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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
129/181

34

 オオオオオオ……!


 おばけかれきが、地の底で低く鳴動するような叫び声を上げて駆け出した。

 炎の熱をものともせず、炙られながらも平然と炎の壁を乗り越え一直線に駆けている。


 目標はバリスタだ。


「お前たち、避けなさい! 避けなさいよおおっ!」

「動かない、動かないよ! 団長、誰か、助け」


驀進するおばけかれきの道中にいた者たちが、枯れ木の腕で薙ぎ払われた。

 四、五人の人間たちがまとめて横薙ぎに殴りつけられ、手足をあらぬ方向に曲げながら宙を舞う。

 その中には、二人並んで仲良く踊っていた魔法使いの女性、ニコールの姿もあった。

 彼らの他、複数の人間たちが絶叫じみた悲鳴を上げながらも陽気な踊りを止めることが出来ず、おばけかれきにゴミのように薙ぎ払われ麦畑に転がった。

 更に薙ぎ払われ吹き飛ぶ人間は他の人間に衝突するという二次被害すら及ぼし、特に身体が大きく的の大きい蹄人レツには数人の犠牲者が直撃し見事に馬脚を損傷させられていた。


 道中の犠牲者が、粗方薙ぎ払われる中。

 最後尾にいた不幸な二人が、薙ぎ払われず枯れ木の両腕に一人ずつ足を掴み取られた。


 障害物を排除したおばけかれきはバリスタの元へ辿り着くと、不幸な犠牲者を高く振り上げ武器代わりにしてバリスタを殴りつけた。

 木と肉の破片が飛び散り、装填担当者が木と骨と肉の破片を至近距離で受けて怪我を負い、その後ろにいたニャラニャラだけは幸か不幸か担当者が盾になり被害を受けずに済む。


 同様の手段で二台目のバリスタも破壊したおばけかれき。

 足だけ残った犠牲者を捨てた手の中には。


 バリスタ用の矢が握られていた。


「嫌だ! こんな踊りながら殺されたくない! せめてもっと華々しく……あっ!」


誰かの叫び声の半ばで、ようやく人々は踊りから解放された。

 時間にすれば十秒足らずの出来事だったが、全員が同時に動きを停止させられたことで被害は大きい。

 ロレーナは痛む肩を庇いながらもすぐに立ち上がり、指示を放つ。


「総員撤退! 怪我人を回収して奴からすぐに距離を取れ!」


叫びながら、即座に馬に乗り被害状況を確認するロレーナ。

 ぐるりと視界を巡らせて。


「……あ、あんたたち、なんで」


視界に入った唯一まだ踊っている姉妹めがけ、おばけかれきの投擲したバリスタの矢が放たれた。


   :   :


 二人は前兆があった時点で真っ先に身体ごと顔を背け、桃色に発光するおばけかれきを見ていない筈だった。

 しかし空気や気配を読む能力に恐ろしく長けていた姉妹は、背を向けていながらもおばけかれきがどうなっているのか、何をしているのか、まるで実際に見ているかのように把握していた。


 最初の攻防で、不気味な緑の光を背を向けながらも的確に感知し避けていた時のように。


 自分たちの感覚の鋭さが却って悪影響を及ぼし、姉妹はおばけかれきから背を向けたまま踊り狂うはめになっていたのだ。

 二人仲良く向かい合い、舞踏会に参加する年頃の男女のように優雅に、上品に踊り明かしている。

 ちなみにピエールが男役でアーサーが女役だ。小さい姉が大きい妹をエスコートしている。


 更に致命的だったのは、二人がこの"誘う踊り"と極めて相性が悪かったこと。

 他の者たちが自由を取り戻して尚、二人が踊る足取りは止まることを知らない。

 叫んでも喚いても、踊る二人の足取りは可憐に美しく止まらない。

 そんな最中に投擲された巨矢が、一直線に二人めがけ飛来する。


 だが彼女たちにも、一つの幸運が残っていた。

 先の攻防の後、知己の仲である中年戦士アンドレイが側にいた状態だったことだ。

 踊りから解き放たれたアンドレイは矢を握るおばけかれきがどこを向いているのかを確認した瞬間。


 全速力で駆け出し、踊る姉妹に横から跳び蹴りを放っていた。


「ふげっ!」

「ああっ」


手を繋いだまま蹴飛ばされ、仲良く麦畑に倒れ伏す二人。

 胸元に直撃する筈だったバリスタの矢が風切り音と共に頭上を通過し、地面へ斜めに突き刺さった。

 アンドレイはすぐに起き上がると、姉妹がまだ起き上がってこない、つまりまだ踊りから解放されていないと察し踊る二人の足首を掴み引きずりながら走り始める。

 引きずられる二人はさながら裏返しになってもがく虫か亀だ。


「ご、ごめんおっちゃん! 本当に、本当にありがとう!」

「礼を言う暇があったら早く踊りを止めろ!」

「で、でも身体が言うこと聞かないんだよ! 全然止められない! 他の人はもう終わってるのに!」

「う、動いて、なんで戻らないの、早く、早く……!」

「パパ、早く!」

「メリンダ、お前は先に逃げろ!」

「で、でも!」


必死で駆ける中年戦士の後ろから、六本足で猛追するおばけかれきの巨大な身体。

 矢や剣がびっしり刺さった戦死した巨人のごとき巨体が、底冷えするような低く響く叫び声と共に両腕を伸ばし三人を捕まえんとしている。

 当然、小娘二人を引きずって走る中年戦士の足では、じきに追いつかれることだろう。

 それ以前に。


 射程距離に入ったと思しきおばけかれきの身体が深緑色に発光した。


「うおおおおっ!」

「パパ、パパぁっ!」


枯れ幹に満ちた苔色の光が、三人めがけ投射される。

 寸前。


「やれッ!」


おばけかれきの身体に硝子瓶が複数本投げつけられた。

 直撃した硝子瓶は割れて中身をまき散らし、次いで突き立てられた火矢により枯れ木の巨体が盛大に炎上する。


 オオオオオッ!


 燃え立つおばけかれきが、不気味な光を中断し叫びながら悶える。

 やはり普通の樹木とは比べ物にならないほど燃えにくいとはいえ、炎を嫌がることは事実のようだ。

 炎に悶え足を止めた隙に、他の無事な前衛が加勢し三人は無事おばけかれきから大きく距離を取ることに成功した。

 姉妹はまだ釣られて踊っている。


「どれだけ効果があるか分からない! 今の内に早く下がれ下がれ!」


ロレーナが急き立て、戦闘員たちが一斉におばけかれきの元から離れロールシェルト側へと逃げていく。

 薙ぎ払われた全員も他の者たちが協力して引きずり運び、蹄人レツはバリスタを喪い荷が軽くなったニャラニャラに括られて運ばれていた。

 一定距離まで離れてから、治癒の呪文の手当が始まる。

 姉妹はまだ釣られて踊っている。


「おい……どうするよ団長。呪文も矢も効かない、バリスタは壊された、前衛は迂闊に近づくとあの踊りで一斉に殺されかねない、蹄人(フィクニ)は足をやられた上に女二人はこのザマ」

「ごめん……本当ごめん……何でこうなのか自分でも分からないけど……」

「……」


自警団の一員らしき男に問われ、ロレーナは下唇を強く噛んだ。

 馬上で俯いた際、転がったまままだ踊っている姉妹が目に入りロレーナの目がゴミを見るようなものに変わる。

 ピエールは申し訳なさから謝罪の言葉を搾り出し、アーサーは羞恥と悔しさと危機感と恐怖がない交ぜになった自分でも制御出来ない感情で顔を青く染めながら、やはり二人して手足を振り乱し続けていた。まだ釣られて踊っている。


 ロレーナは姉妹から目を逸らし、おばけかれきへと目を向けた。

 炎上していた巨木の亡者は、地面から土を一塊掴み取ると炎上する身体に押しつけ、土で油をこすり取るようにして鎮火を行っている。

 消火速度は早く、もうじき全ての火が消し止められてしまうだろう。


「このまま麦畑も利用し炎で時間を稼ぎながら後退。この際やむを得ない、ロールシェルトまでの全ての作物を犠牲にする覚悟で臨む。ケビン、町への信号を追加。……ロールシェルトからも避難の準備を……」

「その必要は無いわ!」


ロレーナの指示を遮ったのは、自信に満ち溢れた少女の大きな叫び声。

 思わず顔を上げ驚き混じりにロレーナが視線を向けた、その先には。


 ニャラニャラが牽く馬車の御者席で腰に手を当て仁王立ちになっている黒髪ドレスの少女と、隣で小さくなって座っているボリューム豊かな白髪の少女。


 そして、自慢の縦ロールをばっさりと切り落とし耳を覆う程度のセミショートヘアに変わったネリリエル家長女、ルアナ・ラフェニア・ネリリエルの姿があった。


   :   :


「ル、ルアナちゃん! どうしてこんな場所に! しかもその髪!」


ルアナの姿を視界に捉えた瞬間、目を極限まで見開き驚きと当惑で一杯になったロレーナが叫んだ。

 ルアナが笑みと共に頷き言葉を返そうとするが。


「下僕四号、あいつがそろそろ動くわ。一旦後退の準備。そこの馬に乗った人も撤退作戦始めて」

「は、はい。分かりましたわチェリ様」

「げ、下僕、ですって?」


先に放たれたチェリの言葉によって、ニアエルフ二人と元縦ロールを乗せたニャラニャラは方向転換しロールシェルト側へ進み始めた。

 当惑混じりながら、ロレーナも放火と撤退を指示する。

 指示を終えおばけかれきと自分たちとの間に炎の壁が分厚く立ち上ったのを確認してから、ロレーナは馬を駆り三人が乗るニャラニャラの馬車の御者台へ並んだ。


「お前、ルアナちゃんを下僕呼ばわりとはどういうつもり! この人を……」

「構いませんわ、ロレーナ。わたくしが言い出したことですもの。それよりも」

「ピエールとアーサーは……あんたたちなんでまだ踊ってんの?」

「チェリちゃん! 数日ぶり! いやなんか、私たち全然踊り止まらなくて、それで」

「……引きずってる人。その間抜け二人の頬でも思いっきりひっ叩いてやったら?」

「えっ? いや、しかし」

「いいから。何度かひっ叩いたら案外正気に戻りそうじゃない?」

「いや待っ、ちょぼぶっ」


ぱぁん、と小気味よい音が麦畑の中に響いた。

 チェリの指示により、躊躇いながらも遠慮のない全力で頬をはたかれた姉妹はアーサーは二回目、ピエールは五回もはたかれてようやく踊りから解き放たれた。

 苦笑いで周囲へぺこぺこ頭を下げるピエールと、頬を赤くしながら恨みがましく無言で頬を張った相手を睨むアーサー。

 ピエールが妹を宥めながらも、すぐに立ち上がって走り馬車の荷台へ飛び乗った。


 そこで姉妹が気づいたのは、荷台に乗せられた大量の槍、槍、槍。


「うわお、槍いっぱい」

「……チェリ、先ほどの必要ない、という発言の意図は?」

「それは勿論、このあたしが……」

「おい! 奴が動くぞ!」


チェリの言葉半ばで誰かが叫び、その場の者たちが一瞬西へと目を向けた。

 そこには、油を土で落とし終え撤退中の者たちめがけ走り始めるおばけかれきの姿。

 誰もが険しい顔で身構える中。


「あんたたち全員ッ! ヤツの足止めと時間稼ぎをなさい!」


御者席から荷台へ飛び移ったチェリが、腰に手を当て腹に力を入れ大きな声で宣言した。

 同時にニネッテもチェリを追ってのっそりと荷台に移動する。


「今からこのあたし、チェリティリエッテケルコイメルロルーマール様が! あいつの魔力吸収なんかものともしない強烈な呪文を放って! あいつを見事にぶち凍らせてあげるわ! だから! 全力で! あたしの為に! 時間稼ぎと足止めをしなさい! いいわね!」


その場にいる者たちの殆ど全員が、怪訝な目でチェリを見つめた。

 怪訝さが無いのは姉妹、アンドレイとメリンダ親子、負傷しニャラニャラに引きずられるレツ、ルアナとニネッテのの七人だけだ。


 それ以外の者たちは、怪訝な目をチェリに向けてから意見を窺う眼差しをロレーナへと滑らせた。

 ロレーナはチェリに疑いの眼差しを向けながら暫し思案し、


「……やってみなさい! 負傷者を引きずっていない者、後衛と前衛で一人ずつ組んで動け! 後衛は下がりながら可能な限りの手段で奴の妨害! 前衛は決して奴に目を向けず、後衛が踊り始めたら引きずりつつ頬を張って正気に戻せるか試みて! いいわね!」


ロレーナの指示によって方針が決定し、各員が体勢を整え始めた。

 対おばけかれき後半、撤退戦の始まりである。

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