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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
122/181

27

「本当に素晴らしい演武でした!」


拍手が止んだ頃合いで、ソリナが小走りで姉妹の元へ駆け寄った。

 実況役ながら、彼女も興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせている。


「実況席で見ていた時もそうでしたが、やはり武器を振るう速度が驚くほど速い! 正直なところ、私には速過ぎて軌道なんて殆ど見えていませんでしたよ! 観客の皆様も、あの武器捌きを完全に見切れた方は少ないのではないでしょうか!」


矢継ぎ早に言いながら、ソリナはピエールが持つ兜に目を向けた。

 ピエールに尋ねてから、真っ二つに割れた兜を受け取る。


「さて、ピエールさんが一刀、いえ、一斧(いちおの)両断にしたこの兜! 材質は確かな鋼鉄(はがね)製のようです! はりぼての紙細工だったとか、そういった不正はありません! 私の手では……んぐぐ、曲げることすら出来そうにない! そんな兜を一斧両断にしてしまうお二人の力、やはりただ者ではない、ということでしょう!」


気勢良く声を張り上げるソリナ職員。

 そこへアーサーが、小声で何か告げる。


「えー、この兜、それから先ほどの打ち合いで使った剣と盾、それからこの斧! これらも証拠品として皆様の手に届く場所へ展示したい、とのことでした! なのでこれらの武具も、大たまねぎマンの腕や胸当ての側に展示させて頂きます! このお二人の実力を示す証拠として、皆様是非お確かめください!」


ソリナが発言と共に姉妹の武器と盾、と割れた兜を受け取り舞台の後ろから出てきた別の職員に渡したところで、アーサーが口を開いた。


「今回我々が使用した武具は、ロールシェルト南通りにあるパウル武具店で作られた物です。パウル武具店の店主パウルは、つい最近師であるマリウス武具店の店主、マリウスの元から独り立ちし武具店を開店致しました。……一人前と認められ独り立ちしたものの、師であるマリウスに比べると武具の質が劣るのは確か。しかし師に劣るとはいえ、武具としては十分実用に耐えうる出来であることは、我々が今回使用した武具、並びに直接店頭に赴き確認して頂ければ分かる筈です。……皆様、パウル武具店を、是非よろしくお願い致します」

「はい! という訳で、美人女騎士姉妹、ピエール、アーサーさんのご紹介でした! 今回の解放戦線で赤、白、紫の数が多かったのは、何よりも彼女たちが大たまねぎマンを押さえ続けていたからこそのこと! 皆さん、今回の立役者にどうか再びの拍手を!」


最後に姉妹が再度一礼すると、ソリナの呼びかけの後広場内を再び拍手の音が満たした。

 満場の拍手の中。

 姉妹は舞台の裏手へ入り、そのまま広場を後にした。



   :   :



舞台の裏手に入った姉妹は、鞄から全身を覆う袖とフードの付いた外套を取り出しすっぽりと被ってから小道へと出た。

 同時に二人して髪を解き、ピエールだけ後ろで一本に結い直す。

 宣伝業務は一通り済んだので、以降は余計な注目を浴びず静かに収穫祭を楽しむ為だ。


「……すっごく恥ずかしかった」

「姉さんはいい加減人からの視線や注目に慣れた方がいいですね。少し活躍する度に衆目を浴びて、その度に恥ずかしがって顔を赤くして。もう何度目ですか」

「そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい」


小声で言い合いながら、二人は祭りの町中をゆっくりと歩く。

 小道から回り込み、まるで今来たかのような雰囲気で広場へ入った。

 途端、屋台から漂う食欲を誘う香ばしい香りが鼻をつき、二人はどちらが言うでもなくふらふらと吸い寄せられていく。


「おっちゃん、これは?」


屋台の前に立ちピエールが尋ねると、店主らしき中年男性は笑顔で顔を上げた。

 汗と煙と脂にまみれたいい笑顔だ。


「おう、これか? これはロールドルの臑の肉と黄色たまねぎマンの串焼きだ。黄色だから比較的安いぞ、一本五ゴールドってところだ」

「五かー……」


六ゴールドもあれば安価な食事一食分になると考えると、串焼き一本で五ゴールドは少々割高と言える。

 しかし玉葱マンは美味な魔物として有名で、今はその収穫祭。

 何より二人は今とても空腹だ。

 姉妹は一瞬だけ視線を交わして頷き合い、アーサーが懐から十ゴールド硬貨を一枚出した。

 店主に渡し、串焼きを一本ずつ受け取る。

 そのまま踵を返そうとしたところ。


「お前たち、さっきそこの舞台でやってた女二人組の剣の舞は見てたか?」

「え、ああ、まあ」


突然自分たちのことに言及され、ピエールは言葉を詰まらせながらもなんとか曖昧に答えた。

 店主は返答を聞くと、悔しさ混じりに笑いながら話を続ける。


「女だろうが戦う人間ってのはやっぱりすげえもんだよな。俺はここからしか見てねえが、夢中になって見てたら串焼き五本ほど焦がしちまったよ。後でどやされちまう」


軽い調子で笑う店主の元から去り、二人は同時に串焼きに食いついた。

 串に刺さった茶色い肉と白い玉葱マンの身を同時に口に含む。

 最初に感じるのは、肉の濃い脂の味。

 ロールドルという名前の偶蹄の肉は、質としてはおおよそ山羊や羊に近い。

 多少の臭みはあるものの、肉の旨味を存分に味わえる濃い味だ。


 加えて玉葱マン。

 この魔物は美味な食材として有名で、動物質と植物質の中間のような、動く植物特有の噛み応えのある食感に、玉葱をベースに他の様々な香味野菜を和えたかのような奥深く香ばしい味わいが噛めば噛むほど口内を満たしていく。

 一匹で四、五百ゴールドもする高級食材だが、その価格は決して魔物であるから、というだけではない。


 二人は空腹だったこともあり一度串焼きに口をつけると、何を語るでもなく無言であっという間に全て食べ尽くしてしまった。

 後に残った串のやり場に困ったが、周囲を見渡すと屑籠が設置されているのを見つけたのでそこへ放り込んだ。

 祭りの最中だが皆意外に律儀らしく、大抵の者が屑籠を利用している。


 続けて広場を歩く。

 舞台では大道芸人らしき複数名の者たちが様々な曲芸を披露している。

 見物客の反応は程々だが、時折姉妹の打ち合いと比較してあっちの方が緊張感や臨場感があった、などと語っている者もいた。

 ピエールは申し訳ないような恥ずかしいような複雑な気分になりつつ、舞台から視線を外す。

 すると、隣を歩く妹が一つの屋台に目を奪われていることに気づいた。

 自身も視線の先を追う。


 そこにあったのは大きな一つの大鍋だ。

 鍋の前には中年男が立ち、中身をゆっくりかき混ぜている。


「アーサー、気になるの?」

「……ええ……色々な意味で」

「うん?」


アーサーの含みのある発言に首を傾げつつも、二人並んで大鍋の前まで近づいた。

 姉妹に気づいた中年男が汗の浮いた顔を向ける。

 客商売には少々向かない堅い表情だ。


「おっちゃん、これは?」

「これは赤たまねぎマンを使ったスープだ。……とは言っても、赤を使っている以上玉葱というよりはトマトスープだけどな」

「うん? どゆこと?」

「……赤色のたまねぎマンは、何でも"玉葱"マンなのにトマトの味がする、そうです」

「私も初めて口にしたが、確かにトマトの味がした」

「へーそうなんだ。おいくら?」

「今年は赤が四匹も穫れたおかげで、こうして屋台へと降りてくることになった。だが本来は毎年一匹穫れるかどうかの非常に希少な個体だ。価格は一杯で二十ゴールド」

「うわ高」

「故に客足も悪い。お前たちもどうせ冷やかしの……」

「二人分頂きます」


中年男の言葉を半ばで遮り、アーサーが懐から十ゴールド硬貨を四枚差し出した。

 男が細まった目をわずかに見開いてから、微笑と共に受け取る。

 脇に積み上げてあった器にスープをよそい、二人へと渡した。


「食べ終わったら器と匙を返しに来い。二ゴールド返してやろう」

「うん、分かった」


器を受け取り、鍋の前から離れる二人。

 広場の隅の建物に並んで背を預け、湯気の立ち上る器の中身へ視線を落とした。


「……別に赤くないね」

「そうですね」


茶色い木彫りの器に注がれたスープ。

 中には櫛切りにされた赤玉葱マンと、芋、人参、キャベツ、それにベーコンが入っている。

 肝心の玉葱マンは紫玉葱などと同様に赤いのは表面だけで、断面は白い。

 玉葱マンの赤味は殆ど存在しない、一見すると何の変哲も無いただの野菜スープだ。

 この値段の割に殆ど変わらない見栄えも、客足が遠のく一因だろう。


「ではまずこの赤いたまねぎマンちゃんを。果たして本当にトマトなのか……」

「……」


半信半疑の二人が匙で赤玉葱マンを掬い、口へ運んだ。

とろとろに柔らかくなったそれを無言で咀嚼する。


「……!」


驚きに目を見開くピエール。


 トマトだ。

 確かに紛うこと無きトマト味だ。

 食感は煮込まれた玉葱なのだが、味は完全にトマトであった。逆に玉葱の風味がどこにも感じられないほどだ。

 飲み込み終えたピエールが驚き混じりに匙でスープだけを掬い口に含むが、やはり味わいは酸味の混じったトマトの味をしていた。

 その癖、玉葱マンらしい香味野菜の風味はたっぷりと感じられる。

 だというのに玉葱の味だけは何故かしない。

 トマト味だ。


「……すごい。本当にトマトだこれ。しかも逆に玉葱味がしない。こんな味だったのか、あの赤いたまねぎマン……」


驚きで目をぱちぱちと瞬きさせるピエール。

 暫くそうしてから、ふと隣の妹に視線を向けると。


「……」


アーサーは震えていた。

 器を持つ手に力が入ったまま、無言で微かに震えていた。

 ピエールがそのことに気づくと、アーサーは姉へと器を差し出す。

 何かを察しつつピエールが器を受け取った、その直後。


「納得いかない……」


アーサーは全身に強く力を込めて呻いた。

 言葉だけでなく表情までもが"納得いかない"という感想を最大限に表現している。

 黙ってその様を眺めるピエール。


「どう見ても玉葱じゃないですか、食感も形も何もかも。なのに味だけトマトだ、完全にトマト。トマト味のたまねぎマン、納得いかない……なんで玉葱がトマトに……なんで……」


目を見開き全身で"納得いかない"という意思表示を行うアーサーを、ピエールは生暖かい笑顔で見下ろした。

 時々起こる発作のようなものだ。

 何事も理詰めで解きたがるアーサーは、理屈ではどうやっても説明出来ない矛盾や生物として辻褄の合わない生態などに直面すると、どうしてもそれをすぐには受け入れられない。

 特にこの"トマト味の玉葱マン"のようなくだらない内容であればあるほど、自身の常識をあざ笑われているような気分になってしまい平常心を保てない。

 最終的には目の前の事実を受け入れるのだが、納得するまでこうして散々文句を言うのがアーサーの常であった。


 暫くそうやってトマトがどうの玉葱がどうのと小声で突っ込みを入れ続け、落ち着きを取り戻したアーサー。

 彼女が大きく息を吐き終えたところで、ピエールが持っていた器を返す。


「……すみません、色々と」

「ううん、大丈夫。でもまあ、確かにおかしいよね」

「でしょう? それはもう」


迂闊に共感を示しかけた途端勢い良くまくし立てられそうになり、慌てて妹を制した。

 アーサーは多少不服ながらも、言葉と一緒に匙で掬ったスープを飲み込む。

 納得いかない点は多大にあったものの、味が非常に美味であることには変わりない。

 二人は赤玉葱マンスープを綺麗に飲み干し、屋台の男へと器を返した。


「……どうだ、確かにトマトだったろう」

「ああ、まあ、うん」

「見た目と味が全く別で意外だったか?」

「まあ……うん……」

「私も意外だったし納得いかない部分もあった。だが、そういうものだと納得する他無いな」

「あはは……そうだね……」


いつ妹の我慢の限界が再び訪れるか気が気でない様子で生返事を返すピエール。

 幸いアーサーが再び発作を起こすことはなく、姉妹はスープの屋台から離れた。


「次は何食べよっか」

「無難な物にしましょう」

「そういや白いのってどうなの?」

「味は真っ当に美味しいらしいですが、非常に臭うらしいですよ」

「臭いのに美味しいの?」

「臭うのは白たまねぎマンそのものではなく食べた後の本人が、です。食べた量にもよりますが、数日から一週間近く口臭や体臭が残るとか」

「あー、それは嫌だ」

「身嗜みという点でも、野外活動を行うという点でも臭いが長期間残る物は避けたいですね」

「じゃあ普通ので……たまねぎマンのたまねぎパン無いかな」


少し背伸びをしながら、広場を見回すピエール。

 すると目的のものは見つからなかったが、顔見知りの姿を発見した。

 アーサーもそれに気づき、二人して眺める。


「あによお! あたしだってれえ! 頑張ってるろよ! 凄いろよ!」

「ええ、ええ、そうですね、チェリティリエッテさん」

「あのいれえ! あいつらぶぁっかり! あたしらって! あたしらってえべべべ……」

「あらあらもう、そんなにこぼしちゃって。白いドレスが真っ赤じゃないですか」

「りゃあはやく洗いらさいよ! りれってりろぉ!」


ニアエルフのチェリとニネッテだ。

 先ほど見た時は泣き疲れて眠っていた筈だが、祭りの時間となって起き出して来たらしい。

 しかしニネッテはともかくチェリの姿はいつもと比べると見る影もない。

 どうやら相当良くない酔い方をしているようだ。


「んがあー!」

「ああっ、駄目ですよチェリティリエッテさん! こんなところで呪文を使うのは周りの方に迷惑です!」

「るるしぁい!」


酔ったチェリが吠える度に魔力が放たれ、歪な人間大の氷像が産み出されては人々を驚かせニネッテがぺこぺこ頭を下げながら氷像を呪文で消していく。

 周囲の人々の反応には驚きこそあれど、直接迷惑を被った訳ではない為見せ物の一つとして認識されているのが幸いと言えよう。


「あらまあ……」

「……」


姉妹二人、揃って子供のしでかした不始末を見るような目で二人のニアエルフを遠目に眺める。

 暫く眺めてから、そっとその場から立ち去った。

 その姿に気づいていたニネッテは、チェリの相手をしながらそっと小さなため息を一つ。


「しゃぁけが足りらいわよぉ! りれっれりろぉーっ!」

「はいはい分かりましたよチェリティリエッテさん、もう」


そしてまた小間使い扱いされ、苦笑いと共に今度ははっきりため息を吐いた。

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