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姉妹冒険者物語  作者: 並野
王国の竜
16/181

冒険者-07

 ピエールに斧の背で殴りつけられた腐竜は、もう邪魔されても構わないとばかりにろくな抵抗もせず壁に衝突した。


 即座に斧の腹で腐敗物を掻き散らし、腐敗物に埋もれたアーサーの上半身を引っ張り出すピエール。

 まず最初に露わになったのは、強烈な金属光沢。

 泥を塗りたくったかのように茶色く汚れたその上に腐敗物を乗せられながら尚、鏡のように艶やかな銀色の輝きがアーサーの眼前と、胴体から現れた。

 盾と胸当てだ。革張りの盾の内側と、下着のすぐ上に着込んでいた輝く金属が、衣服の殆どを融解させつつもブレスの直撃から致命傷を防いでいた。


 上に乗った腐肉を除けられたアーサーが、激痛で全身を痙攣させながら弱々しく腕を開く。

 両目を堅く閉じ、歯を強く食い縛っているものの彼女の顔も辛うじて無事だ。皮膚を直接灼かれる痛みをごまかすように、荒く短い呼吸を繰り返している。


 服が腐食するのも構わずピエールはアーサーを抱え上げ、竜から離れた位置の壁まで走った。

 浅い呼吸を繰り返す彼女の身体を壁にもたれ掛からせると、屈んで静かに呼びかける。


 改めて妹の全身を見渡せば、最も損傷が激しいのは盾で防ぎ切れなかった両の二の腕だ。

 衣服が完全に崩壊し、その中にあった彼女の白い二の腕は肌の大部分を腐食され削げている。

 所々に、黄や白の何かが見え隠れするほどに。


「……大丈夫……です……姉さん……」


目を閉じたまま、途切れ途切れだがはっきり返事をするアーサー。それから、ガタガタと震える右手を自身の胸元、胸当ての内側に挿し入れた。

 懐から手のひらサイズの小さな巻物を探し、掴んだ右手ごと力無く地面に垂らした。


「道具……」


ピエールが頷き、地面に転がる計四本の巻物をベルトポーチと懐へそれぞれ分けて押し込む。

 静かに立ち上がった所で、アーサーが弱々しく、今にも途絶えそうな声で呼び止めた。


「おね、ちゃ……」


振り返って、姉は妹へ微笑む。


「大丈夫。あとは、お姉ちゃんに任せておきなさい」


妹もわずかに目を開けて、姉へと微笑み返す。

 それきりアーサーは、完全に脱力した。


 もう心配することなど何もない。

 アーサーにとってピエールは純粋を通り越して単純で、騙されやすくて、物覚えが悪くて、放っておけない心配になる姉だ。

 それでも。

 それでも、お姉ちゃんが任せろと言えば。

 その一言があれば、妹にはもう何も心配することなどない。


   :   :


 壁に衝突していた竜が、余裕を滲ませながら姿勢を正した。アーサーとその横で立ったままのピエールを一瞥し、すぐに注意をハンスへ向ける。

 金髪が死んでいなかったことは意外だが、瀕死になった以上竜にとってはもうどうでもいい存在だ。先にハンスを始末し、残りの敵を一掃してから改めて殺せばいい。

 そう考え、竜は翼を大きく広げて地下広間上空へと飛び立った。それからふと地面を見下ろし、違和感が脳裏を過ぎる。


 茶髪がいない。

 それに気付いたのも束の間、宙に羽ばたく腐竜の身体が大きくバランスを崩した。

 ピエールだ。

 ポニーテールの小柄な少女が、およそ人間技とは思えないほど高く飛び上がり竜の足を左手で強く掴んでぶら下がっていた。

 手斧を鞘に納めた状態で、両手を使って猿のように手慣れた俊敏な動きで竜の背によじ登るピエール。

 ベルトに差してあった短剣を抜き、邪魔な背鰭を乱暴に削いで破壊する。

 少女の両足が、がっちりと腐竜の胴を挟んだ。


「っがああああっ!」


逆手に握られた短剣が、咆哮と共に激しく羽ばたく翼の根元に突き刺さる。

 皮を破り、粘液を散らし、ゴムのような弾力のある腐った筋肉を強引に引き千切っていく。

 片翼が千切れた腐肉の竜が、斜めに傾いて地面へと落下した。埃と飛沫が散る中、すぐに翼の再生が始まる。


 竜が自身の胴体に跨がっていた敵を見る為に、頭を起こした。

 その時竜の腐った肉塊の視界に映ったのは、土埃の中から一直線にこちらへ迫ってくる少女の全身だった。

 短剣のみを手に携えたピエールが、床の石畳を右足で粉々に踏み砕きながら跳ぶ。腐竜に全身で体当たりを仕掛け、竜の頭を大きく仰け反らせつつその首に組み付いた。

 獣のように吠え、両手で短剣を腐肉の喉へ食い込ませる。まるで切れ味の悪いナイフで筋張った生肉を引き裂くかのような乱暴さで、竜の喉が切り開かれていく。


 竜が絶叫して、頭を振り回した。

 風を切る音と共に激しく振り動かされながらも、ピエールは短剣を抉る手を止めない。

 振り乱される竜の頭が床に衝突し、ピエールも背中を強かに打ち付けた。常人なら背骨が砕けてもおかしくないほどの勢いだ。


 喉元に食らいついていた少女が離れ、腐竜は距離を取った。

 首は三分の一ほど抉れ、身体の動きがやや覚束ない。

 流石にこれで茶髪も死んだ筈だ。

 そう思って、落ち着いて千切れかけた首を再生し始めた竜の視界に即座に立ち上がったピエールが再び迫る。

 壁に叩き付けられたダメージなどまるで無かったかのように武器を握って走り寄る様は、腐肉の竜に確かな動揺を芽生えさせた。


 頭を守るように引っ込め、代わりに尾を前面に押し出す竜。何度か尾による牽制の薙ぎ払いを放ち、その内の一発が胴へと確かにめり込んだ。

 横方向に吹き飛ばされ地面を転がったピエール。

 しかし彼女はすぐに起き上がり、変わらぬ哮りと強大な気迫を全身から噴き出しながら腐肉の竜へと迫り続ける。

 首の再生が済んだ竜が飛び上がるより速く、再びピエールが飛びかかった。

 飛翔を中断し、全身を自壊せんばかりに激しくのたうたせて振り落としにかかる竜を、筋力で乗りこなしながら翼を抉り、喉元へ食らいつかんと這い登っていく。


 腐液でぬめる手が滑り、振り払われたピエールが肩から壁へ強烈な勢いで叩き付けられた。

 即座に起きあがったものの、苦悶に顔を歪めている。

 左肩の骨折か、もしくは脱臼。

 これでもう竜に組み付いて抉ることは出来ない。

 肩を貫く痛みの感覚からそれをすぐに察知し、ピエールは右手の短剣を戻し斧を再び右手に握った。


 見上げれば、既に腐竜は翼と首を再生させて上空へ逃げている。

 左肩内部の肉を直接絞り上げられるような激痛を堪えながら、ピエールは斧を持つ右手で器用にベルトポーチから巻物を取り出した。

 片手で留めを外し、上空にいる腐竜へ広げて記されている文字を読む。

 巻物が青く光り、勢いのある白く煌く煙のような冷気の波動が巻物から噴出した。

 冷気が直撃した竜の翼はあっという間に白く凍てつき、飛行能力を欠いた竜の高度が落ちてゆく。

 冷気を未だ吐き続ける巻物を投げ捨て、ピエールは斧を構えて低空飛行状態になっていた竜へ飛びかかった。

 走る度揺れる左手が発する激痛を闘志で塗り潰しつつも、右手で手斧を振り抜いて凍てついた竜の左翼を叩き砕く。更に斧を翻し、返しの一閃で凍っていた胴体も打ち砕いた。

 凍結した胴の内容物が、細かく砕けて散っていく。


 竜が絶叫し、それに負けじとピエールも全身を震わせて身体の奥底から咆哮を轟かせた。

 空気を揺さぶり、その小柄な身体からは想像も出来ないほど強大な気配を滾らせる。

 その姿は女性ではなく、ましてや子供でもない。

 性別も年齢も超越した、一人の純粋な戦士の姿だ。


   :   :


 放射状に放たれた巨大な火炎の波動が、弓を持つ小男を襲う。

 紅蓮の波を前にしたアロイスは冷静にそれを避け、男がいた寸前の場所を火炎波が焼き尽くしていく。

 転がってハンナの呪文を避けたアロイスは即座に体勢を整えて短弓を構え、横の八割骸骨の肉の残る右腕を射抜いた。

 骸骨の手が跳ね、ピエールへ向けて飛ばしかけていた魔法弾の弾道が逸れる。


 矢筒から短弓の矢を補充し、アロイスは相対するアンデッド、足止めを続けるオットー、野獣のように吠え猛るピエール、詠唱を始めたハンスと順番に素早く視線を投げた。

 オットーは盾の全体を手ごと凍てつかせながらも、未だ健在だ。今は微かに肩で息をしながらも、火炎の波動の射線上へ蹴り飛ばした骸骨を見下ろしている。

 火炎波の巻き添えを受けた骸骨は残っていた肉が焼け崩れ、ただの骨と灰屑の小山と化している。すぐに再生が始まるものの、腐肉の竜で手一杯なのか進捗具合は遅い。


 骸骨の再生が終わるまで余裕が出来たオットーが、地面に転がっていた一つの瓦礫を拾い上げた。アーサーが投擲に使っていた内の一つだ。

 礫を拾い上げたオットーが周囲を無言で見回し、それから疲労困憊といった様子で脱力している姫へ向けて礫を握る右腕を振りかぶった。


「むん」

「守って」


小さなかけ声と共に極太の腕から繰り出された石礫。

 一直線に姫へと向かい、寸前で命令に反応した左右の鎧騎士が同時に重ねて突き出した盾によってあっさりと弾かれた。

 派手に砕け散り、粉々の破片と化す礫。オットーも予想は付いていたのだろう、意外そうな顔をすることもなく、黙ってその結果を見つめていた。

 自身の視界を覆う盾を煩わしそうに手で払って下げさせ、姫はうんざりした顔で冒険者たちを見返した。


「どうしてそんなに粘るの……? そんなに死んだままでいたいの……? 生き返らせてあげるって言ってるのに、生きてた方がいいでしょ? いいよね……? よくないの……?」


問いかけに反応するものはいない。姫も、すぐに泉の縁で力無くうなだれた。

 同時に、再生の済んだ骸骨が立ち上がる。持っていたサーベルは既に折れ、柄が消失した刃を直接握っている。残っていた肉も全て消えうせ、今はもう完全な骨だ。

 骸骨が刃を握った右手を振るう。肉の重みが無くなった分動きは最初よりも更に速く、防ぐのは両手の武具を使ってやっとというほど。

 両手を使って斬撃を防ぎつつ、骸骨を蹴り飛ばしたオットー。

 軽くなっていた骸骨は少しの力で容易く吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 そのまま追撃に向かおうとする巨漢の耳に、相棒の切羽詰まった叫び声が届く。


「来たぞオットー!」


アロイスの視線の先、穴だらけになったアンデッドの少女の眼前に浮かぶ巨大な魔法陣。

 これまで何度も展開しかけては破魔矢によって砕かれていたハンナの最大の呪文だ。

 しかし、今はもう使える破魔矢は一本も残っていない。アロイスは通常の矢を数本ハンナへ放ったが、足首、膝、首筋と正確に射抜いてもハンナの姿勢と呪文には何の変化も無い。魔法陣は依然として逸らされぬまま展開されている。

 その射線の先にいるのはハンスだ。このまま放たれれば、間違いなく老魔術師の詠唱、そして命そのものも散らされることだろう。


 オットーが右手の武器を投擲しつつ、ハンナへと一直線に駆けた。

 起き上がって飛びかかりかけたサーベルを持った骸骨を、アロイスが代わりに壁に縫い止め追撃とばかりに走り寄って頭蓋骨を華麗に蹴り飛ばす。


「どオオオオオッ!」


叫び声を合わせ、盾を構えたオットーの突撃。

 横の八割骸骨の呪文も盾で受け、オットーは全力でハンナへと向かって駆けた。

 詠唱中のアンデッドへと、巨漢が肉薄しかけたその直前。ハンナの身体の向きが、オットーへ向けてくるりと翻った。阻止するより早く、真正面から呪文が放たれる。


 その時、彼の視界に広がったのは陽炎。

 景色をねじ曲げ、射線上のものを焦がし蒸発させながら吹き付ける透き通った熱気。

 熱風だ。ハンナが製鉄所で働いていた際、金属加工に用いていた灼熱の空気。

 飛びかかっていたオットーの身体を、鉄をも溶かす無色透明の熱が襲う。

 それでも、巨漢の勢いは揺るがない。全身を熱されながらも、一瞬で氷の蒸発した盾ごとハンナへ体当たりしてその小さな身体を地面へと打ち倒した。

 即座に密着し、体勢を崩しつつ射線を逸らした為オットーが熱風に曝されたのはほんの一瞬だ。それでも服や髪は焼け焦げ、肌は痛々しく変色している。


「……よくやった、オットー。ぎりぎり間に合ったぞ」


重傷を負いながらもハンスへの攻撃を阻止した相棒へと、アロイスが呼びかけた。

 うつ伏せに倒れ伏したオットーが、震える右手の親指を立ててサムズアップを作る。

 地下広間入り口では、詠唱の完了したハンスが鮮やかな緋色の魔力を迸らせていた。


   :   :


 距離を取り、離れようとする腐竜へピエールは尚も追い縋る。

 地を這えば斧を持って飛びかかり、空へ逃げれば巻物や、時には壁を蹴って二段階跳躍し斧を腐肉の胴へと引っかけて食らいつく。

 ピエールは左肩を負傷したままの手負いであり、捕まえることに専念している為回避もなおざりだ。腐竜が本気で無視をしようと、或いは殺そうとすれば決して不可能な相手ではない。

 しかし、今の竜にはそれが出来ない。

 ピエールが吠えれば全身をびくつかせてその姿を探し、斧を構えて迫れば絶叫して寄せ付けまいとがむしゃらに攻撃を仕掛ける。


 呑まれていた。

 人間などよりよほど大きな身体をしている筈の腐肉の竜神が、全身を汚し、傷だらけでボロ布のようになった小さな人間の、戦士としての気迫に完全に気圧されていた。

 故に無視も出来ず、冷静に攻撃することも出来ない。


「キエアアアアアアッ!」


ピエールが声帯を絞り上げ、甲高く絶叫した。

 叫び声と共に、右手の斧を振りかぶって腐竜へと飛びかかる。

 動揺で全身を緊張させた竜の、無防備な右の前足へ突き込まれる斧の刃先。半分抉って振り抜き、返しの一撃で前足を吹き飛ばそうとした所で、半ば恐慌状態に陥った竜が尾をピエールの腰へ向けて右から一閃した。

 咄嗟に屈んだピエールの脇腹を、押しのけるように打ち据える尾。

 しかし彼女は幾らか地面を滑りながらも、右腕と腹で抱えて尾の一撃を受け止めた。動きの止まった尾を投げ捨て、再び斧で竜の継ぎ接ぎの足を抉り取る。

 続けてもう一本の足を狙うが、今度は竜頭で薙ぎ払われ攻撃を中断して飛び上がって避け、着地した所で再び、今度は左から尾が迫る。

 脱臼したまま垂れ下がっていた左腕の上から、竜の尾が胴を薙いだ。

 激痛で目を剥き、吹き飛ばされて床へ転がるピエール。

 即座に体勢を立て直そうとするものの、その場で片膝を付いて倒れかける。

 何とか斧を杖代わりにして、痛みを堪えながら立ち上がった。

 瀕死のピエールと、余裕を失った顔でそれを睨みつける腐肉の竜の視線が交錯する。

 暫く竜と見つめ合ってから、ピエールは離れた位置でこちらを見るアロイスを一瞥し、次にハンスへと顔を向けた。

 小さな、しかしはっきりとした声で呟く。


「間に合った、かな」


   :   :


 広間の入り口で佇むハンス。これから放つものの存在を、閉じた瞼の裏で強く認識する。

 手に握るのは、魔力の篭もった緋色の魔法石。

 心にあるのは、一つの炎。

 燃やす。

 全て燃やす。

 ただそれだけに精神を集中させる。

 クリスのこと、メルヒのこと、腐肉で出来た竜のこと。敵の存在すらも心から追い出し、紅蓮の炎の存在だけを心に描く。

 閉ざされた視界の奥に一つの灯火を浮かび上がらせながら。一言ごとに言葉を区切り、精神を更に研ぎ澄ませながら。

 ハンスは呪文を唱える。


(べに)なる紅蓮の(いかずち)

我が()に依りて()(たま)


暁闇(ぎょうあん)照らせし魔光のうねり

(なか)つ裁きの閃光の


羅刹悪鬼(らせつあっき)の輩の

古からの強者(つわもの)

鋼を守りし黄金(こがね)の翼

連なる淡き蒼雷魂

強き翼の蒼魔像


(まこと)の炎の(いかずち)

今こそ力を解き放て


 魔力が軋み響く奇怪な音と共に、周囲を漂う緋色の光が両手へと吸い込まれていく。

 輝きを失った石を投げ捨て、左右に広げていた両手を前へと突き出しハンスは唱えた。


「    」


遥か昔に失われた古代呪文。その、四文字の真名を。


   :   :


 空気が引き裂かれる笛のような甲高い音を立てて、竜の足元から爆炎が噴き出した。

 炎は巨大な竜の全身を難無く飲み込み、地下広間の半分近い空間を、天井まで届くほどの勢いで燃え上がっている。

 おおよそ他の呪文とは比べものにならない、圧倒的な規模。


 目すら焼かれそうなほど強烈な光を放つ紅蓮の炎。

 その奥で、竜の黒いシルエットが微かに浮かんでいた。

 翼や尾といった体の末端が一瞬で灰と化して焼失し、逃げるどころか悶えることも出来ず全身の肉を引き攣らせて縮こまっていく竜。

 姫が、爆炎の中で溺れる竜を呆然と見つめていた。

 炎に照らされ、頬が煌めく。


「竜神、様……」


噴き上がる爆音の中で思わず呟いた姫の、炎で埋め尽くされた視界の右端に人影が映る。

 ピエールだ。

 満身創痍の小さな戦士が、炎の脇から姫を真剣な顔で見つめている。

 すぐ横の壁には斧が立てかけられ、左手は垂れ下がり、右手に握られているのは竜鱗石の短剣。


 姫が怒りを込めて、離れた場所にいる敵を睨みつける。

 睨まれたピエールは右手を大きく振りかぶり、握っていた短剣を姫の顔面めがけて真っ直ぐ投げつけた。

 薄緑の刃が、紅蓮の光を反射しながら一直線に姫に迫る。


「守って」


姫が目を背けず呟く。

 呟きはすぐに轟音に飲まれたが、言葉に反応した左右の鎧騎士が盾を突き出し短剣を防いだ。重なる二枚の盾を貫通し、小指の先ほど反対側へ突き抜けて止まる短剣。

 盾で視界の塞がった姫が、手振りで盾を下げさせようとしたのも束の間。


 ピエールが、今度は手斧を投擲した。


 燃えさかる轟音の中微かに聞こえるほどの音量で、ぐおおんぐおおんと風を切って斧が飛ぶ。

 回転しながら飛び行く斧は気づかれることなく標的に迫り、姫の左手側、向かって右にいる鎧騎士の下半身に直撃した。

 錆びた金属鎧の繋ぎ目を破壊し鎧の中の骸骨の下半身を砕き貫き、壁に激突して停止する斧。

 下半身を破壊された右の鎧騎士が崩れ落ち、盾で繋がれた左の鎧騎士も姿勢を崩す。


 武器を投げ終えたピエールが、灼熱の絶叫に負けぬ音量で叫んだ。

 鎧騎士ごと盾が崩れ、露わになった姫の視界。倒れる左の騎士を見、それからその先にいる人物に気づいて、姫の思考は停止した。


 炎の陰から回り込み、いつの間にか姫の左に移動していたアロイス。

 矢をつがえた短弓を構え、斧の投擲によって無防備になった姫の左脇腹へ狙いを定めていた。

 気づいた姫が口を開くより早く、アロイスの手から矢が放たれる。

 飛来する矢の矢じりは薄灰色。姫にとどめを刺す為に温存していた、虎の子の破魔矢だ。

 咄嗟に手を上げて顔を守る姫。

 その胴に、二本の破魔矢が吸い込まれるように突き刺さった。

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