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姉妹冒険者物語  作者: 並野
王国の竜
21/181

出立者-03

「はぁーすっきりすっきり!」


大仰な仕草で真新しい焦茶色の外套を翻し、高らかに叫ぶピエール。

 靴は踝より少し丈の長い編み上げ靴。艶のある褐色の革靴の側面には、竜神の細工が施されている。

 ズボンの上から履いている分厚いスカートは、真夜中の苔のように暗い深緑。特別に用立ててもらった、ほんのささやかな女性としての自己主張だ。

 上着は濃い茶色で、ややゆとりのある革製の長袖。これも厚めで、上着としてはずっしりとした確かな重みがある。


 一揃いの衣服を整えたピエールは、憑き物が落ちたかのような晴れやかな笑顔だ。

 一方。その後ろで全く同じ服装に身を包むアーサーの顔は優れない。


「……外套三百、上着五百、スカート三百、靴四百……二人分で三千……」


どんよりした顔で衣服にかかった値段を呟く彼女を、ニナが横から複雑な表情で見つめていた。

 少しの間を開けてから、外套を翻すのに飽きたピエールがうんざりした調子で妹の顔を覗き込む。


「まだ言ってるの? しょうがないでしょ、服は絶対必要なんだし」


ピエールが呆れ顔で発した言葉に反応し、アーサーはゆっくり視線を上げて姉の顔を見返した。


「それは分かってますよ……。でも、この価格はやはり高い。余所ならこれの七割程度の値段で買えた筈です」

「そうなんですか?」

「ええ」

「まあいいじゃん、これから大金貰いに行くんだしちょっとくらい使っても」

「多少の泡銭が出来たからといって、そういう油断をすることが金銭感覚の崩壊を招くんですよ」


言いつつもすぐ気分を切り替え、アーサーは姿勢を正した。そこまで長々と愚痴を続ける気は無いようだ。


「まあいいです、大分時間がかかってしまいましたし早く役場に行きましょう。昼前に行くとハンスに伝えてあります」


   :   :


「おや……君たちか。大怪我だったらしいが大丈夫なのか?」

「もうこの通り」


すっかり馴染みになった受付職員の女性は、いつも通り眠たげな口調のまま若干ながら高揚した雰囲気で三人を迎えた。

 満面の笑顔で、それに答えるピエール。

 カウンターの向こうに座っていた職員はのそりと気怠げに立ち上がり、役場の奥へと続く扉へと三人を案内する。

 役場の奥の廊下を歩く途中、普段通りの雰囲気で職員は二人に話しかける。


「聞いた話では大活躍だったらしいね、君たち」

「いやあ、それほどでも」


人差し指でうなじの辺りを掻きつつ、照れ笑うピエール。

 一方アーサーはつんとした態度のまま反応を示さない。


「ハンス殿から町長、町長から幹部、幹部の一人から私と又聞きもいい所だけどね。私が紹介した二人がここまで活躍してくれたとなると、鼻が高いよ」

「あなたは何もしてないでしょうに。初対面の対応は酷いものでしたし」

「まあそう言わないでおくれよ。何も出世に役立つとかそういう嫌らしい話に使う訳じゃない。酒の席で知人に対して、アイツ私が見出したんすよー、ってつまらない自慢をする程度だ」

「……ふん」


どちらにしろあまりいい話ではないが、殊更言い立てはせずアーサーは鼻を鳴らすに留まった。

 職員もそれ以上アーサーには何も言わず、代わりにニナへと横目を向ける。


「止まり木亭の娘さん。そういう訳だから、私がしょうもない自慢をしてても黙ってておいてくれると嬉しいな」

「……」


ぷく。

返事代わりにニナは不満そうに頬を膨らませ、職員はいつものようにダウナーな調子で微笑んだ。

 その目元の隅は、今はもう大分薄れている。


   :   :


「よく来たの、二人とも、それにニナお嬢さん。怪我はもう大丈夫のようだな」


会議室に入った三人を、柔らかな笑顔のハンスが出迎えた。

 二人は軽く会釈を行い、ニナはピエールの後ろに半身を隠しつつも頭を数度素早く上げ下げした。その顔は赤い。


「おかげさまで。思ったより早く治ってよかったよ、ハンスのおかげだね」

「そう言って貰えると儂としても手伝った甲斐があったというものだ。さ、座ってくれ」


促されて三人は席に着き、ハンスも向かい、部屋の奥側の席に座った。

 その隣には、町長や町の幹部たちがずらりと並んでいる。

 職員の女性は、会議室への案内を終えるとすぐに自身の持ち場へと戻っていた。


「さて」


その場にいた全員が席に着くと、町長の一人が一言呟いてからハンスへと目配せを行った。

 頷いて、話を切り出す。


「そういえば、旅路の初日に食べた夕食は美味かったのう」

「ライ麦と干し肉と芋のパン粥。薬草の使い方が悪かったと先日姉さんに言われましたよ。それから次の日と城で過ごした夜は料理はせず各々手持ちの食料を食べただけ。城の夜は私たちは台所、中年二人は詰め所、あなたは玉座で休みましたっけね。……これでいいですか?」

「十分だ。すまぬな、なりすましには注意せねばならんからの」

「こちらとしても気を付けてくれるに越したことはありません」


軽い本人確認が済み、ハンスが合図すると隣にいた町長が机の下から包みを二つ取り出した。

 純白の、絹に似た上質な布に包まれた円柱状の物体。


「では、これが今回の報酬だ。ピエール、アーサー。君たちの働きぶりはハンス殿からよく聞いている。……本当によくやってくれた。これでようやく、レールエンズを真に弔うことが出来るだろう。想像以上の結果に対する町からの感謝の気持ち、それにハンス殿から聞いた君たちの被害の大きさに対する見舞いを考慮して、報酬はささやかだが増額させて貰った。納めてくれ」

「わー、ありがとう」


町長の言葉と共に差し出された包みに伸ばされたピエールの右手が、隣に座る妹の手によって素早くはたき落とされた。

 表情による姉の無言の非難を受け流し、すっと手を伸ばして二つとも手元に手繰り寄せるアーサー。

 その場で包みを解いて中の百ゴールド硬貨の質と枚数を素早く念入りに確認すると、一貫して澄まし顔のまま包みを結び直して両方自身の懐に仕舞い込む。


「確かに受け取りました。心遣いに感謝します」

「……一応聞いておくが、独り占めするつもりはなかろうな」

「これから今回失った装備を買い揃えに行くつもりなので。姉さんに大金を持たせておくと浮かれて何を買うか分かりませんから、帰るまで私が預かるだけです。後で清算しますよ」

「そんなこと言ってどうせ自分だけ買い物楽しむつもりなんだよこの子。ずるいよね、ハンスからも言ってやってよ」

「買い物に関しては姉さんには前科が山ほどありますが。彼らに洗いざらい聞いて欲しいんですか? 東大陸、ロッサムでの件は本当に酷いものでしたよね。一体何千ゴールド無駄にされたことやら」


横目で睨みながら発されたアーサーの反撃に、ピエールは罰が悪そうな、しかしまだ納得していないとでも言いたげな顔で黙り込んだ。

 一連のやり取りをハンスとニナは見慣れたものだと苦笑ったが、町長たちは疑り深そうな視線を二人に投げかけるばかりだ。


「では私たちはこれで。ハンス、例のものはまた後日」


用件が済んだ途端アーサーは立ち上がり急き立て二人を促し、さっさと会議室を後にした。

 調子の異なる三つの足音が、次第に遠ざかっていく。

 足音が完全に消えるのを待ってから、椅子に座る幹部の一人がうんざりした顔で口を開いた。


「私には生意気なただの小娘にしか見えません。ハンス殿、本当に彼女ら二人が話通りの活躍を見せたのですか?」

「先日の説明において、儂は何一つ嘘も誇張もしておらぬよ。あの二人はまさしく戦士と呼ぶに相応しい腕前と気迫の持ち主だ。……儂も初めてあやつらの本気の叫び声を聞いた時は、予想していたとはいえ度肝を抜かれたものよ。人は見かけによらぬということだの」


   :   :


 役場を後にした三人の足は、現在鳩麦堂へと向かっている。

 ニナ主導の元、狭い路地の道をすり抜けて役場から一直線に店へと向かう最短のルートだ。


「ねえアーサー、役場で言ってた例のものって何?」

「ガット語の手引きですよ。手に余裕が出来てからずっと暇があれば書いてたじゃないですか」

「あーあれガット語のやつだったんだ。リハビリがてら日記でも書いてるのかと思ってたよ」

「日記なんて書く訳ないじゃないですか、かさばる上に紙代がかかるだけで何の得も……」


言い掛けたアーサーが口を噤み、その場で立ち止まった。妹に袖を引かれてピエールも立ち止まり、ニナが少し遅れたタイミングで二人が止まったことに気づく。

 アーサーの顔から表情が掻き消え、ピエールも当惑混じりの曖昧な顔だ。


「あ、あの?」


ピエールが無言でニナを制し、自身の近くへ引き寄せた。

 それから姉妹二人揃って後ろへ振り向き、ニナの呼びかけを黙殺して待つこと三十秒。

 ニナの四度目の問いかけの直後、路地の陰から男が現れた。

 いかにも柄の悪そうな、三十歳かそこらの中背の髭面だ。

 その後ろには、年格好もまばらな男たちが三人続いている。


「……あ? おい、ばれてる、もうばれてるぜ」


先頭の一人と姉妹の視線が交わり、男はだみ声で後ろの三人へと告げた。

 立ち止まる姉妹とニナの元へと、余裕たっぷりに笑いながら近づいてくる四人の男。

 ニナが小さく引き攣った声を上げ、ピエールの服の裾を掴んだ。服を掴まれながらも姉妹は表情一つ変えず、じっと四人の男を観察している。


「よお、嬢ちゃんたち。君らもしかしてレールエンズに行った奴らにくっついてたっていう女二人だったりしない?」

「違います。人違いじゃありませんか?」


男の一人が発した質問を、平然と嘘を付いて否定したアーサー。

 素直に肯定しかけていたピエールが、驚きに眉をひそめつつ振り向く。


「なんだ人違いか、じゃあしょうがねえな。……所で嬢ちゃん、ちょっと金貸してくんねえかな? ざっと一万四千ゴールドぐらい。持ってんだろ?」


男が提示した金額からして、彼らがアーサーの言を一切信じていないのは明らかだ。にたにたと笑いつつ、男たちは囲むように距離を詰めていく。

 男たちに対しアーサーが再び何か言い掛けるのを、今度はピエールが肩を掴んで制止した。


「……おっちゃんたち、脅しなんて止めなよ。この町なら働けばちゃんとお金稼げるし、おいしい物だって食べられる。安全に働いてお腹いっぱいになれるのに、わざわざこんなことする必要無いよ」


ピエールの一言は若干の憂いを含んだ残念そうな、言い聞かせるような口調だ。

 だがその口調とは裏腹に、纏う雰囲気は既に堅気の人間のものではない。多少なりとも「分かる」者ならば敏感に感じ取れるであろう、物言わぬ警告。

 しかし、目の前の相手がそれに気づく素振りは一切無い。鼻で笑う者もいれば、中には神経を逆撫でされたのか怒りを滲ませる者もいた。


「おいおい、脅しとか人聞き悪いこと言うなよ、ちょっと借りるだけだろ? ……いいから大人しく金出せや売女! どうせ股開っ」


恫喝目的で発された、不意を突く男の突然の怒声。

 しかしそれは本来の効果を発することはなく、逆に姉妹二人が大声に紛れ攻勢に出る為の取っ掛かりとして利用されることとなった。


 怒声と同時に低い姿勢で地面を滑るように駆け、ピエールは先頭の男の懐へと飛び込む。

 男は驚きながらも咄嗟に右手で払ったが、その右手は少女の繰り出した左手で無造作かつ強引に打ち払われた。力を込めて薙ごうとした筈の男の拳が、親指の爪を叩き割られながら力無く宙へ打ち上げられる。

 その間に、男の懐まで肉薄したピエール。がら空きの胴体、へその下辺りに握った拳を躊躇無く突き込んだ。

 少女らしい白く滑らかな握り拳が男の下腹部へ深々とめり込み、更に内部めがけてねじり上げられる。

 男は二の句を告げる余裕も無く、白目を剥いて脱力した。

 覆い被さるように崩れ落ちる肉の塊を、ピエールは何の感慨も抱かない無表情ではねのける。


 残りの三人がその光景に驚いたのは、ほんの一瞬の間。

 次の瞬間にはすぐ目の前、視界いっぱいに外套を棚引かせ飛びかかるアーサーの姿が映った。

 三人の男の内の一人、慌てて両手を上げ上半身を守ろうとした男が胴に跳び蹴りを受けて派手に後方へ吹き飛ぶ。

 狭い小道の建物の壁に衝突し、煉瓦の破片を散らしつつ身体をくの字に曲げて停止した。一拍置いて、口から吐瀉物がだらしなく漏れる。

 着地後即座に距離を詰め、アーサーは右足を振り上げた。目標は男の股間だ。

 殺意と憎しみの篭もった足が、いざ振り下ろされるその瞬間。


「アーサー」


聞き慣れた普段のものとと異なる低い声で制止され、アーサーは直前でぴたりと足の動きを止めて声の方向へ振り向いた。


「そこまでしなくていいと思う」


 薄目で自身を見つめる、ピエールの視線。

 無言で見つめ合ってから、アーサーは振り上げていた右足を渋々収めた。


「……」


止められなければ、今頃踏み潰していたのに。

 そう言いたげな憤怒の滾る目を意識の無い男に向け、男から離れるアーサー。

 妹が止まったのを確認してから、ピエールが残る二人に目を向けた。

 完全に戦意を喪失し、逃げることも適わずその場にへたり込む二人の男。

 彼らへと、心底残念そうな顔で改めて告げる。


「そういう訳だから。こんなことはもう止めて」


呂律もろくに回らないまま、勢いだけは良く何かを呟いて頷く二人の男。

 ピエールが頷き返し、未だ怒りの収まらぬアーサーを押さえつつニナの元へと戻った。


 その場に棒立ちになり、身体を強ばらせ縮こまったままのニナ。

 その目には、微かながら恐怖が宿っている。

 ニナの緊張を解そうとピエールがここでようやく微笑み、右手をニナの頭に乗せようとした。

 しかしその手は、ニナがぎょっとした顔である一点を見つめていたことで急停止する。


「……姉さん。爪、付いてますよ」


言葉と共に横から出てきたアーサーが、ピエールの左手を取り上げた。

 そこには、男のものと思われる親指の爪の破片とわずかな量の血が付着していた。ニナの視線が、持ち上げられた左手の軌道を追う。

 アーサーがハンカチで拭うと、爪の破片で切ったと思しき小さな擦り傷だけが残る。

 白く滑らかな手の甲に残る、一筋の小さな赤い線。


「それはまた夜に治しましょうね」

「うん」


改めてピエールが薄く笑い、ニナの頭を撫でた。今度は緊張こそしているが、ニナの顔に恐怖は無い。


「さ、行こ」


ごろつき四人をその場に放置し、三人は再び路地を進み始めた。

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