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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
135/181

40

 おばけかれきの襲撃と、姉妹がネリリエル家に呼ばれた日から早十数日が経過した。


 パウル夫妻は相変わらずだ。

 いきなり腕が上達することはないし、いきなり家事が出来るようになる訳でもない。

 解放戦線やおばけかれき戦での重傷者も治り、パウルの両腕も無事治癒の呪文によって元通りに完治したことだけが変化らしい変化と言える。

 マリウス夫妻も、時々やって来てはマリウスがいつもの調子で罵詈雑言をまき散らし、妻がそれを諫めている。そのやり取りも襲撃前と何ら変わりない。やはりネリリエル家でのマリウスの言葉は本心なのだろう。


 武具屋の賑わいも、時が経つにつれおおよそアーサーの予想へと近づいていった。

 客足は徐々に減り、大入りだった頃の名残はもうどこにもない。

 何だかんだで彼の腕は師匠に比べれば未熟で、人々は人気や外面に惑わされず堅実な目線で命を預ける武具を選ぶのだ。


 だが、姉妹が店に来る以前の、閑古鳥が鳴き、ルアナの提案による的外れな装飾が施された武器や看板の名残も、もうどこにもない。

 平凡とはいえ実用に耐える程度の質の武具が並び、店には定期的に客が出入りしている。

 この店は、無事にあるべき第一歩を踏み出したのだ。

 武具を作り、置く店として、人々から認められるに至った。

 これから先は、パウル、ルアナ夫妻の頑張りによって全てが決まることだろう。


   :   :



「あんたたち、今日も行かないの?」


パウル武具店、店内。

 カウンターの向こうで、頬をべたっとカウンターの上に乗せたチェリが不満たらたらに呟く。

 呟きの合間に右の人差し指と呪文を奮い、カウンターに上に躍動する人型の氷像、吹雪ちゃんを生成していった。


「お金は一杯あるし、もう戦わずにこうやって店員してよっかなーって」

「あんたたちは良くてもあたしは良くないのよ」

「あなたも当分金銭には困らないでしょうに。それが嫌なら、我々以外の他人と組んでください」


ピエールが軽く穏やかに笑い、アーサーはいつもの仏頂面で答えつつ指で弾いて氷像を倒す。

 チェリは唇を尖らせたまま、倒れた吹雪ちゃんを呪文で分解し別の新しい吹雪ちゃんを生成した。


「嫌よ、他の有象無象じゃあたしが組むのに相応しくないわ、このネリリエルの英雄のあたしが」

「ネリリエルの英雄て……」

「なによ、事実じゃない」

「いや、まあ、うん……。じゃあ、アンドレイのおっちゃんとかレツ君とかならどう?」

「嫌よ、好みじゃないわ」

「好みて……」

「あなた、単に人見知りなだけでしょう? あなたがまず行うべきはその人見知りの改善です」

「……別にそんな訳ないし?」


チェリの唇は先ほど以上にツンツンに尖っている。

 説得力の感じられない否定だ。


「ほら、チェリ。あなたがそこを占拠していたら客の邪魔です。脇に退いてください」

「なによう、つれないわね」


今にも文句を垂れそうな顔のまま、チェリは大人しく氷像たちを消して横へずれる。

 後ろに立っていた客の相手を、姉妹が行った。


   :   :


 時刻は昼下がり。

 昼食休憩の為姉妹は一旦店の札を休憩中に変えて鍵をかけ、パウル夫妻の元へと向かった。

 隣にはちゃっかりチェリの姿もある。


「パウル、ルアナ。昼食の時間です」


アーサーが呼びかけ扉を叩いたが、返事はない。

 代わりにあるのは、扉越しにも伝わってくるじんわりとした熱気、それにかすかな金属を打つ音とかけ声だけだ。

 数度叩き呼びかけたがやはり返事は無く、アーサーは扉を開け中へ入った。


「はいっ!」

「……!」


途端、鍛冶場内に籠もっていた熱気が扉を開けた三人へと襲いかかった。

 分かっていた姉妹は平然と受け止め、チェリだけが顔の前に手を上げ熱気に怯む様子を見せる。


 鍛冶場内は、意外にも手広だ。

 素材らしき色とりどりの鋳塊や粒状の金属塊が積み上げられ、手持ちの様々な道具も並べられている。

 しかしそれ以外に目につく物と言えば、金敷や作りかけの武具程度。


 その最大の所以としては、炉が無いことが挙げられる。

 加熱や冷却は全て呪文で行っており、今もルアナが真剣な顔で手から魔力の熱を放ち金敷の上の金属を熱しつつ、夫妻二人で交互に鎚を振るっている。

 現在鍛錬中の金属は羽黒緑(はねぐろみどり)だ。炭をまぶした植物のような黒緑色の金属は、加熱によって熱による赤と本来の黒緑を足したような不思議な色彩になっていた。


「……ん? 二人とも、それにチェリさんも」


数歩踏み入れた辺りで、ようやくパウル夫妻が三人の存在に気づいた。

 パウルが慣れた調子で鎚を振るいながら答える。

 ルアナは一瞬視線を向けたものの、すぐに呪文と温度の維持へ注意を戻した。


「昼になりました。そろそろ中断して昼食の準備をしてください」

「分かったよ。もう少しで一区切り付くから待って……ルアナさん、熱し過ぎ。燃えるから抑えて」


簡潔に答え、パウルもすぐに意識を目の前の金属へ戻す。

 姉妹は一歩離れて眺めながら、二人の仕事が終わるのを待つ。


「……あっついわね。氷様に身を捧げるこのあたしが汗なんて美しくないものかく訳にはいかないのよ」


いつものように腰に手を当て無闇矢鱈に偉そうなチェリが、一言呪文を唱えた。

 するとチェリと姉妹、三人の周囲の空気だけが冷やされ、一転して少々肌寒いほどの空間へと変わる。


「ねえチェリちゃん、寒いんだけど」

「何言ってんのよこれくらいが丁度いい寒さじゃない、あんたが軟弱なの。ねえアーサー?」

「寒い。もう少し緩めてください」

「……じゃあ出なさいよ! 何よ! あたしがせっかく冷やしてあげてるのに!」

「悪いけど静かにしてくれないかな。羽黒緑の温度調節は難しいんだ」


パウルに静かに、だが力強く叱られ、三人は口を噤む。

 チェリが口を閉じたまま、唇だけを目一杯尖らせて隣の二人を薄目で睨んでいた。


   :   :


「ふう、もういいよルアナさん。ありがと」

「……」

「おっと」


ふらりと崩れ落ちそうになったルアナを、パウルが慌てて抱き留めた。

 やり遂げた満足げな笑みのまま、パウルに体を預けるルアナ。

 ついでとばかりに愛する夫の匂いを鼻一杯に吸い込んでいる。


「すうぅー……っ」

「る、ルアナさん、ちょっと」

「もう少し……」


羞恥に顔を歪ませるパウルをそっちのけで、ルアナは暫しの間そうやって夫の香りを鼻孔いっぱいに詰め込んだ。

 満足してから、すっと立ち上がる。


「大丈夫?」

「ええ、問題ありませんわ。ありがとう、パウルさん」


隣のパウルへにこりと微笑むルアナ。

 その顔には汗の玉が浮いているが、表情や仕草には疲労の痕跡は思ったほど見られない。

 姉妹は今ふらついたのは演技だったのではないのかと訝しんだものの、確証が無ければ指摘することに何の意味も無いので黙っていた。

 姉妹が抱く疑念には気づかず、ルアナは微笑で三人へ目を向ける。


「お待たせしましたわ、お二人とも。それにチェリ様も、こんにちは」

「え、えへ、えへへ、ルアナ様におきましては、本日も、ご、ご機嫌麗しゅう」


炸裂するチェリの揉み手とへらへら笑い。

 ルアナに挨拶されたチェリは、これ以上ない媚び(へつら)いの卑屈な笑顔でルアナに挨拶を返した。

 いつかのマリウスとルーベンを彷彿とさせる媚び具合だ。


「チェリちゃんさ、そんなことしなくてもルアナちゃんはもう下僕呼ばわりされたことは何も気にしてないって……」

「べっべべべ別にあたしは何も怖くて罪滅ぼしの為に媚びてる訳じゃないし! ただロールシェルトの長の一族に対する敬意を! 表してるだけなのよ! 媚びてない!」

「媚びてるって、自分で口にしちゃうんだ……」


慌てて異様な早口でまくし立てるチェリを、アーサーが冷ややかに横目で見下ろす。

 当のパウル夫妻も、困ったような笑みを浮かべるばかりだ。


「さて、それはともかく。お昼の時間だね。確かに僕もお腹減ってきたけど……ルアナさん、大丈夫?」

「勿論ですわ! このルアナ、パウルさんの為に腕によりをかけてお作りします!」

「……私たちは?」

「あっ、も、勿論お三方の分もお作りしますわ! アーサー様を今日こそ唸らせて見せましょう!」


びしっと指を立てて威勢よく宣言するルアナ。

 だが姉が見上げた妹の顔は、いつも通りぴくりとも動くことはなかった。

 意図するところは勿論、何一つ期待していない、である。


   :   :


 五人が作業場を出て食堂へ入ると、真意の窺えない作りもののような笑みを浮かべた初老の男が五人を出迎えた。

 ネリリエル家より出向した、料理人の一人である。

 ルアナは鍛冶仕事で着ていた作業着のまま腕まくりをし、血気盛んに台所へと入ろうとする。

 のを料理番の男に作り笑顔のまま制止され、すごすご服を着替えに戻った。

 男も台所へと向かい、食堂に残った四人は誰が言うでもなく食卓に着く。


 途端。チェリが足を組み、姿勢を崩した。

 ルアナに対する媚びの姿勢が嘘のように消えて無くなる。


「はー、疲れるわ」


大きなため息と独り言を吐き出し、呪文で机の上に氷をいくつも作り始めるチェリ。

 今回は氷の魔物を模したものではなく、水晶を模した六角柱や氷の台座に飾られるオーブなど宝石めいた置物ばかりだ。

 あっという間に机の上が氷の宝物庫に変わる。


「チェリちゃん、氷が邪魔なんだけど……」

「あたしの気疲れを癒す為の崇高な宝物群なの。感謝して受け入れなさい、歓喜して頬ずりしなさい」

「気疲れなんて大層なものを抱えるほどルアナと長く接していないでしょうが」

「あれの近くにいることそのものがあたしにとっては心労なのよ」

「じゃあなんでわざわざ一緒にご飯食べようとするのさ……」

「そんなの寛大なあたしの慈悲の」

「分かりますよ、あのニネッテ(いろぼけ)サミー(えもの)に夢中で構って貰えなくて寂しいのですよね」

「……!」


図星を刺されたチェリが顔を赤くしてアーサーの後頭部を叩こうとしたが、振るわれた手はひょいひょいと首や上半身を捻って回避されていた。

 一方ピエールは、アーサーが"分かりますよ"と同意していたことに深く頷いていた。妹には"大事な人に構って貰えない寂しさ"に共感を抱く余地が多いにある。


 話がサミーに及んだことで、家主にも関わらず若干肩身が狭そうにしていたパウルが口を開く。

 対するチェリはパウルに対しては自然体だ。ルアナの夫とはいえ、彼には媚びる気は無いらしい。


「ねえ、チェリさん。あのサミーさんは今どうしてるのかな?」

「ああ、あの男。最近はそこそこ従順になってきたわね。ニネッテリトの馬鹿みたいな要求にも文句を言わなくなってきてる。今ならニネッテリトが言えば足も舐めるし椅子にだってなるんじゃないかしら」

「……」

「ま、少なくとももうあんたに危害を加える気にはならないでしょうよ。なんだかんだで結構楽しんでるみたいだし」


何でもないことのようにチェリは答えているが、パウルは内心あの二人は一体何をしているのか、と知りたいような知りたくないような複雑な気分になってしまった。

 パウルが逡巡する間にすかさずアーサーが口を挟んで話を逸らしにかかる。


 そうやって雑談に興じていると、やがてルアナの調理が終わり五人は昼食の時間となった。

 今日の昼食はロールドルのすね肉の煮込み。

 使用人の助力もあり決して食べられない出来ではなかったが、最初に焼き目を付ける時点で火が強過ぎたのか肉が硬くなっており、アーサーからの評価は大変に不評であった。一言どころか三言は余計に辛口だ。

 一方、肉が苦手なニアエルフである筈のチェリは何一つ文句を言わず煮込みを平らげてはやはり揉み手でルアナの料理をべた褒めだ。


 二人の感想を足して割ったら丁度いいのに。

 などと考えながら、ピエールは暢気に煮込みを口へ運んでいた。

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