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姉妹冒険者物語  作者: 並野
お姉ちゃんの旅路
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10 三日目

 接近する人の気配に気づいたピエールは、すぐに荷物をまとめアーサーを背嚢ごと背負った。

 洗ってもなお赤黒く汚れた短剣とひどく焼け焦げ今にも表面が剥がれ落ちそうな小盾の握り具合を確かめ、壁にもたれたままのミアへ視線を向けずに呼びかける。


「誰か来る。四人組か五人組くらい。野盗の可能性もあるから動ける準備はしておいて」

「っ、えっ」


縫合の痛みに悶え涙し、今は壁に力なくもたれ掛かっていた娘。

 彼女は驚きとともに頭を上げると、慌てて立ち上がろうとして姿勢を崩し、両手で地面に手を突こうとするも痛みでまた姿勢を崩し、ぽてっ、と地面に転がった。

 顔を歪めて包帯の巻かれた肩を庇いながら立ち上がる。


「あ、あの、や、野盗、って」

「そんなに怯えなくていいよ。万が一野盗だった時の為に動ける準備をしておいて、ってだけだから。多分違うと思う。普通の旅人か何か」

「……」


違うと言われたものの、ミアの表情は優れない。

 この数日の間に起きた様々な事態を思い起こせば、気など緩む筈がない。


 そうして怯えと警戒が入り交じりながら待つこと暫し。

 人影がぽつりと松林の果てに現れた。


 長弓を携えた耳人(プッチェル)の男だ。

 暗い灰色の髪はうなじを隠す程度の長さで、頭頂部には犬か狼の長く尖った耳が一対。

 向こうもこちらを認識、警戒しているようで、いつでも射れるように左手に弓、右手に矢を構え、姿勢をやや低くして一直線にピエールを見つめ返している。

 遠く離れたまま、少女と男の視線が交わる。


 百メートル以上の距離を隔てて、暫し見つめ合ってから。

 耳人の男は警戒をある程度緩め、右手を後方に向けて振った。

 それを合図に追加で三人が耳人の元へ合流し、四人組となって姉妹とミアの元へ歩み寄ってくる。


「向こうにも戦う気は無いみたいだね。大丈夫そうだからまだ座っててもいいよ」


そうピエールは呼びかけたが、小さな娘は怯えを拭えずその場に立ち尽くしたままだ。

 少女を背負う小さな少女と、そのやや後ろにもっと小さな童女。

 少女三人の元へと、やがて耳人を先頭とした四人組が辿り着く。


 その中に神官の衣装に身を包んだ青年がいるのに気づき、ピエールは真っ先にその青年へと声を張り上げた。


「そこの君、着てるの中央神教の服だよね! お願い、妹を診て欲しいんだ! 大棘鎧の背針にやられてずっと重症で、手持ちの薬じゃどうしようもなくて!」

「待ってください、僕はまだ解毒呪文は初歩的なものしか扱えなくてですね」

「それなら体力回復だけでも! 今朝からずっと体調が優れなくて、今も苦しそうなんだ! だから!」

「待て! 交渉には応じるからそこで止まれ」


ピエールは待ちきれないとばかりに一歩踏み出そうとしたが、先頭の耳人に鋭く制され動きを止めた。

 盾を握る左手を胸元に当て、小さく深呼吸して落ち着きを取り戻す。


 耳人の後に続く三人は、男二人女一人。

 一人は中央神教と呼ばれる中央大陸を拠点とする宗教の神官服を着た、二十歳にも満たないであろう青年だ。

 体格は標準的でピエールより頭一つ分は高く、どこか気障で端正な顔立ちをしている。

 しかし先ほどピエールに鬼気迫る勢いで詰め寄られかけたからか、戸惑いの残る顔だ。


 もう一人の男は二十歳に届くかどうかの青年。厚めの革鎧と胴体を覆い隠すほどの金属盾を構え、前衛らしく恵まれた体格に、若さ溢れる精気と情熱に満ちた顔つきだ。

 今は奇妙なものを見る目をして、三人を見つめている。


 最後の一人は姉妹や青年より更に年下と思われる若い女性。

 くすんだ髪、垢抜けない顔、目元に散った雀斑(そばかす)、といかにもな田舎娘といった風貌だ。

 木製の小杖を胸元に握り込んでいるあたり魔法使いだろう。不安そうな姿勢とは裏腹に表情は目を丸くし驚きと好奇心を露わにしている。


「……お前たちは何だ? 女三人、しかもそんな消耗した状態で、一体どこから来た?」


未だ三人を後ろに控えさせたまま、耳人の男が硬い声音で問いかけてくる。

 ピエールは短剣を鞘に戻し、盾だけを握った状態で応えた。


「東の町から逃げてきた。あの町は一昨日大量の魔物の襲撃があって壊滅した。何人生き延びたかも分からない。妹もその時に大棘鎧に刺されて、ずっと」

「セリアドルが…?」


当惑した様子の耳人に迫られるがまま、初日からの出来事をかいつまんで語るピエール。

 最初は四人とも半信半疑であったが、ピエールの語り口からどうやら事実らしいと判断し顔を強張らせていく。


「それでお前は病人一人背負い子供を連れてここまで……?」

「妹は町から背負ってきたけど、この子は違う。途中で馬車が襲われてて、生き残ったのはこの子とその母親だけだった。……それで、この子だけ」

「……」


水を向けられ自身へと視線が集中したミアは、思わず目を伏せ半歩後ずさりした。

 流石にピエールの背に隠れるようなことはしなかったが、まだ四人組に対する警戒が抜けきっていないようだ。


「事情は分かった。ひとまずは手当だな。ステフ」

「はい」


名を呼ばれて前に出てくる神官服の男、ステフ。

 同時に他の者たちも休憩所跡で腰を落ち着け一休みするつもりのようだ。

 ピエールが妹を降ろし頭を膝の上に乗せ、ステフが慈愛の笑みを称えて姉妹の元へ歩み寄ってくる。


 笑みが一瞬ひくついた。


「……では、妹さんを看させて頂きますね」


しかしピエールは俯いて妹の汗を拭っていた為一瞬のひくつきに気づくことはなく、力ない笑みをステフへと返した。

 すぐ笑顔に戻り、目一杯手を伸ばしてアーサーへ回復呪文の光を当て始めるステフ。

 呪文はすぐに終わり、アーサーの顔からいくらか険が取れた。

 やや安定した呼吸で、薄目を開けステフを見つめている。


「本当にありがとう……妹も少しましになったみたい。助かったよ」

「いえ、これも僕の使命ですから……では次、お嬢さん」


あからさまに肩を怪我し憔悴しているミアの方が気にかかるのか、ステフはアーサーへの呪文を唱え終えるとすぐに姉妹から離れた。

 わずかに警戒の残るミアに対し、穏やかな笑みを浮かべるステフ。


「大丈夫ですよ、心配しないでください。……さあ、包帯を外しますよ」

「え、あ、はい……」


ステフが桃色に染まった包帯をゆっくり外すと、粗く縫われた大きな刺痕と、そこから未だにじわじわとにじむ血が露わになった。

 ステフの表情がいくらか険しくなる。


「おお、なんと酷い……。さぞかし痛むことでしょう。今治してあげますからね」


ステフは回復呪文の光をミアにゆっくりと注ぎ、傷がある程度塞がればピエールが縫った糸を全て切って抜き取り、再度回復呪文を行使した。

 ぱっくりと裂けていた肩の肉が十分塞がり、桃色の薄皮が張った状態になったところでステフは額の汗を拭う。


「どうです、痛みはありませんか?」

「は、はい、ありがとう、ございます……その」

「なら良かった。女の子の柔肌に傷跡など残ったら大変ですからね。魔力が回復したら、もう一度呪文を唱えて跡もきちんと消してあげますから」


ミアは戸惑いがちに頷きながらも、ちらちらと視線を姉妹へと向けていた。

 具体的には頭や腕に包帯を巻き、衣服の至る所に血を滲ませているピエールへと。

 しかしピエールは体調が小康状態へと戻ったアーサーを撫でながら、安堵のため息を吐くばかり。

 妹の容態に夢中でミアの視線に気づく様子はない。


「……それでカクロロさん、これから」

「ステフ、待った」


呪文による手当が一段落つき、ステフが耳人、カクロロへと呼びかけようとするのを盾持ちの男が遮った。

 続けて、姉妹へと視線を投げかけてくる。


「手当して貰ったんだから金払わないと駄目っすよ」

「えっ? ああ……」


呼びかけられたピエールは眉を上げて驚きを露わにしたあと、やや間を空けてから控えめに苦笑った。

 ピエールの知る限りでは、中央神教の人間は旅路で出会った相手に頼まれれば回復呪文で手当を行うが、その際命に関わる怪我であれば謝礼を要求しない。

 中央神教では人が生きるのに先立つ物が必要であることを否定しないが、人命がかかっている状態でまでそれを要求しない、と定められている。


 とはいえ人命に関わるかどうかの判断は最終的には治療者に委ねられる。

 アーサーも外見上は重篤な状態とは言えないので、そう判断されたのかもしれない。

 それにあちらから要求していないとはいえ、彼には大切な妹を癒して貰ったのだから謝礼は率先して渡すべきだったかもしれない。

 今は現金だけは豊富にある上、いくらあっても食料にも薬にもならないのだから。

 ピエールは内心反省しつつ懐に手をやって硬貨を取り出した。


「ごめんね、気が回らなかったよ。ありがとう」

「そうそう、金は大事っすよ」


どうせ今は硬貨なんてただの重りでしかないし多少多く渡して好印象を得た方がいいだろう。

 そう思い相場より多く、五百ゴールド渡すとステフはやや戸惑いつつもそれを受け取り、盾持ちの青年は明るい笑顔で頷く。


 手当が終わりステフが離れ、入れ替わりで耳人の男が姉妹の元へとやってきた。

 姉妹の前、やや距離を開けて腰を降ろし、真正面からピエールを見つめてくる。


「自己紹介しておこう。俺の名前はカクロロ。後ろの盾持ってるのはエリアン、神官がステフ、魔法使いの女がロッテだ。お前たちは?」

「私はピエール、妹はアーサー。男の人の名前だけど女だよ。それでこの子が……」

「……ミア、です」

「そうか」


表情を微塵も変えず、静かに頷く耳人、カクロロ。

 表情と同じように、頭上にある獣の耳もピエールへ向けぴんと立ったまま微動だにしない。

 ピエールが先ほど四人組を警戒していたように、カクロロもピエールのことを警戒しているようだ。


「それで、お前たちはこれからどうする? 俺たちはこのままここで休んでから西のカリシクへ向かうつもりだが」

「出来れば、このまま同行させて欲しい。回復呪文もまだ続けて欲しいし、夜もずっと一人で寝ずの番をしてたからへとへとなんだ。お金は払うから、少し、他人に任せて休める時間が欲しい」

「……だろうな」


耳人の鋭い瞳が、対面にいるピエールの顔を窺う。

 目元にははっきりと刻まれた隅。ただ一晩徹夜しただけではとてもこうはならないであろう、過酷な不寝番の証。

 両手足や頭に幾重も巻かれた包帯。汚れ具合は様々だがどれも血で汚れており、鮮やかな赤色がつい最近の怪我であることを示している。

 少女の身体から放たれる、鼻が曲がりそうなほどの全身の悪臭。ただの汗と埃によるものではない、烙印のごとき臭気だ。


 カクロロの目と鼻が、目の前の少女が辿ってきた道のりを感じ取っていた。

 どれだけ苦労して、ここまで辿り着いたのかを。


「町までは今日含めあと二、三日というところだろう。いくら出せる?」

「一日千ゴールド出すから回復呪文と、夜の番と、あと食べ物も余裕があったら分けて欲しい」

「……そんなにいらん。精々一日三百……」

「出すって言ってるんだから貰っときましょうよ」


ピエールの提示した金額を断ろうとするカクロロだったが、横から待ったがかかった。

 カクロロは眉をひそめ、咎めるような視線を後方へ送る。


「……エリアン」

「いいじゃないすかカクロロさん。こっちだって余裕がある訳じゃないんだし、貰えるものは貰っとかないと」

「……」

「あの、こっちは本当にその金額で大丈夫だから。お金だけは今そこそこ持ってるし」

「へえ。いくら持ってるんすか?」

「ええと、硬貨以外も合わせると八万はあると思う」

「へえ!」


横から割り込んだエリアンが目を輝かせながら口笛を吹いた。カクロロに横目で睨まれ一歩下がったが目は輝いたまま。

 カクロロが小さくため息をつくと、頭頂部の獣耳が小さく揺れた。


「では一日千ゴールドで。今日はここで休むことにする。食事の準備が出来たら呼ぶからそれまではそのまま休んでいい」

「うん、ありがとう。これから町までお世話になるね」


話がまとまり、ピエールは壁に背を預け大きく息を吐きながら目を閉じた。

 ミアもピエールの側で安堵のため息を吐いている。


 そんな少女らを横目で見ながら、カクロロたち四人組は休憩所の奥へと向かっていった。



   :   :



「エリアン、ああいう態度を取るのはよせ」

「そうです、あの子たちが可哀想なのです」


休憩所の奥へ向かった四人組は、野営の準備より先に四人で相談を始めた。

 開口一番カクロロとロッテに窘められたエリアンだったが、あまり堪えた様子はなく笑みを絶やさない。


「別に失礼なことは何もしてないっすよ、俺。金だってあいつらがくれるって言うんだから貰ったらいいじゃないっすか」

「……お前、最初に俺が言ったことを忘れたのか?」

「覚えてますよ。……でもやっぱり信じられませんね。あいつらがとんでもなく強い、なんて」


エリアンの呟きで、ロッテとステフの顔が困惑へ変わる。

 批判の言葉も鳴りをひそめ、探るような眼差しをカクロロへ向けた。


「……近くで相対して分かったが、正確にはあのピエールとかいう姉の方だけだ。子供はただの町民のようだし、背負われてる妹も重症でまともに動けない。……だがあの姉の方は正真正銘怪物だ。絶対に敵対はするな」

「怪物、ですか……。確かに人とは思えない凄まじい臭いがしましたが……」

「臭いの正体は魔物の返り血だろう。それだけの敵を病人一人背負いながら倒してきた、ということだ」

「ああ、だからステフあんなに嫌そうな顔してたのです」

「……そんな顔してました?」

「一瞬だったけどすごく分かりやすいしかめっ面だったのです。気づかれなくて良かったのですね」

「僕もまだまだ精進が足りません……」

「励むのですよ」


何故かロッテに上から目線で諭され、若干納得がいかないような顔で自身の頬を撫でるステフ。

 とはいえ嫌味な雰囲気はない。仲の良さが滲むからかい方だ。


「とにかく、不必要にあいつらの機嫌を損ねるような真似はするな。どうせカリシクに着くまでだけの関係だ」

「だから俺は別にそんなつもりないっすよ師匠、ただあからさまに困ってる上大金抱えてるならちょっと分けてくれねえかなあって」

「……エリアンは話を全然聞いてないのです」

「あん? じゃあそう言うお前は一日千ゴールドの分け前はいらねえな?」

「それとこれとは話が違うのです!」

「ほらな、いるんだろ? お前は同類なんだから仲良くしようぜ」

「……」


にやにや笑いを見せるエリアンと、頬を膨らませて抗議するロッテ。

 パーティメンバー内の空気は軽口も叩き合えるくらいに良好で、雰囲気も良い。

 だがそれだけに、あの怪物のような小娘への印象まで軽いのがカクロロには心配であった。

 余計な気を起こさせないよう、自分がしっかりしなければ。

 三人のやり取りを眺めながら、カクロロは内心一人ごちた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 行儀の良い野盗じゃなさそうで良かったです。 回復呪文もかけてもらえてほんと良かった! 今じゃ使うあてもない硬貨ですもんね、これで買えるのもで助かるなら良い!
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