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姉妹冒険者物語  作者: 並野
クルムトゥの黒き怪物
140/181

04

 結局その夜は黒衣の怪物が襲撃に来ることは無く、一行は(いたずら)に緊張させられ、精神力を消耗するに留まった。

 一行は手早く軽い朝食を済ませ、未だ会わない怪物に急き立てられるように出発した。


   :   :


 果ての見えない一本道の洞窟内。

 壁面に点在して生える雑草のような小さな植物は、仄かな橙色に発光する小さな実を付けている。

 仄暗い橙色のトンネルを、魔法石の光源を頼りに馬車が淡々と進む。


「しっ」


小さなかけ声と共に、走る御者台の上で立ち上がったピエールが小石を一掴み纏めて投げた。

 一直線に飛ぶ小石群のうち一つが洞窟内をふよふよ浮かぶ不気味な光の球に命中し、煙を散らすように光の球は消滅した。


 洞窟内に生息する人魂の魔物だ。

 人を見つけると強い光で目を眩ませ、その隙に熱波を放って攻撃してくる。

 しかし熱波の射程は短く物が燃えるほどでもない為、よほど近づかれなければ危害を加えられることはない。

 その上存在そのものが非常に脆く、光球の身体に物をぶつけられる、どころか下手をすると強風で煽られるだけでも霧散して消えてしまうという。

 油断していると熱波で火傷を負うこともあるが、ある程度慣れていれば全く怖くない哀れで儚い魔法生物だ。


 進行方向にいた人魂の排除を終え、ピエールはすとんと御者台に座り直した。

 隣にはディーンとアイヴィーが昨日と同様並んで座り、馬を駆っている。


「……洞窟の中は意外と何も無いね」

「脅威らしい脅威はあの人魂しかいないからね。尤も、辺りをよく調べれば色んな……」

「やめて」


陰気な嫁に素早く遮られ、ディーンは軽く笑いながら言葉を止めた。

 ピエールもディーンの言おうとしていた内容を察し、苦笑を浮かべる。

 恐らくよく調べれば、洞窟を根城にする刺激的な見た目の生物がすぐに見つかるだろう。


 一言ぼそりと呟いたきり、再び俯き気味に身体を縮こめてしまったアイヴィー。

 ピエールが気を紛らわせようと何か会話を繋ごうとするが、


「ねえ、アイヴィーちゃんってさ……」

「……」


返ってきた反応は余計身体を固め、夫の後ろに隠れるように身を引くだけ。ピエールには見えない位置だが、表情にも静かな警戒と拒絶だけが浮かんでいる。

 明確な没交渉だ。

 見かねたディーンが片手でアイヴィーの肩に手を置くと、彼女は夫へと少し体重を預け返した。

 それでもやはり、ピエールへの拒絶は表情に残っている。


「すみませんピエールさん。アイヴィーはどうしても人見知りが激しくて……」

「ううん、大丈夫」

「……どうせ私は、無愛想で不細工な根暗女よ」

「いやあ、そんなこと……」

「呪文だって使えない、生まれながらの出来損ない。……あなたの妹をがっかりさせて、ごめんなさいね」

「……」


自分で言っておいて自分でショックを受けたのか、アイヴィーはより一層俯き、身体を丸めてしまった。

 ディーンが片腕を上げると、その中にすっぽりと収まるように身を預ける。


 昨日のことである。

 アイヴィーが呪文の扱いに長けた亜人であるニアエルフの血を引いている、と聞いたアーサーは何か呪文が使えないか尋ねたのだ。

 しかし彼女の返答は否。

 ニアエルフの血を引く彼女の一族は皆呪文の扱いに秀でている中、唯一彼女だけが呪文をまるで扱えないという。

 この事実は彼女にとって非常に強烈なコンプレックスであり、彼女の人格形成に関わる最大の要因になっている。

 その上アーサーは表面上には出さなかったものの落胆し、他者の悪感情に異常なほど敏感な彼女はアーサーが隠していた落胆をはっきりと察していた。

 結果、肥大した劣等感を強く刺激された彼女は持ち前の卑屈さが爆発しているのである。


 ピエールは彼女そんな彼女に何か慰め、励ます言葉をかけられないか言葉を探したが、上手い言い回しが見つからず残念そうに目を伏せるに留まった。

 ディーンが無言のまま、アイヴィーを優しく撫で続ける。


 そうして暫く淡々と走り続け、太陽は見られないものの時刻は恐らく昼頃。

 一つの変化が現れた。



   :   :



「ん?」


今朝から数えて十三体目の人魂を排除したピエールが、何かに気づいて眉を上げた。

 ややあってから、馬車内部でもチュチュの声が聞こえる。


「……臭うわん」


ピエールはディーンに断りを入れてから、馬車内に首を突っ込んだ。

 チュチュに集中していた視線が、今度はピエールへ。


「私も何か臭った。……新鮮な血の臭いだと思うけど」

「……」


ジョッシュがチュチュに視線を振ると、彼女はやや不満げに、緑色の犬耳を揺らして肯定した。

 一同の空気が引き締まる。


「新鮮な血……って、もしかして、先に逃げた人たちの」

「プリシラ、落ち着いて」


犠牲者の姿を想像し動悸を荒くしかけたプリシラの両手を、ケアリーが包み込むように握って鎮めた。

 アーサーが小盾を握る左手の力を強めつつ、遙か前方に感覚を集中する。


「姉さん、まず速度を緩めさせてください」

「うん。……ディーン君、ちょっと馬遅くして」


御者台から返事があり、馬車の速度がやや緩まる。

 その間にチュチュが馬車内部から外へ、ピエールとは真逆に頭を突っ込んで外の臭いを鼻を鳴らし嗅ぎ取った。


「すんすんすん……これは人じゃないわん、多分」

「ということは恐らく馬でしょうか。我々より先を行っている、ということは我々よりも馬を酷使しているということ。限界を迎えていてもおかしくありません」

「わんの台詞を取るんじゃないわん! 役割が被ってるからお前たちは気に入らないんだわん!」

「うるせえぞ犬っころ、いちいち叫ぶな」

「うー……!」


ジョッシュに叱られてもまだ憤懣やる方無いチュチュがアーサーを薄目で睨んで唸る。

 しかしアーサーは完全に無視だ。一瞥すらしない。


「……ってことは、潰れた馬が捨てられてるだけってことかい?」

「わんの鼻には人の血の臭いはしないわん。だから……」

「多分蟹だね、これ」

「蟹?」

「だーかーらー!」

「はいはいチュチュちゃんどうどう」


再び言葉を被せられたチュチュをネイトが収めつつ、視線を言葉を被せたピエールへ。


「この先で蟹……えっと、黒蟹だっけ? あれが一杯集まってる気配がする。だから多分、捨てられた馬を蟹が食べてるんだと思う」

「なるほど。それなら問題は……いや待てよ」


笑顔で頷きかけたウォルトだが、途中であることに気づいて険しい顔で口元を押さえた。

 同じように気づいているのは姉妹、アントン、ジョッシュ、ケアリー。

 プリシラとチュチュ、ネイトはまだ気づいていない。

 アーサーが、気づいた者たちを代表して宣言した。


「じきに遭遇するであろう、馬車を放棄した生き残りへの対応を考えておく必要があります」


   :   :


 それから暫くして、一行は打ち棄てられた馬車と倒れた馬、そして馬の亡骸に群がる三匹の蟹に遭遇した。

 蟹たちは一行の馬車の魔法石の光を嫌がったものの、すぐにその場を離れることはなく三匹で協力して食べかけの馬を引きずり光を避けるように、のろのろ後方へ去っていった。

 放棄された馬車の中を確認し燃料や薪に使えそうな木材、持ちきれなかったと思われる食料を回収。

 馬を休めつつ自分たちも軽く昼食を取る。


 休憩すらも気忙しく、再び出発する一行。

 棄てられた馬車を後にし程なくして。

 馬車の持ち主と思われる一団が、仄暗い洞窟の先に現れた。


   :   :


「止まれ、おい! 止まってくれ!」


叫び声と共に進路を塞がれ、馬車はゆっくりとその場に停止した。

 進路を塞いでいた者の中の一人が、ディーンの姿を見て声をかけてくる。


「ディーンじゃないか! お前生きてたんだな! よく生きていた!」

「え、ええ……」


声をかけてきたのは、放棄された馬車の主であった商人だ。

 周囲にいる他の者たちも、彼の護衛や雑用の者たちである。

 ディーンは集まってきた彼らに対し、複雑な笑顔を浮かべて応対している。


「……ん? この馬車ウォルトの馬車じゃないか? もしや……」

「無事で何よりだよ、バート」

「ウォルト……! おお、あんたも生きてたのか……!」

「ああ、皆のおかげでね」


丸め込みやすい若造(ディーン)だけでなく、一筋縄ではいかない中年(ウォルト)が馬車の窓から顔を出したことで、商人は一瞬、本当に一瞬だけ残念そうな素振りを見せた。

 その変化はピエールやディーンには分からなかったが、他人の悪感情にだけは敏感なアイヴィーと長年商人として交渉事に臨んできたウォルトには気づかれている。


「……ウォルト、結局あの化け物はどうなったんだ? あんたの護衛が討ち取ったのか?」

「一応撃退はしてくれた。でも彼らが言うには、あの化け物はそう簡単には死なないらしい。もしかしたらまだ追いかけてくるかも、って」

「……おい、おいおい、嘘だろ」


ウォルトの言葉には、商人本人よりも護衛らしき者たちの方が衝撃を受けたようだった。

 顔を恐怖と不安に歪め、各々顔を見合わせている。


「……なあウォルト、頼みがあるんだが」

「この馬車に同乗させて欲しいんだろう?」

「ああそうだ。出来ることなら何でもする。だから……」

「構わないよ」

「……えっ?」


自分で頼んでおきながら、予想外にあっさりと快い返事を貰えてしまい目を見開いて驚く商人。

 一方ウォルトはウォルトで、即座に了承しておきながら表情は険しい。

 対応こそ事前に決めておいたものの、苦渋の選択であることには変わりないのだ。


「……ただ、この馬車もそんなに重量に空きがある訳じゃない。あまり沢山の物を乗せることは出来ない」

「それは、つまり」

「いや、勿論全員は乗せたいと思ってる。……だけど、荷物は全て捨てて欲しい。持ち込むのは身一つ、それから食料だけだ」

「おい、おいおい待ってくれよ! 何の為に馬が潰れてからもこれ抱えてると思ってるんだ! この魔法石だけは持って帰らないと俺は破産なんだぞ!」

「せっかく仕入れた物を捨てるのが辛いのは分かる。だが仕方が……」

「じゃあこいつらの中から何人か見捨てたらいいんだろ! だからその分この魔法石だけは載せさせてくれよ!」

「なっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよバートさん! 一体何を」


自身の護衛や雑用を見捨てればいい、と宣言した商人。

 当然見捨てられる対象となった彼らは狼狽え、憤り、ウォルトそっちのけで口論を始める。


「あんた自分の雇った人間見捨ててまで石ころ持ち帰るって正気かよ!」

「うるさい黙れ! これはなあ、お前らみたいな十把一絡げの小物よりよっぽど価値があるんだよ! 分かったらさっさと居残りを決めろ! 三人、いや二人で許してやる!」


商人たちの激しい口論の音が、広い洞窟内に反響して響き渡る。

 流石にこのまま放置する訳にもいかないとウォルトが仲裁に入ろうとしたが、次の瞬間暗がりから平然と駆け寄ってきた黒衣の人影とそれを手斧で受け止めるピエールの姿が突然視界に飛び込み、ウォルトの口は半開きのまま固まった。


「……え?」


一瞬、その場から完全に音が消え失せる。

 一拍置いてから。


「……うわああああっ!」


商人たちの絶叫が洞窟内に木霊した。

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