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姉妹冒険者物語  作者: 並野
王国の竜
3/181

観光者-03

 時刻はちょうど昼食どき。曇り空の隙間から差し込んだ陽の光を、アーサーは眩しそうに見上げた。

 その顔には相変わらず何の表情も浮かんでいないが、満足げで上機嫌な雰囲気だ。


 その隣で、いかにも不機嫌と言わんばかりの顔で頬を膨らませるピエール。

 本人は真面目に苛立ちを露にしているのだろうが、その表情はどこかコミカルで真剣味に欠けたものだ。


 ニナは気まずげに二人の後ろ、数歩分距離を開けた場所に立っている。


「まさか本当に食べさせてくれないとは思わなかった」

「何言ってるんですか当たり前じゃないですか」

「私が自分でお金出そうとしたら店員に、姉さんには絶対出すな! とか言うし、一口分けてすらくれないし、ニナまで分けてくれないし。あーあ、プリン食べたかったなあ……」

「今回は大人しく諦めてください。あと二十日は滞在する予定ですしその内機会もありますよ」


未だにむっつり顔を続ける姉を放置して、アーサーはニナへと振り返った。

 ニナは無言で身構えたものの、緊張の度合いは初対面の頃よりはましだ。多少はアーサーに慣れたらしい。


「ではニナ、案内の続きをしてください」

「は、はい。分かり、ました。つ、次、武具屋は、ち、ちか、近く、です。……その、それと」

「分かってますよ。今の武具屋の主人は新顔で馴染みが薄いから人見知りするんでしたっけね。場所だけ案内して貰えればそれでいいです」

「す、すいません……」

「いいから早く案内してください」


俯きかけた所をアーサーに急かされ、ニナは慌てて歩き始めた。

 ニナを先頭に、ピエールとアーサーが二人並んで後ろにつく。

 石畳と背の高い建物に囲まれた圧迫感のある細道を抜け、一旦中央のメインストリートへと三人は出る。それから、道の端を東に向かって歩き始めた。

 中央道では、いくつかの露店が間を空けて点在していた。大抵は食料品、中には外套や皮袋などを主として売っている店もある。人通りは賑やかで、活気に満ちていた。


 露店を眺めながら中央道を東に歩いていると、すぐに武具屋へと辿り着いた。

 一階建ての煉瓦の建物はそれなりに広く、それでいて外での物品の陳列や窓などが無い為、どうにも地味な印象だ。

 交差する剣と凧型の盾が描かれた看板だけが、そこが武具屋であることを主張している。


「あの、ここです。剣と、盾が、めずる、目印の」

「見れば分かりますよ。じゃ、入りましょう」


まずはアーサー、それからしょんぼりした顔のニナ、最後にそれを慰めるピエールの順で武具屋へと入った。

 扉を開いて中へ入ると、四人いる客とカウンターの向こうの店主の視線が一斉に集中する。

 ニナだけがそれに息を詰まらせピエールの後ろへと隠れたが、二人が気にする様子はない。


 見える範囲に窓が無い為、中はやや薄暗い。が、どこかから光を取り入れているのか周りを見るのに影響が出るほどではない。

 入って正面には一辺全体を使った広いカウンターがあり、左側の壁には様々な形の盾が、右側の壁沿いに設置してある木製の棚には篭手や胸当てなどの身に着ける防具類がどちらも規則正しく綺麗に陳列されている。

 左側の壁と正面カウンター間の角には武具を整備、修理する為の小道具類が並び、右側の隅には鮮やかな水色の輝く甲冑が直立した状態で飾られている。

 武器類は全てカウンターの向こうだ。


 それぞれ異なる表情で店内を見回している姉妹へ、カウンターの向こうの店主が声をかけた。

 刈り込まれた短髪、顔の下半分を芝生のように覆い尽くす固そうな髭、そして丸太のように太い両腕が印象的な中年男性だ。

 カウンターの上に頬杖をついて三人を見る、その視線は鋭い。


「なんだ、おめら。女が、なんだ」


店主の言葉は訛りと片言が合わさったような独特な口調だ。聞き取り辛いものの、全く聞き取れないというほどではない。

 その声色はぶっきらぼうで、三人を歓迎する気は全く感じられない。早々に視線を外した他の客の雰囲気も、それに同調しているかのようだ。

 対するアーサーは一言も言葉を発することなく、無言でカウンターの前まで歩み寄った。

 視線の高さはカウンターの向こうの店主と立ったアーサーでほぼ等しく、至近距離で二人の視線が交錯する。

 アーサーは無言のまま腰の鞘から剣を抜くと、カウンターの上へと乗せた。店主は剣を抜く際一瞬だけ警戒したものの、今はカウンターに乗せられたそれを真剣な瞳で眺めている。


「ボロい、ようつことる。誰の?」

「私のです」

「……おめの? ほんにか?」

「ええ」

「へえ」


その反応は彼女の言葉を信じているのか信じていないのか、どちらなのか分からない曖昧なものだ。

 しかし剣の使い込まれ方と、自身の視線に全く怯む様子を見せないアーサーを見た店主の雰囲気は、確かに変化した。


「ま、いい。で、なんだ?」

「待ってください、その前に……姉さん! ちょっと!」


アーサーが振り返って店内を見回すと、ピエールは水色の甲冑の兜部分を熱心に見つめていた。

 鼻息が荒く、ふんふんという音が離れた位置からでも十分聞き取れるほどだ。

 ニナはその横で、極めて居心地悪そうに縮こまり視線をさ迷わせている。

 呼び止められた姉は、興奮冷めやらぬ顔で甲冑の側を離れた。ニナも後ろにくっついている。


「アーサー、あの兜結構いいね! 顔も首元もしっかり覆ってあるのが得点高いよ! 素材の鏡石もピッカピカに磨いてあって綺麗な水色がしっかり出てるし! ただ頭のモヒカンと耳にある羽飾りは減点かな、あれはどっちか片方だけの方が好みかも。……で、何の話?」


アーサーはピエールの話を無視して、彼女の腰の鞘から手斧を引き抜く。それをカウンターの上、剣の横へと並べた。

 ピエールの後ろから首だけ覗かせて、ニナは興味津々といった様子で二本の武器を眺めている。


「引き取って貰えるなら二本とも引き取ってください。それから代わりになる同程度の大きさの剣と斧が一本ずつ欲しい。斧はこれ同様片刃で」


店主は先ほど同様真剣そうな鋭い眼差しで斧を見つめてから、アーサーへと答えた。


「どちも、使えぬ。二つで百なら。買うほ、金は?」

「買い取り価格はそれで構いません。代わりの武器を購入し終わった後でお願いします」


そう言ってアーサーはカウンターの上の剣を鞘へと収め、斧を片手で持ち上げてピエールへと放り投げた。

 柄の長さが七十センチほどの斧は間違いなくそれなりの重さがある筈だが、受け止めるピエールの手は全くぶれない。

 その辺の枯れ枝でも受け止めるかのような気安さで、放り投げられた斧を受け取り鞘へと収めた。


「予算は……」

「ねえおっちゃん、何か凄いもの無い?」


自身の言葉の途中で被せられた一言に、アーサーは目を細め横目でピエールを睨んだ。

 しかしピエールの表情は妹の無言の威圧もどこ吹く風で、目を期待に光らせている。


「なんかさー、この店秘蔵のお宝的なやつ。ブルーメタルとか、プラチナとか、そういうワクワクするようなのとか、それ以がっ」


話途中のピエールの頬を人差し指でつついて、アーサーは話を遮った。


「姉さん、話の腰を折らないでください。……予算は一本四千までです。希望としては二千程度で済ませたい所ですが」


アーサーは自身の懐の奥深くを探り、擦り切れた麻布に包まれた円柱型の物体を取り出した。

 厳重な包みを解くと、中には銀色に輝く百ゴールド硬貨が数十枚。表裏や向きも統一されぴったり几帳面に並んでいる。

 硬貨の束を見た途端、ニナは目を見開いたまま硬直した。

 それとは対照的に、皺に覆われ脂ぎった店主の表情は全くぶれる様子を見せない。多少驚いているのが、雰囲気だけで感じ取れる程度だ。


「五十枚あります。これで冷やかしではないことが分かって貰えた筈ですが」


それだけ言って、アーサーはさっさと硬貨を包み直し懐へとしまった。


「……ちょい、待つ」


店主が椅子から飛び降りて、壁へと歩み寄る。その身長はアーサーどころかニナより更に低い。

(うわちっさ)

思わず口に出しそうになったのを、ピエールは辛うじて踏み留まった。


 カウンターの向こうの壁にかけてある剣を、右手でさっと持ち上げては左腕で抱え込んでいく店主。

 更に店の奥に入り、合計五本抱えてアーサーの前へと戻ってきた。


「よっと」


剣を並べてから、小さな掛け声と共に店主は再び椅子へと座り直した。

 椅子の背は高く、腰を下ろすというよりは飛び乗ると言った方が近い。

 カウンターの上に、鞘に収められた五本の剣が並べられる。鞘の反りや太さは様々だが、長さは一メートルに満たないものばかりだ。


「まず、五」


アーサーは無言でその中の一本を手に取った。

 一本目。暗い深緑の、反った鞘に納まったそれを引き抜くと、金属の擦れる音と共に薄緑色の刀身が姿を見せた。

 全長は六十センチほどで刀身の細い、カーブを描いた片刃の曲刀。

 磨き上げられた薄緑の輝きと、先端が渦巻状に丸まった棒状の鍔が印象的だ。


「竜鱗石ですか」


アーサーの言葉に、店主は無言で肯定した。

 竜鱗石は彩度の低い薄緑色が特徴的な、鉱石の一つ。原石が鱗状に並んだ形で発掘されることと、その色から竜の鱗の名前が付いた。

 最大の特性は温度変化に対する耐性で、極めて高い高温や冷気でもその形が崩れることはなく、断熱性も非常に高い。その為加工には強力な魔法の力を必要とする。

 酸にも耐性を持ち堅牢さには定評があるが、強度そのものはそこまで高くはない。鉄よりほんのわずかに硬い、といった程度だ。

 その特性上、武器よりは防具、特に盾の素材としてよく使われている。精製した竜鱗石を再び鱗の形に加工し直して貼り付ける鱗の盾は、防具の中でも有名な一品だ。


「純度はいまいちですね。不純物が多い」


刃を眺めながらアーサーがぽつりと洩らすと、店主の皺と皺に挟まれた眉毛が少しだけ中央へと寄った。

 しかし何か言うことはなく、黙ったままだ。


「武器としての出来はいいじゃん。よく出来てるよこれ。……でも竜鱗石って普通防具じゃないの? 何で剣?」

「竜鱗、多し。武器でも売れよる」

「値段は?」

「二千と、七百」


すっ、と剣を鞘に収めてアーサーはカウンターの上へと戻した。それから次の剣を手に取る。

 二本目。白に近い灰色で、反りの無い鞘。アーサーは左手で鞘を持ち、右手で剣を抜いた。

 それは幅広の、柄と鍔に美しい装飾が施された直剣だ。全長は短く、五十センチ程度だろう。

 刃の色は普通の鉄と似ているが、若干白みがかっていて光沢が小さい。刀身の分厚さもあって、重さは先程の曲刀以上だ。


「何これ。ただの鉄?」


ピエールの疑問に答えずに、アーサーは刀身を顔に近付けた。至近距離で眺め、金属の臭いを嗅ぎ、鞘をカウンターに置いて左手の人差し指で刀身をなぞる。

 暫くそうして刃を調べてから、得心がいった様子でアーサーは口を開いた。


「これは破魔鉄ですね」

「よい、お分かり」


破魔鉄。基本的な強度や性質は、鉄と大して変わらない金属。

 しかし破魔鉄は魔法力との親和性が皆無で、魔力そのものを弾くというユニークな特徴を持っている。

 武具にすれば武器でも防具でもその魔力を弾く性質が役に立つが、武具以外の分野でも用途のある需要の高いやや高価な金属だ。


「全部、破魔鉄。四千、ぽっきり」

「あ、これ破魔鉄なんだ。剣になってるのって初めて見たよ」

「竜鱗石もそうですが、わざわざ剣にするのが勿体ない素材ばかりですね。金属資源の豊かさの現れでしょうか」

「いいじゃんいいじゃん、破魔剣って響き。飛んで来る魔法弾とか、魔力的な変な生き物でもすぱっと切り払えるんでしょ? っひゃあ、格好いい!」

「役に立つことは立つでしょうけど……」


剣を鞘に戻し、アーサーは三本目へと手を伸ばす。

 三本目。茶色い革張りで、反りの無い特徴の薄い形状だ。引き抜くと、中から鈍い銀色の金属光沢を持った刀身が露わになる。


「普通の鋼鉄(はがね)だ」


あまり面白く無さそうな、ピエールの一言。

 長さは二本目の破魔鉄のものより少し長い。特に装飾の類も無い普通の直剣だ。

 シンプルというよりは、単純に地味と言える。


「千三百」


他には何も説明する必要はない、とばかりに値段だけを口にする店主。

 じっと刃を見つめてから、アーサーは剣を鞘へしまった。

 四本目。黒塗りで、わずかに反りのある細身の鞘。その細さと長さの割には相当な重みがあり、アーサーは手に持った瞬間少しだけ身構える素振りを見せた。

 少し引き抜くと、中から眩しい銀色の輝きが姿を覗かせた。その光に、アーサーは思わず息を飲む。

 音も無く鞘から抜かれ、姿を現す刃。


「わ……」


ピエールの後ろで黙っていたニナが、思わず感嘆のため息を洩らした。

 全長は七十センチより少し短い、小さな反りのある片刃の刀。

 極限まで磨き上げられた銀色の刀身は、最早鏡と変わらない。一振りの美術品のような、見る者の目を引き付ける強烈な輝きだ。


「出た、銀色ピカピカ系。こういうのは種類がいっぱいあって見ただけだと全然分かんないや」

「銀結晶ですよこれ。かなり重い」

「おっ、銀結晶!」


アーサーの答えを聞いたピエールが、口笛でも吹きそうな威勢のいい歓声を上げた。

 銀結晶。他に重ミスリル、ジュエルシルバーなどと呼ばれる高価な金属の一つ。

 極めて強固で、決して腐食することのない驚異的な堅牢性を持った金属。

 その性質は別名の通りミスリルに近いとされているが、ミスリルと異なるのはその並の金属よりも重い重量。

 その重量から身に着ける防具にされることは少なく、大抵は武器、稀に盾へと使用される。


 また、もう一つの特性として地中から発掘される際、大きさは異なれどごく一部の例外を除いた全てが正十二面体の結晶の形で見つかるという謎めいた性質を持っている。

 その形と土中でも損なわれない輝きを保っていることが、銀の結晶、宝石銀という名前の由来だ。


「凄いなー、銀結晶か!」


ピエールは先ほど水色の甲冑を眺めていた時と同じ位かそれ以上に興奮して、アーサーが持っている刀の刀身を様々な角度から見回している。

 どの面を見ても、濡れているかのようにぴかぴかだ。


「素材もさることながら、刀身の出来も素晴らしい。……ですが」


寸前まで惚れ惚れした様子で刀を見ていたアーサーの顔が、一転してしかめっ面に変わった。


「売る気ありませんよねこれ」


アーサーがやや機嫌を損ねた調子で言うと、店主は初めて三人の前で笑った。

 小さくだが、不敵な微笑みだ。


「小娘、宝見たい、だろ? これ、一番。ほしなら、売る」

「うんうん、こういうのが見たかったんだよこういうのが。で、おっちゃんこれいくら?」

「三万」

「高っ」

「安い!」

「えっ」


まず叫んだのは、後ろで静かにしていた筈のニナ。四桁ですら彼女にとっては大金なのに、いきなり桁が一つ繰り上がったことに驚いて思わず本音が口から洩れてしまった。

 しかしその直後に、揃ってニナと正反対のことを口にしたピエールとアーサー。その金銭感覚に、ニナは二度目の驚きが口からついて出た。


「えっ、いや……えっ? 安い? 三万ですよ?」


ニナの目は変なものを見るような目で、口調はまるで子供を諭すような言い方だ。

 見方を変えれば相手を馬鹿にしているとも取れるニナの態度に、明確に苛立ちを露わにし今にも躊躇の無い口撃を浴びせかけそうになるアーサー。

 しかしピエールに寸前で阻止され、表情を歪ませるのみに留まった。


「アーサー、そんな顔してばっかりだとその内おでこに皺が寄っちゃうよ。ほら笑って笑って。それからニナに詳しい説明をしたげて」

「はあ? 説明したいなら姉さんが勝手にすればいい。そもそも何でいつもそうやって説明を私に丸投げするんですか」

「だってアーサーが話した方が分かりやすいし」

「姉さんも自分で分かりやすい説明が出来るように練習したらいいじゃないですか」

「まあまあいいじゃん」

「……はあ」


ため息を一つついて、アーサーは視線だけをニナへと向けた。

 未だに不機嫌が顔に出たままなので、ニナは思わず身体をずらしてピエールの後ろへと隠れた。

 自分の発言に対する後悔が、ニナの頭を駆け巡る。

 まるで警戒心に満ちた小動物のような仕草で、ピエールの後ろから半分だけ顔を覗かせるニナ。その両手は、ピエールの服の袖をがっちりと掴んでいる。

 アーサーはニナから視線を外し、刀を鞘へ収めた。


「別に三万ゴールドが安いなんて思ってませんよ。そもそもそんな大金持ってませんし。安いというのは他と比較しての話です。昔南西大陸でこれの三分の一ほどの長さの銀結晶製の短剣を見たことがありますが、出来も悪く使用されている銀結晶の量も少ないのに二万ゴールドの値が付いていました。流石に私が知る限りでは売れていませんでしたが、それを思えば三万ゴールドは驚くほど安い。これだけの品なら場所によっては五万、いえもっと高い値段が付いてもおかしくはない。そういう意味での安い、です。分かりましたか?」


アーサーは鞘をカウンターに置いてから、いつもの表情の無い顔でニナを見つめた。

 冷や汗を垂らしながら全力で頭を上下に振るニナを確認してから、アーサーは視線を外す。


「おめ、よー知る」

「こんな生活していれば嫌でも覚えますよ」


アーサーは五本目、最後の一本を手に取った。

 非常に幅広で短い、長方形の形をした鞘だ。鞘から抜くと、両側に刃を持つ鋼鉄の刀身が姿を見せる。


「変な形だなーこれ」

「剣というより鉈か、下手すると鈍器ですね」


長さは短く、四十センチほど。反りのない真っ直ぐの刃には切っ先が無く、刀身は四角だ。

 幅の広さと同時に分厚さもそれなりのもので、短いながらも相当な重みがある。振り下ろした時の破壊力には期待出来るだろう。


「それ、流行り。突けぬし、でも、力ある。千五百」

「ふうん……どちらかというと私より姉さん向きですね」


アーサーは暫くの間興味深そうに眺めていたが、鞘へ収めてカウンターへと置いた。


「全部見た。どする?」

「私は破魔鉄の奴がいいな。魔法をスパって斬ったら格好いいじゃん。破魔鉄にしなよ破魔鉄に」


ピエールの言葉を完全に無視し、右手を口元に当てて黙って考え込むアーサー。三秒ほど考えてから、口を開いた。


「ま、普通に鋼鉄でいいですね。出来の良さは相当な物でしたし。鋼鉄製の直剣は他にはありませんか?」


アーサーの言葉に、揃ってつまらなそうな顔をする店主とピエール。


「おめ、つまんね。四千あてそれ。……まーい、普通の、鋼鉄な」

「ほんとほんと。アーサーはケチの国のお姫様だよ。せっかくこんな所まで来たのに」

「何事も分相応ですよ。私には鋼鉄の剣が一番です。それに武器にばかり大金を使ってられないでしょう?」


鋼鉄の直剣以外の四本の剣を持って行った店主が、十本の鞘を抱えてふらつきながらカウンターの前へと帰ってきた。

 カウンターの上へと無造作に並べられる計十二本の鞘。長さ幅反り、どれも様々だ。


「てきとに見れ」


アーサーが頷いて一本一本剣を確認していく横で、ピエールがカウンターに上半身を預けた。


「おっちゃんおっちゃん、次は斧見せてよ。短めで、背中で叩けるやつね」

「よかろ」


店主が椅子から飛び降りて、店の奥へと出て行った。

 少しの間を置いて、両手に一本ずつ鞘を持って戻ってくる。


「斧、片刃」


斧がすっぽり入った鞘が、二本カウンターの上へと並べられる。剣と合わせて十四本も並んでいるので、カウンターの上は非常に手狭だ。


「剣は五本もあったのに斧は二本だけかー……」


ピエールの不満げな一言に、店主も少し苦い顔をした。


「斧、売れぬ。買うのも、ふつーのしか求めぬ。わし不満」

「ほんとだよ。アーサーも斧なんか格好悪くて使えないって言うんだよ。こんなに格好いいのに。ねえ酷くないニナ?」

「えっ、私です、か?」


突然話を振られたニナは、動揺して上手い返しが出てこない。


「ニナも斧だって格好いいと思うよね?」

「えっ、えっと、その」


期待に輝くピエールの瞳と、焦りで焦点の合わないニナの瞳。

 ピエールは真っ直ぐニナの前髪とその奥の目を見ているが、ニナの視線は一向にピエールへと向かない。


「あの、その……わ、私は、斧とか、別に……」


 返事に窮したニナの口から、本音がこぼれた。驚愕に見開かれるピエールの顔と、これまでの中で一番大きく表情を歪ませる店主。


「ぶふっ」


そんな二人の顔を横目で盗み見て、アーサーは思わず噴き出した。二人は表情はそのままに、視線だけをアーサーに向ける。

 しかしアーサーはまるで噴き出しなどしなかったかのように視線を剣へ向けたままだ。

 嫌な沈黙が、店内に漂う。


「……ま、まあいいか。とりあえず斧を見ることにしよう」


気を取り直し、ピエールは鞘から斧を抜いた。

 一本目。何の変哲もない鋼鉄で片刃の斧だ。特に話すこともなく、千五百ゴールドという値段だけ聞いてピエールは斧を鞘へ戻した。

 二本目。竜鱗石で出来た薄緑の片刃斧。値段は三千。刃を眺めてから、ピエールは鞘へ戻した。

 あっという間に斧の確認が終わる。アーサーが剣を見ていた時間の三分の一もかかっていない。


「よし、竜鱗石にしよう! おっちゃん! 店にある竜鱗石の片刃斧を全てここへ!」


意気揚々と声を張り上げるピエール。その声は、どこか虚勢じみていた。

 ピエールの言葉を聞いて、店主は真剣な顔で頷く。


「そんだけ」

「よーしじゃあ鋼鉄は持って行って……なんだって?」

「竜鱗、斧、そんだけ」


ピエールの表情が、急速に萎れていく。

 萎れ切って、しょげ切って、一周回って穏やかな笑顔へと変わった。


「そっか……じゃあしょうがないね。ちょっと長いけどそこまで問題無いし、これにするよ。そっちの斧は持って行って」


店主が鋼鉄の斧をしまって戻ってくると、アーサーも剣を眺めるのを終えたようだった。


「これにします」


アーサーが選んだのはやや幅広で鍔が広い、六十センチほどの鋼鉄の直剣だ。

 やはりシンプルで地味なデザインをしている。


「姉さんは……竜鱗石の斧にするんですね。値段が倍も違うのに」

「い、いいじゃん竜鱗石だって。高いって言っても他と比べたら全然安いし」

「一応言ってみただけです。姉さんの武器なら私も竜鱗石でいいと思いますよ。では店主、この二本と、あと革の盾が一枚欲しいので少し待っていて下さい。選んできます」


アーサーは自分の選んだ剣の鞘を竜鱗石の斧の鞘の横に寄せ、盾の掛けてある向かって左側の壁へと歩み寄った。

 店主も、再びふらつきながら他の武器を抱えてカウンターの前を離れる。

 四人いた筈の客はいつの間にか三人掃けており、一人だけが右側の防具の棚を眺めていた。


「……問題ないなら一々言わなくたっていいのにね。アーサーは意地悪だ」


アーサーが聞いている場所で今の言葉に同意するのは気が引けたのか、ニナは苦笑いで曖昧にごまかした。

 代わりに、ピエールへと疑問を投げかける。


「あの、ピエール、さん。一つ、聞いてもいいです、か?」

「いいよ、どしたの?」

「あの、私は昔、一度だけサリエットに行った位で、他の場所に行ったことが無いんです。だから分からないんですけど、その、ここの武器って、本当に安いんですか? 私は、これでもすごく高いと思います。他はもっと高いんですか?」


ニナの言葉に、ピエールは少しだけ意外そうに眉を上げた。しかしすぐに、笑顔を見せる。


「武器の……相場っていうのかな。それはよく分かんないけど、他の場所で買ったらもっと高いのは本当だよ。例えば私が使ってたこの斧。これも普通の鋼鉄で、買った時は新品だったけど二千四……七……えーと、二千ゴールドぐらいしたもん。出来の良さもおっちゃんが見せてくれた斧の方がずっといいし。やっぱりア……なんだっけ。アリ、アル、アロ……とにかくそのアなんとか山っていう金属のき……給供場所が近くにあるおかげかな」


自信満々で言い切ったピエールの後頭部を、アーサーは盾の端で小突いた。

 ピエールが頭を押さえて振り向くと、目に映ったのは一枚の丸型盾。


「アルガ山脈ですよ、何でついさっき聞いたたった三文字の名前も覚えていられないんですか。それと給供じゃなくて供給です。なんですかきゅうきょうって」

「いいじゃんちょっと忘れたり間違えてたって、伝わればいいんだよ伝われば。……で、盾はそれでいいの?」

「全くしょうがないですね。盾はほら、丁度いいのがありましたよ」


アーサーは盾を掲げて、薄く微笑んだ。

 掲げられた革製のそれは、芯になる部分に扇形の革を複数枚張り合わせ鋲で留めたもので、アーサー自身の腰に吊ってある盾と全く同じ大きさと作り方をしている。


「へー、本当に丁度いいね」

「オウ、盾、それでいいのけ」


店主が他の武器をしまい終えて、椅子の上へと戻ってきた。

 アーサーは幾分片付いたカウンターの上に、革の盾と武器を手入れする為の布、石、油瓶を一つずつ並べていく。


「今回買うのはこれだけです」

「剣千三百、斧三千、盾二百、小物三つ五十。全で四千五百五十。売る分、百へして、四千四百五十」


今回の買い物の、合計金額が出た所でピエールはカウンターの前を離れ、再び右隅にある甲冑を眺め始めた。ニナはピエールとアーサーの間で視線を行ったり来たりさせて暫くおろおろしてから、カウンターの前へと留まる。


「四千ゴールドになりませんか」

「ならぬ。値下げ、全くせぬ」


宿の時のように値下げ交渉の口火を切ったアーサーを、店主は一刀の元に切り捨てた。彼女の目付きが、すっと鋭くなる。


「別に本当に四百五十ゴールド下げろとは言いませんよ。しかしこれだけ価格の買い物、少し位下げては貰えませんか? 特に竜鱗石の斧、私が知る限りここならもう少し安くてもおかしくない筈ですが」


アーサーの声のトーンは、今までより一段階低い。無関係の筈のニナが、無意識の内に縮こまった。

 しかし店主は全く怯む様子を見せない。


「おめ、しらぬか。ひつき前、アルガの腸の穴、崩れし。ゆえ、これから、高なる。安は、せぬ」


店主の返事を聞いて、アーサーの眉根が今までよりも大きく寄った。

 しかし不快感からのものではなく、疑問からの変化だ。


「……一ヶ月前、坑道が崩れて一時的に採掘が滞ってる、だからこれから金属が品薄になって高くなる。ある、ということですか? それが本当なら納得しなくもないですが……ニナ」


アーサーがニナを呼びつけると、ニナは文字通り飛び上がって叫んだ。


「ひ、ひゃい! 何でしょうか……じゃなくて! ち、ちょっと待ってください」


胸を押さえて深呼吸。慌ただしく跳ねる心臓を押さえつけてから、ニナは喋り始めた。


「あ、あの、確かに、先月、アルガの腸に、続く道が、崩れて、通れなくなったって、言ってました。腸は、アルガ山脈の中でも、めずろ……珍しい金属や、質のいい金属が、沢山取れる部分だって、聞いたことがあります」


両手を胸に当てたまま、ニナは不安そうにアーサーの顔を見上げた。しかし、アーサーの表情は晴れない。


「ま、いいでしょう。後でニナにはもう少し詳しい話を聞かせて貰いますが、とりあえずは納得しました。……しかしそれでも言い値そのままというのは気に入りませんね。せめて手入れ用の道具三つ分、五十ゴールドは引いて貰えませんか」

「おめ、しつこい」

「当然ですよ。大金支払うんですから」

「……」


ここに来た初めの時のように、間近で睨み合うアーサーと店主。

 ニナは息を飲んでそれを見守っているが、ピエールは値下げ交渉が始まった時点で完全に我関せずだ。

 睨み合いは一分近く続き、やがて折れた店主が大きく息を吐いた。


「しゃーなし。五十、まけちゃる」

「ありがとうございます」


ふっと張りつめた空気が霧散し、アーサーは懐から革に包まれた硬貨の束を取り出した。

 包みを解いて、百ゴールド硬貨四十四枚を二つの山に分けてカウンターの上へと乗せる。


「終わった?」

「まとまりましたよ。ほら姉さん、斧を出してください」


二人はベルトに繋がれた斧と剣を、鞘ごと外してカウンターの上へと置いた。

 店主が硬貨を一枚一枚確認していく様子を、じっと眺めて待つ。


「ごめんねおっちゃん、この子本当にケチの国のお姫様だから。……そういえばさ」

「どうしました?」

「アルガの腸って何?」


何気ないピエールの一言。それに対しアーサーは同じことを考えていたのか雰囲気で同調したが、店主とニナは多少面食らったようだった。


「私も気になっていました。恐らくはアルガ山脈の採掘場の一つなのでしょうけど、何だか妙な呼び名ですね」


二人の言葉に、店主は硬貨を確認する手を止め、呆れたように肩をすくめる。


「おめら、そもしらぬか。……よか、おしたる」


硬貨の確認を再開しながら、店主は話を始めた。


   :   :


 はるか昔この北大陸には、アルガ大王と呼ばれる極めて巨大な金属ワームがいた。

 大王の身体は北大陸のどんなものより長く、どんな町より広かった。


 金属ワームは金属や石、土を主食とし、得た金属を体に蓄積することで大きく、硬くなっていく。アルガ大王はその巨体を活かし、何者にも邪魔されず北大陸中の金属や石を食い荒らしていたという。

 どんな勇者もアルガ大王の前では蟻と変わらず、どんな巨大都市もアルガ大王の前では模様のついた床でしかなかった。


 自らの欲求のまま大地を蹂躙していたアルガ大王だが、ある日どこからか漂うおいしそうな金属の臭いを嗅ぎ付けた。

 その場所の名はメルティルス。魔道具生産の盛んな都市の一つだ。

 魔道具生産に使われる稀少金属と、魔道具化を待つ稀少金属製の道具を求め、アルガ大王はメルティルスを土地ごと一飲みにした。


 しかしここで、アルガ大王にとって最大の誤算が発生する。

 金属ワームは生物の肉は食べられないのだ。

 今まで町や国を全て踏み潰してきたアルガ大王は初めて国を、引いては初めて沢山の人、家畜、食肉を一度に飲み込んだことで食あたりを起こした。

 暫くの間は耐えていたものの、最終的にあまりにもあっさりと大王はその命を失ってしまう。


 そして大陸に横たわったアルガ大王の死体が形を残したまま風化した跡が、アルガ山脈である。


   :   :


「だから山脈内部の名称を内臓に例えている、と。そういえば金属ワームには稀少金属を胴体後部、尾の方に溜め込むという性質がありましたね。それを鑑みれば例えとして胃より腸の金属の質がいいという話も頷けます。信じられない部分も多々ありますが、中々興味深い」


面白い話を聞いたと満足げに頷いているアーサー。

 そんな妹とは対照的に、ピエールはげんなりした顔でため息をついた。


「この竜鱗石って腸の部分で掘ったんでしょ? ……それじゃあこれ、ワームのうんこじゃん」

「大昔の話ですし大部分が石や土だから別に汚くも無いでしょうに。姉さんはどうでもいい所にこだわりますね」


店主の硬貨の確認は既に終わっている。アーサーは意気消沈しているピエールをよそに、カウンターの上の物を身につけていく。

手入れ道具三つをポーチに収め、剣の鞘と盾を腰の左側に吊るした。左腰、同じ場所に二枚盾が吊るされているので少々不恰好だ。

 店主がそれに気付いて、声をかけた。


「盾、おめのか? 小娘のじゃ、ねのか」


その瞬間、ピエールがびくりと震えた。頬を一筋の汗が伝い、表情が強張る。

 明らかに動揺しているピエールが返事をするより先に、アーサーが口を開いた。

 こちらは姉とは正反対に平然としている。


「私のですよ。姉さんは盾を使いません。古い盾は引き取って貰おうかとも思いましたが、革だけ剥がして何かに使いまわすことにします。ですのでお気遣いなく」


店主もニナも疑問を浮かべはしたものの、それ以上聞くことはしなかった。

 ピエールが動揺で手際悪く金属のすれる音を立てながら、斧の鞘をベルトへ吊るす。


「それでは私たちはこれで」

「よ、よし。じゃあおっちゃん、またね!」

「ン。まいど」


ピエールが笑顔で手を振り、店主はそれに手を上げて答えた。

 そうして三人は、武具屋を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう、じわじわくるお話好きです! 武器買いたい!すぐ良いのあった!他見ないですぐ買った終わり!とかじゃなくて、いろいろ見て聞いて説明もあって、好きです!
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