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姉妹冒険者物語  作者: 並野
クルムトゥの黒き怪物
149/181

13

 途中からジョッシュやディーンのやりとりを放置し作業を進めていたアーサーのおかげで、後始末はすぐに完了した。

 姉妹は馬車に積んでいた背嚢を、生き残る為に最低限の道具だけを残して背負う。

 例えば北の洞窟を抜けた後は短ければ丸一日程度で町に着く為、着替えや食器の類は必要無い。

 今の時期はさほど寒くない為寝具も薄毛布一枚で、残りは馬車に残した。

 残り日数にして三日もない、北の町に着くまでだけの装備だ。


 他の者たちも、馬車から必要最低限の物だけを持ち出している。

 南の洞窟で商人から回収した魔法石はネイトが六、アーサーが四の割合でそれぞれ懐へ納め、ウォルト組の分の食料はチュチュとネイトが分散して持つ。馬車に備え付けられていた魔法石の照明はウォルトの手に。

 基本的な方針は、姉妹と変わらない。


 加えて残っていた馬車の残骸や道具など燃やせる物は全て炎の壁へと放り込み、火勢の足しにする。

 最後に動けなくなった馬を介錯し、死体も可能な限り火の中へ。


 一行は急き立てられるように準備を整え、残りわずかのクルムトゥ逃亡行を再開する。

 満身創痍の生き残りたちの、最後の旅路。


「……」


先頭には姉妹。

 未だ散発的に現れる蟹や南と比べると少ないものの人魂の撃退要員だ。

 とはいえ蟹は動きが鈍い為、足の大半を断てば徒歩でも迂回して無視出来る。

 見つけ次第関節を二人がかりで破壊し、悠々と放置して進んでいた。


 殿にチュチュ、ネイト。

 定期的に後ろを振り返り、何か追ってきてはいないか、黒い影が地面を這って動いていないか確認しながら歩いている。

 二人とも未だにジョッシュのことが心残りらしく、チュチュなどは歩きながら時折鼻を啜っていた。


 中央にウォルトとプリシラ、ディーン、アイヴィー。

 ウォルトは左手に魔法石の照明を掲げ、右手にひしとプリシラの手を握っている。

 プリシラは気絶から目覚め歩いてこそいるものの、その顔つきはすっかりやつれてしまっている。


 隣のアイヴィーも消耗具合で言えば似たようなものだ。

 しかし彼女は肩で支える夫を生かす為、鬼気迫る顔で歩を進めている。

 闘志にも似た強い意志の力と夫への愛情だけが、今の彼女を動かしていた。

 支えられるディーンはアイヴィーの調子をひっきりなしに窺いながら、何とか彼女の負担を軽くしようと青ざめた顔と無事な左足で必死に歩いている。


 会話は全く無い。

 逃げ出した敗残兵のごとき重苦しい雰囲気を纏いながら、一行は黙々と洞窟を進んで行った。



   :   :



 歩き始めて数時間。

 誰が言うでもなく自然と歩調は速まり、体力を消耗したプリシラをチュチュが背負い、ただひたすらに洞窟を歩き続けて。


 一行は遂に辿り着いた。

 クルムトゥ盆地北の洞窟、その出口へと。


「はあっ、はあっ……やった……!」


疲労から俯きがちに歩いていたウォルトが、洞窟の遙か前方に存在する外の光を見上げた。

 息を荒くしながらも、安堵と開放感から表情を輝かせる。


「……」


一方、戦闘員たちはまだ警戒を漲らせている。

 何度も後ろを振り向き、追っ手が来ていないかどうか気を揉み続けていた。


 つい走り出しそうになるウォルトを押さえ、調子を乱さず歩き続け一行は出口の前へ。

 近づくにつれ、前方、洞窟の外に何名かの人間がいることに気づいた。


「ん?」


相手側、最初に気づいたのは耳人(プッチェル)の青年だ。

 赤毛を短く雑に揃え、頭部には髪と同じ色の犬耳が生えている。


「旅人か」


北の洞窟を抜け、陽光の下に出たところで一行は外にいた人間たちと向き合った。

 計四名、男二人女二人の一団。一人の中年男以外年若く、男は旅格好に加え腰に武具を、女はどちらも青色の修道服とヴェールを身につけた典型的なシスターの格好をしていた。

 その二人のシスターも、修道服の上にやや小振りだが背嚢を背負っている。


「皆様、どうやら随分とお疲れのご様子。ささやかながらわたくしが手当して差し上げましょう……」


肩を貸して歩いているディーン夫妻を目にしたシスターの一人が、ぱたぱたと歩いて一行の元へと近づいてくる。

 しかしその途中、ウォルト親子の姿を視界に捉えて驚き目を見開いた。


「ウォルト様ではありませんか! 一体どうしたというのです」

「シスターカイラ……珍しいですね、あなたと町の……いえ、教会以外の場所で出会うなんて」


ウォルトの元へ駆け寄ろうとする、カイラ、と呼ばれた黒髪のシスター。

 しかし彼女をアーサーが遮った。


「申し訳ありません、シスター。非常時ですので、話は怪我と疲労の手当を行いながらにしては頂けないでしょうか。加えて、十分な布施を致しますので可能な限りの手当をお願いしたい」

「非常時……? まさかウォルト様、クルムトゥで本当に……!」


アーサーの言葉に、カイラの驚きが何か別種のものへ変化した。

 後ろに控えていたもう一人の小柄な金髪のシスターと共に一行の手当を行いながら、話を聞くべく口を開く。

 会話しながら呪文を行使出来る辺り、呪文の腕前は高いようだ。


「非常時であるならばお布施は結構です。……所で皆様、もしやクルムトゥで何かあったのではありませんか?」

「南の洞窟へ入った直後、非常に格の高い不死者と思われる黒い人型存在の襲撃を受けました。いくら物理的に破壊しても再生し、クルムトゥへ入ってから度々襲撃を受けウォルトの護衛三人を含む大勢の人間が犠牲になりました。我々と同時期に三、四十名ほどの人間がクルムトゥに入りましたが、生存者はここにいる八名のみです」

「おお……まさか……そのような……」

「シスターはあの黒衣の襲撃に何やら心当たりがあるようですが。聞かせて頂けませんか」


ウォルトの代わりにアーサーが説明と質問を行うと、カイラは治癒の呪文を行使していない開いた方の手で口元を覆い目を伏せた。

 数秒間を開けてから再度口を開く。


「ウォルト様はご存じでしょうけれども、わたくしと隣のレイラは中央大陸より派遣された新教の僧侶。いつも通り町の教会で過ごしていたのですが、数日前に突然神託を賜ったのです。クルムトゥ、危険、と。わたくしはまだ未熟者ゆえ完璧な神託を受け取ることは出来ませんが、それでもクルムトゥに危険が迫っているということは分かります。その調査の為、こうして町の方にお願いしてクルムトゥまでやって来たのです」

「神託が下った、などと言い始めた時は半信……いや八割は疑っていたが、まさか事実だったとは」


中年男が顎髭を揉みながら言う傍ら、赤毛の耳人は不敵な笑みで腕を組んでいる。

 戦いの予感に高揚感を抱いている顔だ。


「事情は分かりました。皆へとへとでしたし、ここでシスターカイラたちと出会えたのは本当に助かりました。これこそ正に」

「神の思し召し、です」


ウォルトの言葉を、カイラの隣の金髪のシスター、レイラが得意げに繋いだ。

 微笑んで頷き、少しの間神への祈りを捧げるウォルト。

 そうこうしているうちに、ディーンの右足と他七人のある程度の疲労の手当が完了した。


「さて。それでは皆様、残りの道のり、無事に辿り着けることを祈っております」

「……もしかして君たちは」


意図を察し目を見張ったウォルトに対し、カイラは真剣味のある微笑で頷き返した。

 隣のレイラも同様だ。


「わたくしたちはクルムトゥの危険の調査が目的。皆様からお話はよく窺いましたが、やはり直接目にし、可能ならば浄化を試みなければなりません。それが神託を受け取った者の役目です」

「危険だ! 僕の護衛を含めた七人でかかっても死者が出るほどなんだ! たった二人の護衛ではいくらなんでも」

「私たちは治癒や浄化だけでなく魔法使いとしてのいくさの心得も積んでいます。みくびらないでください」


声を荒げたウォルトにレイラがやや棘のある口調で言い返したが、カイラが穏やかに手で制止した。

 改めてカイラが指を組み、一行へと別れの祈りを捧げようとする。

 しかし彼女の祈りの言葉は、半ばで止まることとなった。


 閉じていた目を開き顔を上げ、カイラの視線は南、洞窟の奥へ。

 姉妹も既に南を注視しており、アーサーの表情には"もう後は任せて逃げていいじゃないですか"という言葉が滲んでいる。

 しかしピエールは逃げることはせず、非戦闘員を後ろへ。


 遅れてチュチュが、赤毛の耳人が、レイラが、中年が、ネイトが。

 そして全員が、洞窟の薄闇の奥へ視線を向けた時。


 黒衣の人影が、影に隠れることなく堂々とその場に姿を現した。

 肉が焼け完全な骨と化した人面蛇と、甲殻胴体の各所が砕け、肉を喪い中身が空洞になっている闇蟹を引き連れて。


 ウォルト一行の生き残り八人が、後ずさりしながら、祈りを込めて黒衣の動きを見つめる中。

 屍蛇と屍蟹を連れた黒衣の人影が、ゆっくりと歩を進めて。


 すっ。


 洞窟の外、雲一つ無い日光の元に、その黒暗の姿を曝した。

 クルムトゥ山脈の、その外へと。

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