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姉妹冒険者物語  作者: 並野
クルムトゥの黒き怪物
150/181

14

「外に……出てきた……クルムトゥ盆地が縄張りだったんじゃないの……!」

「チュチュ、逃げるよ。行けるところまで。皆をちゃんと見てて」

「分かって……」


言葉の途中で、チュチュはそれを見た。

 不死者の軍勢の先頭に立つ黒衣の人影が、何かを引きずっているのを。


 気づくと同時に、黒衣によって地面へ投げられた。

 どさ、と地面に転がり、黒衣によって足蹴にされるそれ。


 ジョッシュ。

 胴体ど真ん中にぽっかりと大穴を開け、物言わぬ骸と化した護衛たちのリーダーだった男であった。


「ボス……っ、あいつ、あいつっ!」

「チュチュ、落ち着け! 乗るな!」


チュチュの頭に怒りの血が昇る。

 ネイトに制止されながらも歯と目を剥き、今にも噛みつきそうな顔で黒衣を睨みつけた。

 黒衣はうつ伏せに転がるジョッシュの頭に足を乗せ、一行へ身体を向けたままかたかたと上下に震えている。

 笑っているかのように。

 挑発しているかのように。


「姉さん」

「……少し、悩んでる」


一方、姉妹は余裕の態度の黒衣から一瞬たりとも視線を外さず、頬を寄せてぼそぼそと動向を話し合っていた。

 すなわち。逃げるか戦うか。


 黒衣の人影が、クルムトゥの外まで追いかけて来たのは見ての通りだ。

 このまま皆を置いて逃げても、各個撃破されながら追い付かれて余計危険な状況に陥るかもしれない。

 それならばいっそのことシスター一行と協力して再び黒衣を倒した方が町へ逃げ切れる可能性は高いのではないか。


 何よりも、神に携わる聖職者は、技量差こそあれど死者を見送り不死者を浄化する術を修めているものである。

 特にこの世界の宗教として最も規模が大きい中央新教のシスター二人の力があれば、あの黒衣の人影であろうと立ち向かえるのではないか。

 そのような儚い望みが、姉妹の脳裏を過ぎっていた。


 勿論、懸念もある。

 単純に、黒衣と交戦することになればそれだけ危険は増す。

 呪文で癒して貰えたとはいえ本調子とは言えず、三度撃退出来たからといって四度目も無事である保証はない。

 加えて、黒衣がクルムトゥの外へ出てきた、と言ってもまだ洞窟のすぐ外へ出ただけだ。

 案外もう少し逃げれば諦めて引き返すかもしれない。

 初志貫徹で逃げの一手を選び続けるべきなのではないか。


 逃げるべきか戦うべきか。

 どちらも明確な答えを出せず、思い悩んでいた一瞬。


 シスター二人が動いた。


「トレヴァーさん、ササケさん、守りはお願いします! わたくしたちは、まずあの不浄の獣たちをっ!」

「神よ……!」


前に出た二人のシスターが、指を組み、祈りを込めて呪文を紡いだ。

 気づいた黒衣の人影が、すぐに他の不死者を散開させる。


 二人の手から水色の魔力の波動が迸った。

 色の付いた風のような波動が不死者たちへ打ち寄せ、避け損なった屍蛇と屍蟹が一瞬で浄化され物言わぬ骸へと戻ってゆく。

 波動を回避した不死者たちはシスターの呪文を阻止しようと駆けるものの、二人の詠唱は淀みなく、二度目以降は隙を補うように交互に放たれる為全く接近出来ていない。


 一方黒衣の人影は、浄化の波動を真正面から浴びながらも平然とその場に佇んでいた。

 心地良いそよ風を全身で楽しむかのように。

 かと思えば姿勢を低くし地を滑る鳥の影のように素早く動き、水色の波動のど真ん中を突っ走る。


 浄化の波動を完全に素通りし迫り来る黒衣の姿に、驚き目を見開くシスター。

 シスターの護衛二人が間へ割り込んだ。


「オラァッ!」


先手は赤毛の耳人(プッチェル)

 両手持ちの大きな剣を縦一文字に振り下ろしたが、あっさりと黒衣に右腕で受け止められ返しの右足で胴を真正面から蹴り飛ばされ地面をごろごろ転がってシスターの元へ戻っていった。

 服の下に着ていた胸当てが大きく凹んだのが、服の上からでも分かる。


「強え……えげおっ」


しかし赤毛は怯まない。

 不敵な笑みを浮かべたままでろっ、とコップの葡萄酒が溢れるかのように口から血の混じった吐瀉物を吐き、シスターカイラが右手で浄化を、左手で治癒の呪文を放ち耳人の怪我を癒してゆく。


 一方、同時に攻撃していた中年男。

 こちらは剣を止められ防御からの反撃を凌いだまでは良かったものの。

 黒衣の長い右腕が怪しく閃いたかと思えば、左手から盾が弾かれ彼方へと吹き飛んでいた。


「なっ……」


続けて剣を弾かんと翻された右腕を中年男は辛うじて回避し、剣まで弾かれることは防いだ。が、盾を弾かれ、剣を守る為姿勢を崩した状態では追撃を防げない。


 天高く振り上げられる、黒衣の人影の長い右腕。

 陽光の下で尚黒く、それでいて地に影を作らない。


 ぐおっ、と振り下ろされた右腕を手斧の柄が止めた。

 横槍を入れた姉に、黒衣が反撃を加えようと、力を込めたその瞬間。


 アーサーの振り入れた剣が、黒衣の背中に深々と斬撃を刻んだ。


   :   :


「ネイトっ、四人を見てて! あたしも、あたしもぉっ!」

「止めろチュチュ! 待てっ!」


ネイトの制止も聞かず、武具を構えてチュチュが駆けた。

 黒衣の元へと向かう途中、何匹かの屍蛇と屍蟹が行く手を塞いだものの、追い風のように後ろから吹き付けられた水色の波動が全てあるべき姿へと戻していく。


「加勢してくださるのなら、それは何よりです! 獣たちの浄化はお任せください! その間に皆様であの黒い人型にっ!」

「もう少しだけ耐えてください! 全ての獣を浄化出来れば、私とカイラ姉様もあの黒い奴に集中出来ます!」


シスター二人の声を背に、チュチュは一直線に黒衣の人影の元へ。


 今はアーサーと中年男が牽制に回り、ピエールがほぼ単独で黒衣と向き合っていた。

 踏み込んだ黒衣が振り下ろした右腕を、ピエールが手斧に左手を添え両手で防ぐ。

 がきん、と斧の柄と右腕が触れれば即座に右腕が閃き、激流で流されるかのような強い力が柄に加わった。

 少しでも力が緩めば手を離れ弾き飛ばされそうになる手斧を、両手で握ってなんとか持ちこたえる。

 手斧を弾かれないよう努めたおかげで体勢が乱れたのを他二人が突き出した剣の切っ先の牽制によって補われ、三人は辛うじて距離を取った。


 一行は完全に攻めあぐねていた。

 というのも黒衣の人影の武具弾きの技術がますます向上し、いよいよ人外じみてきているからだ。

 ピエールでさえ両手で手斧を握っていないと耐えるのは難しい。

 アーサーや中年男などは狙われればまず防げないだろう。


 そのことを、黒衣自身も分かっているのだろう。


「アーサーっ!」


黒衣が姿勢を下げアーサーへと駆けた。

 アーサーが下がり、間へ割り込もうとするピエール。

 斧を構え一歩踏み込んで。


 姉の眼前に、物言わぬ骸に戻った人面蛇の骨が投げつけられていた。

 勿論彼女にとって、蛇の骨などいくら投げつけられようと問題ではない。矢継ぎ早に投げられる断片を全て容易く切り払う。


 しかし死骸に混じって最後に投げつけられたのは、まだ浄化されていない屍蛇そのもの。

 流石のピエールと言えど一刀の元には防げず、人面の頭蓋骨を手斧で切り払ったはいいものの無傷で残った蛇骨が足に絡みついた。


「ぐっ……!」


角張った蛇の骨が服越しに肉に食い込み、ピエールは低く小さく呻きながら強引に、肉ごと毟り取るように蛇骨を引き剥がす。

 その行動は一切の躊躇の無い迅速な対応であった。


 が。

 それでも一歩足りない。

 ピエールの目前で、黒衣に追い付かれたアーサーがこめかみを右腕で殴りつけられた。


 武具弾きを防げないと見たアーサーは自ら剣を収め、盾だけは死守すべく両手で固く握っていた。

 しかし精密無比の黒き右腕は彼女の小盾を容易く弾き飛ばし、防御の為に添えた両腕ごとこめかみを殴りつけたのだ。

 地を転がる彼女の前腕は両腕とも直角に近いほど折れ曲がり、皮膚から骨が突き出している。

 両腕を犠牲にしたおかげか頭部は軽傷で意識も保っているが、全身を震わせながらなんとか肘で地面を突き、肘と膝で四つん這いの体勢を保つので精一杯。

 戦うどころの話ではない。


 とどめを刺しに、吹き飛んだアーサーの元へ迫る黒衣。

 それを防ごうとピエールが駆けたが、それより先に黒衣に飛びかかる姿があった。


「わっがあああああっ!」


 チュチュだ。

 緑の髪と獣耳を持った少女が雄叫びと共に黒衣へ体当たりし、その身体を遠くへ突き飛ばした。

 感情のままに続けて黒衣へ追撃を仕掛けようとしたが、後方から響いたネイトの、仲間を助けろ、という叫び声によって辛うじて理性を取り戻しアーサーを抱えてピエールの元へ戻った。


「チュチュちゃん、本当にありがとう、助かった」

「どってことないわん」


吐き捨てるように言い、チュチュはアーサーを降ろした。

 アーサーはふらつきながらもシスターの元へ下がり、尻餅をつくかのようにこてんを腰を下ろす。

 シスター二人が妹の手当を行い始めたのを確認してから、ピエールの視線はシスターの護衛の一人、中年男へ。

 黒衣を前面に捉えながら、横目で見つめる。


「おっちゃん、一つ頼まれて」

「……」

「さっき弾かれた盾を拾ってきて欲しい。あれ見た目は革だけど凄く丈夫で、大事な盾なんだ。お願い」


中年男は黙ったまま少し逡巡していたが、踵を返し盾を拾いに向かった。

 彼とほぼ入れ替わりで赤毛の耳人の青年が戦線に戻り、突き飛ばされていた黒衣の人影が立ち上がる。


「さて、もう一度だ。次はさっきみたいにはいかねえぞ」


先ほど致命傷を受けておきながら、まだまだ血気盛んに飛びかかろうとする赤毛の耳人。

 しかし彼をピエールが普段とは異なる低い声で呼び止めた。


「チュチュちゃんと赤い君は、遠巻きからの牽制だけして。迫られたらとにかく距離を取って時間を稼いで。正面からの相手は私がするから」


言外に"お前では正面きって戦えない"と告げられた赤毛が、気分を損ね横目でピエールを睨みつける。


「……俺を見くびるなよ。あいつの足癖の悪さも分かったし、武器を弾くのも見た。次はもうあんな遅れは取」

「悪いけど無理」


はっきりと言い切った。

 普段から人を否定するような物言いを好まず、人に厳しく接するのが苦手なピエールが。

 当然赤毛は食ってかかろうとするが、それより先に黒衣が動いた。

 真正面から右腕を構え突っ込んでくるのを、ピエールも真正面に出て迎え撃つ。


「左右に分かれて!」

「赤いの、従っとけわん! 黒いのとの戦闘経験は間違いなくこの姉が一番上わん!」

「赤いのじゃねえ! 俺はササケだ! くそっ……!」


強く舌打ちしながら赤毛の耳人、ササケが渋々右に、チュチュが左に回った。

 黒衣はササケの元へ向かおうとするが、ピエールが最前面に立ったことで割り込まれる。


 漆黒の右腕が、一直線に胴体へと突き出された。

 ピエールは両手で固く握った手斧で危なげなく逸らすが、その直後に黒衣の右腕が蛇のようにしなやかに手元へ滑り込む。


「っ……」


ぶおん、と野太く風を切る音が響きピエールの手斧が両腕ごと真上に打ち上げられた。

 斧を手放してはいないが体勢は完全に無防備。体がほぼ弓なりだ。

 黒衣の追撃の蹴りが足を砕こうかという直前で、左右から二人が剣を突き出し妨害したことで無事に後退し体勢を整えることが叶った。

 好機を邪魔された黒衣は左右二人のうち近くにいたチュチュを狙おうとするが、彼女は自分が狙われていると知るやいなや速やかに逃げを選び、体勢を立て直したピエールにすり付ける形で黒衣から離れた。

 ピエールが横合いから黒衣を手斧で打ち、相手が守勢に回ったところで蹴り飛ばして距離を取る。


「情けねえ女だ。ちょろちょろ逃げやがって。耳人の誇りはねえのか」

「誇りで倒せたら苦労しないわん。あれとまともに打ち合えないのはわんが一番分かってるわん」

「それでも立ち向かうのが耳人だろうが。大体その口調は何だよ、頭おかしいのか」

「……口だけ達者な小僧が、一丁前に囀るなよ」

「んだと緑コラ!」

「止めろササケ」


ササケがいきり立ちかけた所で盾を回収に向かっていた中年男と、腕の怪我を治され盾を受け取ったアーサー、それにシスター二人と戦闘員全員が集まった。

 気づいたチュチュとササケが周囲を見渡せば、もう不死者の姿はどこにも見当たらない。

 屍蛇も屍蟹も、全てが物言わぬ骸へと戻っている。


「……皆様、本当にお疲れ様です。おかげでこの場の不浄の獣たちは皆清められました」

「あとはあの黒い怪物のみ。私たちも、本腰を入れてあの怪物に狙いを定められます」


姉妹、チュチュ、シスター二人、その護衛二人。

 計七人の戦闘員たちが黒衣を見つめる。

 当の黒衣も、ピエールやチュチュに構っていた間に取り巻きが全て浄化されてしまったことに気づいたようだ。

 心なしか気落ちしたような、かと思えば案外どうでも良さそうな、不思議な雰囲気で改めて長い右腕を構える。


 七人と一体による、クルムトゥ最後の戦いが始まる。

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