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姉妹冒険者物語  作者: 並野
クルムトゥの黒き怪物
142/181

06

 ごぼぼぼっ、ごぼぼっ。

 音の途絶えたクルムトゥの洞窟で、アントンの喉で泡立つ血の音だけがいやにはっきりと響いていた。

 ピエールは溢れ出る苦痛と悔恨で顔を歪め、アーサーは戦力の減損に内心不安を過ぎらせる。

 チュチュとネイトは眼前の光景を信じられず目を見開き、ジョッシュは元々険しい顔を一層険しく、人を殺せそうなほど鋭くしてアントンを見つめ。


「アントン!」


ケアリーが血相を変えてアントンの元へ飛びついた。

 呪文を唱え、治癒の光を当て始める。

 しかし脊椎に達しそうなほど深く抉られた喉元は、一瞬で血流を元通りに出来るほどの技術が無い限りもう手遅れで。


「……」


アントンは苦痛を浮かべつつも最期に一度、苦笑いでケアリーの頭を撫でてから。

 燃え尽きる蝋燭の如く、終わりを惜しむように動くのを止めた。


「あ……あああ……!」


服を鮮血で汚すのも厭わず、生き絶えた老人の躯を腕に抱えて。

 ケアリーは暫しの間、そうやって震え続けた。


   :   :


 アントンを咬殺した後の黒衣の人影の残骸を、姉妹以外の前衛たちが念入りに、堅牢な右腕の先以外全て粉々に破壊し、少しでも時間稼ぎになればと残った腕を地中深くに穴を掘って埋めてから。

 一行は重苦しい雰囲気の中、再び馬車を急がせて出発した。


「アントンおじさま……!」


幌馬車の中で、仰向けに寝かされたアントンの遺体に縋りついてプリシラがすすり泣く。

 彼の遺体はそのまま放置するのはあまりに忍びなく、血を拭って乗せてあるのだ。次の休憩時、火葬する手筈になっている。


 遺体に縋って泣くプリシラを、父、護衛たち、ピエールの六名が静かに見つめていた。

 ピエールは衣服を捲って左の二の腕を露出させており、ケアリーの呪文による手当を受けている。

 一目見れば分かるほど平たく潰れた二の腕は、所々砕けた骨の破片が中から皮膚を突き破って飛び出ていた。

 治癒の呪文によって辛うじて飛散せず残っている骨がゆっくり、ゆっくりと本来の形を取り戻し、同時に骨の破片が外へ押し出され皮膚を貫き体外、馬車の床へと転がり落ちていく。

 当然とてつもない激痛であり、ピエールは目を固く閉じ眉を力強く寄せ、脂汗をつむじから足裏までびっしりと浮かべながらも呻き声を上げずに堪えていた。

 本来ならアーサーが泣きそうな顔で側で見守っている所だが、彼女は姉より一足先にケアリーから手当を受け、ひとまず治った今は御者台で警戒兼人魂を排除する役目がある。

 その為ディーン夫妻と共に御者席に座っているが、今も気が気ではないだろう。


「おじさま……どうして、どうしてなの……!」


ピエールが苦痛を堪えながら片目を薄く開いてちらりと窺うと、プリシラが顔をくしゃくしゃに歪めて泣いているのが目に入る。

 他を見回せば、ウォルトやチュチュ、ネイトらも下唇を噛み悲しみと悔しさに震えているのが分かった。


「……ごめんね」


ピエールが口を開く。

 プリシラがはっとして顔を上げ、他の面々も同様にピエールを見返した。

 額の脂汗を右手で拭ってから、言葉を続ける。


「私が油断してたから、あいつに上半身を投げさせたんだ。真っ二つに出来たから、もう大丈夫だろう、もし何かあっても他の誰かがなんとかしてくれる筈、って他人事みたいになってた。両断してもあいつが動くのは分かってたのに。この結果になったのは、私に責任がある。だから……」


言葉を区切り、プリシラを見つめる。

 悲しみに暮れる彼女の心の、悲嘆がやがて憤りへと――


「やめろわん」


手を振って遮ったのは緑髪の耳人(プッチェル)、チュチュであった。

 視線を横へ逸らしながら、不機嫌そうに唇を尖らせている。


「お前、わざと悪者になろうとしてるわん。悪者になって、プリちゃんに八つ当たりして貰おうと思ってるわん。悲しみを紛らわせる為に」

「……」

「余計なことするんじゃないわん。そんなの、ただの出しゃばりわん」


意図をぴたりと言い当てられて、ピエールはゆっくり目を閉じた。

 プリシラの怒りがすっと霧散し、代わりに驚きと、気づかず八つ当たりしようとしていたことへの恥ずかしさへ変わる。


「……初めの奇襲を防いで、足をへし折られてもまた立ち向かって、腕潰されながら真っ二つにして。お前たちの活躍はもうここにいる全員が認めてるわん。それで十分だわん。お前たちはただ戦うことにだけ集中すればいいわん。プリちゃんを慰めるのは、お前じゃなくてわんたちの役目だわん。……お前たちより、よっぽど活躍出来てない、役立たずのわんみたいな奴の」

「……ごめん」

「だから謝るんじゃないわん」


再度窘められ、ピエールは少しだけ表情を緩めた。

 死者が出ている以上笑みを見せることは決して無いが、それでも反応としては十分だ。


「この調子だとお前、どうせ普段からそうやって余計な親切しようとしてるわん。余計なお世話だわん」

「……それ、アーサーによく言われる」


治癒の苦痛で苦しむピエールの返答に、ほれ見たことか、と言いたげに鼻を鳴らすチュチュ。

 それきり会話は途切れ、二人のやりとりを聞いていたプリシラの心からは、ほんの少しだけ悲しみが紛れる結果となった。


 一方御者台から当然のように話を盗み聞いていたアーサーは、まさに自分が言いたかったことをチュチュが代弁したことに対し、ありがたさ三割、出会ったばかりの癖に知った風に姉を語ったことへの不満が七割という非常にみっともない割合の感情を抱えることとなった。

 そして妹のその悪感情に気づいていたのは、ただ一人アイヴィーだけであった。


   :   :


 黒衣の人影を撃破してから、どれだけの時間が経ったかも分からない頃。

 視線の先に点のような橙色の光が映り、次第に大きくなっていった。

 やがてそれは点から円へ、前方を埋め尽くしていく。


 一行はクルムトゥ南の洞窟を抜け出した。



   :   :



 時刻は既に夕暮れ時だ。

 クルムトゥ盆地の平原の植物たちを、夕陽の茜色が染め上げている。

 前方の視界いっぱいに広がる赤緑と、長く伸びる簡素な石作りの道。

 当然石畳というほど整ったものではなく、ただの道標程度の役割しか無いだろう。


 一行は薄暗くなる限界まで馬を走らせてから、馬車を止め野営の準備を始めた。


「これくらいでいいかな」

「……」


ディーン夫妻が集めた枝を、それぞれ一抱えほど集めてアーサーの元へと戻った。

 アーサーはそれらを手早く太さ長さ枯れ具合で分類し、より分けた細い枯れ枝たちを火床へ並べていく。

 枯れ草や落ち葉を集めた火床に枝が加わった所で、呪文によって指先に非常に小さな火を灯し、火床へ着火。

 枯れ葉が燃え上がり火が整ったところで中くらいの太さの枯れ枝やまだ水分を含む生枝を加え、生木の水分が飛び火が移るのをじっと待つ。

 暫く火を睨み続け、火に加えられた殆どの枝が燃え始めたところでアーサーは火から離れた。

 赤紫色の空を背負ったクルムトゥの地を、たき火の火がかすかに照らす。


「……行こうか」


ディーンに促され、アーサーは立ち上がった。

 向かう先は他七名が集まる野営地の一角。

 地に寝かされた、アントンの亡骸を囲んでいる。


「お待たせしました」


アーサーが言うと、ウォルトとケアリーのみがかすかな笑顔で応対した。

 他の皆の表情はやや軽くなったとはいえまだ一様に重く、プリシラなどは遂に火葬ということで、再び溢れ始めた涙を拭っている。

 ピエールは左腕を既に一通り治療されていたが、大事を取ってまだ布で吊し固定していた。


「……それでは皆様」


ケアリーが目を閉じて両腕を少しだけ開き、空を仰ぎながら口を開いた。


――神へ祈りを。

哀れなる死者、アントンへ祈りを。

かの魂は汚濁にまみれることなく、聖なる祈りの炎によって浄化されるべし。

アントンの魂へ祈りを。

決して不浄と化すことなく、身魂(しんこん)清きまま現世から離れることを。

纏わる闇禍(あんか)を振り払い、まばゆき光の元へ去ることを。

神へ祈りを。

我らが友、アントンへ祈りを――


 中央大陸に存在する中央新教という宗教の、死者を弔う聖句。

 その中でも、不死者にならぬように、という祈りの込められたものだ。

 少々改変されているもののどうやら問題は無いらしい。

 ケアリーが聖句を唱え終わると同時に小さな炎の呪文を放てば、呪文は白い炎に変わり一瞬にしてアントンの身体を包み込んだ。

 聖句と共に放たれた火は新教の加護を得て浄化の炎と化し、燃料が無くとも死者の身体を覆い完全な灰へと変えてしまうという。

 事実、骸を覆った真っ白な炎が消えた後には炎と同じ白い灰だけが残り、燃え残りには骨すら存在しなかった。

 骸が完全に消失したことでプリシラは再度感極まって泣き出し、ケアリーは諦念の混じった氷のような微笑で灰の一部を小瓶に納め、懐へ仕舞い込んだ。

 残った白い灰は、盆地に風が吹く度白い風となって空へ消えていく。

 この調子なら夜のうちに全て風に乗って消失するだろう。


 アントンを火葬し終えた一行は、重くぎこちない雰囲気で夕食の準備を始めた。


   :   :


「私たちはね、みーんなアントンに呪文を教わってたのよ」


椀に満たされた夕食に時折口を付けながら、ケアリーが思い出話を語る。

 夜闇に染まったクルムトゥ盆地に煌めく、焚き火の光を眺めながら。


「私も、プリシラも、ネイトも、それからグレース……ジョッシュの娘も。皆あのくそじじいのおかげで呪文を覚えられたのよ」

「僕はまだまだ初歩的な呪文を覚えただけでしたけどね……」

「私も、こんなことなら、もっと、真面目に、アントンおじさまから……!」

「だめよプリシラ、笑って送ってあげましょう」


言葉半ばでぐずりかけたプリシラを宥めるケアリー。

 やはり微笑を湛え、それでいてどこか諦めの感情を滲ませる作り物めいた微笑みだ。


「そのアントンおじじ自身は、どこで呪文を学んだんだわん? あのおじじが真面目に呪文習ってるところなんて想像出来ないわん」

「僕ら三人が若い頃にね、新教の教会にそれは綺麗なシスターさんが派遣されたんだよ。アントンはそのシスターさんに会いたい一心で、彼女が教会でやっていた呪文の講座に通ってたんだ。その結果、呪文の才能があったみたいであんなに上達したんだよ」

「……予想外にしっくり来る理由だったわん」

「最初はあんな不埒な動機だったのに、それがこうしてぴったりはまって皆の役に立つのだから世の中分からんものだ、って本人含め三人で笑ってたのさ」

「……あんな適当を絵に書いたような男が、当時講座を受けていた者たちの中で一番呪文が上達するとは。あやつよりもっと熱心に学んでいた者は大勢いたから、絶好の僻みの的になっていた」

「結局彼らと喧嘩になって、喧嘩に覚えたての呪文を持ち出したらシスターさんに大層叱られて。お尻を真っ赤になるまで叩かれて半泣きだったのに"シスターさんにケツを叩かれるのはそれはそれで快感だった"とか言うんだもんなあ」

「あれは結局今でも痩せ我慢だったのか本気だったのか区別がつかん」

「僕もだよ」


話が弾みウォルトが微笑むと、隣のジョッシュも過去を思い出したのかほんのわずかに、馴染みの者たちに分かる程度に口の端を持ち上げ笑みを浮かべている。

 今この時だけは、彼らは追跡者の脅威を忘れ思い出話に花を咲かせていた。



   :   :



 一夜開け、逃亡行三日目の朝。

 昨日同様黒衣の人影の夜襲は無く、皆不安と緊張感を滲ませつつも無事に休息を取ることが出来た。

 一行は手早く朝食を口に運ぶと、既に風に消えたアントンの灰の跡に最後の祈りを捧げ、馬を走らせ始める。


「……恐ろしいくらいの快晴」


御者席に座るピエールが首を伸ばして辺りを見渡す。

 昨晩と今朝、ケアリーに念入りに呪文で手当を施された左腕は既に完治している。

 とはいえ念には念を入れたかったのか、アーサーは出発まで実に甲斐甲斐しく姉の介護を行っていた。

 ピエール本人にとってはありがた迷惑でしかなかったが。


 周囲は一面に広がる平原だ。

 いくつかの低木の茂みや、何本かは木々も生えているが大部分は草ばかりで視界は非常に広い。

 見回せばクルムトゥの山々が見事に盆地を囲み全方位に(そび)えているが、それ以外の全てが平原。

 巨大な箱庭のごとき様相を呈していた。


「雨期が終わった後だからね。今年中にここに雨が降ることはもう無い筈だよ」

「雨期っていつ頃だったの?」

「二月ほど前かな。今が雨後のぬかるみが収まって、安心してこの道を通れる時期なんだ」

「……その結果が、今の状況ですけどね」


最後に付け加えられたアイヴィーの一言によって、場の空気がなんとも言えない気まずいような重たいような雰囲気に変わる。

 ディーンが小声で窘めるが、陰気な妻は顔を背けて何も言わない。

 ピエールは苦笑い、アーサーは内心不快感を滲ませつつ姉妹二人で再び周囲へ視線を巡らせた。


   :   :


 青空の下、馬を走らせ続けて時刻は昼前。そろそろ一旦休憩し、馬を休ませようかという頃合い。

 何の異変も無く一行は淡々とした逃避行を続けていたが、姉妹の隣に座るディーンの表情がやや優れないことに二人が気づく。


「……どうしたのディーン君?」

「ああ、いや……」


一度は口ごもるディーンだったが、少し間を開けてから口を開いた。


「平和だな、と思ってさ」

「うん? それっていいことじゃない?」

「それはそうなんだけど、でも」

「……大がらすの姿が見えないから、ですか?」


アーサーによって先んじて放たれた断定的な問いに、ディーンは頷く。

 隣ではアイヴィーが不安なのか不機嫌なのかよく分からない顔で旦那を見つめていた。


「僕も、この道は何回か通ったことがあるんだ。でもその時は毎回大がらすが集まってきて、周囲や上空をうろつき始めるんだよ。あわよくば積んでいる食べ物を盗んでやろう、ってね」

「……危なくないの?」

「それが不思議なことに、人を直接襲うことは殆ど無いんだ。食べ物を盗む為に人を突き飛ばしたりはするけど、人を襲って食べようとするところは一度も見たことがないし聞いたこともないかな。理由は分からないけど……」


ディーンの説明にピエールは"不思議なこともあるもんだね"と首を傾げるばかりであったが、アーサーは大がらすの行動に何か薄ら寒いものを感じ取って顔に少しだけ苦々しいものを浮かべていた。


 そんな折。


「あの忌々しいカラスがいないのはいいことよ。あいつらったら空から……」


アイヴィーの言葉に被せるように、アーサーが大きな大きなため息を吐いた。

 アイヴィーはびくりと電撃でも受けたかのように身体を縮こめ、豊かな胸元に両手を押しつけ一瞬にして虐待され怯える子犬の顔へと変わってしまう。

 かたかた震え今にも泣き出しそうなほど怯えるアイヴィーのことなど目もくれず、アーサーは前方、長く続く道を睨んでいる。

 眉を寄せ顔をしかめ、苛立ちを込めながら。


「な、何よ、わた、わ、私は……」

「あの、アーサーさん……?」

「……さっさと死ねばいいのに」


夫妻が方や戸惑い方や半泣きで呼びかける中、アーサーは前方を睨んだままぼそりと呟いた。

 その後ピエールへ呼びかける。


「姉さん」

「そこそこいると思う。少なくとも二十」

「そうですか。……ディーン、馬車の速度を緩めてください」

「え、えと、その」

「早く」


有無を言わせぬアーサーによってディーンは辿々しくも馬車の速度を緩め、夫妻揃って不安げに姉妹の様子を窺った。

 アイヴィーなどはアーサーが怖いのか夫の腕に胸を押しつけ全力でしがみついている。その上まだ震えていた。


 アーサーは前方を睨み続け、その間にピエールが後方の窓を開く。

 すると入れ替わるように顔を覗かせる緑色の犬耳の少女。


「チュチュちゃん」

「皆まで言うなわん。わんには分かってるわん」


ピエールの言葉を手を上げて半ばで押し留め、真剣な顔でチュチュが頷く。


「……人の臭いが漂ってきてるわん。この先に人……多分先に逃げた他の奴らがいるわんね?」


   :   :


 昨日、馬の死体の気配を感じた時と同様に、一行は軽く相談を行った。

 その後、ディーン夫妻は馬車内へ戻り、御者席にはチュチュとネイト、馬を挟むように左右に姉妹という陣形で一行は歩を進めていく。

 そうして暫く歩いたところで。

 視界の先と気配に、やおら変化が現れた。


「ん、なんかいるね?」


ピエールが呟くと、ネイト一人が彼女へと意識を向けた。

 アーサーとチュチュは既に前方へ意識と感覚を集中させている。


「なんか? って、人ではないってことですか? ピエールさん」

「んー……これが話に聞く……」

「大がらすわんね」


御者席で腕を組み、どことなくふんぞり返っているチュチュが言葉を被せた。

 ちなみにチュチュは馬を操れない為、御者をしているのはネイトのみだ。


「あいつら特有のくっさい臭いがするわん。洗ってないケダモノの臭いだわん」

「チュチュかな?」

「うっせえわん!」

「うるせえのはお前だ犬ころ」


ネイトがすかさず挟んだ軽口にチュチュは声を荒げて叫んだが、逆にその声がうるさかったのか馬車内のジョッシュに低い声で叱られ耳を伏せてしまった。

 横目でネイトを睨んでいる。

 ネイトは少しだけ笑いつつも、ジョッシュに叱られるのは本意ではなかったらしく表情でチュチュへ謝っていた。


「見てください」


チュチュとネイトが騒ぐ間にもじっと前を見つめていたアーサーが、眉根を寄せつつ前方を指さした。

 三人が目を向けると、青空の彼方に黒い点が複数。

 空を群れになって飛んでおり、今のところ下へ降りる兆しは見られない。


「十四……いや五……」

「十五かな」

「そうですか」


姉妹が気配で数を探りつつ、後方へと意見を求める。


「あの位置だと人の気配に近い、かなあ。どうする? ここの大がらすって人は襲わないんだよね?」

「その筈だと思います」

「じゃあ急がなくていい?」

「……どうします? ボス」

「急ぐ必要は無い」


ネイトの問いかけにより、馬車内から低い声が返ってくる。

 一行は少しだけ気を引き締めつつも、歩を早めることはなく前進を続けた。


 そのまま暫く歩くと、すぐに変化が現れた。

 視界の先に現れる、石造りの建造物だったものたち。

 短い石柱。

 半壊した家屋。

 多少密度の増した石畳。

 草こそ生えているものの低木や木々は少なく、外れには水溜まりのような溜め池すらも残存している。


 ここは、かつてクルムトゥの町があった跡地。

 今はクルムトゥを通過する者たちが、休憩地点として利用している。

 そんなクルムトゥの町跡には、既に数台の馬車が停まっていた。

 黒衣の人影最初の襲撃の際、ウォルト一行を置いて我先にと逃げ出した者たち。

 その、昨日殺された商人以外の生き残りたちだった。

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