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戦闘員たちはやはり重たい雰囲気のまま素早く作戦会議を済ませ、外にチュチュ、ネイト、姉妹を出し、馬車内部にジョッシュが控えるという配置で一行は一直線に馬を進め続けた。
非戦闘員であるウォルト親子とディーン夫妻は、馬車の最奥に縮こまるように集まっている。
「はっ……はっ……はっ……はっ……!」
「大丈夫、大丈夫だプリシラ。皆がついてる。安心して」
恐怖と緊張で過呼吸になりかけているプリシラを必死に宥めるウォルト。
隣でもディーンが、
「嫌……なんで……どうして……私たちだけ……嫌……嫌……嫌……」
と頭を掻き毟りながら虚ろに呟き続けるアイヴィーを強く抱き締めて抑えていた。
馬車は一直線に北へと進む。
御者席には中央にアーサーとネイト、左右にピエールとチュチュが座っている。
三人は手に盾を握り、左右の二人は鞘に収まる武器の柄頭に手を乗せていた。
「作戦は分かっていますね」
「……強行突破。襲ってくる相手だけ切り払って押し通る、わん」
「本当にやるんですか? 馬車を降りて併走しながら馬を守る、なんて……」
「そりゃ、出来ることならやりたくはないかな……。でも今回はあの黒い奴を倒した後だから殆ど移動出来てない。もう少しでも足を止めるのは怖いし、出来る限り急がないと」
「心配すんなわん。雑魚程度ならこの姉は勿論、わんだって遅れは取らないわん」
「もしも不調が起きたらすぐに申告して下さいね」
四人の間で最終確認が済み、会話が途切れる。
そうして暫し進んだところで、視界にそれは現れた。
山脈にぽっかりと口を開ける、クルムトゥ盆地北の洞窟への入り口。
そして入り口付近に屯して一行を待ち構えていた、人に似た頭部を持つ不気味な蛇の群れを。
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「カカカカカ!」
「アギーッ、ギーッ、ギョギョーッ!」
人型の頭を持った人面の蛇たちは、一行を捉えると知性を喪失した狂人のような不気味な鳴き声で叫びながら一目散に殺到し始めた。
怯えた二頭の馬が急停止しかけるが、御者であるネイトが鞭打ち、同時にピエールとチュチュが左右に躍り出たことで自暴自棄じみた様子で一直線に進み続ける。
迫り来る不気味な人面蛇たち。
色は地味な茶褐色で、長さは二メートル弱。
一方、体型は太く短く、子供の胴体ほどの太さの蛇体に、人間の大人と同程度の大きさの人型の頭が乗っている。
人型、ではあるものの細部は人の顔とはかけ離れており、長い牙、骸骨のように陥没した鼻、毛が無く褐色の鱗に覆われた顔面、蛇特有の瞼の無い目、など半端に輪郭だけ人面に似ているのが返って不気味さを際立てていた。
常人が見れば、不気味さについ目を背けたくなるほど。
しかし戦闘員たちが今更怯むことなどない。
左右から同時に踏み出した二人が、迫り来る人面蛇を迎え撃った。
「わっがぁ!」
ピエールが手斧を斜めに振るい、鎌首をもたげた人面蛇の頭部を刎ね飛ばした。
反対側ではチュチュが蛇の顔面に盾を突き出して防ぎつつ、胴に剣を一刺しして脇へ捨てている。
感触はやや硬い。
鱗は意外に脆いが、その分骨が硬い。
ピエールには造作も無く両断出来る程度だが、チュチュが片手で、しかも走りながら両断するのは少々手こずるだろう。
チュチュは顔面、特に牙を狙って盾で突き砕いてから、骨を避け削ぐように切り捨てていった。
「ヒャアアアーッ!」
「ヒーッ、ヒヒーッ、ヒーッ!」
殺到する人面蛇たちは、やはり昨日の野犬同様いくら同族が切り捨てられても一切怯む様子を見せず飛びかかってくる。
ピエールが刎ねた後の頭が壊れた笛のような気の抜けた鳴き声を吹き鳴らし、チュチュの盾によって顔面を叩き砕かれた個体が痙攣しながら地面に転がり馬に踏み潰されていた。
「ヒギューッ! ヒギェーッ! ヒギィーッ!」
「ギャッギャギョギョー!」
襲い来る人面蛇の総数は数十程度。昨晩の野犬と比べれば少ない。
しかし一匹一匹が野犬より遙かにしぶとく、降りている二人が馬を重点的に守っている間にすり抜けた個体が御者席の二人をも襲う。
「くそっ……!」
悪態をつきつつ、飛びかかってきた人面蛇の顔面に盾を叩きつけて追い返すネイト。
もう片方の手は手綱を掴んだままだ。
反対側でも、アーサーが御者席に中腰になった状態でネイト同様盾を使って人面蛇を殴りつけている。
そこかしこで盾が顔面に叩きつけられ、骨や牙が砕ける音が鳴っていた。
「ジョッシュ! やはり全ては追い返せません! 幌に張り付かれた際は」
アーサーの目の前で人面蛇が吹き飛んだ。
横合いから馬車へ飛びついた個体が、幌に張り付いた瞬間中から蹴り飛ばされたのだ。
忠告する必要は無かったか、とアーサーは再び迎撃に専念する。
外の四人が撃退しながら走る内、馬車は洞窟内へと突入した。
アーサーが盾に加え足で人面蛇を蹴り返しつつ、走る馬車上で見事な平衡感覚を発揮し据え付けてある魔法石を操作し明かりを灯す。
クルムトゥ北の洞窟は南と比べると狭く、天井も低い。
しかし馬車の往来には十分な広さであること、所々発光する植物が生えている点などは南と変わらないようだ。
洞窟内へ進入して尚、人面蛇からの逃走を続ける一行。
状況は未だ好転していない。
というのも人面蛇は足が速く、馬の小走り程度の速度では中々振り切れないのだ。
もっと速度を出せば振り切れるが、そうすると流石のピエールやチュチュでも馬車と併走して馬を守るのが難しくなる。
洞窟内に入り前方からの襲撃は減ったとはいえまだ途絶えていない為、馬を無防備にすればすぐに人面蛇の餌食になるだろう。
故に馬車は中速を維持しつつ、戦闘員が直接馬を守り、多量の人面蛇たちを引き連れながら迎撃するしかない。
とはいえ前方からの襲撃が減り始めたのは事実なので、この調子で途絶えれば併走護衛を外し馬の速度を上げて振り切ることが出来るだろう。
戦闘員たち全員が、そのような見通しを立てていた。
しかし。
前方から更に迫り来る気配に、真っ先に気づいたピエールは顔を歪める。
「……おっちゃん! アーサー! どうしよう!」
「このまま進むと乗り上げる危険性があります! 一旦止めるしかありません! ジョッシュ、構いませんね!」
「やるなら早くやれ!」
馬車内から返ってくるジョッシュの怒鳴り声を背景に、アーサーが隣のネイトへ視線を向けた。
三人だけで話が完結してしまい、未だ事態を把握出来ないネイト、チュチュが訝しげに姉妹を見返す。
しかし両者とも、状況の悪化を予感し険しい顔をしていた。
「どういうことですか?」
「わんたちにもちゃんと説明しろわん。わんの耳と鼻にはこの気持ち悪い顔の蛇以外はいつもの蟹くらいしか……」
言葉半ばで自分の発言によって気づいたチュチュの顔が強張った。
「蟹がやる気だよ。一直線にこっちに向かってきてる。ネイト君、馬車止めて」
「あの弱虫蟹、こんな状況でなんでっ……!」
「野犬といいこの蛇といい、やはりあの黒い怪物に中てられている、と考えるのが自然です。馬が止まった後は、あなた方は後ろに向かってください」
人面蛇の顔面に剣を突き立て、切っ先に刺さった蛇を振り捨てながら言葉を吐き捨てるアーサー。
馬車の速度が緩んだところで御者席から飛び降り、姉と並んで馬を守りにかかる。
「ネイト、行くわん!」
「分かった!」
馬が停止し馬車が動かないよう地面に留め、ネイトも御者席を降りた。
馬車が停止したことで人面蛇が次々追いつき飛びかかってくるのを、同様に馬車を降りたジョッシュと三人で剣と盾で弾き飛ばしていく。
相変わらず骨は硬質だが、地に足を付けた状態で落ち着いて攻撃出来る為、走りながら、乗りながらの攻撃よりはいくらかましだ。
「であああっ!」
それはチュチュ、ネイトに限ったことではなく、アーサーも先ほどよりずっと正確に人面蛇の大口へ剣を突き立て突き殺し、ピエールなどは左手で人面蛇の尾端を掴んで鞭のように振り回し他の人面蛇を殴りつけていた。
人に似た不気味な頭蓋骨が遠心力によって風を切る速度で振るわれ、異形の頭蓋同士が衝突すると中身の詰まった壷同士をぶつけるかのように、ばきっ、と割れる音を立てて内容物ごと頭蓋が散らばる。
しかし、やはりと言うべきか頭蓋ごと脳を砕き散らかされた程度では人面蛇の動きは止まらない。
アーサーがふと目を向ければ、今も首を刎ねられた筈の首無し人面蛇が攻撃能力こそ無いものの馬の足下で激しく痙攣しのた打っていた。
馬車が留められている為動けない二頭の馬は、暴れこそしないが恐怖で異常な量の泡を吹いている。
地面には既に白く粘つく泡の小山が堆積しており、クルムトゥから生還出来てももう長くないのでは、と思わせるほどだ。
「アーサー、そっち四匹!」
「すみません、一、二匹投げます!」
「任せて!」
自らの元へ這い寄ってきた四匹の人面蛇のうち、アーサーは一匹を盾で受け流しつつ、もう一匹を剣と盾であしらってピエールの元へと投げ飛ばした。
ピエールが一匹を空中で掴み取り振り回して武器とする間に、残る二匹を確実に切り捨てる。
姉妹の連携は実に手慣れており、安定したものだ。
後方では三人も連携して手堅く確実に人面蛇を蹴散らしており、襲撃が人面蛇だけならばじきに全て片が付くだろう。
蟹もそれ単体ならば対処は容易だ。
しかし。
それで終わらないであろうことは、皆が嫌というほど分かっている。
「姉さん、そろそろ蟹が……っ」
周囲に人面蛇の死骸が散らかり、いい加減襲撃数も底をつき始めたか、というその時。
洞窟に、一陣の風が吹いた。
「あ、あ……」
南から北へ、洞窟を抜ける生ぬるい追い風。
遙か後方から吹き付けるそれに、ただならぬものが混じっているのをその場にいる全員が嗅ぎ取った。
「ね、姉さん、これは」
「……アーサー、巻物いくつ残ってる?」
「もう、冷気と霧が一つずつだけです。余裕がありません」
「……」
泣きそうな声で告げるアーサーに、ピエールは無言で下唇を強く噛んだ。
姉の残りも霧一巻のみ。霧の巻物は基本的に対人での目眩まし用なので、実質冷気一巻しか残っていないことになる。
「おい、おいおいおい! この臭いなんだわん! もしかして、もしかして……!」
「非戦闘員、木材用意して迎撃の準備!」
「一体何が」
「早くっ!」
アーサーの絞り出すような絶叫の少し後。
遙か後方、薄暗闇の洞窟の奥に臭いの元凶が姿を現し始めた。
野犬の群れだ。




