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姉妹冒険者物語  作者: 並野
お姉ちゃんの旅路
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25 五日目

「これを」


香辛料に喘ぐ獅子頭を注視しつつ、アーサーは懐からいくつもの回復の薬を取り出してピエールへ渡した。

 ピエールはすぐに全て飲み干し、膝に手を置き、決死の力で立ち上がる。

 どうやら効力は普段使ってる物より高いらしく、耳や三半規管もある程度機能を取り戻していた。


「アーサー」

「姉さん」


お互い、敵へと視線を固定したまま。

 万感の想いを込めて、一言呼び合った。

 今はそれだけで十分だった。


「能力は?」

「地走りの炎と大きめの氷柱と、回復。それから魔力の籠もった雄叫びが衝撃波になる。多分アーサーでは接近戦は難しい」

「分かりました。……大丈夫、物資は用意してあります」


よく見ればアーサーは左手に楕円形の盾を持ち、背中や腰には荷物がいっぱいだ。

 アーサーはその中から一つの武器を取り出してピエールへと渡した。


 それは持ち手が付いた、鎖付きの鉄球だった。

 鉄球は直径二十センチ弱で棘はなく、鎖の長さは一メートルほど。さながら囚人の拘束具だ。

 受け取ったピエールが、にま、と微笑む。

 血と怪我にまみれた死にかけの小娘の顔に再び戦意と、確かな勝機が宿った。


「お誂え向きの物があったでしょう?」

「ほんと、最高。……盾は?」

「今はこのままで」


姉妹のやりとりが終わった辺りで、獅子頭は香辛料を払い終えたようだった。

 体力を回復し武器を携えたピエールと、その隣にいる見慣れぬ人間が目に入る。

 それでも獅子頭は余裕と戦意を失わない。


 反撃が始まった。


   :   :


 ぐぉるるるる!


 雄叫びとともに獅子頭が氷柱を放った。

 姉妹は素早く散開し、避けきれなかった分は両者とも盾を使って弾き、あるいは受け流している。


 アーサーが右手で瓦礫を投げた。

 顔面めがけて飛来する石礫はさながら目の前を飛ぶ小蠅のようで、ダメージこそ無いが獅子頭の意識を逸らし妨害するだけの不快感を有している。


 不快感に苛立つ獅子頭がアーサーへと火線を放った。

 アーサーはすぐに投石を止めて回避に専念し、余裕を持って攻撃を避ける。


 その間、既にピエールが獅子頭へと肉薄していた。


「っるぁあっ!」


少女の手元でぐるぐると回転する鉄球が横薙ぎに振るわれ、獅子頭を襲った。

 獅子頭は咄嗟に身を引いて回避を試みる。


 鉄球が伸びた。


 鎖を握る右手を少し調整するだけで鉄球の間合いは獅子頭の想定以上に伸び、避け損ねた獅子頭の右前足に叩き込まれる。

 拳で骨を砕くほどの腕力で、重量十キロを越える鉄球を放てばどうなるか。


 一撃で前足がへし折れた。


 関節とは異なる方向に百二十度近く折れ、毛皮が破けて骨が突き出る。

 獅子頭は想像以上の威力に、ぎにっ、と小さく鳴き、氷柱を無我夢中で放って牽制しながら機敏に飛び退いた。

 ピエールは深追いせず、氷柱を防ぎながらその場に留まる。


 距離を取った獅子頭が、急いで折れた足を治そうと回復呪文を試みる。

 しかしそこへ続けて放たれるのはアーサーの追撃。

 懐から取り出した巻物を広げたアーサーが、呪文を唱えて火球を放った。


 大きさは人の頭程度。

 中程度の威力の魔力の火球が間髪入れず放たれ、獅子頭は一本の足が折れた状態のまま、回復呪文を中断して火球と奥にいるアーサーを睨んだ。


 放たれる魔力の光。

 光はやがて膜状に変化して獅子頭の身体を覆い、巻物による火球を全て弾いた。


 呪文を弾く魔法の壁だ。

 この若い個体には呪文をそのまま跳ね返すほどの技術はなく弾くに留まっていたが、どんな魔法使いだろうとこの障壁呪文一つで簡単に完封されてしまうだろう。

 事実、この町にいる魔法使いの多くは獅子頭のこの呪文によって手も足も出ずに殺されている。


 しかし姉妹には何の影響もない。

 巻物による攻撃も全て単なる陽動であった。


 ピエールは鉄球を構えながら、静かに急接近している。

 獅子頭が気づいた頃には再度肉薄。

 まだ前足も治っていないというのに。


 ピエールが鎖付き鉄球を振るった。

 右から左へと薙ぎ払うように一振り。


 今度は獅子頭も回避に成功した。

 鎖を操り長さを調節出来ることも学習し、余裕を持って離れることで確実に回避している。


 しかし攻撃は終わらない。

 ピエールは曲芸さながらの器用さで勢いを殺さずぐるんと鎖を一周、鉄球を大回転させて追撃を放った。


 無事な五本の足でわさわさ後退し、危なっかしく避ける獅子頭。

 更に踏み込み、回転を活かして切れ目無い滑らかな連撃を繰り出すピエール。


 不意にアーサーが投げた拳大の瓦礫が獅子頭の尻に突き刺さる。


 どぉん!


 投石で気が逸れた獅子頭の顔面に鉄球が叩き込まれた。

 眉間が陥没し両目が半分潰れた獅子頭が、ぬ゛お゛あ゛……と千切れそうな震えた声で鳴く。


 ピエールはとどめを刺すべきかと一瞬逡巡し、獅子頭が喉元に魔力の白光を集めたのですぐに追撃を中止し後退した。


 潰れた顔面のまま、激しい雄叫びを放つ獅子頭。


 しかし精神力も集中力も士気も全て漲っている今のピエールには、予兆を見切れば回避は容易い。

 雄叫びを放った時には既にピエールは五メートルほど退避しており、激しい雄叫びの影響は爆音の耳鳴りが暫く続く程度に留まった。

 多少のふらつきがあるが落ち着いていれば迎撃に支障はない。


 雄叫びによって一旦距離を取らされ、わずかな膠着時間が発生した。

 アーサーは妨害の為矢継ぎ早に瓦礫を投擲するも目立った効果は無く、獅子頭はすぐに顔面と前足の怪我を治してしまう。


「……回復、早いですね」

「でしょ。これ、ほんっとうに苦労してるんだよ」

「回復させずに殺し切るか、一撃で完全に殺す必要がありますね」


ぼそぼそ言い合いつつ、アーサーは周囲にぐるりと目を向けた。

 周囲の地形や瓦礫の位置を改めて確認していく。


「来るよ」


ピエールが叫ぶのとほぼ同時に、怪我の完治した獅子頭が一直線に飛びかかってきた。


 標的はアーサーだ。

 小細工ばかりで鬱陶しい邪魔者を一息に片づけようというのだろう。

 自身より遙かに大きな獅子の巨体が、怒りで目を血走らせ一身に飛びかかってくる。


 しかし彼女は怯まない。

 冷静に獅子頭の動きを見極めて、盾を構え直前で身体を傾けた。

 すれ違いざまに振るわれる右手。

 その中に握られているのは、見覚えある布包み。


 アーサーは再び香辛料をまき散らした。

 宙空に飛散する色とりどりの粉末。

 刺激物が舞うその空間へ、顔面から突っ込んでいく獅子頭の巨体。

 盾を巨大な爪で抉られながらも、斜めに攻撃を受け流し石畳を転がり離れていくアーサー。


 ぬ゛あ゛あ゛う゛!


 くしゃみか咳かは分からないが獅子頭は激しく息を吐き、え゛っえ゛っ、と血走った目を更に赤く充血させて悶えた。

 ピエールがすかさず追撃を狙うが、その展開を覚えている獅子頭は迷わずすぐに空中へ飛んで逃げた。

 回転しながら振るわれた鉄球が、重たく湿った凶器の音を立てて空を薙ぐ。


 地上十メートルほどの高さに滞空した獅子頭が、もう一度咳のような息を吐いた。

 そうして前足で顔を掻こうとして。


 ぼごっ!


 投石が前足の根本、肩部分に突き刺さった。

 更に一発が翼を掠め、もう一発が紫の(たてがみ)に埋まる。

 今までとは全く違う、途切れない圧倒的投擲速度。


 慌てて回避軌道を取りながら、真っ赤に充血した目で獅子頭は地上の二匹へと目を向けた。

 顔面めがけ、ぎゅん、と途轍もない速度と威力で飛んでくる瓦礫を避けながら。


「次!」

「はいっ!」


投擲を終えたピエールが右手を突き出し叫ぶ。

 そうすればアーサーが集めた瓦礫を一つピエールの右手へ乗せる。

 ピエールは目線を標的に固定したまま、即座に投擲する。

 投擲すればアーサーがすかさず補給する。


 装填手たるアーサーの存在により、ピエールの投擲の切れは一人の時とは比べものにならない。

 投擲間隔だけではなく、常に標的と投擲の軌道を視界に納めている為正確性は雲泥の差だ。


 滑空して避ける。

 錐揉み状に回転し飛び上がって避ける。

 再び滑空して掠る。

 慌てて飛び上がって右中足に命中する。

 動きが乱れた隙に治したばかりの眉間にまた命中する。

 苦し紛れに呪文で反撃しようとして右前足にまた命中する。


 たまらず逃げた。

 今にも燃え尽きそうな建物の屋上へ避難し、呪文で怪我を治し、まだ痛む香辛料を必死で前足で拭って落とす。


 その様を、姉妹は油断無く構えながら観察していた。


「あれだけやったのに、多分まだ襲ってくるよ」

「でしょうね」

「ほんとしつこい……戦ってもいいことないのに……早く帰って欲しいよ……」

「回復呪文を使う魔物って、そういうところありますよね。二日目の鼠蝙蝠もそうでした」

「ね……あれは本当に死ぬかと思った」


喋りながらも、視線は屋上から離さない。

 やがて会話は作戦会議へと及び、姉妹は獅子頭が降りてくるのを小声で話し合いながらじっと待ち続けた。

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