08
「非戦闘員は馬の元に集まれ! 絶対に火を絶やすなよ!」
「護衛は囲んで皆と馬を守るわん! あの黒いのが出てもわんたちが相手をするから怖がるんじゃないわん!」
「くれぐれも自分たちだけで逃げたりしないでくださいね! 孤立して死ぬだけですよ!」
並べて集められた馬車を中心として、円を描くように陣を組む護衛たち。
非戦闘員たちの中に紛れる馬たちは皆、恐怖でぴくりとも動かないものか、恐怖して暴れ出そうとした為厳重に地面に固定されているものの二種類に分かれた。
一方非戦闘員たちは皆揃って顔色を恐怖一色に染めている。
護衛も程度の差こそあれ似たようなものだ。
ウォルトの護衛組のうち、チュチュとネイトは右後方、ジョッシュは左後方に陣取った。
他の護衛たちは前方を中心に配置し、姉妹が後方、多数の気配が迫る真正面に陣取る。
ケアリーは非戦闘員たちの中だ。呪文戦力よりも、治癒の呪文の使用者を守ることを重視している。
夕暮れのクルムトゥ盆地に、轟々といくつもの炎が燃え盛る。
これから夜に向かい暗くなっていく中、明かりは最も重要だ。周囲の空いた空間にはこれでもかというほど火が焚かれ、火の点いた松明を携える者も多い。
風向きや火勢の変化によっては草原へ延焼しかねないほどだが、当然今の一行にそれを気にする余裕などない。
馬車を背に、姉妹は二人並んで構えている。
遙か南、長く伸びる道の向こうには、まだ何の姿も見えない。
「どう思いますか」
「後ってことはないだろうし、先もない……と思う。やっぱり一番ありそうなのは、混乱に乗じて」
「そうですね」
意見の一致を見て、姉妹の会話は終わる。
武具を握る力を強め、身につけた装備を脳内で再確認し、ゆっくりと深呼吸を繰り返して。
暫くそうしてから、日暮れ間近の地平線の彼方にそれは現れた。
大きな土煙を巻き上げながら、一心不乱にこちらへ向かってくる野犬の群れを。
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色は白に近い灰色で、体長はおよそ一メートルと中型犬級。
外見に一般的な野犬と異なる要素は無い。強いて言うなら、顔つきにはどことなく狼らしさが窺えるだろうか、という程度。
クルムトゥ盆地に棲息しているとされてきた、野犬の一種だ。
夜行性で屍肉を漁り、クルムトゥ内で稀に目にすることがある。
だが人を恐れるのか気配を察知するとすぐ逃げてしまい、遭遇例は非常に少ない。
人や家畜、食料などを襲った例は一切無く、苦労して狩り取った者によれば肉は臭くてまずい、毛皮は弱く衣類には適さないと利用価値も無いことから人々には殆ど存在を無視されてきた獣だ。
この場にいる一行の中には、今初めて目にしたという者が殆ど。
しかし今はどうか。
数にして三桁、五百にすら届くのではないかと思われるほどの莫大な匹数の群れが迫っていた。
その上彼らの顔は目を見開くあまり白目になりかけ、泡を吹き涎をまき散らしながら全速力でこちらへ駆けている。
明らかに常軌を逸していた。
薬物で正気を失い発狂していると聞いても誰も疑わないだろう。
そして今現在、ここまで彼らを狂奔させる原因があるとすれば一つしかない。
先制攻撃はピエール。
野犬の先頭へ先手を取って飛び込み、大きく弧を描くように手斧の背で二、三振り抜いた。
重量が乗った斧の背が野犬の骨肉を砕き、彼方へ吹き飛ばしてゆく。
斧の背で殴りつけた感触は意外なほどに脆く、殴れば簡単に肉が潰れ、骨が砕ける感触が手に伝わる。
ピエールは軽やかに斧を振り回し、殺到する野犬の頭部や肋骨を砕きながら宙へ舞わせた。
時には足を振り上げ、蹴りでも野犬の骨を砕きながら。
やはり足でも容易に損壊出来るほど、彼らの身体は脆弱であった。
正面、先頭を位置取るピエールが、箒を振り回して落ち葉を舞い上げるかのように次々と野犬をまき散らしていく。
ピエールの背、馬車を挟んだ向こうにいるウォルト一行以外の者たちは、冗談のように宙を舞い続ける野犬の姿と、飛び散る野犬の雨が一切止まないことに驚愕を隠せずにいた。
しかし流石の彼女でも迫り来る全ての野犬を根絶やしには出来ず、幾匹かは彼女をすり抜け、または攻撃の届かない位置を通って馬車の元へと駆けていく。
それをカバーするのは後方に控えたアーサー、ジョッシュ、チュチュ、ネイト。
彼らもピエール同様、武器の刃を用いず手足や盾の縁、片刃の剣の背、中には松明に用いる木の棒などを使って襲い来る野犬の群れを蹴散らしている。
武器の刃を用いないのは武器の損耗を抑える為。多少の血脂や骨ではびくともしない、鋼鉄以上の強度を備えた素材の剣を持っている者もいるが、敵の数が数だ。来たる本命に備えて武器を温存するのも一つの選択である。
またもう一つの理由として、血肉を散らしてしまうと周囲の臭いが完全に血肉に塗り潰されてしまい、嗅覚に悪影響を及ぼす、という危惧もあった。特に鼻が利かないのは耳人であるチュチュには影響が大きい。
「わがうあっ!」
チュチュが叫び声と共に飛びかかってきた野犬の大口に盾をねじ込み、顎が砕けたところに木の棒で脳天を殴りつけ頭蓋を破壊した。
横倒しになって未だ足をばたつかせる野犬の死体を脇へ蹴飛ばし、次の野犬には盾の縁をそのまま眉間に合わせる。
ぼぐっ、と眉間に盾の縁がめり込み、野犬は片方の目玉が飛び出て狂ったように痙攣を始めた。
足で軽く押しのけると、全身をがくがく痙攣させながら明後日の方向へ消えていく。
見ていて気持ちのよい最期ではない。
「……ううう」
殺到する野犬たちを次から次へと殴りつけ蹴り飛ばしながら、彼方を眺めて低く唸るチュチュ。
野犬単体の強さは全く脅威ではない。恐らく先陣を切っている五人なら素手でも無傷で殴り殺せる程度だろう。
しかし恐るべきはその匹数だ。
既に数十、下手をすると百に届くほどの数野犬を蹴散らしているものの、迫る波には終わりが見えない。
この野犬の波は一体いつ終わるのか?
十中八九野犬の波に乗じて襲撃してくるであろう黒衣の人影はいつ、どこへ現れるのか?
前衛護衛五人がこうして野犬の相手で手一杯な現状、奇襲を受けたとして無事に対応出来るのか?
野犬の群れ相手に八面六臂の立ち回りを続けている五人であったが、胸中は暗く激しい夜の時化のような不安に苛まれていた。
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馬車を挟んだ向こう側で、野犬の群れが夕暮れの空へ飛散を続けている。
その光景を眺めながら、ウウワウは手に持つ木の棒を強く強く握り締めて震えをごまかした。
気を抜けばがちがち鳴りそうな歯をなんとか押さえ込んで、痙攣するような口の動きで言葉を紡ぐ。
「プ、プリシラ様、ウォルト様、お二人はこのウウワウが、お、お守りしますから」
二人は何か返事をしたようだったが、緊張の極みにあるウウワウには何も聞き取ることは出来なかった。
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昔から臆病な少女であった。
性別問わず勇猛果敢を是とする耳人にありながらどうしてもここ一番で一歩踏み出すことが出来ず、逆に退いてしまう。
両親からも臆病者と叱られることが多く、彼女にとって臆病さは、何よりもその臆病さを他者にあざ笑われることは、これ以上無いほどのコンプレックスであった。
そんな彼女には、自身の劣等感と鬱憤を晴らす為の捌け口が必要だ。
それがチュチュであった。
哀れな浮浪児であり、殆ど口答えをしないチュチュは彼女にとって絶好の"下に見れる"相手であり、彼女はチュチュに対しここぞとばかりに尊大に、偉ぶって接し、自分の優秀さを主張し、子分への褒美と称して残飯を振る舞った。
不純極まりない動機であったがチュチュはそのことを一切気にしておらず、チュチュは今も昔もウウワウに対して感謝の念しか抱いていない。しかし彼女がそれを知ることはない。
幼少期の歪な二人の関係にも、ある日転機が訪れる。
成長し彼女からの施しやゴミ漁りだけでは足りなくなったチュチュは食い扶持を稼ぐ為、単身町の外の森へ採集に出かけるという暴挙に出たのだ。
当時のチュチュは何の教育も受けておらず、自身の感覚だけに頼った探索では迷うのも一瞬。極めつけは臭いを追って小動物だと思って飛び出してみれば、そこにいたのは弱いながらも歴とした魔物。
偶然同じ時間、場所で探索していたケアリー、ジョッシュ、アントンに見つからなければ、その場で魔物の餌食となっていただろう。
そうして三人に助けられたチュチュ。
家族も学も職も何もないチュチュを三人は護衛として鍛えることに決め、チュチュの熱心な勧誘によりウウワウも同じように鍛えて貰う手筈となった。
しかし彼女は三人による訓練からわずか二日で逃げ出し、それを最後にウウワウとチュチュ、二人の関係は途切れることとなる。
いくつかの年月が経ち、チュチュは護衛として立派に成長し、彼女は耳人特有の身体能力こそあれど学も技術も無い使い走りの下働きのまま。
チュチュの話が漏れ聞こえる度、彼女の脳裏を幼少期の鬱憤晴らしに利用した過去が過ぎり、次いで訓練から逃げた当時の自分の臆病さが蘇り、結局何一つ踏み出すことの出来なかった自分の惨めさが際立つ。
臆病さが何よりも負い目であり弱みなウウワウ。
そんな彼女の元にも、恐怖の試練は容赦無く襲いかかってくるのだ。
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最初に現れたのは、口元の毛を粘りのある不潔な血で汚し、後ろ足が片方折れ曲がった個体であった。
胴体は大きくへこんでおり、肋骨ごと肺を潰されて口から血を吐いているのだろう。
明らかに致命傷の、いつ死んでもおかしくない、というより、まだ死んでいないのがおかしい、という状態の野犬。
前衛五人の誰かが蹴散らした死に損ない。
その一匹が、草地の向こうから一行の集まる広場へぬるり、と姿を現したのだ。
「ひっ……!」
野犬のおぞましい姿に気づいた誰かが、短い悲鳴を漏らした。
死にかけの野犬は口からごぼごぼ、ごぼっ、と血泡を吹き出しながらも数歩駆け寄り、ばたりと倒れた。
もう動かない。
臨戦態勢に入った者たちが肩透かしか、と一瞬気を緩めそうになったその時。
方々から、致命傷を負っている筈の野犬の群れが一斉に姿を現した。
「う、うおおおおああああ!」
「ひいいいいいっ、あああっ!」
護衛たちは恐怖に慄きながらも、必死に武器を振るって死に損ないの迎撃を始めた。
相手は完全に致命傷である。下顎が砕けてものを噛めないもの、足が半分以上折れていてまともに走れもしないもの、頭蓋が砕かれてふらふら蛇行するのが精一杯なもの。そんな個体ばかりだ。
故にウォルトの護衛五人と比べて腕前に劣る者たちの多い他の護衛たちでも、少し小突けば簡単に完全な死体へと変えることが出来る。
しかしどう見ても死体同然の野犬たちが死にかけ特有の痙攣や断末魔を伴い迫ってくる様は、人々の心を苛み恐怖を掻き立て冷静さを失わせるには十分であった。
「死にかけがこっちに来てるわ! 刃を使って確実に息の根を止められないかしら!」
「もう刃は使ってる!」
「でもそっちには行けそうにない、わん! 無傷の奴を、そっちに向かわせないので手一杯、わん!」
「了解! 無理せず頑張って!」
ウウワウの横、プリシラの前にいたケアリーが馬車の後ろへ呼びかけると、チュチュとそれ以外の誰かの叫ぶような返事が届いた。
ケアリーは下唇を噛みながらも、後ろ手でプリシラを撫でる。
「大丈夫よ、プリシラ、それにウウワウちゃんも。あのわんちゃんたちならきっと上手くやってくれる。私たちは凌ぐだけでいい」
「ケ、ケアリーさん、わ、私は、ヒッ!」
言葉半ばでプリシラの声がひきつり悲鳴に変わった。
茂みの奥から新たに現れたのは、首の無い野犬であった。
どぼどぼと血を垂れ流しがたがた痙攣しながら、それでも狂人めいた不条理な走りで一行へと迫って来ている。
「……嘘でしょう……ッ!」
ケアリーが杖を掲げて呪文を唱えた。
杖の先から光弾が飛び、命中した首無し野犬を火達磨に変える。
炎上する野犬は全身の筋肉が焼けて縮こまり、今度こそ動かなくなった。
「……」
ウウワウは目を見開き口を半開きにしたまま、凍り付いたように表情を動かせなくなっていた。
その癖首から下だけは、壊れたように震えが止まらない。
動け、動け、動かなきゃ、動かなきゃ。
いくら念じても、ウウワウの身体が震え以外の動作を示すことはない。
「ぎええええっ!」
突然の悲鳴。
ウウワウが身を竦ませ頭だけをばっと音の方角へ向けると、護衛の一人が野犬の半死体に群がられ両手足を力の限り振り乱している姿が目に入った。
群がっている、とは言ったものの、正確な匹数は分からない。
というのも胴から両断された前半分、首無し、脳潰れ、足無し、など細切れにされた一匹未満のおぞましい個体が大半だったからだ。
前半分が内臓を垂れ流しながら這いずり、足無しが白目を剥きながら打ち上げられた魚のように激しくのたうって迫る様などは最早人のいるべき空間ではない。
死者が悶える冥界の様相であった。
「止めろ、来るな、来るな、来るんじゃねえええっ!」
「お願いっ、誰か助けて、お願い、おねが、痛い、痛い痛い痛いああああっ!」
護衛たちの円陣が、少しずつ綻びを見せ始めた。
一人、二人と半死体に群がられ貪られる者が出始め、一匹、二匹と陣形を突破し非戦闘員に迫る個体が出始めたのだ。
今も護衛の防壁を突破し、下顎から前足二本までが削ぎ落とされた野犬の一匹がウォルトたちへと迫ってきていた。
「プリシラ、ケアリー、下がってくれ!」
「アイヴィーも!」
すかさず前に出たのはウォルトとディーンだ。
火のついた松明を両手で握って野犬に突き出す。
後足二本だけで飛び込んでくる野犬は回避など出来ず真正面から松明にぶつかり、灰色の毛皮を黒く焼かれながら頭蓋骨が砕けた。
続けざまに松明を振り上げ、何度か激しく殴打するとその内に半死体の野犬は完全な死体へと変わる。
「……大丈夫だ、私たちには皆がいる。皆を信じるんだ、プリシラ」
「ウォルトさん、次が来ます!」
ウォルトとディーンが二人一組になって、決死の覚悟で野犬の迎撃に当たっていた。
両者とも戦闘経験など全くないずぶの素人だが、二人合わせて確実に迎撃すること、恐怖にさえ駆られなければ相手はあくまで死に損ないであること、この二点によって的確に野犬を仕留め、自身の愛する者の命を守り抜いていた。
一方ではケアリーが、死に損ないの中から特に運動能力が残っていそうな個体を狙って呪文で的確にとどめを刺し、アイヴィーもケアリーの隣で魔法石の入った籠を携え野犬の観測を行い、補助に回っている。
ケアリーが呪文を唱えている間もアイヴィーは焦茶の髪を振り乱す勢いで周囲を見回し、足の多く残っている野犬を探してはケアリーに報告を行っている。そのおかげで素早い個体の迅速な排除が進み、結果としてウォルトとディーンの迎撃の安定性の向上に繋がっていた。
残るはプリシラ。
眼前に広がる死の世界に耐えうる精神力など無く、全身を縮こめ泣きながら恐怖に震えている。しかし彼女は雇い主であるウォルトの愛娘であり、護衛たちにとってウォルトと同じくらい大事な護衛対象である。皆にとって守るべき大事なお姫様、故に何の問題もない。
最後に。
ウウワウが。
ウウワウだけが。
働かなければいけないのに。
働くことの出来る能力があるのに。
恐怖に震えて動けずにいた。
「……っ、……っ」
震えが止まらない。
がちがち鳴る歯を止められない。
棒を握る力だけが強い。
耳人である自分には人より強い力がある。
この棒で殴りつければあの死にかけの野犬くらい殴り倒せる筈。
そうだ。この棒で殴りつければ。
「……ぁ……ぅ……」
しかし視線を巡らせて、半死の野犬を直視してしまうともう動けない。
両方の目玉が眼窩から飛び出てぶら下がり、頭蓋が陥没している野犬が泡立つ涎を吹き散らしながら迫ってくる。
ケアリーがすかさず呪文を放ち、丸焼きにするとギョオオオギギギャギョゴブォブォ、と犬どころか生命体とすら思えない奇怪な断末魔をあげてのたうち回り焼け死んでゆく。
視界を苛む狂乱する半死体と、聴覚を苛む半死体の断末魔と、嗅覚を苛む生暖かく濃密な血肉の臭いが、ウウワウの動きを縛りつける。
動かなきゃ。
動かなきゃ。
動かなきゃ!
動くんだ!
動いて!
がたがた震えながら、必死に自身を奮い立たせようと頭の中で叫び続けるウウワウ。
そんな彼女が震えのあまり姿勢を前傾にして。
地面を這う黒い染みを見つけた。
「……」
ウウワウの思考が透き通る。
彼女の心から雑念が消える。
ただ静かな心でそれを見つめる。
地面を這う黒い染み。
それはどうやら、影のようだった。
何も元になる物体が無い筈なのに。
焚き火の位置からしてそこに影がある筈無いのに。
影が這っているのだ。
横は人の肩幅ほど、縦は人の胸板ほどの大きさの影が一つ、子供が這うほどの速度で。
影は一直線に地面を這い、ゆっくり自分たちの元へ近づいてきている。
まだ誰も這う影に気づいた様子はない。
ウウワウだけが気づいている。
ウウワウは自分の身体から、震えが抜けていることに気づいた。
身体がどう動くべきか、本能が示しているのが分かった。
ウウワウはそれに従って。
影から後ずさりした。
数歩下がって。
影から後ずさりして。
背中でプリシラとぶつかって。
「影が! 動いてるっ! そこっ!」
遅れて気づいたアイヴィーが絶叫すると同時に、ウウワウは恐怖に駆られてその場から駆け出した。
背中にぶつかっていたプリシラを押しのけて。
ああ。
やっぱり駄目だった。
全てを悟ったウウワウが躓いて転び、咄嗟に後ろを振り返れば。
自分が突き飛ばした所為で身動きの取れないプリシラ。
彼女の眼前に姿を現した黒衣の人影。
身体をひねって大きく振りかぶった長い漆黒の右腕。
そして――
一目散に駆け出して、プリシラと黒衣の間に躍り出たケアリーの姿が視界に大写しになった。
プリシラを庇った彼女が黒衣の全力の右腕で薙ぎ払われて、腹部を両断され真っ二つになったその瞬間まで。




