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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
124/181

29

 すっかり冷めてしまった食べかけのパンを片手に握ったまま、ピエールが祭りの続くロールシェルトの町を走る。

 その表情は険しく、真剣であると同時に不機嫌でもあることが見て取れる。


「アーサー」


隣を走る妹へ、ピエールが走りながら小さく呟いた。

 普段殆ど見せることのない"妹を叱る姉"の厳しい口調だ。


「アーサーのことだからもっと早く気づいてたんでしょ。なのにどうしてすぐ言わなかったの。なんでわざわざ時間稼ぐような真似したの」

「居場所が分からない以上、宛も無く走り回ったところで意味があるかは分かりません。それに、夫妻の身柄の護衛は契約内容に入っていません。契約外で守るほどの恩義もない」

「恩義って、お世話になってるでしょ!」


叱られながらも平然と答えを返すアーサー。

 ピエールが声を荒げたが、態度は殆ど変わらない。


「世話、というのも金銭を介した契約の範疇です。それ以上ではない」

「でもさあ!」

「特に何より。地位ある人間の企みというのは、避けるべき厄介事の要素として十分です。傍観者でいられるならそれに越したことはない」

「むぐぐ……」

「そう慌てないでください。もしかしたら私の想像が全て外れていて、実際は二人とも無傷で仲良くしているかもしれないじゃないですか」

「……これで二人が本当に怪我してたら、私アーサーに対してちょっと怒るからね」


アーサーに諭されても、ピエールの焦燥から来る機嫌の悪さは全く納まらない。

 ひとまず会話も一区切りつき、二人は宛も無く町を走る。


 しかし。

 事態は結局、アーサーの予想通りになってしまっていた。

 二人がたどり着いた町の路地裏。そこにいたのは涙混じりに夫の名を呼ぶ縦ロール、ルアナ。

 そして、両腕を揃って骨折させられ力なくうめくパウルの姿だった。



   :   :



 解放戦線との戦いと、続く収穫祭から一夜明けた翌日。

 まだ祭りが続く町中で、二人組の青年たちがパウル武具店へ続く道を進んでいた。


 彼らの脳裏に浮かぶのは、昨日の戦いの一幕。

 怪物そのものである巨大な玉葱マンを相手にしても一歩も引くことなく、対等に打ち合って見せた二人の美しい少女の姿。

 余所見をしていた所為で自分たちが玉葱マンに小突かれ突き飛ばされても、尚視線を外すことの出来なかった強く、可憐で、美しい、戦う乙女の姿。


「……お前、どっちが好きだ?」

「僕は……妹さんの方かな。お姉様って呼びたい」

「でもあっちは性格キツそうじゃねえ? 俺は笑顔が眩しい姉の方がいいけどな」

「確かにお姉さんの笑顔、良かったよねえ」

「どっちだよ」

「はっきり言えばどっちもだよ。君もでしょ?」

「そりゃ……まあな」


下世話なことを話しながら、二人の青年はにやりと顔を突き合わせて笑った。

 そうこうしている内に、二人はパウル武具店へと到着する。


 が。


「……」


二人を出迎えたのは、無慈悲な"休業中"の看板のみであった。

 片方が試しに取っ手を捻るが、扉が開くことはない。

 中から人の気配や話し声が響くこともない。


「もしかして」

「やっぱまだ収穫祭続いてるから休んでるのかな」

「でもマリウス武具店は今日からやってたぜ?」


二人が閉ざされた扉の前で話していると。


「……せっかく来たのに、参っちまうよな」


どこからともなく現れた一人の男が声をかけた。

 二人が同時に声の主へと振り向く。

 立っていたのは一人の男だ。


「なんでも店主のパウルって奴、昨夜酒に酔って暴れてその時に両腕骨折したらしいぜ。あの二人の姉妹が宣伝してるからさぞかしいい店なんだろうって思ってたけど、武具屋が職人の命である腕を蔑ろにして、酔った拍子に折るとかがっかりだよな」


男の言葉に、青年二人は黙って顔を見合わせた。

 寝耳に水、といった驚きと当惑の表情だ。


「結局、あれだけ強い奴に宣伝させてたのも金の力か、それとも弱みでも握ってたのかねえ。あの姉妹も可哀想にな」


続けてすらすらと語ってから、男はすぐにその場を後にした。

 青年二人組も再び困惑いっぱいに顔を見合わせてから、揃って踵を返す。


 休業中の看板だけが風でからからと揺れ、扉を叩いていた。



   :   :



「ははあ……」


武具店奥、パウルの寝室にて。

 ベッドの上でうなされるパウルの両腕を眺めながら、白髪のニアエルフ、ニネッテが訳知り顔で頷いた。


「ど、どうなんですの? ニネッテ様!」

「まあまあ、落ち着いてください奥様」


隣で縋り着いて問いかけるルアナを宥めてから、ニネッテは静かな口調で説明を始める。


「やはり、折れたところから熱を持ち始めていますね。左右同時なのでその分症状も酷く、暫くは患部の痛みだけでなく気分も優れないことでしょう。ですが昨日言った通り命に別状はありませんし、しっかり魔法の薬や呪文を使って腕を休めれば一、二ヶ月もあれば元通り治ります」

「一月も……!」

「一月でも十分早いですよ。魔力の助けが無ければもっとかかる上に、腕が変な繋がり方をして元通りにならなかったりしますからね」


ニネッテに諭されるものの、ルアナの表情は全く晴れない。

 一月も武具屋としての仕事が滞ってしまえば、経営に甚大な影響を受けることは想像に難くない。

 開放戦線で盛大な宣伝活動を行った直後であれば尚更だ。


「せめて治療院の手がもっと空いていればもっと早く治せたのでしょうけど、解放戦線の直後ですからね……」

「……」

「そういう訳ですので。わたしも追加の薬が出来たらお持ちしますので、治るまでは腕は動かさないように。……お食事や身の回りの世話は、奥様がしっかり介添えなさってあげてくださいね」


最後にそう告げて、ニネッテはルアナを残しパウルの寝室を後にした。

 廊下をはたはたと歩き、裏口に繋がる一室へと入る。


「ニネッテちゃん、ありがとね」


室内にいるのはピエールとアーサーだ。

 ピエールは椅子に腰掛け、アーサーは部屋の隅で膝を折り畳み、床に座っている。

 アーサーは何か訴える捨てられた子犬めいた視線をピエールへ向けているが、当の姉は完全に顔を背けている。


「いえ、わたしもあの二人には良い仲になって貰わないと困りますので。……ところで妹さんは」

「この子はパウルのおっちゃんに危険が迫ってたのを感づいていながら放置した罪で反省中。だから放っといていいよ」

「そうですか」


ニネッテが言及したことで、アーサーが助け船を要求する鋭く険しい視線をニネッテに向けた。

 しかしピエールに"放っといていい"と言われたニネッテはほぼ睨んでいるに等しいアーサーを言われた通り無視した。

 再び彼女は部屋の隅で反省する置物として扱われる。


「お二人はこれからどうなさるんですか?」

「そこの反省させてる子の怪我の件で、念のため暫く休むつもりだったんだよね。肝心のパウルのおっちゃんがああで、ルアナちゃんも離れられないから尚更ここで留守番かな。申し訳ないんだけど、チェリちゃんに言っておいてくれる?」

「ええ、分かりました。しかしそうなると、あの子も暫くお暇になりそうですね」

「うん? チェリちゃんは別の人と組んで活動してたらいいよ?」

「そういう訳にはいきませんよ。あの子の気難しさと面倒臭さはあなたも知っているでしょう? お二人が来るまでは、人と組めなくて冒険者活動なんてろくに出来なかったんですから」

「ああ……」


言われて合点が行き、ピエールは控えめに苦笑った。

 ニネッテも困り笑顔を返す。

 そののち軽い挨拶を済ませ、ニネッテは裏口からパウル武具店を後にした。


「ふう」


話も一段落着き、ピエールは息を吐いて椅子の背もたれに身体を預けた。


「……あの、姉さん」

「もう少し反省」

「ですが」

「反省」


二人きりに戻ったことでここぞとばかりに言い縋るアーサーだったが、ピエールに視線すら向けず冷たく切り捨てられ再び静かに反省する置物へと戻った。

 勿論彼女はただ床に直接座っているだけで、具体的な実害は一切ない。

 しかし姉に本気ではないとはいえ冷たく扱われることが、彼女にとって何より痛烈な罰となっていた。



   :   :



 昨晩。

 二人きりで収穫祭を楽しんでいたパウル夫妻だったが、アーサーの想像通り二人が離れた隙にパウルが何者かに襲われ、路地裏へ連れ込まれ両腕を骨が出るほど手酷く骨折。

 ピエールは大慌てで手当の出来る人を探し、最初に見つけたニネッテに怪我の手当を依頼した。

 ニネッテによって一通り処置は行われたが、元通り金鎚を振るえるには一、二ヶ月かかるという。治癒を早めようにも、今は開放戦線との戦いの直後。治療院には多くの怪我人が詰めかけており、町にいる治癒の呪文が扱える者は皆彼らの手当にかかりきり。

 一応の処置が済んでいるパウルが、他の重傷者に割り込む訳にはいかない。

 そうしてパウルは骨折による発熱で今もうなされ、ルアナは彼にかかりきり。

 姉妹もそんな二人を置いて宿に帰る訳にもいかず、パウル武具店で一夜を明かしていた。


   :   :


「アーサーがさ、本気でパウルのおっちゃんに嫌がらせしたとは思ってないよ」

「はい」

「昨日言ってた、お偉い人がしようとしてる悪いことに巻き込まれるのを避けたい、って言葉は私もよく分かるし、私に怒られる可能性を分かった上で私の為に見過ごさせてくれたって、のも分かる」

「はい」

「……でも、あの時のアーサーの本心には半分くらい"面倒臭い"とか"他人だからどうでもいい"って想いがあったでしょ」

「……はい」

「それは良くないと思う。だから、私はちょっと怒った」

「はい」

「でもまあ、ちょっとだからね。もういいよ」

「はい」


淡々と返事を返していたアーサーが、すっと立ち上がるとピエールの隣の椅子に腰を降ろした。

 まだ若干神妙な顔をしている。


「足、痛い?」

「痛くはありません。少し冷たいですが……」

「ごめんね」

「いえ」


言いながら、ピエールは隣に座るアーサーの太股に手を置いた。

 服越しだが、確かに冷たい床に座り続けていた所為で冷たくなっている。

 ピエールは少しでも暖めようと、太股をさすりさすり撫で始めた。

 ちなみに二人とも今は普段通りの旅格好だ。


「ちょっとお腹減っちゃったね」

「そうですね。一度夫妻の様子を見に行って、昼食のことも相談しましょう」

「普段ご飯はパウルのおっちゃんが作ってたみたいだしね。外で買って来た方がいいかな……っと」


二人揃って立ち上がり、パウルの寝室へ行こうとした、その直前。

 外から、裏口へと近づいてくる人の気配がした。

 暫し待っていると、小走り程度の忙しなさがある速度で近づいてきた気配が裏口を叩く。

 どかんどかんと、力強く。


「はーい、すぐ出るからあんまり強く叩かないで」


席を立ったピエールがぱたぱたと駆け寄り裏口の戸を開く。

 立っていたのは、マリウス、ヴァレンティナ夫妻だった。


「あら、おっちゃんとおばちゃんじゃん。どうしたの? お見舞い?」

「……おいチビ公、うちのゴミカスが両腕折ったってのは本当か」

「え? うん」

「あの糞野郎! 酔った拍子に腕折るとか鍛冶屋の風上にも置けねえ! 俺が引導を渡してやる!」

「え? 酔った拍子?」

「どけチビ公!」


顔を首からつるつるの頭頂部まで怒りで真っ赤に染めたマリウスが、目尻を吊り上げて高く吠える。

 勢いのまま奥へ入ろうとするが、ピエールが咄嗟に入り口の端に足を引っかけ立ちはだかった。

 強引に押し退け入ろうとするマリウスだったが、ピエールの自身の肩より背の低い小娘とは思えない驚異的なふんばりによって押し退けられずその場に留まった。


「どけって言ってんだろチビ公! これはおめえにゃ関係ねえ話だろうが!」

「いやそうじゃなくて、待って、その」

「……あんたたち、何か言いたいことでもあんのかい? ならひとまず中へ入れておくれ。心配しなくともこの人はあたしが押さえとくから」

「あ、うん」


マリウスの横にいる、静かな怒りを堪えた様子のヴァレンティナに言われピエールは力を緩めた。

 その途端マリウスが押し入ろうとするが、ヴァレンティナに耳を千切られそうなほど強くつままれ不満と怒りを弾けそうなほど強く漲らせながらも奥へ押し入ろうとする動きを止めた。

 裏口入ってすぐの部屋で、姉妹と夫妻の四人が顔を付き合わせて座る。


「……あのゴミカスと阿呆女はどうした」

「おっちゃんは折れた所が熱を持っちゃって、今もうなされてる。ルアナちゃんは部屋でそれを看てると思う」

「そうかい。それで、あんたはあたしたちに何か言いたいことか引っかかってることがあるみたいだけど? 言うなら早くしておくれ」

「ああ、ええと」


説明を急かされたピエールは口を開きかけるも、何から説明すればいいのか迷って"あ"と"ええと"ばかりが口をついて出てしまう。

 彼女を助ける為、話す時間を短縮する為妹が説明を引き継いだ。

 といっても彼女は先ほどまでのやり取りでおおよそを把握していたので言葉は簡潔だ。


「パウルが両腕を折られたのは何者かによって路地裏に引き込まれ暴行されたからです。彼に落ち度はなく、そもそも昨晩彼は泥酔するほど酔っていませんでした」

「……なに?」

「そもそも"酔った拍子に腕を折った"というのはどこから出た話ですか? 昨晩、事件の後我々はすぐにこの家へ引っ込み、怪我の手当も知己の者一人に頼みました。たった一晩で話が大きく広まるほど目撃者はいない筈です」

「……」

「本人たちに聞きに行きますか? パウルが起きているかは分かりませんが」

「……会わせろ」


アーサーの説明によってマリウス夫妻の顔から直情的な怒りの色は抜け、代わりに芯からじくじくと染み出すような静かな怒りに取って代わった。

 先ほどまでの怒りは失態をしでかしたパウルへの怒り、今の怒りは顔も名前も知らない犯人への怒りだ。


 姉妹、夫妻の四人はパウルの部屋の前まで移動し、アーサーが扉を叩く。

 返事をしたのはルアナだ。


「アーサー様、どうかなされましたか?」

「マリウス夫妻が来ています。あなた方に話を伺いたいそうです。パウルは目を覚ましていますか?」


扉の向こうで、何やらどたばたと慌ただしく動く物音。

 やや間を空けてから、扉が開かれた。


「マリウス様、ヴァレンティナ様……!」


扉を開けたルアナの姿は、酷く消耗しているのがはっきりと目に見えた。

 自慢の縦ロールはセットする余裕もなく乱れているし、一睡も出来ていないのか目元には隈が出来かかっている。頬もどことなく痩けて見えた。

 姉妹はその姿を既に知っていた為顔色を変えなかったが、ヴァレンティナははっきりと顔をしかめ、マリウスすら眉をひそめていた。


「申し訳ありません、お越しになられていたのに気づきもせず……今、お茶を」

「構やしないよ。いいから座って、ちょっと休みな」


台所へ駆け出そうとするルアナをヴァレンティナが押し留め、部屋の隅へと座らせた。

 マリウス夫妻が部屋へ入り、ベッドに横たわるパウルの元へ行く。

 姉妹も続いて部屋に入ったが、入り口近くの壁に背を預けた。

 四人のやり取りに割って入るつもりはないようだ。


「パウル坊や、起きてるかい?」


ヴァレンティナが静かに呼びかける。

 すると、パウルが閉じていた目を微かに開いた。


「ヴァレンティナさん。それに、師匠。僕に、引導でも渡しに来たんですか?」

「ケッ、こんな時期にあっさり両腕折られるようなマヌケな愚図の顔を見に来てやっただけだ。……その両手、誰にやられた?」

「……知りませんよ、そんなこと。後ろからいきなり押さえつけられて、頭に布被せられて、路地裏に連れて行かれて、両腕を何かで叩かれた。被せられた布を折れた腕でなんとか外した頃には、もうどこにも人影は無かった。遅れて僕の所までやって来たルアナさんも、犯人の姿を見ていない」

「心当たりはねえのかよ」

「そんなもの……」

「……悪魔顔のおっちゃん……」


言葉を濁すパウルの話を、ピエールの一言が繋いだ。



   :   :



 ピエールがその一言を呟いた途端、マリウス夫妻だけでなくルアナまでもが鬼気迫る勢いでピエールへと詰め寄った。

 そのあまりの気迫に自分から言葉を発しておきながらピエールが戸惑う中、やはり代わりにアーサーが説明していなかったいくつかの出来事を語った。


 かつて武具屋の周りで恐喝じみた行為を行った二人組が、解放戦線との戦いの前にも姉妹の悪評を吹聴していたこと。

 その二人組が、以前サミーの護衛をしていた革防具の男と刃傷の男に接触を図っていたこと。

 解放戦線での最中に、姉妹の背中めがけて武器を投げてきたのが革防具の男と刃傷の男の二人であったこと。

 悪魔顔の男、サミーが昨晩、姉妹に対し引き抜きの意図で接触してきたこと。

 アーサーの見立てでは、その接触は時間稼ぎ、つまりパウル襲撃の障害になりそうな姉妹の足止めを狙っていた可能性がある、ということ。

 最後に、マリウスが聞いた"パウルが酔って暴れて自分で腕を折った"という話も姉妹の悪評を吹聴したのと同じ手口で広められている可能性があること。


 一通り説明を終えたアーサー。

 彼女が周囲へ視線を向けると、マリウス夫妻とルアナが静かな、しかし強烈な怒りに身を震わせている様が映った。

 唯一、直接の被害者でありながら冷静なパウルだけが腕や身体の不調に顔をしかめながらも落ち着いた様子だ。


「……あのコシェントの小僧、二度と人前に出れねぇ面にしてやる」

「お供しますわ、マリウス様」


そう言って、ゆらりと立ち上がろうとするマリウス。

 意外なことに追随するのはルアナだ。


「……早まるんじゃないよ。座んな」

「ですが!」

「いいから、座んな」


しかしヴァレンティナが静かに、しかしどすの利いた声で二人を制した。

 堅気とは思えない凄みのある声に、マリウスとルアナは不満を残しつつも再び床に座る。


「まさか、そんなことになってたとはね」

「ああ。……しかし、狡っ辛い真似をしてくるじゃないか」

「おめえら、何落ち着いてやがんだよ。下手人が割れたんだからあの長男坊をぶちのめして衛兵に叩き出せば済む話だろうが」

「問い詰めるには証拠が無いだろ、師匠。聞く限りじゃあのサミーって人自身は何もしてない。問い詰めたって白状しないだろうし、最悪その護衛の人が勝手にやったことにすればそれで終わっちゃう話だ。もしかしたら本当に護衛の人が勝手にやった可能性も、限りなく疑わしいだけで無実だったって可能性も残ってる」

「てめえ何暢気にしてやがる! 悔しくねえのか! 鍛冶屋が腕をへし折られて! てめえの店を潰されかけて! あの野郎をぶちのめしてやろうと思わねえのか! タマ付いてんのかてめえ!」


パウルの冷静な言葉に、逆に怒りを覚えたマリウスが怒鳴り立ち上がった。

 ルアナが険しい顔でぶんぶん頷いている。

 しかしパウルはやはり落ち着き払った顔のままだ。


「怒りが無いって言ったら嘘になるけど、僕は師匠ほど喧嘩っ早くないんだ。そんな"ぶちのめしてやる"とかは思わない。……それに、手を出しているのは僕だけだ。ルアナさんには手を出していない。その最後の一線を踏み越えていない限り、ルアナさんが無事でいてくれる限り。僕は冷静でいられる」

「パウルさん……」

「ケッ、甘ったれの色惚けが!」

「あんた!」


彼の言葉でルアナの激情は収まったが、マリウスは納得いかないようで肩を怒らせ部屋を出て行ってしまった。

 ヴァレンティナが制止するも止まらず、彼女はため息混じりに立ち上がる。


「……あんたたち、これからどうするんだい。昨日あれだけ派手に宣伝させておいて、翌日からこの様じゃ宣伝は無駄どころか逆効果だよ」

「そうは言っても、この腕ではね。せめて片腕だけでも動けば悪足掻きも出来ただろうけど……」


自暴自棄な笑みを浮かべて、パウルはベッドの上に投げ出されている片腕を持ち上げた。

 腕は添え木と包帯で厳重に巻かれており、二の腕から先は中指の爪の先くらいしか露出していない。

 その上持ち上げるだけで痛むらしく、彼の表情は眉が強く寄せられた顰め笑顔だ。


 立ち上がったヴァレンティナは、彼の痛ましい笑顔を見下ろしながら、ゆっくり力強くため息を吐く。

 そして。


「……ルアナ。あんたがやりな」


真剣な顔で、そう言い放った。

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