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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
136/181

41

 朝。

 目覚めた姉妹が、ゆるゆると身嗜みを整えている。


「んあー……」


目を半開きにし、ベッドの上でふらふら左右に揺れるピエール。

 隣ではアーサーが自身のくすんだ長い金髪を纏めて前に垂らし、自分で丁寧に三つ編みにしている。


「あれー、何でわざわざ編んでるのー? どうせまた可愛い可愛いツインテールにするのに」

「……」


金髪を編む手を止めたアーサーが、横目でじろっと姉を睨んだ。

 しかしまだ寝惚けているピエールは睨まれても特に気にしていない。

 というより睨まれていることに気づいているのかも怪しい。


「姉さん、今日でロールシェルトに来て何日目ですか」

「今日ー? えーっと、えーっと、えーっとー」


"えーっと"と繰り返すピエール。

 しかし答えに至る様子は見られない。

 完全に寝惚けていて考えてすらいないと気づいたアーサーが、穏やかなため息と共に答えた。


「今日で三十日目。ロールシェルトを発つ日ですよ。もうツインテールにする必要はありません」


   :   :


「あ、あの、二人とも格好良かったです! 良かったらまたこの町に来てください! そうしたら是非またこの宿に泊まってくださいね!」

「うん、また来たらね。じゃあねー」


宿屋の少年、エフィムの熱の籠もった笑顔に見送られながら、姉妹は宿を後にした。

 ピエールは緩い笑顔だがアーサーは完全に無表情だ。

 あの少年は姉妹が着飾る前は女らしくないなどと散々冷やかしていたのが、解放戦線の戦いで着飾った姉妹の格好に気づいて以来掌を返したように対応を変えていた。

 だがアーサーは当然、当初のエフィム少年の対応を忘れていない。


「なんかあんまり記憶に残らない宿だったなあ、あそこ」

「良くもなければ悪くもない、特徴のまるで無い宿でしたからね。それにこの町で一番印象と馴染みの深い場所と言えば」

「まあ、ここだよねー」


宿を出て話しながら歩いていた二人の足が、一軒の武具屋の前で止まった。


 パウル武具店。

 姉妹がロールシェルトで最も馴染みの深い建物が、そこにあった。


   :   :


「おはよう、二人とも」

「お二人とも、おはようございます」


裏口から中へ入った二人を、パウル、ルアナ夫妻が揃って出迎えた。

 穏やかな、だがやはりどこか気弱そうな微笑を浮かべるパウル。

 自慢の縦ロールは喪われたが、生来の気品と活発な雰囲気は全く損なわれていないルアナ。

 夫妻の挨拶に、ピエールは明るく、アーサーは笑顔ではないが雰囲気をやや緩め挨拶を返した。


「……あら」


姉妹の姿を目にしたルアナが、意外そうな顔で目を見開いた。


 今の二人は、武具屋の宣伝を行う前の完全な旅格好だ。

 茶色一色の地味で露出の無い服装。

 ごくわずかに女性らしさを主張する短い革スカート。

 女性の身で背負うには少々不釣り合いな大型の背嚢。

 背嚢の上から被せるように着ているフード付きの外套。


 ピエールの茶髪は後ろで結い上げられ、アーサーのくすんだ金髪は一本の三つ編みに束ねられ肩から前へ出されている。

 首から上、それにスカートを加味すれば一応は女性と分かるものの、その二点を抜けば二人の外見には性別を主張する点が一切見受けられない。


「旅の装備を抱えたお姿は、なんだか逆に新鮮味がありますわ。お二人は、やはり旅人なのですね」

「普段はいつもこの格好なんだけどね。一月ドレス着て活動したけど、私はやっぱりまだドレスの方が違和感あるかな」

「そうですの? ……お二人とも、よろしければあのドレス二着は進呈致しますが」

「是非いただ」

「いや要らないかな……。日帰りで平地が主だったからあんなドレスでも活動出来ただけで、流石に普段からあれ着て過ごす訳にはいかないし。持って行くにも嵩張っちゃう」

「アーサー様はそう思ってはいらっしゃらないようですが」

「アーサーは隣町に着いたら売ってお金にしようとしてるだけだから、無視していいよ」

「まあ。ちゃっかりしてますわね」

「でしょー。いつもはありがたいんだけど、仲良くなった人に対しても平然とこういうことするのはちょっと、ねえ?」

「……」


ピエールとルアナがからから笑い合い、目論見を見抜かれたアーサーは若干不服そうに目を逸らす。

 とはいえこの手の企みが姉に見抜かれなかった例は殆ど無い為、元からあまり期待はしていなかったのだが。


「さてさて、これから出発するお二人をそう長く引き留めてもいけませんわね。少々お待ちくださいまし」


にこにこ笑顔のルアナが手を合わせてそう切り出し、奥の部屋へと引っ込んでいった。

 残ったパウルが、ルアナが離れたのを確認してから二人に畏まり向き直る。


「……二人とも。今まで、本当にありがとう。二人がいなかったらこの店は潰れて、ルアナさんと離れ離れにされてたかもしれない。君たちのおかげで、本当に救われたよ」


腰を直角に折り曲げ、深々と礼を行うパウル。

 たっぷりと時間をかけて頭を下げてから頭を上げた。

 ピエールは少しの茶目っ気を浮かべて笑う。


「私たちを誘ったルアナちゃんにも感謝、だね」

「そうだね。ルアナさんは僕の大切な幸運の女神だよ」

「二人とも、いつまでも仲良くね」

「勿論。ルアナさんに愛想を尽かされないように、これからも頑張るよ。師匠にだっていつかは文句を言わせないようにして見せる」

「その意気その意気」


笑顔でぐっ、と親指を立てるピエール。

 パウルも力強い笑顔で同じように親指を立てて返した。


「お待たせしましたわ! お二人とも!」


ピエールとパウルのやり取りが一段落ついたところで、ルアナがばん! と力強く扉を開け放ち戻ってきた。

 その手には武器の収まった鞘が二本と小さな布の包みが抱えられている。


「契約完遂の報酬ですわ。まずは千二百ゴールドを……」


差し出された布の包みを、素早く駆け寄ってかっ攫ったのはピエールだ。

 半歩踏み出そうとしていたアーサーが肩を透かされる。


「……姉さん」

「たまにはいいじゃん、いつも報酬のお金になるとアーサーに全部取られちゃうし」

「それは姉さんの金銭管理に問題があるからでしょうが。そもそも私が預かった後は姉さんに分割して渡している筈です」

「そう、それだよそれ! アーサーがお金預かった後っていつも、はいこれ姉さんの分、って子供にお小遣い渡すみたいに渡してくるじゃん! 私は子供じゃないんだよお姉ちゃんだよ! もうちょっとうやまって!」

「はいはいおねえさますごーいそんけーしちゃーう」

「だーかーらー!」


あからさまな棒読みで返され、地団駄を踏むピエール。

 どう見ても敬うべき姉の姿ではない。


 アーサーは地団駄を踏む姉の姿を内心穏やかな笑みで眺めつつ、表面上は無表情のまま報酬の金を預かるのを諦めた。

 そもそも解放戦線やおばけかれきとの戦いの報酬で五桁単位の大金を貰っている。千二百ゴールド余分に姉の懐にあっても問題無いだろう。

 ……自分がしっかり見張っていれば。

 最後の一文をしっかり心に刻むアーサー。


 暖かい笑みで姉妹のやり取りを見守っていた夫妻は、姉の地団駄が終わるのを待って話を次に進めた。


「……それでは、武器の方の報酬をお渡ししますわ! ささ、こちらを」


おほん、と咳払いしてから武器の収まる鞘を二人へ渡すルアナ。

 幅広の鞘はピエールへ、細身の鞘はアーサーへ。

 まずはピエールが受け取った鞘から得物を抜いた。

 しゅする、と乾いた金属の擦れる音がして刃が姿を現す。


「んー……」


渡された武器は手斧だ。

 五十センチほどの片手用の斧で、刃は片側にのみ付いている。刃の無い反対側で殴打が出来るようにと、ピエールが要求した形状だ。

 斧の色は黒一色。漆黒の斧は艶が無く、さらさらとした質感をしている。刃の部分だけがよく磨かれ、黒曜石のようにうっすらと艶めいていた。

 影染石という、加工することで白から黒へと変色する金属だ。武器としての強度は鉄より一回り強い、というところ。


 薄目で黒斧の刃を眺めるピエール。

 隣のアーサーも真剣な顔で斧の値踏みをしていた。

 対面のパウル夫妻が、真剣な顔で成り行きを見守る。


「……割といいねこれ」

「そうですね。ここまで見事な黒一色というのは中々高得点です」

「駄目なのだと灰色とか、斑模様みたいな奴あるもんね」


小声で話しながら、ピエールが中指の関節でコン、と斧の腹を叩く。

 密度の高いよく締まった感触だ。


「……どうかな? ピエールさん」

「うん、結構良く出来てると思う。これなら店で出てきても文句無いかな」

「……!」

「アーサーの方は?」


ピエールに素直に褒められ、無言で喜びを強く表す夫妻。

 彼らをよそに、尋ねられたアーサーがゆっくりと鞘から武器を抜く。


 露わになったのは、美しい白銀。

 ただ磨き抜かれ鏡面仕上げになっている、という訳ではない。

 むしろ磨きや光の反射は控えめなほどだ。


 だというのに、白い刀身は瞬きを忘れるほどに美しい。

 ただの金属の銀色ではない、真珠が金属化したかのような白味を帯びた白銀色だ。

 刀身の根元には、紅色の金属でささやかな装飾が施されている。


 あらゆる男を狂わせる、清楚で儚い美貌に満ちた美少女の、染み一つ無い白い肌のような魔性の艶めかしさ。赤い装飾は、白銀の肌を彩る小さな頬紅の朱のよう。


 そのような例えすら浮かんでくる、見る者を夢中にさせる両刃の美しい直剣だ。


「心配しなくていいよアーサーさん。混じりっ気なしの純プラだ」


驚きで目を見開くアーサーに、自信に満ちたパウルが答えた。


   :   :


 プラチナ。

 白味のある輝きを放つ、世界一美しいと名高い金属だ。

 今に残る伝説のミスリルやブルーメタルほどではないにしろ強力で、その一方武具としての人気にはやや欠ける素材の一つである。


 プラチナは鋼鉄(はがね)や竜鱗石などを遙かに上回る高い強度に加え、決して腐食、酸化することがなく、温度変化への耐性も高い。

 その上重量は鋼鉄よりやや軽い程度で収まっており、武具の素材として一切の隙がない。

 加えて、産出量も悪くはない。希少ではあるものの、幻の素材、というほどではない。

 しかしプラチナは武具としての人気にはやや欠ける。


 その最たる理由は、プラチナの紛い物が存在することだ。


 軟プラチナ、偽プラチナ、重プラチナ、などといった呼び名で呼ばれるその金属。

 強度は鋼鉄をやや上回る程度で、反面重量は鋼鉄よりずっと重い。

 温度変化にもあまり強くはなく、低い温度ですぐに溶解してしまう。

 だというのに、腐食に対する耐性と外見だけは完全に一致している。


 その偽物のプラチナが、本物のプラチナが採掘される際ほぼ確実に入り交じって産出されるのだ。

 武具として用いるには本物と偽物の完全な分離が必要不可欠であり、分離、精製技術が甘いと中途半端に強弱入り交じったままの状態になってしまう。

 そうなれば、材質、強度の不均一によって武具としての信頼性は大きく失われることになる。

 その上半端に性質が似通っている為、分離が困難な上に純度を見分けることも難しい。


 一方、決して劣化しないことと、世界一と名高い美しさは本物と偽物で共通している。

 装飾品として用いるには、真偽混ざっていようと何の問題も無い。

 それらの理由によりプラチナの武具は強度の割に人気に欠け、多くのプラチナが真偽混じった状態で装飾品として用いられている。


 本物のプラチナと偽物のプラチナの関係は不明だ。

 元々全く同じ金属だったものが魔力的な影響によって変質した物、一部の性質が似通っているだけで全くの別物、と説は様々あるものの、未だに真相を解明出来た人間はいない。

 そもそも本来どちらが本物なのかも定かではない。人々にとって有用だから強いプラチナを本物、としているが、弱いプラチナの方が本来、本物である可能性も残されている。

 そんな不可思議な点も、武具としての信頼性を損ない、装飾品としての神秘性を深める要因の一つなのかもしれない。


   :   :


「……」


プラチナの剣を受け取ったアーサーは、人が切れそうなほど鋭い眼差しで白銀の美しい刀身を睨んだ。

 視線も向けず鞘をピエールに渡し、空いた手の爪で刀身を掻く。


 一切の損傷は見られない。

 もしも偽物が混ざっていれば、少しくらいは痕が付いたり、時にはぽろりと破片が欠け落ちてしまうことすらある。

 しかしそのような様子は無い。


「……」

「どうかなアーサーさん? 満足して貰え」


アーサーが刃を抜いた。

 腰の後ろに差してある作業用の汚れたナイフだ。


 作業用ナイフを抜いたアーサーは一切の躊躇無くプラチナの刀身へナイフを突き立てた。

 がぎっ、と金属同士の擦れる音が響く。


「あっ!」


その蛮行にパウルが目を剥いたが、アーサーは何一つ気にかけずナイフで刀身を擦り続ける。

 ぎしぎし。

 ごりごり。

 がしがし。

 何一つ遠慮の無い、剣に傷を彫り込むかのような力でナイフを立てるアーサー。

 紅色の装飾を除く、全ての白銀色に対して満遍なく擦っている。


 しかし傷付かない。

 刀身のどこにもほんのわずかな擦り傷すら付かず、逆に削れたナイフのちょっぴりの金属粉が刀身を汚したのみ。

 真白き美貌の刃を、薄汚れたナイフが穢すことは最後まで適わなかった。


 極めつけは、ナイフを戻し、代わりに取り出した針金で刃をなぞると。


 すっ。


 まるで茹で過ぎてふにゃふにゃの麺でも切るかのように、撫でただけであっさりと切断される太さ五ミリほどの針金。

 勿論剣には傷一つ無く、落ちた針金の破片が寂しげに床に転がるばかり。


「……」


切断された針金の欠片を拾い上げて仕舞うアーサー。

 最早強度には疑いの余地はない。

 これが混じりっけの無い、純粋なプラチナだと。


「アーサーさん、満足した?」

「ええ。不躾とは思いましたが、粗悪なプラチナの武具で損をした経験は二度ほどありますので」

「……アーサーさんでも、そんなことあるんだね」

「姉さんが」

「……」


責める口調だったパウルの視線が、しゅっとアーサーからピエールへ滑った。

 素早く顔を逸らすピエール。

 互いになにも言わない。


「このプラチナはどこで?」

「少し前に、プラチナの甲殻を持った金属ワームが組合に持ち込まれたんだ。それを師匠が買い取ってたみたいで、分離と精製をしたのはヴァレンティナさん。……僕の所に回ってきたのは、師匠なりのお礼だって。弟子の不始末を救ってくれたからって」


得心いったアーサーが、剣を持ち上げて下から見上げるように刀身を覗き込んだ。

 至近距離から白銀の刃を眺めるアーサー。

 口の端がぴくぴくと持ち上がりそうになるのを堪える。

 これが混じりっけ無しの純粋なプラチナであれば、価値は相当なものだ。

 一万ゴールドは下らない。

 更に、プラチナの美しい白銀色はアーサーも好んでいる。これがもし剣ではなく装飾品だったとしても、内心喜んでいたであろう。


「それで、作ったのもマリウスのおっちゃん? これ二つとも出来いいよね」

「……師匠の作った物に見える?」

「見える……けど、そう言うってことは」


ピエールが口を挟むと、パウルは無言で両手を強く握り締め、大きく振り上げ振り下ろした。


「っしゃあ!」

「やりましたわね! パウルさん!」

「これもルアナさんのおかげだよ! ありがとうルアナさん!」


抱き合って大きく喜びを露わにする夫妻。

 パウルはルアナを抱き抱えたまま、くるくると二度ほど回転した。

 一通り喜び合って満足してから、笑みの抜け切らないパウルが改めて口を開く。


「その二振りの武器は、両方とも僕とルアナさんで作った武器だよ」

「そうなの? それにしては普段使ってた奴より大分よく出来てると思うけど」

「普段作る時の三倍くらい時間をかけて、じっくり丹誠込めて作った物だからね。悔しいけど、まだその質の武具を短時間で量産して店に並べられるほどの技量は無いんだ」

「そういうことね」


はは、と小さく笑うパウル。納得したピエールもささやかに微笑み返した。

 アーサーと二人、受け取った武器の鞘を腰に提げる。

 先ほどまで腰に武器が無かった為どうにも居心地が悪かったが、こうして命を預ける一振りの武器が収められたことで安心感が生まれる。

 ピエールはぽんぽん、と満足げに手斧の柄頭に左手を乗せた。


「ありがとね、パウルのおっちゃんも、ルアナちゃんも。影染石はともかく、プラチナは相当高いでしょ、あの出来なら」

「いいんだよ、色々あったからそのお礼と思って。……それに、君たちは解放戦線や木の魔物との戦いで何万ゴールドも稼いだだろう? それなのに僕らのお礼が千二百ゴールドじゃ申し訳が立たないよ。その分武器は良い物を渡さないと」

「……まあ、確かに」


若干眉を困り気味に下げながらも、正直に同意してピエールが笑う。


「行きましょうか、姉さん」

「うん、そうだね」


アーサーに促され、姉妹揃って裏口の扉へと一歩下がった。

 改めて夫妻に目を向けると、二人ぴったり並んで満足げに、そして幸せそうに微笑んでいる。


「ピエール様、アーサー様。一月足らずの間でしたが、本当に助かりました。お礼申し上げますわ」

「ありがとう、二人とも」

「うん。こっちこそありがと。二人も、元気で仲良くね」


三人、笑顔で手を振り合い、アーサーはかすかな目礼のみを返して。


姉妹は、パウル武具店を後にした。



   :   :



「ほら、レツ君。少し疲れたでしょう? そこで一休みしましょう?」

「ああ……」

「わたしが食べ物買ってきてあげるからね、そこで大人しくしていてね?」

「うん……」

「……もうっ、レツ君ったら……うふ……うふふ……」


ロールシェルト中央道を歩く姉妹。

 ふと目を向けると、レツ、サイエ夫妻が仲睦まじく寄り添い合ってかぽかぽ歩いていた。

 レツはまだおばけかれき戦での怪我が残っているのか歩みも態度も何だか控えめで、二人が知る姿とは逆にサイエの方がレツを先導していた。

 普段あれだけ自信に満ち溢れた余裕の態度を取っているレツだが、いざ重傷を負うと暫くの間気弱な面が顔を出し、逆にサイエが小さな身体にはちきれそうなほどの母性を湛えてレツの面倒を見始めるのだ。

 気弱な態度の美男子に、全てを呑み込んでしまいそうな圧倒的な母性と愛情の笑顔を浮かべる小さな嫁。

 そんな意外な一面に驚きつつも、姉妹は夫妻に余計な干渉をすることなく歩を進めていく。


「サミー様ぁ、ほらぁ、食べさせてください」

「……」

「あれあれそんなに嫌がっちゃっていいんですかぁ? サミー様が真剣にわたしを愛してくれないと、わたし、悲しみのあまりコシェント商会に卸す治癒の薬の製作に手が付かないかも……お義父様や義弟君をもっと失望させちゃうかも……およよ」

「くっ……!」

「そうそう、それでいいんですぅ……あむぅ」


少し進むと、また目に付いたのは白髪のニアエルフ、ニネッテと悪魔顔の男サミー。

 道の隅に設置された露天席で、食事の食べさせ合いをしている。

 ニネッテは今にもとろけそうな笑顔だが、サミーは悔しげだ。


「……」


ぐるりと視線を回すと、ニネッテ、サミーから少し離れた席ではアンドレイの娘、メリンダが一人身体を小さく縮こめて席に着いているのも見つかった。

 何かに追われているかのようにひっきりなしに周囲に目を光らせては、合間合間に左手に握る酒瓶から右手の酒杯へ葡萄酒を注ぎ、ぐいっと一息で飲み干しては葡萄酒色に染まっていそうな濃ゆい吐息を吐き出している。

 実に幸せそうな笑顔だ。


「……この一杯の為に生きてるのよね、くふぁーっ」

「ふふっ」


ピエールが小声でメリンダの仕草に声真似で台詞を当て、アーサーが小さく笑う。

 実際、ピエールが当てた台詞がよく似合う、いかにも酒飲みらしい仕草と笑顔だ。少女らしくない。


 露天席が並ぶ通りを抜けて暫し歩くと、また見知った顔と出会った。

 アンドレイとその妻だ。

 こちらも周囲へ目を光らせながら早足で町を歩いている。

 アンドレイの視線が姉妹を捉えた。


「久しいな、二人とも。今日がロールシェルトを発つ日かね」

「うん、そうだよ。おっちゃん、色々お世話になったね、ありがとう」

「こちらこそ、ロールシェルトに住む者としてお前さんたちには助けられた。達者でな」

「うん」

「所で、娘を見なかったかしら? あの子ったらまた一人で財布片手に家を出たのよ。きっとどこかで飲んでる筈だわ」

「見ていませんね」

「そう。なら仕方ないわ。行きましょうアンドレイ」

「ああ、そうだな」

「そういう訳ですので、ご機嫌よう。お元気でね」


気忙しく挨拶を済ませ、歩き去っていくアンドレイ夫妻。

 彼らの姿と気配が完全に消えたのを待ってから、ピエールが横目で妹を見た。


「……珍しい」

「町を発つ日なので。どう答えても面倒事にはなりません」

「それでも普段のアーサーなら素直に答えそうなものだけど」

「最大の要因は、先ほどの姉さんの声当てが面白かったから、ですね。その程度の気紛れです」

「そこかぁー……」


ピエールが苦笑いを浮かべつつ、二人は再び歩き出す。

 町の中央道を一直線に北へ進み、やがて北門へ。


 するとそこには。

 長い黒髪の少女が腰に手を当て堂々とした態度で仁王立ちになっていた。


「遅かったわね、二人とも」

「……チェリちゃん?」


ロールシェルトにおいて姉妹と最も長く共に活動していたニアエルフの少女、チェリだ。

 その姿を視界に捉えたピエールが、表情に疑問を浮かべて相手の名を呼んだ。


 純白のドレスではなく地味な青色のローブを、水色の髪飾りではなくローブのフードを身に纏い、可愛らしい藍色の背嚢を背負ったチェリの名を。


「チェリちゃん、その格好……」

「あんたたち、北に行くんでしょ? しょうがないからあたしも暫く付いていってあげるわ」

「……ニネッテちゃんはいいの?」

「ニネッテリトのことなんか知らないわ。二月くらい絶交なんだから」

「二月くらい、て」

「……ニネッテに構って貰えなくて寂しい。あの二人の関係が落ち着いて再び構って貰えるようになるまで、まだ私たちに構って欲しい、というところですかね」

「は、はぁ? そんなんじゃないんですけど! 馬鹿にしないでくれますぅ、このネリリエルの英雄のあたしを!」

「ネリリエルの英雄を自称するなら、それこそネリリエル地方に留まっていればいいじゃないですか」

「きーっ!」

「……」


コミカルながら怒り露わに叫ぶチェリ。

 またも露骨に図星な反応だ、とピエールが生暖かい笑みを浮かべる。


「……何腹の立つ笑い方してるのよ、あんた」

「別に何も、いてっ」


ピエールはずかずかと歩み寄ったチェリに体当たりを喰らった。

 若干八つ当たりじみた体当たりだ。


「もういいから行くわよ! 付いてきなさい下僕二号、三号!」

「いや、私はいいんだけどさ、チェリちゃんはそれでいいの? というかニネッテちゃんは知ってるのそれ?」

「当たり前じゃない、ほら」


ニネッテに話が及ぶと、チェリは不服げに腰の小さなポーチから巾着袋を一つ取り出してピエールに押しつけた。

 中を覗くと、薬瓶が複数と端のすり切れたぼろぼろの紙片が一枚。

 アーサーと顔を付き合わせて紙片を見ると、内容はニネッテからの伝言であった。

 もう少しチェリティリエッテに付き合ってやって欲しい、帰りは一人で勝手に帰ってくるから心配しなくていい、この治癒の薬は代金代わりだ。

 というようなことが書かれている。


 顔を見合わせる姉妹。

 暫く無言で視線だけを交わらせてから、顔を離しチェリと向き合った。

 ピエールにしてみれば、チェリの同行はややうるさく割と面倒臭い以外、特に断る理由はない。

 アーサーにとっても彼女の呪文の力は、二人旅ではなくなる、という点を差し引いても非常に心強い戦力だ。


「じゃ、もう暫く一緒にいよっか、チェリちゃん」

「そうそう、最初から素直にそう言っていればいいのよ、うんうん」

「……」

「ま、道中魔物に襲われてもこのネリリエルの英雄の! チェリティリエッテケルコイメルロルーマール様が! 華麗に氷漬けにしてあげるから、氷山に乗ったつもりでいてくれていいわ!」

「絶妙に不安になる例えだ」

「油断したら突然崩れて落下しそうですね」

「やかましい! ほら行くわよ!」


きゃいきゃいとよく叫ぶチェリに促され、何だかんだ緩い気分で後に続く二人。

 一人の道連れを連れて、姉妹はロールシェルトを後にした。

 二人と一人の旅は続く。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/419438/blogkey/2092881/

活動報告にてパフォーマンスナイトガールのあとがきを投稿しています

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