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姉妹冒険者物語  作者: 並野
王国の竜
24/181

出立者-06

 翌朝。

 支度を整え宿のロビーに降りてきた二人を、笑顔のニナが出迎える。


「おはようございます! ピエールさん、アーサーさん!」


前髪の下に隠れた瞳を大きく開き、明るく笑いかけるニナ。

 二人はいつもと変わらぬ挨拶を返し、ロビー内の一角、隅の席に腰を下ろした。


「待っててくださいね、すぐにお食事持って来ますから」


快活な調子で言い残し、軽い足取りでニナは奥の部屋へと戻っていく。

 ピエールはそれを見送ってから、カウンターの向こうに座るアーノルへ意識を向けた。


「お前らともこれで終わりか。寂しくなるな」

「……そうだね」

「これだけの期間ぽんと金出して泊まる奴はそうそういない。上客が消えて懐が寂しいぜ」

「あれ、そっち?」


初めの一言では感慨深くそれに同意していたピエールだが、続く一言でかくんと脱力し肩を下ろした。してやったとばかりに、歯を見せて笑うアーノル。


「当たり前だろ、俺たちは客と店主だぜ。それ以外に何があるんだよ」

「それはそうだけどさ……」

「ま、ニナと仲良くしてくれたのは感謝してる。あいつもいい経験になった筈だ。宿屋の娘としても、一人の人間としても」

「おっちゃん……」

「客相手にちと仲良くし過ぎたきらいもあるけどな。……今のあいつは空元気だ。最後はきっと泣くから上手くまとめてやってくれ」


最後の言葉を小声で言い終えた所で、タイミング良くニナが奥から戻ってきた。

 トレイに乗せた食器を、テンポ良く二人の前に並べていく。

 今日の具は様々な野菜に卵。更にチーズが絡めてあり、ただの粥と呼ぶには少々贅沢だ。


「わ、豪華」

「奮発して色々入れちゃいました。どうぞ召し上がってください」

「ありがとね、ニナ」


ピエールが向けた笑顔を、ニナは真正面から見返す。二人して笑い合い、それから食事に手をつけた。

 ニナも空いている席に腰掛け、笑顔で姉妹を眺め始める。


 粥は具だけでなく味付けも豪勢で、この町では高価な香辛料の類も使い過ぎないようバランス良く利かせてある。昨日味わった雲陽草の風味もばっちりだ。


「今日のは朝から全部、私が仕込みました。アーサーさん、どうですか?」


にこにこ笑顔のニナが、臆することなく問いかけた。

 アーサーは食事の手を止めることなく横目でニナを見返し、暫しの思案の後観念して答える。

 といっても思案の理由は、ニナの期待通りの答えを返すことへのただの反発心だが。


「……上出来ですよ。材料が豪華なおかげでしょうけどね」


聞いておきながら褒められるとは思っていなかったのか、ニナは一瞬ぽかんとした後、にんまりと達成感の満ちた顔で笑った。その笑い方は、どことなくピエールに似ている。


「あ、ありがとうございます、アーサーさん! もっとありますから、よろしければ」

「おいニナ、それは俺たちと他の客の……」


完全に舞い上がっているニナには、アーノルの言葉は届かない。

 結局これ幸いとばかりに姉妹二人がそれぞれ二杯ずつ粥を食べ、残ったのは辛うじて一食分という有様だった。


   :   :


「忘れ物はありませんか?」

「ないよー」

「気をつけてくださいよ、以前そう言って大切な魔法の指輪を落としたんですからね」

「今回は大丈夫大丈夫……っと」


ベッドの下まで一通り確認してから、ピエールは床に置いてあった背嚢を勢い良く背負って立ち上がった。

 既に背負っているアーサーと並び立ち、入り口付近から宿の一室を見渡す。


「この部屋にも世話になったね」

「そうですね」

「城から戻ってからは特にお世話になった。……臭いとか大丈夫かな?」

「大丈夫でしょう。もう臭いませんし、臭いの元になるとすればシーツですがあれはもう交換しました」

「だよね。……よし、行こっか」


どこか心引かれる思いを振り切り、意を決して部屋を後にするピエール。

 アーサーが後に続き、部屋の鍵をかけた。


 かしょん、と小気味よい音を立てて鍵がかかり、扉が施錠される。

 これでもう、ここに戻ることはない。


 部屋を後にし階段を降りた所で、落ち着かない様子で椅子に浅く腰掛けていたニナと目が合った二人。

 ニナが勢い良く立ち上がり、二人の元へ飛びつく。


「お二人とも、出発ですか? 私も、門までご一緒します」

「うん。一緒に行こっか」


微笑むピエールに対しニナは先ほどまでとは一転して、どこかぎこちなく笑った。

 その横ではアーサーが、カウンターの向こうに座るアーノルに鍵を返却している。


「ではこれで」

「ああ、まいど。……いい町だっただろ? 近くによる機会があったらまた来るといいい。もしくは、また甘い物が腹いっぱい食いたくなったらな」

「ええ。また機会があれば」


ニナとは対照的に、アーノルのやり取りはあっさりしたものだ。普段通りの態度で一言交わし、それで会話は終わる。


「おっちゃんも、色々ありがと。城から帰ってきた時、ちゃんと泊めてくれたのは本当に助かったよ。またいつか来たら、その時はよろしくね」

「来るなら早く来ねえと、その内代替わりしてるかもな」


アーノルの軽口に明るく笑い返し、ピエールは胸の前で一度、心を込めて手を振った。

 相変わらずのニヒルな笑顔で手を振り返すのを最後に、二人は妖精の止まり木亭を後にした。


   :   :


 千切れ雲でごった返した、秋の終わりの曇り空。

 未だ人通り少ない早朝の中央道を、三人は言葉少なに西へ歩く。


 先頭にピエールとニナ、後ろにアーサー。

 いつもの作業着のニナの手には大きな包みが抱えられており、ピエールも背嚢に手をかけている為手を繋ぐ余裕はない。

 風は穏やかで、姉妹二人の背嚢の脇には丸めた外套が括り付けられていた。


「……あの」


消え入りそうなほどの声で、ニナが囁く。ピエールは努めて明るく反応し、笑顔を隣の少女へと向けた。


「お二人は、これからどこへ行くんですか?」

「とりあえずはサリエットに戻って、それから……どうだったっけ?」

「姉さん、分かってて私に話振ってますよね?」

「えー、そんなことないよ」

「……まあいいでしょう。現時点ではサリエットに戻った後は何も決めていませんよ。海岸線を南下して森を迂回しアルティルス方面に行くか、船でまた別の土地に行くかという程度です。決めるのは、また向こうで情報を集めてから」

「そ、そうですか」

「ここで話を聞いた限りでは南は今小康状態らしいので、そちらになりそうですけどね」


ニナの返事は歯切れが悪く、今朝食事を出していた時とはまるで異なる雰囲気だ。

 ピエールはそれを内心心配していたが、アーサーは普段通り何も変わらない。


 結局それきり会話も途切れ、進む中央道はすぐに終端へと到着してしまう。

 久しぶりに西門の前にやって来た二人。それを、三人の男が待ち構えていた。

 ハンス、アロイス、オットー。束の間運命を共にした、冒険の仲間たち。


「よう、出発かい」


西門の横、石柱に背中を預け腕を組んでいたアロイスが右手を上げて挨拶した。

 ピエールが笑顔でそれに応じ、ニナは若干緊張しつつも人の背に隠れること無くその場に留まる。


「おっちゃんたちじゃん。見送りに来てくれたの?」

「ま、何だかんだ言って互いに世話になったしな。挨拶くらいしてもいいだろ」


アロイスが不敵に、隣のオットーも巨大な口を歪めにまりと笑った。

 眩しそうに目を細めて笑い返すピエール。


「ちょっと感動」

「ちょっとかよ、薄情な小娘だべ」

「てへへ」


オットーの軽口に、ピエールはうなじを掻きつつ微笑みで返した。

 横ではアーサーが、特に感動した様子も無くハンスの前へと歩み寄っている。


「ではハンス、これを」


アーサーが背嚢を降ろし取り出したのは、一束の紙片。枚数はさほどでもないが、一枚が分厚いため質量は中々のものだ。

 無言で受け取ったハンスが、ぱらぱらとめくって手早く内容を確認していく。


「……うむ。これで一通りは何とかなるじゃろう」

「所詮私のにわか知識、過信はしないように。足掛かり程度に考えてください」

「なに、会話の呪文が上手くいったことは帰路の時点で確認出来ておる。それさえ分かれば後は多少間違っていても直せばよい。……これが対価だ、収めてくれ」


紙片の代わりにハンスが差し出したのは硬貨の入った小袋。

 背嚢を背負い直したアーサーは中身を確認してから、頷いて懐に仕舞った。

 ビジネスライクなやり取りが済み、ハンスの顔がふっ、と軟化する。

 皺の奥の目が細まり、穏やかな微笑みだ。

 その顔には、会議室で初めて出会った頃の張り詰めた雰囲気はもう存在しない。


「……壮健でな。ぬしらのことは忘れん」

「私は覚えていられるか保証しませんけどね」

「構わぬよ。儂とぬしらではあの冒険の重みは違うからの」


笑顔のハンスが右手を差し出す。

 アーサーは無愛想な顔のままそれに応じ、老人の皺だらけの手と少女の滑らかな手で静かに、力強く握手が交わされた。


 別れの挨拶を終え手を離したアーサーが、隣へと目を向ける。

 そこには、オットーの巨大な胴体に腕を回し目一杯締め上げる姉の姿。


「うおおおっちゃーん! 元気でねえええーっ!」

「おいこら止めろ、いてえ! いてえから止めろや! 折れる!」


感極まったのか、力を込めて抱擁を行うピエール。

 オットー相手ということで加減の無いその腕力が、巨漢の腰を無慈悲に締め上げていた。半笑いのアロイスが、少し離れた所から他人事のような態度でそれを眺めている。


「……姉さん、その辺で」


呆れ顔のアーサーに止められ、ピエールは渋々ながらもオットーから手を離した。

 息荒く自身の腹を押さえるオットー。

 隣に戻ったアロイスは、未だに半笑いだ。


「普通に握手でいいじゃないですか。何でそんな抱擁してるんですか」

「いやあ何か感動しちゃってさ。それに力込めたのはオットーのおっちゃんだからだよ。アロイスのおっちゃんは普通にハグしたし」

「そもそも抱擁をする必要が……」


言い掛けるアーサーを無視し、ピエールはハンスの前まで駆け寄った。

 背嚢を背負ったままでありながら軽やかな足取りで、ハンスは一瞬だけ無意識に身構え全身を強ばらせる。


「ハンスも。元気でね」

「……ああ。ぬしも壮健でな」

「私みたいな若者に言われるのは嫌かもしれないけど、人生まだまだこれからだよ」

「ふ、分かっておるわい。まだまだすべきことも、したいことも山ほどある。これでぽっくり逝ってしもうたらメルヒやクリスに顔向け出来ぬよ」

「ならよかった」


堅く握った右手を掲げ、力強く笑うハンス。

 その顔を見てピエールも満面の笑顔で笑い返し、不意にハンスの胸元に飛び込んだ。

 枯れかけた老人の胸に手を回し、優しく力を込めて抱き締める。

 ハンスも最初は驚いたものの、自身よりよほど背の低い、それでいながらよほど力強い少女の首に手を回し同じように抱き返した。

 ピエールの鼻孔に、老人特有の枯れかけたどこか懐かしさを感じる匂いが広がった。瞳を閉じ、深呼吸してそれをいっぱいに吸い込む。


「ばいばい、ハンス」

「ああ。さよならだ、ピエールよ。ぬしの活躍、いつまでも忘れぬ」


笑顔で抱き合い、時間をかけてから二人は身体を離した。


「さて、それじゃ俺たちはお先に失礼するかな、本命が待ってるみてえだし。……じゃあな怪力姉妹、元気でやれよ」

「おめえらはそう簡単に死ぬようなタマじゃねえ。だども、死ぬんじゃねえど。あばよ」


アーサーとの静かな握手を終えたアロイスがタイミングを見計らって呟き、オットーを連れて早々とその場を後にした。

 次いでハンスも去り、後には姉妹とニナが残る。


「……ピエールさん。アーサーさん」


唇を緩く噛み、何かを堪えるような顔のニナ。

 呼びかけられて振り向いたピエールが、寂しげながらしっかりと笑った。


「ニナ。それじゃ、ここでさよならだね」

「……はい。あの、これ。お弁当です。昨晩下拵えして、朝から、心を込めて作りました。数日は持つ筈です。量もサリエットに行く間なら、丁度いいぐらいだと思います」

「うん。ありがとね。お弁当も、この包み布も大事にするから」


薄緑色の滑らかな布に包まれた弁当の大きな包みを受け取り、ピエールは優しく微笑んだ。


「あ、あの、ピエールさん」


手にあった弁当の包みが無くなり、不安な顔を覗かせたニナ。無意識に両手を胸元で縮こめようとした所で、自分自身でそれに気付き意識して両手を下に伸ばした。

 震える小さな拳を握りしめ、胸を張ってその場に立つ。


「あ、あの」

「ちょっと待って」


震える声音で言い掛けたニナを制止して、ピエールは受け取った弁当の包みをアーサーへと渡した。

 その直後。


「うおーっニナーっ!」


両手の空いたピエールが叫び声と共にニナの元へ飛び込み、抱き締めた。

 彼女のか弱く細い身体には、痛いくらいのピエールの抱擁。ぎりぎりと身体を締め付けられながら、ニナも最初はためらいがちに、やがて力を込め強くピエールの身体を抱き返した。


「ニナーっ、町を案内してくれてありがとーっ! 朝ご飯作ってくれてありがとーっ! 部屋を掃除してくれて、シーツを換えてくれて、臭かった私たちを泊めてくれて、三食作ってくれて、町の色んなこと教えてくれて、お弁当作ってくれて、ありがとーっ!」

「わ、わた、わたしも……私も! ありがとうございますピエールさん! 人見知りで、口下手な私に優しくしてくれて! 仲良くしてくれて! ハンナちゃんや、お城の皆を助けてくれて! ありがとうございます! 私、忘れません! ずっと忘れませんから!」

「うおーニナーっ!」

「ピエールさーんっ!」


力強く抱き合いながら、互いの名を叫び合い続ける二人。

 アーサーだけが冷めた目で見守る中、ひとしきり叫び終えた二人はどちらともなく離れた。


「アーサーもほら」


ピエールとニナの抱擁が終わったかと思えば、今度はアーサーが手に持った包みを姉に引ったくられ、両手を広げて無我夢中で飛びかかるニナの抱擁を受ける。


「わーっ、アーサーさーんっ! ありがとうございます! アーサーさんはいつも厳しくて、たまに意地悪でしたけど! でも真正面から私に接してくれて! 料理や掃除を褒めてくれて! アーサーさんのおかげで私も少しだけ自信が付いて、強くなれました! ありがとうございます、アーサーさーんっ!」

「……はいはい、どういたしまして。無理して感謝してる気もしますが」


ニナの全力での抱擁を、ぶっきらぼうな表情と態度で返すアーサー。

 自身の胸にすり付けられるニナの頭を、そっぽを向いたままぞんざいに撫でる。


 なけなしの腕力を込めた抱擁が終わり、やり遂げた雰囲気のニナが二人から離れた。

 その息は荒く、長い前髪の奥の瞳を潤ませながらも、無理な笑顔で肩を上下させている。


「本当は泣きたいけど、今にも泣きそうですけど、頑張って我慢します。……お二人とも、さようなら。私、忘れません。また、いつか……。またいつか、この町に来てください。私、それまでに、宿屋の従業員として、立派に役目を果たせるようになってみせます」

「うん。私たちも、また来るよ。……そうだ。一昨日言い掛けたこと、結局言ってなかったね」


一旦区切り、ピエールは茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。


「これから先、もしお客さん相手に緊張することがあったり、嫌なことを言われたと思ったら。その時はアーサーのことを思い出そう。アーサーに睨まれて、アーサーに嫌味言われて、アーサーに泣かされて。それでも最後は何とかなった。だから、今回もきっと何とかなる。ってね」


その言葉に、一瞬目を丸くした後。

 ニナは同じように悪戯っぽい笑顔を浮かべようとして、上手くいかずに泣き笑いと照れ笑いの中間のような奇妙な笑顔を作った。


「ふふ、そうですね。大抵のことはアーサーさんと比べれば、ずっと楽かもしれませんね」

「……好きにしてください」


引き合いに出されたアーサーは、嫌そうな顔をしつつも露骨に拒否する訳にもいかず、投げやりに呟いた。

 互いに言うことも無くなり、背を向けた二人の足が西門へと向かう。

 ニナは最後に二人を呼び止めた後、大きく息を吸い深く頭を下げて、淀み無くはっきりと叫んだ。


「……いってらっしゃいませ! またのお越しを、お待ちしております!」


下げた頭を勢い良く上げたニナ。前髪がふわりと持ち上がり、隠れていた目元が露わになる。

 目尻に涙を浮かべながらの、満面の笑顔。

 くりくりの丸い瞳をいっぱいに開き、にっこりと口の端を持ち上げた、心の底から浮かべた表情。

 振り向いた二人の視線が、その顔を捉える。

 ピエールは微笑み返し、最後に一度、強く手を振り返した。


   :   :


「ねえアーサー」

「何ですか姉さん」

「アーサーはもし魔法が使えるとしたらどんなことしたい?」

「またそれですか」

「いやあ、あのお姫様のことを考えるとちょっと複雑だなーって」

「確かにそうですね。言ってみればあれがおとぎ話に出てくるような万能な魔法が使えたら、の結果とも言えますし」

「ねー。魔法ってさ、便利だけどやっぱり不気味で、怖いね」

「おや、怖いが増えましたね」

「そりゃね。ちょっとだけ、呪文なんて無い方がいいんじゃないかって考えちゃうくらい」

「それはまたあの時の答えが返ってくるだけですよ。私たちだけでなく、人間の殆どが呪文に頼って生きているんですから。無くなったら大事です。物の加工や治癒どころか、飲み水にすら困ります」

「それはそうだけど……」

「強いて言うなら。過ぎたるは及ばざるが如し、でしょうかね……。人間一人に過剰に力があると、何かあった時ろくなことにならない。私にだってあの王女くらいの力があれば今頃どうなってることやら」

「……もしアーサーがあのお姫様みたいになったら? 私や故郷の皆が死んじゃったとして」

「それは勿論」

「勿論?」

「同じ轍を踏むでしょうね、ははは」

「……それ、全っ然笑えないよ……!」


   :   :


 長い長い平坦な一本道を、二人の少女が歩く。

 周囲には、すっかり色褪せ枯れかけた紅麦の畑。鈴なりに実を付けたそれは、既に刈られ始めている。背中へ吹き付ける風は穏やかで、少し湿った地面は土埃が舞うこともない。


 片方は女性にしては少し背が高めで、少しくすんだ金髪を涼しげなおかっぱ髪に切り揃えてある。やや細い吊り目と澄んだ緑の瞳はいかにも取っつき辛そうだが、表情はどこか晴れやか。

 もう片方は背が低く、うなじのすぐ上に巻き上げてある三つ編みシニョンが印象的だ。隣の少女と同じ緑色の瞳を持ったその目は垂れ目で、やはり明るく楽しげ。

 二人ともそれなりに整った顔立ちで、治癒呪文のおかげで顔には傷一つ残っていない。

 焦げ茶の長袖の上着に褐色のズボン、編み上げブーツ。二人の服装には露出が一切無く、色気のかけらも感じられない。ズボンの上から穿いている分厚く丈の短い苔色の革スカートが、辛うじて女性の服装であることを主張していた。


 彼女たちの足取りは力強い。腰のベルトに吊った武具と背中に背負う大きな背嚢、それに加え背の低い少女が手に持つ大きな薄緑の包みをものともせず、灰色の石畳で舗装された道を一歩一歩ペースを乱さず進んでいく。

 二人は姉妹であり、そして冒険者である。

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/419438/blogkey/987047/

活動報告にて王国の竜編のあとがきを投稿しています。

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[良い点] 読み進める内に輪郭がハッキリとしていくキャラ描写 その場を感じられる空気感 話としての面白さなど素晴らしい点が多い
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