穏やかなため息と共に、鞘の輪に指を引っかけた。

 引き抜かれ露わになったのは、黒革の細い短鞭。手元に近い部分は艶を有しているが、先端部分は使い込まれた跡と言うべきか殆ど艶が失われている。

 慣れた手つきでエリザが二度、鞭を振った。

 鞭が風を斬る高い音と、柄頭の輪が揺れる金属の擦れる小さな音。


「……この鞘に隠すの、私も少し無理があると思っていたのよね。わざわざ輪を磨くの面倒だし。せっかくの贈り物だから使っていたけれど、向こうに着いたら大人しく変えることにするわ」

「それをお勧めしますよ。そもそもそんなに派手な鞘だと人の注目を引きやすい。隠すのならまず注意を引かないことを重視するべきです」

「本当にその通りね。父はどうも見栄っ張りで困るわ。……幌はどうしようかしら」

「そちらは特に気にしなくていいと思いますよ。濃い色の幌なんてどこにでもありますから。ただの私の言いがかりです」

「……ふふ。あなた、面白いのね」


妖艶。

 先ほどまでの人の良さそうな笑みから一転して、妖しさのある笑みで笑いかけるエリザ。

 ピエールが驚きと、それ以上に残念そうな顔でエリザの細まった目を見返した。


「え。それじゃ、エリザさんは人攫いで、私たちを捕まえに来てたってこと?」

「まさか。別にあなたたちが目的って訳じゃないわ」


視線を外し、奴隷商の女は姉妹の背にある林と、森を見つめる。


「……この谷底の森、妖精がいるって噂があるのよ。強い魔力の光を放つ人型の何かが森の上を飛んでいたとか、森から女の子の声が聞こえてきたとか。所詮ただの噂話だけど、強い光が見えたからもしかしてと思って来てみただけ」


そうしたらあなたたちがいた、そう付け加え、エリザは微笑んで短鞭の先を左手で弄る。


「妖精……本当にいるのかしらね。夢のある話だと思わない?」


頬を赤らめ上気したエリザの笑みに、ピエールは無意識に胸元に当てる手の力を強めた。


「……そう。それじゃ見当違いだったことだし、今回はこれでさようならってことでどうかな」

「どうかな、じゃねえよバカかお前」


ピエールの呟きに、周囲の護衛の一人が鼻で笑って返した。


「大人しくエリザさんの申し出を受けてれば最後にまともなご飯くらいは食べれたのに、馬鹿だねー君たち。ま、大人しく捕まっちゃってよ。そうしたら手荒なことはしないからさ」


最早野卑た雰囲気を隠す気の無い護衛たちがはやし立て笑う中、アーサーが再び視線を真っ直ぐ向けて言う。


「……そうですね、私からもお願いします。あなたが他の人に呼びかけて貰えませんか? 見なかったことにして立ち去ろう、と」


凛とした態度で、自身を見逃せと情けないことを言うアーサー。

 その言葉の変化に護衛たちが笑い、エリザが穏やかな笑みを見せる。


「そうね、それならまず服を脱いで貰いましょうか。装備一式頂いて、その上で片方だけなら……」

「聞いてないのでちょっと黙っててください。……馬車のすぐ横で腕組んで姉さんをずっと見ている槍を持った男の方。あなたに言ってるんですよ」


エリザの笑みが凍り、はっとした表情の男がアーサーを見返した。

 呼びかけられたのは背がひょろりと高く細長い体型をした、どこか冴えない顔の男。

 歳は三十手前、焦茶の髪は後ろは長く前は短い、邪魔な前髪だけ適当に切ったというような雑な髪型。組んだ腕の中には、本人と同じ程度の長さの槍を一本抱えている。

 アーサーが先ほどからじっと見つめていたのは、エリザではない。

 この男だ。


「……どうして私ではなく、オルランドに言うのかしら? ちょっと意味が」


若干微笑みをひくつかせたエリザが問い返すのを、やはり無視して途中で被せるアーサー。


「あなた、この中で一番強いですよね。死線を越えた経験も多少あり、朧気ながら相手の強さを窺う技量もある。弱い者虐め以外した事が無さそうな他の有象無象とは違います。それだけの腕があって、奴隷商の護衛なんて賤業に就いているのは不思議ですが」

「……」

「あなたには色々と分かって貰えている筈ですし、飛び抜けて強いのだから発言力もある筈。だから……」

「いい加減にしなさい!」


今度はアーサーの発言を、エリザが声を荒げて遮った。

 ピエールがその豹変に驚き、護衛たちは仕方ないといった雰囲気でため息を吐く者が数名。


「オルランドが強い? 何を馬鹿なこと言ってるのかしら。こいつは父から押しつけられたろくに働きもしない無口で穀潰しのぼんくらよ。発言力なんかある訳無いじゃない」


分かったら早く私に命乞いをしろ、とでも言いたげなエリザを、やはり無視するアーサー。


「……あなたがこんな仕事に就いている理由が何となく察せましたよ」


今まで仏頂面だったアーサーが、ここでようやく一つの表情を形作った。

 残念だ。

 一瞬だけ、本心からそう言いたげな顔をしてから隣へと目線で合図を送ると、既に背嚢を降ろしたピエールが目線と手振りで数度反応を返す。

 彼女も、妹同様気の進まない顔をしていた。


「もういいわ。あなたたち二人とも、骨の芯まで痛めつけてあ」

「最後にもう一度頼みます、このまま放置するよう頼んで貰えませんか。襲われれば当然我々は本気で抵抗します。……ただでは済みません」


執拗にエリザを無視して男へと呼びかけるアーサー。

 その様は、エリザが無視されるのを極端に嫌うことを理解しての行動だ。

 曖昧な態度を続けている男を見たアーサーが、俯いて折れた剣と表面の削れた盾を手にする。

 大きくため息を吐いてから、顔を上げて呟いた。


「後悔しないでくださいね」


最後の一言を皮切りに。

 少女二人の纏う気配が、旅人から戦士へと変貌する。

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