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姉妹冒険者物語  作者: 並野
クルムトゥの黒き怪物
138/181

02

 姉妹、ウォルト親子、五人の護衛たちが車座になって食事を進めている。

 食事内容は日持ちする堅焼きパンと、からからに乾いた干し肉と干し野菜を水で戻した簡易スープというシンプルなものだ。

 皆一様に、堅いパンをスープに浸しながら苦労してかじりついている。


「二人は冒険者なのよね? これまでどんな所を旅してきたの?」


世間話の口火を切ったのはケアリー。

 食事の合間の発言だが、かちかちの堅いパンを口に運ぶ仕草はどこか上品だ。


「色々行ったよー。東西南北中央も」

「へえ。やっぱり魔物と戦ったりもするのかしら?」

「そだねー、まあまあ戦うかな」

「本当わん? そんな細っこい手足で戦える筈ないわん」

「それ自分にも当てはまるだろ、チュチュ」

「わんは特別わん」

「じゃあ彼女たちも特別なんだろ、多分。……実際のところどうなんです?」


チュチュを窘めつつ、自分も気になるのかネイトが俯き加減のまま視線だけを上げて姉妹を窺った。

 アーサーは彼の視線を平然と受け流し、ピエールは頬を掻きながら笑う。


「力は強い方だと思うよ。例えば……ええと……そうだねー……」


言いながら首をきょろきょろ振って周囲を見回すピエール。

 何か力を証明するのに丁度いい物を探しているのだが、見つからない。


「えーと……うーん……」

「姉さん」


手頃な物が見つからない姉を見かねて、アーサーがため息混じりに渡したのは自身の食器。

 金属製の予備のスプーンだ。


「ちゃんと折らずに元に戻してくださいね」

「うん。分かった」


察したピエールが、スプーンを両手の指先で摘んで"えい"と軽く捻る。

 一センチほどの厚みがある金属製のスプーンがあっさりと直角に曲がった。


「えっ?」


こぼれた呟きは誰のものか。

 それも分からぬままピエールは更にスプーンを曲げ続け、気づけば既に渦巻き状に。

 身体能力のことを知っていたウォルト親子、それにジョッシュを除いた四人は、食事の手を止め変わり果てたスプーンを唖然と見つめていた。


「イ、インチキわん」

「はいチュチュちゃん、これ」


なんとか言葉を絞り出したかと思えば、差し出される渦巻きスプーン。

 受け取ったチュチュがスプーンを手に力を込めるが、曲がりこそするもののピエールのようにあっさりとはいかない。

 隣のネイトも試したが同様だ。


「……ピエールさん」


半信半疑のネイトがスプーンを返すと、ピエールは再度スプーンを捻って伸ばした。

 やはり金属ではなく粘土か何かを曲げるかのような気安さだ。

 チュチュはまん丸の目をこれでもかと言うほど大きく開いてピエールの手元を凝視するが、紛れもなく彼女自身の手で造作も無く曲げている。小細工の類は見つからない。


「アーサーありがと」


自身の手元に返ってきたスプーンを、アーサーは軽く捻って細部を整えてから懐へ戻した。

 彼女の曲げ具合もピエールほどではないが、チュチュやネイトより力強い。


「馬鹿力小娘……」


未だに信じられない表情のアントンが、頭をぺちぺち叩きながら話題を締めくくった。



   :   :



 食事休憩も滞りなく済み、再出発した一行。

 先ほど同様ウォルト親子と客人扱いの姉妹、それに魔法使い二人が馬車に乗り、前衛護衛三人が徒歩だ。

 周囲の他の商人たちの馬車も、概ね休憩前と変化は見られない。


「おー、真下まで来ると威圧感あるねー」


御者台に乗るピエールが、両手で(ひさし)を作りながら真上を見上げた。

 視界の先には岩壁が高く伸び、左右に果てしなく広がっている。


 クルムトゥ山脈。

 クルムトゥ盆地を囲む巨大な山脈で、盆地内部に入るには馬車などとても通れない険しい道を登攀(とうはん)するか、南北に存在する洞窟を通過する他無い。

 一行はその洞窟の南側、クルムトゥ南の洞窟の入り口に到着したのだ。


「……大きな洞窟ですね」


そびえ立つ山脈を見上げるピエールとは対照的に、アーサーは目の前に口を開けている洞窟の入り口に目を向けている。

 三角形の入り口は、彼女の言葉とは裏腹に幅四、五メートルほどしかない。馬車一台通るのに精一杯だ。


「おや、ここからでも分かるのかい。そうだよ、このクルムトゥ南の洞窟は入り口こそ狭いが、中はとても広い。幅も十台以上の馬車が併走出来るくらいなんだ」

「崩落の危険性は?」

「僕が知る限りでは崩落自体聞いたことはないかな。入り口は三角形をしているだろう? 内部も大きな岩盤同士が斜めに支え合うような形になっているらしくてね。天然の洞窟の割には丈夫だと地質に詳しい人の話を聞いたことがあるよ」

「……」


アーサーは黙ったまま再度洞窟を眺める。

 ウォルトの言葉を信じているのか信じていないのか、どちらともつかない曖昧な顔だ。


 姉妹が山脈と洞窟を眺めている間にも馬車は歩を進め、やがて縦に並び一台ずつゆっくりと洞窟の入り口を潜っていった。

 前に数台、続いてウォルトの馬車、後ろの馬車と続く。


「わーほんとだ。ちょっと入るともう広い。それになんか……真っ暗ではない? ね」

「ああ、この洞窟内には発光性の植物が少数だけど生育しているから真っ暗にはならないんだ。勿論流石にこれだけではちょっと暗いから……ほら」


ウォルトが後ろを振り向き何やら操作すると、幌馬車の角部分に立てられていた棒の先端が光を放ち始めた。

 魔法石による光源だ。

 次いで、ぽつぽつと他の馬車も明かりを灯し始める。

 とはいえ高価な魔法石を用いているのはウォルトの馬車のみで、他は皆吊した角灯だったり、中には松明を掲げる馬車もあった。


 そうして全ての馬車が入り口を潜り、洞窟の中へと足を踏み入れる。

 ピエールは口を半開きにしたまま、明かりに照らされる広々とした洞窟内を興味深そうに眺めていた。


 のも束の間。

 突然表情を豹変させたかと思うと馬車から飛び降り腰の鞘の得物に手をかけた。


「えっ? ピエー」

「二人とも中に入ってッ!」


突然鋭く吼えたピエールに、その場の誰もが反応出来ない。

 唯一アーサーだけが同じ表情で姉の隣に立っている。


「早く!」

「……おい、何叫んでるわん。まさか中が暗くて怖」


チュチュの嘲りの言葉は、後方から突然炸裂した巨大な破壊と落石の音にあっさりと掻き消された。


   :   :


「なんだ! 何があった!」

「い、入り口が崩れました!」


そこかしこで聞こえる叫び声は、その殆どが事態を飲み込めず気が動転しているが故の叫び声だ。

 皆驚き戸惑っているものの、ただそれだけである。


「……入り口が崩れたわん?」

「そうみたい……だけど、おかしい」

「どういうことわん?」

「見てよ、細かい破片が異常に多い。どう見ても自然な崩れ方じゃない、まるで……岩を叩き割ったみたいな」

「叩き割ったって、どうやるんだわん」

「そんなの分かんないよ、ねえボス……」


咄嗟に腰の武具を構え、周囲を見回しながら話し合っているチュチュとネイト。

 ネイトがボス――ジョッシュに視線を振ろうとした瞬間。


 馬車の集団ど真ん中に、何かが落ちてきた。


「えっ?」


黒くて大きな塊だ。

 煙か濁った液体か何かのようにぼやけていて、細部はよく分からない。

 ただ少なくとも、落盤には思えない。岩が落ちてきたにしては衝撃があまりにも少ない。

 まるで、生物がぴたりとその場へ着地したかのように。


 落下物の詳細を確かめようと、チュチュとネイトが思わず一歩踏み出しかけたのと、素早く飛び出してきたジョッシュが二人を制したのは同じ瞬間のことで。


 黒い落下物がうずくまる人型存在で、立ち上がると同時に間近にいた別の馬車の護衛の首を叩き折ったのも同じ瞬間のことであった。


   :   :


 一拍開けて悲鳴が轟く。

 恐怖が伝播する中、ゆらりと佇む黒い人影。


 まじまじ眺めると、全身をただの布切れのような衣で覆った姿であることが分かる。

 身に纏った、というにはあまりにも見窄(みすぼ)らしい。全身に絡み付いた、とでも言うような黒衣は彼の頭から踝までをまばらに覆っている。フードのようになっているそれのおかげで顔は窺えない。


 身長は一般的な成人男性と大差は無い。

 唯一にして最も特異なのは、その巨大な右腕だ。衣に包まれた右腕は常人の倍は長く、立っていても地面に届くほど。しかし関節は増えていないようで、半ばより先に関節は無く、先端に指らしきものも見当たらない。


 右腕の長い黒衣の浮浪者。

 要素だけなら、その程度の存在でしかない。


 しかしその存在感はあまりにも強烈であった。

 何よりも顕著なのは、その異物感。

 まるで、平和な昼下がりの町に出現した通り魔犯のような。

 真っ白な自室の壁に、突然現れた巨大な虫のような。

 夜の町のど真ん中で、微動だにせず直立してこちらを見ている人影のような。

 "この場、この世に在るべきものではない"という異物感を極限まで高めた、視界から外すことすら恐ろしい異常存在の気配。


 高位の不死存在の証であった。


「っ……ぁ……」


ろくに声も出せず硬直するチュチュとネイト。

 このクルムトゥ盆地周辺は本来強力な魔物は棲息しておらず、ましてや不死者など一切発生しない。

 故にこの辺りでしか活動していない二人は、不死者どころか強力な魔物と相対した経験が少ない。

 不死の魔物特有の強烈な気配に、完全に呑まれてしまっていた。


 佇んでいた黒衣の存在が、竦み上がっている一組の男女を捉えた。

 頭だけを二人に向けたかと思えば、棒立ちの姿勢から一直線に飛びかかる。


 間にピエールとジョッシュが割り込んだ。


「しぃッ!」


突き出された黒衣の左手をジョッシュが構えた盾で止め、ピエールが横薙ぎに振り入れた手斧を黒衣の右腕がぴたりと止めた。

 手斧一閃を腕で止められたピエールが、目を剥いて驚きを露わにする。


 瞬間、間髪入れない黒衣の回し蹴りがジョッシュとピエールを纏めて薙ぎ払った。

 直撃を受けたジョッシュなどは鎧が無ければ肋骨を蹴り砕かれていただろう。

 二人は五メートル近く横へ吹き飛び、半狂乱で逃げようとしていた別の馬車の幌へ直撃した。


 障害物を蹴飛ばした黒衣が、再度標的の二人へ。


「いつまで竦んでる! 早く動けッ!」


唱え終えた巻物から噴き出す炎を黒衣に向けつつ、アーサーが鋭く叫んだ。

 びくりと震えた二人の身体から、怯えが抜け始める。


 黒衣は二足歩行の人型とは思えない獣のような機敏さで炎を避けようと左右へ跳ねるが、アーサーは的確に巻物の炎を黒衣へ向け続ける為回避が追いつかない。

 痺れを切らした黒衣が、避けるのを諦め炎を真正面から受けながら突進した。

 アーサーは構えていた革張りの丸い小盾で素直に受け、衝撃を受け流しつつ体当たりで緩く宙を舞う。


 アーサーを体当たりで突き飛ばした黒衣。

 しかし次に襲いかかるのは馬車から飛び出したケアリー、アントンによる呪文攻撃。

 二人が放つ呪文の光弾の嵐を黒衣は十、二十と避け続けたが、我に返ったチュチュとネイトによる横合いからの投石によって光弾を避け損ね股関節を丸ごと凍結させられた。


 動きが鈍ったところで復帰するピエールとジョッシュ。

 ピエールが先行し、ジョッシュが後に続く。


 長い右腕で迎撃を試みる黒衣。

 ピエールも手斧を構えて吶喊し、


 するりとすり抜けた。


 小柄な身体を活かして黒衣の足下へ足から滑り込んですり抜けたピエール。

 タイミングを逸した黒衣の右腕をジョッシュが剣で止めて。


 挟み撃ちにしたピエールが後ろから袈裟がけに斧を打ち込んだ。


「がああああああっ!」


長さ五十センチ程度の手斧を両手で握り、上段から渾身の力で振り下ろしたピエール。

 少女とは思えない獣じみた咆哮と膂力を黒衣の身体へ余すことなく叩き込み、黒衣の身体を右肩から左腰まで斜めに両断することに成功した。

 両断されて尚動こうとする黒衣の左手を振り下ろしで肘から切断し、頭を手斧の背で叩き潰し、右足首を切断したものの更なる追撃は右腕を盾代わりに扱われて断念、右腕、下半身側を離れた場所へ蹴り飛ばした。

 それと同時に頭を潰された上半身、左腕側が動きを止める。


「はあっ……はあっ……」


 ピエールの荒い呼吸音だけが洞窟に反響していた。

 ウォルトたち以外の馬車の殆どは不死者の存在感に中てられて彼女らが戦っている間に先へ逃げてしまい、恐慌の叫び声はもうどこからも聞こえてこない。


「ジョッシュ! 小娘たち! 怪我はないか!」


危機が終わったと見て、馬車付近に待機していたアントンがピエールとジョッシュの元へ駆け出した。

 一方、アーサーは既にピエールの元にいる。


「姉さん」

「これは、まずい」

「……そうですか……」


小声で少し話をしてから、姉妹は武器を腰へ戻した。アーサーの盾はそのままだ。

 二人揃って、視線をアントンとジョッシュに向ける。


「おお馬鹿力小娘! お前たちは本当に強い力の」

「出発してください。今すぐに」

「……そんな険しい顔してどうしたんじゃい? あの化け物なら今お前たちが倒したじゃろ」


未だ顔に汗を滲ませたままの姉妹に、アントンが首を捻った。

 一方、黒衣の怪物と直接武器を交えたジョッシュは何か勘付いた、険しい顔で二人を見下ろしている。

 大人すら容易に泣かせてしまいそうなリーダーの強面を、真正面から見据える姉妹。


「……あの怪物、もしや殺せないのか」


頷く姉妹を見て、ジョッシュは歯を剥き出しにして苦渋の表情を露わにした。

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