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姉妹冒険者物語  作者: 並野
夜鳴谷森林紀行
37/181

11

 一悶着ありながらも二人と一人は食事を終え、再び森を東へ直進し続けた。

 虎騒動以降はさしたる障害も無く、中型の生物が進行方向にいたのを何度か追い払ったのみ。


 歩く内に日は沈み、今日の森林行も終わりを迎えた。

 解体した残りの玉葱マンを夕食として消化した姉妹は、夜の休息の最中だ。


 周囲の草を軽く刈って確保された空間。

 その中央にあるのは、炭や灰の屑が堆積した焚き火跡。

 火は既に消され、夜の闇の中に燃えかすがうっすら浮かんで見えるのみだ。


 その隅、茂みに紛れるように二人の姉妹が薄手の毛布に包まり横になっている。

 ピエールが後ろで静かに寝息を立て、そのすぐ前、背中と腹部を密着させてアーサーが薄目を開けて眼前の存在と森の闇へ視線を投げかけている。

 彼女の目の前にいるのは、下草を刈った芝生のような地面に両足を広げて座り、顔を上げて夜空を眺めているハル。

 今宵も夜空は明るく、わずかに開けた空から注ぐ月の光を一身に浴びて小さな妖精の更に小さな宝石のような瞳が輝く。


「あのね、こっちの端っこのほー……ひがし、だっけ? にはね、あんまりおーきな生き物はこないの。あの虎さんがたまーにうろうろするのと、おーきくて変な色のバッタさんがたまーに、虎さんよりもっと珍しーけど、いることがあって、それくらい。後はちゅーくらいの生き物ばっかり」

「分布の偏りに何か心当たりはありますか?」

「んーん、分かんない。食べるものはいっぱいあると思うけど……。変なにおいもしないし」


夜空を見上げたまま緩く頭を振ったハルに、そうですか、と素っ気ない返事を返したアーサー。

 彼女たちの会話は昨晩のピエールとハルとの会話同様、隣で眠る相手を起こさないよう囁くような小声で交わされている。


「他に聞きたいことある? あたしの知ってることなら何でも教えたげる」


夜空を見上げていた視線を降ろし、明るく、だがどこか寂しげな顔でハルは笑いかけた。

 アーサーはそれを知ってか知らずか、特別な態度を取ることも無く平然と応える。


「いえ、もうありません。付近の植物の分布も教えて貰いましたから。それに中央部や西部の話は聞いても仕方がない」

「……そっか」


返答、特に後半部を聞いて、ハルの表情が露骨に陰りを帯びた。

 その表情の変化にアーサーはあくまで平然を装ったまま、目だけを細めて脳内で言葉を探す。

 少し間を開けてから、音を立てずに息を吐いた。


「あなたには感謝していますよ。あなたのおかげで水樹の元で一晩休めましたし、生息している生物を教えてくれるのはありがたい。貴重な案内人です」


囁く言葉と共にアーサーが右手を差し出せば、若干拗ねた顔のハルが絡み付くように指を抱く。背中の羽が指の間を擦り、小さな口が胸元に抱く中指の先端を捉えた。


「はぐはぐ……」


妖精の小さな白い歯が、アーサーの指の腹を歯形が残る程度の力で数度噛む。

 昨日より少し力の籠もった甘噛みを、アーサーは想定の範囲内とばかりに平然と受け入れた。


「……砂でじゃりじゃり。あとたまねぎマンの味がする」

「手を洗う余裕はありませんからね。多少は仕方がありません」

「むー」


彼女の対応にやはり気に入らない所があるらしく、再び拗ねた顔でハルは指の甘噛みを再開する。

 アーサーは特に止めもせず無言でそれを受け入れ、ハルが満足した頃には右手の中指の先は歯形だらけの上ふやけてしわしわになっていた。

 手のひらをソファ代わりにもたれ掛かるハルが、小さく呟く。


「……ねー。アーサー、あたしのこと嫌い?」

「いいえ、特にそういうつもりはありませんが。どうしてですか?」

「だって、アーサー全然笑ってくれない。ピーちゃんはいっぱい笑いかけてくれるのに」


俯いたままの妖精の瞳が、アーサーの目を見つめる。

 見つめられるアーサーには、それでも動揺する素振りは一切ない。


「よく言われますが、私は感情が顔に出にくい性質なんですよ。思い出してください、姉さんにだって表立って笑いかけることは殆どないでしょう?」

「むー……」


低いながらも可愛らしさの残るうなり声を上げ、ハルは出会ってからのことを思い出す。

 自身の記憶にある限りではピエールにすらあまり笑いかけていないことに気づき、態度が少しだけ軟化した。


「確かにアーサー全然笑ってない……」

「ええ。ですからあまり気にしないでください」


その場を凌げたことに、アーサーが心の奥で安心しかけたのも束の間。


「あたしそーゆーのよくないと思う」


今度は窘めるような顔と口調で、ハルがアーサーを薄目で睨んだ。


「……は?」

「うれしーことがあったら、ちゃんと笑ったほーがいーよ。もっとにこにこしたほーが周りのみんなもうれしーし、自分もうれしくなれると思うの。だからアーサーはもっと笑おー」

「は……いえ……私はそういうのは別に……」

「よくない、満面の笑顔を見せるべき! 見せて!」

「ハルちゃんの言う通り」


予想外の展開に答えに窮していた所に、突然後ろから同調する声が聞こえてアーサーは驚きで身体をびくつかせた。

 首を回して後ろへ振り向けば、いつの間にか起きたピエールが目を閉じたまま笑顔で頷いている。


「ね、姉さん」

「アーサーはもっと気軽に笑おう。怒ったり嫌がったりは簡単にするのに、笑う時はいつも抑えてる。そんなことしなくても、笑う時は何も考えずににこーってすればいいんだよ」

「うんうん、やっぱりピーちゃんはよく分かってる」

「という訳で、アーサーの満面の笑顔見たいなー」

「なー」


アーサーが一瞬たじろぐ間に、二人は同調し勢いよくまくし立て始めた。ピエールは後ろからアーサーの頬へ手を伸ばし、ハルはにこにこ笑顔で詰め寄る。

 前門の妖精、後門の姉。前後から攻められる妹は対応に悩んだ挙げ句、


「姉さんが起きたので私は寝ます暫くの不寝番はお願いしますね」


逃げた。


「……」


早口で言い切り頭を毛布の内側へ縮めるアーサー。二人が数度呼びかけてもぴくりとも反応を示さない。

 ハルが納得のいかない顔で頭が埋まる毛布へ歩み寄り手をかけるが、内側から毛布を掴む手によって引き剥がそうとする試みは失敗に終わる。

 結局そのまま逃げ切り、本当に眠り始めたアーサー。

 残された二人は暫く顔を合わせた後、無言で仕方なさそうに笑い合った。


   :   :


 翌朝。

 二日目の朝と同じ夜も明け切らぬ早朝に、二人はもぞもぞと起き出した。

 まるで一匹の芋虫のように一枚の毛布を震わせてから、ほぼ同じタイミングで毛布を退けて起き上がる。

 暇そうに地面に寝転んでいたハルが、二人が起き上がったのに気づいて跳ね上がるような勢いで空中へ飛び上がった。


「起きる? もー起きる?」

「たぶんおきるー、おはよー」

「おはよーピーちゃん! アーサー!」

「……おはようございます」


互いに寝起きらしくまだ調子の上がらない二人とは対照的に、妖精は朝から元気に満ち溢れている。

 立ち上がって伸びをするアーサーの周囲を、風圧を巻き起こしつつ飛び回っていた。


「起きるの早いねーまだ暗いよーでも早起きはいーよねーあたしも」

「静かにしてください」


高速で飛び回りながら矢継ぎ早に話を続けようとするハルを素早く捕獲し、アーサーは小さな妖精の頬を両手の親指でむにむにと伸ばした。

 続けて何か言おうとしていたが、アーサーの手で揉まれるのが気持ちいいのか喋るのを止めされるがままになるハル。

 隣では座ったままのピエールが寝ぼけ顔で毛布を畳んでいる。


「はあ……」


暫く妖精の頬を伸ばすように揉んでから、興味を失ったアーサーがハルを放り投げた。

 すぐに飛び上がり姿勢を正したハルには目もくれず、二人は朝露を集める為に背嚢から布と鍋を取り出す。

 依然眠そうな、それに加えて面倒くさそうな顔で背嚢を漁り、白い布を取り出したピエール。

 ぼうっとそれを眺めてから……突然何か思い立ったのか目を見開いた。


「ねーハルちゃん、お願いがあるんだけど」

「えっ、なになにピーちゃん? 何でも言って」


布を手にハルへと呼びかけた時点で、察しのいいアーサーはピエールの目論見に気づいている。しかし止める気は無いようで、素っ気なく一瞥したきり自分が取り出した布を足に巻き始めた。


「あのね、私たちこれから葉っぱについた朝露をこの布に染み込ませて、水を集めようとしてるんだ。……ハルちゃん出来ない? 茂みの中をぴゅーって飛び回ってさ」

「朝露集めるの? え、でもピーちゃんたち水のなる木でいっぱい水汲んでなかった?」

「あれだけじゃ足りるかどうか分からないからね。集められる時には集めておこうと思って。あ、ほら。今アーサーがやってるみたいな感じ」


ピエールが指さした先では、もうアーサーが茂みを歩き回り始めている。

 ハルはそれを少しの間不思議そうな目で見てから、気分を切り替えやる気に溢れた顔で小さな握り拳を掲げた。


「……分かった! あたし集めてくるね! 待っててピーちゃん!」

「よろしくねーハルちゃん。布が十分湿ったら持って来てね。そしたら私が搾るから」

「よーっし!」


布を受け取ったハルが、猛スピードで茂みの中へ突っ込んでいく。ピエールはそれを見送りながら、


「これでもう少しぼんやり出来る」


と再び気の抜けた顔で笑みを作った。


   :   :


「ういー」


乾いた布を取り出して、予想外の働きを見せた代償に朝露でびしょ濡れになった妖精の髪や服を拭うピエール。

 小さな白いツインテールが水に濡れて艶めき、薄皮のような服が服としての用をなさぬほど透けた上ぴったりと肌に張り付いている。

 まるで全裸のように見えるハルは、どこかやり遂げた顔でされるがままになっていた。


「ありがとハルちゃん、思った以上にいっぱい集めてくれたね」

「えへへ」


互いに笑顔でやり取りを交わす姉と妖精の横で、アーサーが毛布などの道具をしまい食料の入った袋を取り出した。

 道中で得た食料をを食べる合間にも少しずつ消費している為、その量は大分減っている。


「朝食にしましょう」

「はいよー」

「よー」


身体を拭い終えたハルをそのまま肩に乗せ、ピエールがアーサーの側へと移動した。

 焚き火跡を中央に、挟むように二人が座る。


「はい、それでは今朝の姉さんの分です」


地面に座った姉へと、対面のアーサーが大きな葉に乗せた両手一杯分の食料の山を差し出した。

 ピエールが同じように両手を出してそれを受け取り、内容を見て表情を曇らせる。


 味のしない干し果実。

 日数が経過しわずかに色が黒ずんだ豆粉堅パン。

 昨日まとめて火を通したすっかり冷めた玉葱マン。

 昨日採取した食用に出来る野草と臭い白身魚を使った炒め物の残り。


「うわあ」

「良かったですね、色とりどりで種類豊富ですよ」

「なんて嬉しくない……!」

「食料があるだけありがたく思わないと」

「それは分かるけど分かりたくない……はあ、嬉しいのは玉葱マンだけか。これは最後に食べよ」


口では散々言い合いながらも、素直に食事を始める二人。

 それを肩から見るハルは何一つ食事について尋ねることなく、二人が食べている物から目を逸らすように朝の青空を眺めていた。


   :   :


 食後、日も登り始めた頃。

 アーサーが出発前に、ピエールの怪我の確認と手当を行っていた。

 座ったままズボンを降ろしたピエールの足の包帯を、刺激しないよう丁寧に解いていく。


「そんなに気を遣わなくても、もうそんなに痛くないよ」

「念のためです」


時間をかけて包帯を解き終え、露わになったピエールの足の傷。

 もう大まかには治っており、表面の痛々しく変質した皮膚と所々わずかに血のかさぶたが残るばかりだ。

 裂けた傷口は殆ど埋まっている。


「まだまだひどいね、ピーちゃんかわいそー」

「え、もうそんな酷くないよ? むしろ治りが早くてびっくりするぐらい」

「元々そこまで深くなかったのが幸いでしたね。薬もそれなりの質はあったようで」

「そーなの? でも見た目はひどいよ?」

「……これでも軽い方ですから。本当に大きな怪我をして、呪文や薬の助けも無ければそもそも治るどころか傷が腐って死ぬこともあります。それに比べればずっとましです」


アーサーの何気ない一言に顔を青くして、側で浮いていたハルがピエールの胸元へ掴みかかるように飛びついた。


「ピーちゃん死なないよね、死んじゃやだ!」

「いやだから大丈夫だってば、薬と呪文使ったし」


気が動転して半ばパニックに近い状態になっているハルを宥めるピエール。

 それを完全に無視して、アーサーが補助板を使って傷口の洗浄と治癒を始めた。

 コップに水を溜め、少しずつ流しながらかさぶたになっていない血の汚れやまだ塞がりきっていない傷を拭う。

 それ以外にも包帯の繊維片や隙間から入り込んだ土埃などを掃除し、次は補助板を切り替えて治癒の呪文を唱えた。


「んんん……」


治癒による痒みと痛みのない交ぜになったような刺激を堪えつつ、ピエールは目の前にいるハルの頭を撫でる。

 一方のハルはピエールの表情が歪んだことに更に動揺し、最早半泣きだ。


「ピーちゃん死んじゃやだーやだよーっ」

「落ち着いて、ハルちゃん落ち着いて」


ピエールが必死に宥めるが、小さな妖精には言葉は一向に届かない。

 次第に宥めることを諦め、叫びながら顔面に張り付き始めたハルを気が済むまで全て受け入れる方向に転換した。

 顔面に震えて叫ぶ妖精が張り付き、伸ばした足を呪文で手当され、痒みと痛みで小刻みに悶える。

 そんな奇妙な人型の生き物が、森の一画に座っていた。


   :   :


「大丈夫ですか?」

「んー、痛みは殆ど無いね。ちょっと痒いくらい」

「そうですか。では行きましょうか」


背中に背嚢、そして肩に二匹の玉葱マンを乗せて足踏みをするピエールが、軽い口調で呟く。

 その返事を聞いて、アーサーは心配の念を多少緩めた。


 彼女の言葉を皮切りに、二人と一人は森を進み始める。ハルの今日の現在地はアーサーの頭上だ。

 今朝の森は蒸し暑さも控えめで、谷を抜ける風も吹いている為いくらか過ごしやすい。

 掃除し切れない植物の汁や破片で大分切れ味が鈍り、更に真ん中で折れて半分の長さになった薄紅の剣を振りながら先頭のアーサーが植物を切り払い進んでいく。

 思いがけぬ幸運と言うべきか、剣の長さが半分になったことで藪掻きに関しては逆にやりやすくなっていた。

 今の刀身の長さが、植物を払うのに丁度いいのだ。


「今日は割と涼しくて過ごしやすいね」

「そー? すずしー?」

「まだ分かりませんよ。昼になったらまた蒸し暑くなるかもしれません」

「そー? 暑くなる?」


ざしっ、ざしっ。

 茂みを切り払う音と共に、三人の会話するささやかな声が森に木霊する。

 それらの音も、風でざわめく木々の音や小動物の鳴き声の中でさざ波のように掻き消えていった。


「……後どれくらいかな」

「昨晩ハルに聞いた限りでは、すぐ近くという話でしたが」

「そうなの?」

「……そーだよ。もーだいぶ端っこのほーに来てる。そろそろごつごつした石の坂道があって、そこを登って少ししたら森はおしまい」

「……そっか」


特に感慨も何も抱いていないアーサーとは違い、ピエールとハルの言葉にはどこか含むものが感じられた。

 しかし具体的なことは何も言うことなく、はっきり言葉に出すこともなく。

 それ以降は口数も少なく、三人は森を進む。


   :   :


 最初に気づいたのはアーサーだ。


「山が見えて来ましたね」


あくまで足と手は止めず顔は前方を注視したまま。ぽつりと呟く。

 後ろを歩くピエールが空を見上げると、木々の向こうにある青空がほんの少し狭くなっていることに気づいた。

 空の左右に岩壁が迫り出してきている。

 南北の山の間が狭まり、楕円形の森の東端に近づいているのだ。


「そろそろ終わりか……」


ピエールの呟きに、前方の妹の頭に乗る妖精は何も答えなかった。


   :   :


 歩き続けると次第に空に見える山が近づき、一定の距離で留まった。

 そして、森の東端に到達する。

 周囲には木々は無く、日陰を好む背の低い植物による草むらのようになっている。

 所々に転がるのは大小様々な岩、そして。

 緩やかな岩肌の坂道が、目の前に広がる。


「楽そうですね」


呟くアーサーの雰囲気は軽く、実際目の前にある坂は植物が殆ど無く岩が多く転がっているものの角度はかなり緩い。

 登るのに命綱の類は必要無いだろう。


「気づいたら可能な限り呼びかけますが、落石に注意してください」

「ん」


ピエールが小さいながらも返事を返したのを聞いて、先頭のアーサーは坂を登り始めた。

 前方、坂の上を凝視しながら、所々存在する大岩に手をかけ一歩一歩踏みしめるように登るアーサー。

 ピエールはそれに続きながら妹の頭に乗るハルの背中を見つめていたが、妖精は前を向いたまま何も口にしない。

 じゃぐ、じゃぐ、と地面の砂利を踏みにじりながら二人の歩みは続く。

 坂道はどこまでも岩、そして少量の草ばかりで、殺風景な景色だ。


 会話もなく黙々と坂を登っていると、やがて何事も起こらないまま坂にも終わりが見えて来た。

 あと少しという所まで近づいても足を速めることはせず、一定のペースを維持したまま二人は坂を登り終える。

 登り切った先にあるのは、木々の間隔が大分遠く視界の開けた林。

 木そのものも細く、下草や低木も少ない。誰が見ても、森とは呼ばないであろう密度だ。

 この先に、二人が本来通る筈だった道がある。


「ふう」


坂を登り終えたアーサーが一つ息を吐き、くるりとその場で反転した。

 横に並んだピエールも同様に反転し、自分たちが進んできた光景を上から眺める。


 坂の上から見えるのは森の全景だ。

 左右に切り立った山の岩壁が聳え、その額縁に挟まれて森の鮮やかな緑が長く奥まで続いている。左右の山に比べれば坂の高さは低いが、それでも見える景色は絶景。


「ほら見てください姉さん、左。鴉山中央付近のあの少し波打つようになっている箇所。あの辺りから落ちたんですよ私たち。結構長い道のりを歩きましたね」


アーサーが指した先を、ピエールは無言で眺める。

 そこから東、足元へ向かうように視線を滑らせると、二人の歩いた跡が大まかながらも見て取れた。


 例えば森が少し燃えた跡。火食い鳥の領域だろう。

 焼け跡を越えると、次は遠目からでは分かりづらいが木が少なく開けた空間が見える。言われなければ区別が付かないほどだが、恐らくそこが水樹の広場だ。

 その先では火食い鳥の領域より遙かに広く木々が燃え、黒ずんだ炭と灰の世界がはっきりと目に付く。ピエールが間違えて曰く付きの巻物を使った場所。燃え広がり方は想像以上に大規模だったようだが、アーサーの予想通り火そのものは今はもう消えている。

 更に進むと、生える樹の種類が周囲とは違う地域が目に映る。キノコ林だ。


 こうして見える景色の限りでは、水樹へ行く為多少はずれているがそれでも二人はほぼ真東へまっすぐ進んでいるのが分かる。

 たった四日の短いながらも長かった道のりだ。


「こうして見ると中々感慨深い」

「そうだね……」


小さく呟き返してから、ピエールは横のアーサーの背嚢に乗るハルへ視線を向けた。小さな妖精は同じように森の景色を眺めながら、どこか遠い目をしている。


「ねえハルちゃ」


ピエールが言い掛けた時。

 突然アーサーが、坂の下を凝視しながら叫んだ。


「姉さん下! やばい!」


ピエールとハルが揃って見下ろした、岩の転がる坂道の下方。

 まだずっと遠い位置ながら、坂道をとてつもない速度で駆け上がる存在があった。


 玉葱マン。

 それも一匹や二匹ではない。

 総勢五匹の軍団が、姉妹二人を目指して坂を駆け上がって来ていた。

 それを見たピエールが、わずかに顔を青ざめさせながら呟く。


「ちょっ、嘘、でかいのがいる……!」


五匹いる玉葱マン。

 その内の一体だけ、他の玉葱マンの三倍はあろうかという巨体を有していた。

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