16
パウル武具店の宣伝員として活動し始めてから、早数日。
姉妹は変わらずツインテールにドレス鎧を着込み、同じく純白のドレス姿のチェリと共に組合で活動を行い、パウル武具店の名を宣伝し続けていた。
時にはチェリが衆目を独占することもあったが概ね三人が均等に視線を集め、また武具店の宣伝にはチェリが協力的なこともあり、パウル武具店の客は少しずつだが着実に増加の一途を辿っていた。
そんな、ある日のこと。
「今日はあたしの知り合いの手伝いをして貰うわ」
組合ロビーの片隅。
席に座るチェリが、姉妹を見るなり言い放った。
今日も純白のドレス姿だ。これまでの活動で時には泥にまみれ、時には体液を浴び、時には食事をこぼすといった理由で汚れることを繰り返しているチェリの白いドレス。
しかし一体どうやっているのか、いつも日を跨ぐと汚れは跡形もなく消え失せている。
「チェリちゃん知り合いいたんだ」
「いるわよ失礼ね、あたしを何だと思ってるのよ」
「……」
「どっちか片方でもいいから答えなさいよ!」
姉妹の脳裏に浮かんだのは"氷に狂った可哀相な女"である。
勿論そんなこと言えはしない。
二人同時にぴたりと押し黙ったことでチェリは怒りに両手を振るわせたが、アーサーが続きを促すと水に流す、とまではいかずとも話を進める。
「依頼って言うほど大袈裟な話じゃないけどね。あたしの知り合いはこの町で薬作ってるんだけど、作りたい薬の材料が足りないらしいのよ。だから採って来て欲しいって」
「組合を通して不特定多数に依頼してください」
「最近まで出してたんだけど、誰も受けてくれなかったって。まああたしの目から見てもろくでもないもの取りに行かせるなーって思ったし、報酬も割に合わないし。誰も受けなかったのも当然って感じ」
「そんな依頼やらせるんだ……」
「付き合い長い相手だし、ちょっとくらいは助けてやんないとね。それにあれを助けるのは氷様も推奨してるわ。氷への御奉仕よ」
最後の一言は揃って聞き流した。
それはそれとして、姉妹はとりあえず話を聞いてみる方向に決まったようだ。
チェリが勢いよく立ち上がったのを、二人は無言で受け入れた。
「じゃ、行きましょっか。詳しい話はあいつがしてくれるわ」
チェリを先頭に、三人は歩き始める。
ロビー内にいた冒険者たちが、三人を見つけると軽口を叩いた。
「よっ、お嬢軍団! 今日は何だ? 琥珀草でも殴りに行くか?」
「そんな危ないことしないよおっちゃん、今日はなんか、チェリちゃんの知り合いが頼みごとがあるからってさ」
「そのイカれた氷女の? そいつに知り合いなんていたのか?」
「だぁれがイカれた氷女よっ! 氷様への供物にするわよっ!」
「うお頭のおかしいイカれ氷女がキレた! 氷漬けにされちまう! じゃあなお嬢トリオ! 怪我すんなよ!」
三人に絡んだかと思えば、チェリの神経を逆撫でしすぐ逃げていく中年男。
姉妹は平然と、チェリは歯を剥き出しにして息荒くそれを見送ってから、今度こそ組合建物を後にした。
「全く失礼しちゃうわ。ねえ二人とも。あたしってそんなに変に見える? 普通の可愛くて聡明で有能で敬虔な女の子よね」
組合建物を去り際に、チェリが心底納得いかないという態度で呟く。
姉妹は揃って、正直に答えず話を逸らす方針に終始した。
: :
「ここよ」
チェリの先導により三人が辿り着いたのは、ロールシェルト北側の外れにある一軒家だった。
意外に大きな平屋だが、相当古い。
壁はひび割れ屋根は欠け、扉も見るからにガタガタだ。
「……なんていうか、かなり……」
「ボロ家でしょ。あいつ衣食住には頓着しない奴でね。家も秘密の地下室さえあればいいって」
「……」
今与えられた情報だけで、ピエールは言い知れぬ不安を覚えた。
だがそんな姉の様子には構いもせず、チェリはズカズカと扉の前まで歩いていく。
「ニネッテリト! このあたしが来てあげたわよ! ニネッテリトー!」
名を呼びながらがんがん扉を連打するチェリと、叩かれる度に死期を悟って震える扉。今にも壊れそうだ。
「ニーネーッーテーリートー! このあたしを待たせるとろくなことにならないわよー! ニネッテリトー!」
がんがん。
がんがん。
がんがんがん……ごっ。
「あっ」
最後の一打によって、ついに扉は破損した。
蝶番を支えていた木枠がもげ、支えを失った扉は地面に落ち、ゆっくりと、最期を惜しむように奥へと倒れていった。
ばぁん、と五体投地し八つ裂きになる扉。
「しょうがないわ。経年劣化、寿命よ寿命。さ、入りましょ」
暫く砕け散った扉を見下ろしていたが、チェリはすぐに気を取り直して無遠慮に入っていった。
当然のように扉の死体を踏み越えていく。
ピエールは躊躇いがちに、アーサーはため息まじりに後に続く。
「……出てこないね」
「どうせ寝てるのよ、あいつ不健康で不健全だから。寝室に起こしに行くわよ」
ずかずかと我が物顔で進むチェリに、姉妹が続く。
室内は扉ほどではないが、古さがそこかしこに散見されていた。
穴の空いた床板。
蜘蛛の巣が張った窓。
指先が埋まりそうな深い埃溜まり。
その割に、棚には目新しい日用品がいくつか雑に並べられている。
印象は完全に廃墟だ。それも、素性の不確かな人間が勝手に住み着き始めた廃墟。
「ここよ」
やがて三人はとある部屋の扉まで到着した。
チェリはノックすらせず一息に押し開ける。
「起きなさいニネッテリト! あなたの大事なあたし様が来てあげたわよ!」
その時、二人が感じたのは強烈な臭いであった。
薬草の青臭い臭い。
鉱物の冷たく乾いた臭い。
乾いた内臓の薄まった生臭さ。
古びた埃の臭い。
濃密な女性の体臭。
それらの臭いが高濃度に混ざり合い、何がなんだか分からない正体不明の臭いを醸し出していた。
果たしてそれが鼻を抉る悪臭なのかそれほどでもないのか、それともまさかいい香りなのか。
それすらすぐには分かりそうにない。
そのような臭いの部屋には、意外にも物は殆ど無かった。
ただベッドが一つ。
脇に転がる空の薬瓶が数本。
そして、ベッドの上に半裸の女性が一人丸まって寝ているだけであった。
「ニネッテリト、起きなさい! 早く!」
「んえ……あー……チェリティリエッテさん……ですか……?」
チェリに肩を掴まれ揺さぶられ、ようやく女性は目を覚ましかけた。
外見年齢はチェリとほぼ同様、十六、七ほど。
一方髪は漆黒のチェリとは正反対の完全な白髪だ。老人の白髪とは違う生命力に溢れた瑞々しい白だが、腰まで伸びた髪は寝癖で滅茶苦茶。顔の半分は髪に埋もれていた。
体型は貧相。胸元に小さくとも確かな膨らみが見られるチェリとは違いまるで棒きれのようで、厚紙を何枚か挟んだかのような申し訳程度の曲線があるばかり。
いかにも不健康、といった風体だ。
顔立ち自体はチェリにも劣らぬ整った顔立ちなのが、唯一の救いと言えるだろう。
チェリに揺さぶられ目を覚ました女は、モッサモサの白髪に埋もれた目でようやく姉妹を視界に納めた。
だが目は未だに半眼、ねぼけているようだ。
「あら、騎士様が来てます。もしかしてわたしを征伐しに来たのでしょうか」
「そんな訳ないでしょ、早く目を覚ましなさいよニネッテリト」
「でもわたし負けませんよ、いざとなったらわたしの呪文で全てを道連れにミエエエッ!」
言葉半ばでチェリが呪文を唱え、一掬いの氷水を生成した。
丸出しの腹部に星型の氷が混ざった流水が直撃し、奇声を上げて飛び上がった女性。
半眼だった目を、完全な真円になりそうなほど大きく見開いている。
「……あー……えーと?」
「目は覚めたかしらニネッテリト? このあたしが来てあげたわよ、挨拶は?」
「あ、はい、おはようございます、チェリティリエッテさん」
「ええ、おはよう」
覚醒はしたものの未だに意識が追い付いていない様子で、ぱちぱちと頻繁に瞬きを繰り返す女性。
対するチェリは威圧感に満ちた怒り笑顔だ。
まだ寝ぼけていれば容赦無く追撃の氷水を浴びせてやる、と言わんばかりの。
一連の流れをピエールは目を丸くして、アーサーは特に感慨も浮かべず眺めていた。
そこへ、ようやく意識がはっきりした女性が目を向ける。
「……チェリティリエッテさん、このお二人は?」
「あたしの知り合い。ま、下僕かしら」
「下僕て」
「ははあ……」
チェリの言葉を聞いた女性は、驚きで少しの間目を見開いた。
暫く姉妹を見つめてから、半眼に戻る。
どうやら普段から半眼のようだ。
半眼のまま、ベッドの上で膝を畳み姿勢を正して座り直す女性。
そのままベッドに手を突いて深く一礼した。
「わたしはニネッテリトミェールティクスリリエリオーレと言います。ニネッテもしくはニネッテリトとお呼びください。お察しの通りニアエルフで、チェリティリエッテさんとは出身地を同じくする旧知の仲です」
「これはどうも……」
慌てて一礼を返すピエールと、会釈で済ませるアーサー。
姉妹も名を名乗り互いの自己紹介が済むと、女性改めニネッテは垂れ目の半眼をニヤっと細めてチェリへ笑いかけた。
不気味なにやつき笑いを向けられたチェリは、意味も無く腕を組んで身構える。
「何よ」
「しかし、チェリティエッテさんに本当に仲間が出来たなんて……」
「仲間くらい作れるわよ、あたしを何だと思ってるの」
黙るニネッテ。
部屋に沈黙が満ちる。
「何か言いなさいよ」
「チェリティリエッテさんのことは氷様とやらに身も心も捧げすぎておかしくなってしまった無惨で悲惨な子だと思っています……あの日氷室に閉じこめられた所為で頭がもう……」
「黙りなさいよ!」
「何か言えって言ったのはそっちじゃないですか……」
饒舌に狂女認定され、チェリは声を荒げてニネッテの頭をはたいた、というよりもさもさの白髪の中に手を突っ込んだ。
この程度の言い合いはいつものことらしく、互いに馴れた緩い雰囲気だ。
今のやり取りだけでも、二人の仲の良さが窺える。
「しかしそうなると先日のあれは本当に……いや、確かにお二人とも衣装と鎧がよく似合っていてお綺麗ですが」
「先日のあれ?」
「ちょっとニネッテリト」
ピエールが小首を傾げて問いかけると、ニネッテはまたもやにまあ、っと笑った。
チェリが止めようと手を伸ばしたが、ひょいとかわして口を開く。
「チェリティリエッテさんたら面白いんですよ。あの日、恐らくお二人がその姿を初めてチェリティリエッテさんに見せた日。あの日うちに来たと思ったらいきなりわたしに泣きついてきて"あの二人綺麗に着飾ってずるい、あたしもやる、あたしも綺麗な服着る、いっぱい注目されたい!"って」
「止めてよニネッテリト!」
「それで、わたしがいまいちセンスの無いチェリティリエッテさんの為にドレスと髪飾りを見繕ってあげたんです。毎日の洗濯だってわたヒャアアアッ! チェリティリエッテさん出して止めて凍るヒイイイ!」
饒舌に友人の痴態を語っていたニネッテだったが、半ばで限界を迎えたチェリが呪文で林檎ほどの氷の塊をこれでもかというほど生成してニネッテを埋め立てた。
白髪の少女の絶叫が、ベッドの上に現れた氷の山の中から響く。
氷の山から一本だけ突き出た右手が、水揚げされた魚のようにびちびち跳ね回る。
「……ニネッテリト、今度余計なこと言ったら次こそ氷像にして氷様への供物にするわよ」
「分かりました分かりましたからごめんなさいチェリティリエッテさん出してお願い!」
氷の中からニネッテが必死に謝ると、チェリも許したのか再び呪文を唱え氷を全て消し去った。
ただでさえ白いニアエルフの肌を更に青白く凍えさせ、かちかちと歯を鳴らすニネッテだけがベッドの上に残る。
「そのドレス、どうやって毎日洗濯しているのか疑問でしたが彼女だったんですね」
「はー? べーつーにー? あたしだって洗濯くらい出来ますけどー? ただあたしみたいな高貴な存在が衣類の洗濯なんて面倒なことやってられないから下僕にやらせてるだけですけどー?」
「いやチェリちゃん氷の呪文しか出来ないんでしょ?」
「うっさい!」
「チェリティリエッテさんは無駄に意地っ張りだから困……ああ止めて下さい、もう冷たいのは止めて、本当に」
ニネッテが再度口を開いた瞬間ばっ、と素早く右手を突き出すチェリ。
ニネッテが怯える生娘のごとくベッドのシーツを掴んで身を縮めるのを怒りの眼差しで見下ろしてから、話を切り替えた。
「もう下僕同士の顔合わせは済んだでしょ。それより下僕一号、今日はあんたが欲しがってたアレ採りに行こうって話になったのよ。早く下僕二号と三号に説明してやりなさい」
「下僕二号と三号て」
「本当ですか! ありがとうございますチェリティリエッテ様、この下僕一号感謝の極みにございます……およよ」
「うわ一号順応早い」
チェリが素材を採りに行く、と口にした途端ニネッテはベッドの上で姿勢を正しチェリを拝んだ。
ふふん、と鼻を鳴らして得意げにするチェリ。
「それではお二人にも説明しますね。わたしが欲しいのは八足獣という獣の生殖器、具体的には睾丸です」
「……せい」
「口に出さないで下さい」
要求物のあまりの内容に思わずおうむ返しに聞き返そうとしたピエールを、アーサーが素早く制した。
内容を知っているチェリは呆れ顔、ニネッテは何も気にした様子無く話を続ける。
「この時期は八足獣の繁殖期で、雌はあまり動かず雄だけが雌を探し積極的に徘徊しています。加えて繁殖期の雄は陰嚢が肥大化しているので一目で分かる筈です。討ち取ったら陰部を丸ごと切り出してチェリティリエッテさんに凍らせて貰って保存してください」
「……」
「八足獣は西部の森向こうに生息しています。あまり強い魔物ではありませんが奥まった場所なので気をつけてくださいね。一つ持ち帰って頂ければ、お礼として二百ゴールドお支払いします」
「取る物が物だし、しかも森向こうにまで入って二百ぽっち。やりたがる人がいなかった理由がよく分かったでしょ」
一切恥じる様子無くすらすらと語り終えたニネッテ。
隣にいたチェリが、鼻で笑いつつ話を付け足した。
「一応、興味本位で聞くけど。……その、それ使って、何作るの?」
「……それは……内緒で」
「興奮剤よ、興奮剤。こいつ意中の男に薬盛る気なのよ。やばいわよね」
「あっ、チェリティリエッテさん!」
「……」
ピエールは無言で、縋るように隣の妹へ視線を向けた。
アーサーはアーサーで、無表情の中に嫌悪なのか軽蔑なのか憤怒なのかよく分からない複雑な感情を滲ませている。
ただ分かるのは、好意的な感情は少しも含まれていないことだけ。
「……ま、まあいいや。じゃあ、まあ、今日は、それ、ってことで」
「ああっ、ありがとうございます二号さん、三号さん。この下僕一号感謝の極みです」
「その二号三号っての止めてね……」
ピエールはもはや苦笑いも取り繕えず、力なくぼやく。
「よし、行くわよ二人とも。しょうがないからこの可哀想な下僕を助けてあげましょ」
「うん……じゃ、まあ行ってくるよ。ニネッテちゃん」
「はい。無事をお祈りしてます」
挨拶を終え、三人がニネッテの寝室を後にする。
その直前。
「そういえばチェリティリエッテさん」
「何?」
ニネッテに呼び止められ、三人は立ち止まった。
「結局、チェリティリエッテさんとお二人はどうやって友誼を結んだんですか? あの人見知りで頭の可哀相なチェリティリエッテさんが」
「二言余計よ!」
鋭く突っ込みを入れてから、チェリは表情を一転させ得意げな笑みを浮かべた。
横目で視線をアーサーへ。
「ねえアーサー、あたしの名前は?」
「チェリティリエッテケルコイメルロルーマール」
「ほら聞いた? 即答よ即答」
「おおー」
一瞬たりとも考える時間無く即答して見せたアーサーに、チェリは何故か得意げ、ニネッテは驚きと感動で笑みを浮かべた。
「なるほど、自分の名前をしっかり覚えてくれたからチェリティリエッテさんもころっといっちゃったと」
「それもあるし、若くて強い女の子だからあたしが一緒にいるのに相応しいわ。むさ苦しくて暑苦しい男と一緒なんてあたしも嫌だし氷様もお喜びにならないもの」
「要は男の人相手だと緊張して落ち着けないんですよね」
「うるさいわね!」
ニネッテは怒るチェリへ向けてくすくす笑ってから、視線をアーサーに向ける。
「ではアーサーさん、わたしの名前は?」
「ニネッテリトミェールティクスリリエリオーレ」
「わあ、わたしも即答! 最初に一度言ったきりなのに!」
「ね、凄いでしょこの子。ただの人間にしとくのが勿体ない頭してるのよ」
「ただの記憶力では頭の善し悪しも人の魅力も計れません」
「そんなことありませんよ、記憶力は大事。とても大事な魅力です。一回で全ての名前を覚えてくれる方は、ニアエルフにとってとても魅力的に映ります……うふふ」
否定するも褒め返され、アーサーは無表情のまま目を逸らした。
一方ニアエルフ二人は、好意的な笑みでアーサーを見つめている。
「いいから行きましょう」
「あら、そうでした。お引き留めしてしまってごめんなさい。では今度こそ行ってらっしゃい」
アーサーに急かされ、今度こそニネッテの部屋を後にする三人。
その途中。
「……姉さん」
「……」
「先ほど言いましたが記憶力なんて大した魅力にはなりません。あのような長くて煩わしい名前など、覚えられなくて当然です」
「ちょっと?」
「加えてチェリもニネッテも少し話しただけですぐ分かる変人。あんな相手の名前など覚えなくたって構いません」
「ちょっと?」
「だから、いいんですよ。姉さんには、記憶力以外の魅力が数え切れないほどありますから」
「……」
「ねえちょっと?」
ゆっくり諭すように言い含めて、アーサーはピエールの手を握った。
先の間、名前を覚えていないことに若干の罪悪感を覚えていた姉へのフォローである。
若干俯きがちだったピエールが、慰められたことで顔を上げ、控えめな笑顔で笑いかけた。
同時にアーサーも、ごくささやかな微笑をピエールにだけ見えるように返す。
「アーサー、あんた自分の名前は誇りに思ってるって言ってた癖によくも人の名前を」
「私が誇りに思っているのは私たちの名前だけです。他人の名前など知ったことではない」
「滅茶苦茶! あんた姉を慰める為だからって滅茶苦茶言うわね! 横暴よ!」
心ないアーサーの発言に声を荒げるチェリ。
それを平気な顔で聞き流すアーサーを眺めながら、ピエールは一度、穏やかな顔で微笑んだ。




