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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
120/181

25

 アレックスと別れた姉妹と夫妻は、予定通りニャラニャラが牽く馬車に揺られてロールシェルトの町へと戻った。

 町に到着し、北門をくぐったところでアーサーが御者台にいる夫妻へと呼びかける。


「ここで降ろしてください」

「あら? 何か用事ですの? アーサー様」

「アーサーさ、あの大たまねぎマンに何度か殴られてあんまり調子良くないんだ。だから治療院か、知り合いに手当頼みに行こうって話になってさ」

「……そういえば。アーサー様、大丈夫ですの?」


ピエールの話を聞いて、はっと思い出したようにルアナが御者台の窓から妹の姿を覗き込んだ。

 先ほどまで痛みに悶える様子も無く平然としていた所為で、ルアナは半ば忘れかけていたのだ。

 アーサーとしても決して軽い怪我ではないが、これ以上の怪我を負った状態で半日休まず魔物から逃げる、などという状況もさほど珍しくない為、我慢に慣れているのが尚更であった。


「問題ありません。一通り処置が済んだら武具屋へ向かいますので」

「分かりましたわ。……お気をつけくださいましね」


ニャラニャラが停止し、止まった荷台からピエールが降りた。

 次にアーサーがピエールに支えられながら降り、御者台へ手を振ると夫妻が乗った馬車は再び動き出し遠ざかっていく。

 それを見送りつつ、姉妹も歩き始めた。

 目的地は北地区にあるニネッテの家だ。


   :   :


 町の北側、外れにあるニネッテの家。

 その古びたボロ家に近づいた姉妹は、何やら聞こえてくる声に足を止め、耳を澄ました。


「なんか聞こえる」

「誰かの話し声……というよりこれは」


静寂をかき分け聞こえる音を必死に手繰り寄せると、それは声は声でも話し声ではなかった。


 歌声だ。

 小さく控えめな声で、誰かが歌っているのだ。

 優しく穏やかな音調の、子守歌を。


「……」


姉妹は揃って顔を見合わせる。

 その後、わざと足音を立てて自分たちの来訪を知らせつつ、入り口横の家の壁を軽く叩いた。

 扉をノックしないのは、扉など無いからである。先日チェリに叩き壊された玄関の扉は、まだ直っていない。というより直す気があるのかも疑わしい。


 叩くと同時に歌声が止み、人の気配が屋内から玄関へと近づいてきた。


 やって来たのはニネッテだ。服装は寝姿ではなく整っているものの、新雪のように汚れの無い真っ白な髪は、相変わらずたっぷりの質量でもさもさしている。

 ニネッテは来訪者が姉妹であることに気づくと、柔らかい笑みを返しつつ、まず最初に立てた人差し指を口元に当てた。

 いわゆる"静かに"の仕草だ。


「こんにちは、お二人とも。今日は大活躍でしたね」

「……こんにちはニネッテちゃん。誰か寝てるの?」

「ええ。晴れ舞台で赤っ恥を掻いた可哀想なお姫様が」


二人の話し声はとても小さい。

 ニネッテが小さな声で発した答えで、ピエールは寝ている相手に気づき控えめな苦笑いを見せた。

 次いでニネッテに促され、室内を進む。

 家主に言われるでもなく、静かな忍び足だ。

 少し歩いて寝室へと辿り着き、ニネッテは中へと入った。姉妹もそれに続く。


「……」


中で寝ているのは予想通り、黒髪の氷の魔法使いチェリであった。

 着ている純白のドレスが皺になるのも構わずに、部屋の中央にあるベッドの上に丸まって寝息を立てている。

 寝顔は見事なしかめっ面だ。


「今日はあなたたちに頼らずに、一人で大活躍して自分と氷の凄さを見せつけてやる、って。そうして張り切って出て行って、結果はお二人も知っての通り。何よりも、実況席から観客全員に聞こえるように馬鹿にされたのが本当に恥ずかしくて悔しかったみたいです。わたしも協力してあのエルテマリスの小僧は半殺しにしましたけど、悔しさ収まらず家に帰ってからも暴れて、さっきようやく寝付いたところなんですよ」

「……え、半殺しにしたの?」


まるでいい話のような雰囲気を醸し出していたが、後半の一言でピエールは思わず素に戻って尋ねる。

 しかしニネッテは穏やかな微笑を湛えたまま完璧にそれを無視した。

 同族一人半殺しにした後とは思えない慈愛の微笑みで、眉根を力強く寄せて眠るチェリを撫でる。


「んあぅ……」


不機嫌顔のまま、鬱陶しげにニネッテの手を払うチェリ。

 だが目を覚ました訳ではないようだ。


「……ところで、お二人は一体何のご用事ですか? 申し訳ないですが、今このお姫様がお二人の顔を見てしまうとあまりいい結果にはならないので……」

「あ、いやね、アーサーがあのでっかいのに胴体殴られて怪我してるから、もしニネッテちゃんが治癒の呪文とか使えたらな、って思ったんだけど……」

「そういうことでしたら私が作った治癒の薬を持って行ってくださいな。この寝室の向かいにある貯蔵庫の、中央の棚の一番上にある藍色の硝子瓶。ニネッテリトちゃん謹製の塗ってよし飲んでよしのおいしい魔法のお薬です」

「わぁ、ありがとう。お薬、いくらぐらい?」

「いえいえ、いいんですよ。先日の八足獣の件もありますし、これは私からの贈り物です。……その代わり、明日からもこの子のこと、よろしくお願いしますね。きっと拗ねちゃうと思いますけど、優しくしてあげてください」


顔を綻ばせつつも懐から硬貨を取り出そうとするピエールを、ニネッテはささやかな微笑で遮った。

 ピエールは一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「……分かった。ありがとね、ニネッテちゃん。それと、チェリちゃんのことは気にしなくてもちゃんと仲間だし、友達だから大丈夫」


笑顔で頷くピエールと、隣で無言ながらしっかりとした一礼を行うアーサー。

 ニネッテに笑顔で手を振られながら、二人は寝室をそっと後にした。



   :   :



「……どう?」

「無駄に美味しいですね。ふんわりと鼻を撫でる緑葡萄の香りに、微かな糖蜜の甘み。若干の薬臭さはありますが、裏を返すと薬品特有の刺激臭や苦味は若干、と呼べるほど薄い。飲料として売れそうですらあります」

「いやそうじゃなくて……美味しいの? そんなに?」

「姉さんも飲んでみますか?」

「……でも、薬だし、それはアーサーが全部飲んで」


一瞬悩みつつも断るピエール。

 アーサーは穏やかな微笑を浮かべ、瓶に残る中身を全て飲み干した。

 空き瓶を仕舞って胸に手を当て、大きく息を吐く。


「……それで、どう?」

「疼痛は殆ど収まりました。とはいえ、完治とまではいかないでしょうね」

「暫くは休もっか」

「申し訳ないですが、その方向で行きましょう。……ああ、でも私はともかく姉さんは店番もろくに出来ませんし、暇になってしまいますね? どうしましょうか?」

「私はチェリちゃんと二人で行動してもいいんだけど?」

「えっ」

「あれあれ? どうしたのかな? 私は店番もろくに出来ないし、出来ることをしようって話じゃないのかな?」

「……それは、止めてください」


相手をからかいにかかった妹だったが、姉の返しの一言であっさりと気勢を削がれてしまった。

 一転して不安げな顔に変わるアーサー。

 隣を歩くピエールが気楽な顔で笑い飛ばした。


「しないしない、言われなくても別行動はしないって。もー、返されて困るなら最初からからかわなきゃいいのに」

「……」


自分が先に軽口を叩いた側でありながら、拗ねた調子でアーサーは隣の姉へ軽い体当たりをとすとす繰り返す。

 ピエールは笑いながらされるがままだ。


 そんな調子で駄弁に興じながら歩いていると、二人はじきにパウル武具店へと到着した。

 表は鍵がかけられていたので裏口へノックを行うと、すぐにルアナが駆けてきて扉を開けた。

 するりと中へ滑り込む。


「お帰りなさいませ、お二人とも! アーサー様、具合はいかがですか?」

「知り合いから治癒の薬を頂きました。暫くは野外での活動は控えますが、ひとまずは問題ありません」

「そうですの、それは何よりですわ……」


ルアナの問いかけに、いつものように無表情で答えるアーサー。先ほどまで姉と和気藹々と喋っていたのが嘘のようだ。

 その上傍目から見た表情は、薬を飲む前の無表情と何一つ変化がないように見える。違いが分かるのは姉だけだ。


「……それで、この後ってまだ何かある?」

「もうじき会場の設備の撤去班も戻ってくるので、その後はロールシェルトで収穫祭が始まりますの。……お二人とも、申し訳ないですがこれからもうひと宣伝、ですわ」

「ひと宣伝、って言っても町中だし別に戦う訳じゃないんでしょ? じゃあ大丈夫」


だよね? という言葉を込めて姉は視線を妹へ向けると、アーサーは一度ゆっくり目を閉じることで肯定した。

 一度心配そうに視線を向けてから、笑顔に戻るルアナ。


「それならせめて、暫くはここで休んでいてくださいまし。わたくしはパウルさんのお手伝いに戻りますわ」

「あ、待ってルアナちゃん」

「どうなさいました?」

「私たちお昼食べてないしお腹減っちゃったんだけど、何か食べてきていい?」


ピエールが呼び止めて尋ねると、ルアナはにんまりとした得意げな笑みで応えた。


「お食事はもう少し我慢することをお勧めしますわ。……夜は収穫祭ですもの。たまねぎマン以外にも、今晩はどこもご馳走ですわよ」

「あ、そっか。じゃあ我慢しよっかな。……楽しみ」


ルアナに釣られてピエールも笑みをこぼすと、ルアナは満足げに今度こそ部屋を後にした。

 彼女が去ったことで、姉妹二人も脱力して部屋に備え付けの椅子に腰を降ろす。


「収穫祭かあ、たまねぎマン以外に何が出るんだろうなー」

「考えると途端に空腹が気になりますね……」

「ねー。戦った後だし、余計お腹がしくしくしてる」


二人して椅子の背もたれに背中を預け、揃って息を吐く。


「そういやあの大たまねぎマンの腕はどうなるんだろ。最後は規則通り向こうに預けちゃったけど」

「暫くはどこか目立つところに展示して、最後は短杖にでも加工するか、最悪そのままでしょう」

「……食べないの?」

「食べられると思います? あの硬さと重さで」

「うーん……じっくり煮込んだり、薄ーく削いだり細かく刻んだり……」


自分でも無理があると気づいたのか、ピエールの言葉は途中から尻すぼみで霧散した。

 無理かな、と最後に呟き軽く笑ってから、会話が途切れる。

 そのまま二人は、椅子に座ったまま暫く脱力を続けていた。

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