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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
123/181

28

 広場を離れた姉妹は、当てもなく町内をぶらつく。

 賑わいの中心は中央広場であったが、他の場所も祭りにふさわしい賑わいを見せている。

 ある者は歌い、ある者は踊り、ある者は飲み、食べる。

 煌々と焚かれた篝火に照らされる者たちの顔は、皆篝火に負けぬほど輝いていた。


「やっぱこれがいいねー」


通りの隅に設置された丸テーブルを囲み、二人が両手で抱えた大きなパンを千切って口へ運ぶ。

 大きな丸形のパンはまだ熱々の焼きたてで、千切る度に断面から湯気が立ち上っている。

 表面は小麦色でこんがりと焼けているが中はふかふか。所々に刻んだ玉葱マンが混ざっている以外は真っ白だ。

 ピエールお望みの玉葱マンを混ぜ込んだオニオンブレッドだ。贅沢に真っ白に精製された粉で焼かれたそれは、あらゆる人間を虜にするであろう皮の焼ける香ばしい香りを湯気と共に周囲へまき散らしている。


「はふはふ」

「……」


口に入れるにはまだ熱い切れ端を口内で弄ぶピエール。

 今は二人とも食器を使う食事ではないので、食べ方は堅くない。

 それでもアーサーは上品に千切ったパンを口へ運び、玉葱マンの風味と姉の嬉しそうな姿を存分に楽しんでいる。


 篝火に照らされる夜の町の、姉妹二人のささやかな幸せの時。


 が。

 楽しんでいた筈のアーサーの顔から突然、表情が抜け落ちた。

 パンを千切ろうとした手を止め、妹の顔を上目遣いで覗き込むピエール。


「何かあったの」

「客の気配がしますね」

「……客?」


ピエールが重ねて問うが、アーサーは何も言わない。

 ピエールが暫く頭に疑問符を浮かべていると。


「少々ご同席に与らせて頂いても、よろしいでしょうか?」


アーサーの言う客、の正体。

 それはあの悪魔顔の男、サミーであった。


   :   :


 通りの隅の小さな丸テーブルを、三人の人間が囲む。

 ピエールは席を移動し、椅子ごとアーサーのすぐ隣に。

 サミーは妹の勧めにより姉妹と向かい合う位置へ。

 彼は今日も髪を全て後ろに撫でつけ、髭はぴんと鋭く尖っている。

 宝飾品も多く身に纏い、以前の印象と何ら変わりない成金悪魔そのものだ。

 表情も、何を考えているのか分からない慇懃な微笑を湛えたままぴくりとも動かない。

 アーサーの顔にも感情らしいものは存在せず、ピエールだけが当惑混じりに他二人の顔を窺うばかりだ。


「私のことは覚えておいででしょうか?」

「コシェント商会の長男、サミー・ニェク・コシェント。先日パウル武具店でお会いしましたね」

「これは重畳」


にこりと穏やかに微笑むサミー。

 やはり笑顔の筈なのにどことなく不安になる表情だ。

 ピエールは軽い愛想笑いを返し、アーサーはいつものように表情をぴくりとも変えない。


「解放戦線との戦い、私も拝見していました。実に素晴らしい。あなた方のような可憐で美しい身なりでありながら、あれほどの強さを誇る。加えて、お二人とも冒険者とは思えない確かな品がある。もしやお二人はどこか高名な家の出ではありませんか? 家から与えられた名を大事にする点など、特に」


人を見透かす微笑みを見せる成金悪魔。

 ピエールは誉め言葉を安直に真に受けて、照れながらフード越しの後頭部を掻いた。

 一方アーサーは目の前の相手と周囲の動向を注視しつつ、内心何よりも気を揉んでいるのは姉と自身の持っているせっかくのオニオンブレッドが冷めてしまわないかどうかであった。

 社交辞令の誉め言葉など端から聞き流している。


「……我がコシェント商会では現在、慢性的な護衛不足の状態にありましてね。販路拡大の余地はいくらでもあるのですが、魔物を退け品を運ぶ護衛の人数が足らないのですよ。そこへ、あなたたちのような素晴らしい逸材が現れた。これは我々にとって、あまりにも僥倖」

「……つまり?」

「単刀直入に申し上げましょう。あなた方は非常に魅力的な人材だ。お二人とも、コシェント商会へと来ませんか?」


首をかしげるピエールに問いかけられ、満を持して笑顔で本題に入るサミー。

 彼の問いかけへのアーサーの返答は、意外にも沈黙であった。

 即答で拒否しなかったことに、ピエールは一層当惑を強めて妹の顔色を窺う。


「あなた方お二人の能力であれば、ただの護衛に留まらず商会での重役に立つことも不可能ではないでしょう。勿論初めは私の元で護衛を行って頂きますが……私ならば、お二人には月に五千ゴールドお出ししても惜しくはないと思っています」


いきなり月五千という額を提示され、ピエールは目を丸くしてサミーを見返した。

 穏やかにピエールへ微笑み返すサミー。

 一方アーサーは完全に平素のままだ。


「不躾な問いかけになりますが、あのパウル武具店は、あなた方に一体どれだけの報酬を約束しましたか? 恐らくは、あなた方の能力には見合わない低い額を提示したのではないかと私は考えております。……あなた方は、あのような店に納まる器ではない。我が商会(うち)のような大きな組織こそ相応しい」


如何でしょうか?


 勿体ぶった態度で最後にそう付け足し、サミーは姉妹へと微笑みかける。

 自信と余裕に溢れた笑みだ。


 しかし。

 ピエールはともかく、アーサーの表情には大きな変化は見られない。


「大変ありがたいお話ではありますが」


口調だけ申し訳なさそうに、表情は毛ほども変えずアーサーが返した。

 サミーは微笑みを維持しながらピエールへ視線を滑らせたが、妹の決定に姉が異を唱えることはない。


「……それは至極残念に思います」

「そもそも我々は流浪の身。パウル武具店との契約も残り半月ですし、期間満了後はこの地域を発ちます。仮にパウル武具店との契約が無くとも、ご期待には添えなかったことでしょう」

「そうでしたか……」


呟きと同時に、席から立ち上がるサミー。

 こちらは口調だけでなく、表情も恭しく残念そうにしている。

 最後まで慇懃だ。


「残念ですが、そう仰られては言い募る訳にはいきませんね。……私はこれで失礼させて頂きます。ですがお二人とも、もし気が変わられたらいつでもコシェント商会の門をお叩きください」

「ええ。ご提案、傷み入ります」


互いに社交辞令じみたやり取りを最後に、サミーは踵を返しその場を後にしようとした。

 直前。


「おや、ニネッテリトではありませんか。どうしました?」


とアーサーが呼びかけた途端、サミーは全身をびくつかせ文字通り飛び上がるようにしてアーサーの視線の先に目を向け数歩後ずさりした。

 表情は目を剥き口元まで引きつっている。

 先ほどまでの丁寧な口調や仕草が全て吹き飛ぶほど強烈な反応だ。


「申し訳ありません、見間違いでした」

「……」


しかし実際には白髪のニアエルフの姿はそこにはない。

 しれっと返したアーサーの言葉に態度を取り繕う余裕もなく、サミーはいそいそとその場を後にしていった。

 まるで、本当に出くわしてしまうことを恐れているかのように。

 成金悪魔の姿と気配が完全に遠ざかるのを待ってから、二人は一息つく。


「……凄い過剰反応。あの人ニネッテちゃんのこと嫌いなのかな」

「敵意が少なかったあたり、嫌いというよりは苦手、という雰囲気でしたね。……パン、冷めますよ。早く食べてしまいましょう」

「あ、うん」


アーサーに急かされ、ピエールはオニオンブレッドを毟り始めた。

 再び二人してパンを口に運びながら、合間合間に口を開く。


「まさかの引き抜き狙い。ちょっとびっくりした」

「そうですね」

「……でも、その割にはなんかあっけなかったね。すぐ引き下がって帰っちゃった」


毟ったパンを口に運び、ゆっくりと咀嚼するアーサー。

 時間をかけて堪能してから、口を開く。


「こういう時、話の内容はただの口実で実際は別の所に狙いがあったのでは、と私は考えます」

「別の所……って?」

「手、止まってますよ姉さん。冷めてしまいます」


アーサーの発言にパンを毟る手を止めかけるピエール。

 手を動かすよう促しつつ、ゆっくり時間をかけて自分もパンを口に含んだ。


「別の所って何?」

「例えば。私たちをここで足止めして気を逸らし、その間に何か別のことをする」

「……別のこと?」


ピエールの問いかけに、アーサーはいちいちパンを口に運び時間をかけながら答えている。

 まるで、彼女すら時間稼ぎをしているかのように。

 ピエールもそれをうっすらと察し、表情に少し不満の色が混じった。

 更にそのことはアーサーも分かっているので、これ以上勿体ぶることはしない。


「あの成金男が我々の予想している通りの人間だとしたら。我々を引き離しておきたい相手が誰なのかも、我々を引き離しておいて何をしたいかも想像がつく筈です」

「……えっ、ちょっと、ちょっと待ってアーサー」


その説明によってようやく感付いたピエールが、目を見開き立ち上がった。

 アーサーも残っていた最後のパンの切れ端を口へ放り込み、食べ終えてから立ち上がる。


「アーサー、それって」

「今頃、あの護衛らしき男らがパウルとルアナに何かよからぬことを行っていても不思議ではありませんね」

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