表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
115/181

20

 夫妻と別れ、戦闘員の待機所へと混ざった姉妹。

 しかし正確には"混ざった"とは言い難い状況になっていた。


「……ああ、なんか()だなあこの感じ」


自分自身を抱えるように胸の前で腕を組み、身体を縮こめてピエールがぼやいた。


 待機所へ向かった姉妹は、非常に分かりやすく周囲からの注目を一身に浴びていた。

 それも悪感情が多分に混ざった注目だ。

 耳を澄ませば、離れたところで二人のことを悪し様に語っている会話も漏れ聞こえる。

 最たる理由は、やはりその格好。

 女だてらに派手に着飾り、前衛らしい武具を着込んでいる様が顰蹙の源だ。

 ロールシェルトの組合では姉妹やチェリの存在と腕前は既に認知されているのだが、ここでは殆ど認知されていない。

 つまるところ、それだけロールシェルトの組合に馴染みの無い、余所から来た者も多いということだ。


「私も逆の立場なら悪感情を抱いていたでしょうし、仕方ありませんね。戦闘が始まるまで我慢しましょう」

「うー……」


低いうなり声で返事を行い、ピエールは一層身体を縮めた。

 アーサーは何も言わず、そっと姉へと身体を寄せる。

 そうして暫しの間、針の筵を耐えていると。


「……」


不意に、ピエールが何かに気づいた。

 それが表に出たのはわずかに瞼を持ち上げる動作のみだったが、それだけでもアーサーには変化がはっきりと伝わった。

 態度を毛ほども変えず、アーサーは前を向いたままそっと姉に呼びかける。


「どうしましたか」

「……聞いたことある声が」


知り合いや友人の類ではない。

 もしそうであれば、堂々と声の方角へ視線を向けるか声の出所へと移動しているだろう。

 そうしない、という時点である程度候補は絞られる。


「方角」

「真横、右」


互いに顔は向けないまま端的なやり取りの後、アーサーもじっと耳を澄まし意識を集中した。

 絡んだ糸屑をほぐすように喧噪をより分けると、彼女にも声の主と会話内容が、微かだが聞き取れる。


「な? だからな、ああいう奴を雇って宣伝しようって腹なんだよ。肝心の武具の質は粗悪なのに」

「しかも聞いたところによると、あいつら裏では身体まで使って武具を買わせようとするらしいぜ。冒険者の風上にも置けねえよな」

「だから今回売りに出てるパウル武具店の武具は買わない方がいいぞ」


発言内容は姉妹と、それに連なるパウル武具店への悪評の流布。

 武具店の印象を下げ、売り上げを落とそうと虚実織り交ぜて吹聴している。


 肝心の、悪評を流布している本人は。

 つい先日少年少女を脅してパウル武具店で買った武具を巻き上げようとしていた男二人組だった。


「……あの二人か」

「誰だっけ、なんか声は聞いたことある気がするんだけど」

「……」


何気ない姉の一言に、妹は思わず眉をひそめて見返した。

 数日前に会った相手のことをもう忘れている。

 だというのに、声質だけは何故か覚えている。

 賢いのか間抜けなのか。

 一瞬悩んだのは気の迷いだ。

 考えるまでもなく後者だ。


「誰だっけ、ねえアーサー覚えてるんでしょ? ねえ」


一人納得しながら、アーサーは隣の姉がドレスの袖を引っ張るのを無視して視線を不意に、素早く真横に向けた。

 何の前触れも無く突然視線を向けられたことで、目を逸らし知らない振りをする余裕も無く男二人組とアーサーの視線が交錯する。


「……」


人混みの中からピンポイントで視線を向け、何も言わず、じっと男二人組を見つめ返すアーサー。

 調子良く喋っていた口が強張り、視線を逸らす余裕も無い男二人。

 見つめ返すアーサーが目と口を三日月のように細め歪めて威圧感のある作り笑顔を向けると、二人は冷や汗を滲ませながらそそくさと人混みを奥へかき分けるように離れていった。

 二人が視界から消えるのを見送ってから、すとんと作り笑顔を止め無表情に戻る。


 隣にいるピエールは"また嫌味な顔してたんだろうなこの子"と内心思いながら、不意に顔を真横へ逸らした妹の後頭部と、勢い良く振るわれてぶらぶらしていた側頭部のツインテールを眺めていた。



   :   :



 姉妹と男二人組のささやかなやり取りの後暫く。

 何名かの職員が現れ、玉葱マンとの戦いの詳細な解説と、これからの流れの説明を行った。


 まず、これから戦闘員たちは玉葱畑の北側、木柵の外へと出て横に広がって待機。

 待機が整い次第、玉葱畑の木柵が撤去され一斉収穫に入る。収穫は村人や周辺地域からの雇われ労働者が行う。


 玉葱の収穫は、最初は一旦引き抜いて地面に並べるのみ。玉葱マンの襲撃が終わった後に、改めて荷台に積み玉葱マンの手の及ばない南へ運ばれ改めて保存の為の乾燥作業などが行われる。とはいえその辺りのことは戦闘員には関係の無い話だ。


 玉葱が土から引き抜かれ地面に並べられれば、それを狙って玉葱マンたちが襲撃に来るだろう。

 収穫開始から彼らが森から出てくるまでは若干の時間差があるが、毎年およそ半時間から一時間ほど。

 森から一斉にやってくる玉葱マンたちを、戦闘員は討ち取って収穫物とする。


 玉葱マンの相手をする時に、気を付ける必要のあることがいくつか。

 まず、この土地の彼らは基本的には人を殺しに来ている訳ではない。狙いは玉葱のみ。

 なので戦闘続行不可能だと判断したら、玉葱から離れる、突っ込んでくる玉葱マンを素通りさせる、などの対応を取ること。基本的に玉葱は大半を奪われることが前提なので、無理して守る必要はない。

 また、この地の玉葱マンが率先して人間を襲わないとはいえ死者は毎年出ている。死んでも自己責任だ。


 次に、この戦いは玉葱マンを収穫することが最大の目的である。食料として利用出来ないような損壊の激しい討ち取り方や、周囲に被害の及ぶ呪文や武器を使用しないこと。


 最後に、戦闘員たちの戦いぶりは監視台にいる監視員たちによって観測されている。彼らによって誰が何匹討ち取ったかを計測し、最終的な報酬が決定される。

 つまり討ち取った玉葱マンそのものは一旦回収される。討伐報酬は一般的な玉葱マンの価格より下回るが、差額は設備費用や玉葱を育てた村人、周辺地域などに還元される。

 あくまで死の危険が少なく、人里近くで一度に大量に相手取れる点を利点と認識して貰いたい。


   :   :


 というような説明を一通り受けた後。ようやくその時がやって来た。

 戦闘員たちは柵の外で一列に並び、再度待機。

 すると彼らの後ろで木柵が撤去され、玉葱の収穫が始まった。


「一体どうやってたまねぎマンは玉葱の収穫が始まったのを知るんだろうね」

「さあ、私には見当も付きませんね……。根を引き抜いた時に何らかの臭いでも発するのか、それともどこかでこの光景を監視でもしているのか……」

「案外、引き抜かれた玉葱が助けてたまねぎマーン! って助けを呼んでるのかも」

「ははは」


ピエールの挙げた説に、アーサーは表情を変えないまま空笑って返事をした。

 動く植物の生態は謎が多い。玉葱マンなど人の物差しで計れば理屈に合わない不可解要素の塊だ。

 姉が言ったような妄言すら、真実である可能性が否定出来ない。

 故にアーサーは否定も出来ず。空笑いだけを返していた。


 一瞬会話の途切れた姉妹は、周囲にくるりと視線を巡らせた。

 玉葱畑から少し離れたところには見物席。多くの見物客が、軽食や酒杯を片手ににその時を待ちわびている。

 中には小さな遠眼鏡を手に、地平線の先を覗いている者もいた。

 彼らが手にしている遠眼鏡は全て同じ物だ。もしかすると、村内のどこかで売っていたのかもしれない。


 自分たちの隣には、一列に並ぶ戦闘員たち。

 冒険者もいれば、腕自慢の村人や町の衛士らしき者の姿もある。緊張している者から余裕綽々な者まで千差万別だ。

 ピエールがそっと列の奥を覗き見ると、遠くに羽黒緑の鎧を着込んだ中年男とフードの女のペアや、周囲よずっと大きく堂々と立っている美しい蹄人(フィクニ)の男の姿もあった。

 蹄人の男、レツなどは、ずっと姉妹に注目していたらしく目が合うと眩しいほどの笑顔で笑いかけてきた。二人と遠くにいる筈なのに、白い歯がきらりと光ったのが分かるほどだ。

 ピエールは苦笑って視線を戻す。


 その間、アーサーは前を向いたまま周囲の気配に意識を集中させていた。

 ピエールは特に意識していないようだが、彼女ははっきりと気づいている。


 戦闘員の中には先ほどの男二人組に加え、あの悪魔顔のサミーという男に付き添っていた革防具の男と刃傷の男。

 あの二人も混ざっていて、今も姉妹に密かに注目していることを。

 ただ注目しているだけならいいが、戦いに乗じて直接的な嫌がらせに出ないとも限らない。


「……姉さん、気を付けてくださいね」

「油断はしてないよ」

「たまねぎマンだけではなく、同業者にも十分に気を付けてください。恐らく乱戦になることでしょう、その際に流れ矢や欠けた武器の破片でも掠めたら笑えません」

「あ、そういうこと。確かにそっちにも気を付けないとね」

「ええ」


アーサーは一瞬迷ったが、結局男四人のことを直接伝えることは止めた。

 はっきり伝えると、逆に意識させてしまう可能性がある。

 今の言葉だけでも、姉は十分に警戒してくれるだろう。


 話す内容も無くなり、二人は黙って前を眺める。

 そのまま二、三十分ほど経った頃だろうか。

 二人は同時に気づき、その少し後に地平線の彼方に彼らの姿が現れた。


 体型はおおよそ玉葱型。

 高さ四、五十センチほどの大きさの鱗茎に、申し訳程度の小さな手足。

 鱗茎の頂点からは緑色の芽が一メートルほど伸びており、鱗茎と合わせて体長は約一メートル半。

 色は緑色の個体がおよそ六割、三割ほど黄土色の者がおり、残る一割はまた別の色。

 鱗茎の前面には口が一つだけあるが、それ以外の部位は見当たらない。


 眼球は無く、手足と口だけのある巨大玉葱。

 彼らは短い足をゆっくりと動かしながら、悠々と地平線の果てから現れた。

 一匹。

 十匹。

 百匹。

 それ以上。

 数え切れないほどの巨大玉葱たちが、地の果てから一斉に自分たちめがけて歩いてくる。

 誰かがごくりと息を飲み、その音がいやに大きく響いた。


「……これは壮観だ」

「少しだけ、逃げたくなりますね」


 総勢数千匹。

 玉葱マンたちが現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ