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無数の玉葱マンの襲撃を受けた地が、手慣れた仕事によって普段通りの田園地帯へと戻ってゆく。
大地に転がる玉葱マンの死体、及び奪われず残った玉葱の回収。
今回の戦果は戦闘参加者百四十五名に対し、玉葱マン黄色が百八十八、緑が百三十、紫十一、赤四、白二の計三百三十五と腕一本という結果に終わった。
最多討伐数は蹄人のレツによる十三匹。今回十を越えたのは彼のみで、多くの者が一か零か、或いは複数人で一匹を討ち取った一未満となっている。
ベテランにとっては与しやすい環境とはいえ、やはり無数の玉葱マンの波の中で飲み込まれず複数討ち取るのは相当の難易度なのだ。
加えて、死の危険が低いということで腕試しや特訓に来た一般人が多いということも参加者の割に討伐数が奮わない一員となっている。
姉妹と共に血吸い花を討伐した老戦士アンドレイも、全盛期には今回のレツを越える討伐数十六を叩き出し、一昨年に単独で参加した際にも十を討伐する金星を挙げていた一方、今回は娘のメリンダの経験を積ませることを重視していた為、今回の討伐数は親子併せて三に留まっていた。
とはいえ初参加の娘を庇い、指導しながらの戦闘であった為、致し方のない結果だろう。
次に、怪我をした戦闘員の手当及び搬送。
今回の怪我人は百十三人。およそ八割だ。
うち治療院送りとなった重傷者は三十、残りは手当のみで済む軽傷だ。
幸いなことに今回の死者はたった二名のみである。
というのも、毎年死者を生み出していたのは殆どが大玉葱マンの仕業だからだ。
目を付けられて殴り殺される他、通過する際に轢殺されるケースが多くを占めていた。
その大玉葱マンを姉妹が抑え続けていた為、死者は僅か、また紫、赤、白の討伐数も増加したのだ。本来であれば死者は十人前後、討ち取れた紫は五未満、赤と白などは一体だけでも討ち取れるかどうか、というのが毎年の通例である。
最後に観客席や木柵など設備の解体、回収。
設備の設置解体も百年近い年月による経験が蓄積している為か非常にスムーズに進み、昼前に始まった撤収作業だったがこの調子ならば夕方になる前に終わることだろう。
こうして田園地帯は一日だけ戦場に変わり、一日にしてただの田園地帯に戻る。
そして再び、大地に玉葱を抱く為の準備に戻るのだ。
全てはまた来年の為に。
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戦いの後始末が始まる田園地帯。
人も捌け始める人の流れの中を、姉妹が進む。
時折参加した戦闘員や観客から賞賛の声をかけられたり、右手にぶら下げている大玉葱マンの腕を見せて欲しいという頼みに応えながら。
「……大丈夫?」
「……」
「帰ったら早く手当して貰おうね」
歩きながらピエールが小声で尋ねると、妹はゆっくり重たい息を吐くことで応えた。
戦闘直後且つ職員による実況の最中だった為我慢していたが、胴を複数回殴りつけられたアーサーの怪我は決して軽いものではない。
他人から見れば彼女の表情はいつもと変わらない無愛想ぶりだが、姉の目にははっきりと苦痛を訴えているのを窺うことが出来た。
大玉葱マンの腕を持っていない方の手で、アーサーの背中を優しく撫でる。
そうして少し歩くと、目的の相手であるパウル、ルアナ夫妻の姿が目に入った。
姉妹が近づくと夫妻もすぐに気づき、満面の笑顔で金色の縦ロールを揺らしながら駆けてくるルアナ。
その傍らには、姉妹には見慣れないもう一人の人影もあった。
「お疲れ様ですわ、お二人とも!」
駆け寄ってきたルアナがピエールの手を取り小さく跳ねた。
同じように飛び跳ね返すピエールと共に、喜びを分かち合う。
「お二人とも、大活躍でしたわね。実況席の注目を独り占めなんて早々出来るものではありませんわ」
「私たちとしては、やっぱりあんまり大きなことした気はしないんだけどね……」
「ふふ、ピエール様はやはり謙遜が過ぎるところがありますわね」
茶目っ気たっぷりにウインクするルアナに、ピエールは若干の苦笑いで応える。
「そちらの首尾はどうですか?」
「それはもう! 特にアーサー様が最後に宣伝を行って頂いたおかげで、終了後にも売れましたわ。どうせ帰りもニャラニャラですしと多めに持ってきましたが、半分以上売れましたの。これだけで先月分の売り上げ越えですわ」
笑顔で言うルアナだが、姉妹としては今日一日で簡単に越えられてしまう先月の売り上げの低さが逆に心配になっていた。
いつものようにピエールが苦笑いアーサーが無表情でいると、そこへパウルともう一人の人影が三人の元へとやって来た。
人影は齢二十半ばの男だ。
金髪を短く刈り込んだ短髪の男で、見目は整っているが美男子という印象以上に、生真面目、実直、朴訥、というような人柄が表情や雰囲気から溢れ出ていた。
服装は高級な生地の制服仕立てで、上から軽鎧を着込んでいる。腕前だけでなく品も求められる、地位の高い人間の護衛、というような印象だ。
腰には剣の納められた鞘と盾を提げている。やはり装飾が整っており、実用性だけでなく見栄えも重視しているのが窺えた。
「君らがお嬢様が雇ったという二人組か」
開口一番男が言った言葉で、姉妹は男の素性を大凡把握した。
彼は十中八九、ルアナの実家の関係者だ。
「私の名前はアレックス。かつてルアナお嬢様がネリリエル家にいた頃、専属で護衛をしていた者だ」
「これはどうも、こんにちは」
ピエールが笑顔で挨拶を行ってから、二人は名を名乗る。
アレックスは二人をじっと、真正面から見つめながら口を開いた。
「今回の戦いでは随分と活躍したようだな。君らのおかげでパウル武具店の売り上げも右肩上がりだとか」
「いやあ、それほどでも……」
「そうですわ! お二人のおかげでお店にも人がよく来るようになりましたの! お客からの印象も上々で、パウル武具店はこれでもう安泰ですわ!」
「い、いやルアナさん、それはちょっと大袈裟かな……」
ルアナは自信満々に拳を握り、アレックスへと言い放った。
パウルが控えめな声でルアナを制したが、聞く耳は持っていないらしい。
アレックスもルアナの自信に満ちあふれた宣言を軽く聞き流し、変わらず姉妹に目を向けたままだ。
「それで、君らはいつまでパウル武具店の宣伝要員として働くのだ?」
「ええと……」
「あと十五日です」
「それが過ぎたら君らは町を去るのか」
「ええ」
アーサーが返答するが、アレックスの表情は変わらない。視線もそのままだ。
どうやら彼もあまり表情豊かな性質ではないらしい。
「……旦那様は、今の好調な売れ行きはこの二人が活動していることによる一時的なものではないか、彼女らが去った後、また元に戻るのではないか、と危惧しておられる」
「そんなことありませんわ! お客様は皆パウルさんの作った武具に満足しています! お父様の言うことなんて、所詮実際に見ていない伝聞だけの」
「つい先日、家の者を遣いに出して武具を何点か買わせ実際に検分しておられた。結果、やはりマリウス様の物よりは劣る、と」
「な、わ、わたくしそんなの知りませんわ! 家の者が来たのならわたくしも気づいている筈です!」
「気づかれないようお嬢様と面識の無い者を向かわせた、と仰っていました」
「むっ、むむむ……!」
ルアナが口を閉ざし、だが納得いかない様子で唸る。
ピエールとパウルは揃って困り顔、アーサーとアレックスがこちらも揃って無表情だ。
「……旦那様はお嬢様のことをとても心配しておられます。もしも経営が立ちゆかなくなれば、すぐに戻ってくるようにと」
「お断りですわ! 第一わたくしは」
「奥様も、毎晩ルアナお嬢様がまともな物を食べているのか、家事のろくに出来ない勢いだけの娘が迷惑をかけていないか頭を悩ませております」
「わたくしは……家事は……確かに殆どパウルさんに任せきり……ですけれど……でも」
「弟君も妹君もパウル武具店が奮わないのは強引に転がり込んだ姉が迷惑をかけているからではないのかと心配しておられます」
「でも……わたくし……その……」
「どんだけ家の人から心配されてんの、ルアナちゃん」
「まるでどこかの姉のようですね」
「……誰のことだろうなー、私分からないなー、全然分からないなー……」
アレックスが淡々と語った内容に、何故かルアナだけでなくピエールまで凹まされていた。
二人して身体を縮こめ、背丈まで縮んだかのような錯覚が生じる。
「アレックスさん、僕はルアナさんが来てくれたことを迷惑だとは全く思っていません。彼女は確かに家事は出来ないし食事の用意も洗濯も掃除も全部僕がしていますけど、でもルアナさんは呪文を使った鍛冶の手助けはちゃんとしてくれています。負担でもなんでもありません」
「その言葉、裏を返すと店が奮わないのは自分の所為だ、と認めることになるが」
「……ええ、その通りです。師匠に独り立ちを認められたとはいえ、僕の腕前が師匠より劣るのが最大の原因です。だから……」
続けて言い掛けたパウルを、アレックスは手振りで遮る。
「旦那様に今すぐお嬢様を連れ戻すという意思はない。ただやはり、今までの状態が続くようでは黙って見過ごせない。宣伝要員の二人がいなくなった後全てが逆戻り、ということにならないよう気を付けて欲しい、と様子見ついでに注意を促しに来ただけだ。……第一、納得していないお嬢様を無理矢理家に連れ戻せば、一体家がどれだけの被害を受けるか分かったものではない」
「……被害って何?」
ピエールの呟きに、ルアナはさっと目を逸らした。
直後、"姉さんには分かる筈だ"という妹の視線が一直線に自分に向かったのでピエールもまた目を逸らした。
この場においてルアナとピエールは完全に同じ穴のむじなだ。
「……私は帰らせて頂きます。旦那様には、お嬢様は家にいた頃と何も変わりがなかった、と伝えることにします。それでは」
四人へ向けて腰を四十五度に曲げ、生真面目さの窺える一礼。
そののちに、アレックスは踵を返し足早に歩き去っていった。
「……あいつら、覚えてろ」
ルアナが口内に留めた、くぐもる微かな呟き。
姉妹は耳聡く聞き取ったが、揃って聞かなかったことにした。
パウルだけが気づくことなく、一人真剣な顔でこれからの仕事にやる気を燃やしていたという。




