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広い平野を、一つの荷馬車と一人の蹄人が併走して進む。
荷馬車を引く大毛玉鳥のニャラニャラがトコトコと小走りで走る後ろで、一人の蹄人が緩い早足で荷馬車の荷台に並んでいる。
「レツ君ってどうしてここに住んでるの? この辺って蹄人の住んでるところあったっけ?」
「エイヘレイクの故郷はここから三月ほど北に行った先の高原地帯にあるぞ。私も嫁もかつてはそこで暮らしていたのだが、ある日行商人からこの土地の話を聞いてな。……ここはいい土地だ。旨い穀物が豊富で、魔物が多く蹄人の力の振るいどころもある。私たちが住むには相応しい」
「……それで、周囲の反対を押し切って出てきちゃったとか?」
荷台に乗ったピエールが恐る恐る問いかけると、併走している蹄人、レツは爽やかに笑い飛ばした。
「まさか。故郷の皆は反対などしていないよ。皆快く送り出してくれたし、三年前の春にも一度里帰りした。私と嫁が故郷を離れ二人で暮らしているのは単純に私が物好きだからさ」
「そうなんだ。それは良かっ」
「それにな。この土地で魔物相手に活躍すると、若い雌が私の元によく来てくれる」
「……」
レツの返答に、安堵のため息を洩らそうとしたピエール。
だが続く彼の言葉によって途中で首を絞められたかのように息が詰まった。
隣でつまらなそうにしていたチェリも、興味を惹かれ荷台の端から顔を覗かせる。
「……それってまさか」
「ああ、君たちの想像は恐らく間違っている。我ら蹄人は恋人に対する独占欲が強い者が多いのだ。サイエもその一人でな、私が若い雌に囲まれているとすぐ焼き餅を妬く。嫉妬心を抱く。……私はそれが好きでね。サイエが焼き餅を妬いて頬を膨らませるところを見ると、愛されているという実感と、たまらない愛おしさを感じるのだ。ああ、私の可愛いサイエ……!」
話しながらうっとりした様子で、レツは天を仰いだ。
一方ピエールとチェリはどん引きである。
「最低じゃないそれ」
「勘違いしないで貰いたいが、私自ら他の雌に気のある素振りを見せたことは一度たりとも無い。あくまで向こうが勝手に寄ってきて、それにサイエが嫉妬するだけだ。……私とてサイエ一筋だからな。他の雌に靡くことは今までもこれからもありえない。浮気など以ての外だ。そのことは互いによく分かっている。分かっているが、サイエは焼き餅を妬く。ああ、可愛いサイエ……!」
「……」
いやに饒舌に語り出したレツに、ピエールとチェリは開いた口が塞がらない。
そんな二人にはお構いなく、レツはまだ話を続ける。
「今回も、私と君たちは徹頭徹尾仕事仲間としての対応しか取らないだろう。だが一仕事終えて家に帰った時、サイエは間違いなく君たちに焼き餅を妬く。そして私を激しく求める。ああサイエ、可愛いサイエ、私のサイエ……!」
再び嫁の名を連呼しながら、美しく整った美男子の顔を陶然にとろけさせるレツ。
要は、三人は夫婦で睦む為の当て馬である。
「やっぱ最低じゃない。それも変態」
「……」
チェリの呟きに、隣にいたピエールだけでなく三人から離れて会話に加わっていなかったアーサーまでもが無言で同意していた。
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そうこうしている内に、四人は目的地である農村へと到着していた。
目立った特徴の無い、平野に構えられたごく普通の農村だ。
「それでですね冒険者さま、もう恐ろしくて恐ろしくて……!」
「ははは、もう大丈夫だ。後は私たちが何とかして見せよう」
「冒険者さま……!」
村内を歩くレツが、爽やかな笑みと共に自身の胸板を叩いた。
隣にいた若い村娘が、瞳を潤ませてレツの美貌を見上げる。
「それにしてもお嬢さん方はお美しい。もしや名のある良家の出では?」
「ううん、そんなことないよ。私たちは普通の冒険者。この格好はね、ロールシェルトにあるパウル武具店って……」
一方女三人に並んで歩くのは白髪の老人。
彼の言葉にピエールが意気揚々と説明を始めたが、その言葉は半ばで霧散した。
老人の視線はチェリ、もっと言うならばチェリの露出しているほっそりとした鎖骨と肩に釘付けであった。
ピエールのことは殆ど見ていない。
「……」
老人の応対を程々にこなしながら、チェリはピエールへ向けてちらりと、実に誇らしげな笑みを向けた。
好色老人の注目を浴びようが浴びまいがどちらでもいい筈なのだが、ピエールの表情が悔しさに歪む。
いつの間にかピエールとチェリの間では、実にくだらない意地の張り合いが発生していたらしい。
例によってアーサーは素知らぬ顔で、ただ周囲の景色を眺めていた。
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歩きながら、村人による説明を整理すると。
三日ほど前から、農地の近くに巨大な植物が突然現れたという。
特に何をする訳でもなくただその場に居座っているのだが、人が近づくと呪文で白熱する光線を発射して攻撃を仕掛けてくる。
一方、逃げた相手を追うことはしない。光線を放つのはあくまで相手を追い払う為らしい。
人へ積極的に危害を加えてくる訳ではないので、明確に害があるという訳ではない。
だがその巨大植物は農地から近い場所に陣取っており、近づかなければ無害とはいえ流石に無視は出来ない。
数日すれば移動するかと様子を見ていたがまるで移動した痕跡は無く、このまま居座られては農作業に影響が出てしまう。
それ以前に、いつ相手が心変わりして村や村人に危害を加え始めるかも分からない。
故に村民たちは相談の末、組合に撃退の依頼を持ち込んだのだ。
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そのような話を熱っぽい眼差しの村娘とチェリの露出した肩回りばかり見つめる老人に説明されつつ、四人は村を出て目的の巨大植物が居座る場所へと移動した。
村を出た後は村娘と老人が案内することはなく、代わりに一人の青年が四人を主導している。
どうやら巨大植物の前に姿を見せるのが怖いらしく、役目を青年に押しつけるような形となっていた。
「……見えてきた」
青年の言葉と共に、その姿を四人も同時に捉えた。
広大な麦畑を抜けて少し進んだ先。
広い草原のど真ん中に、巨大な植物がぽつんと佇むように陣取っていた。
高さは三、四メートルはある。
全体の輪郭はまるで百合の花だ。
一本長い茎が伸び、根本の辺りから何枚か葉が茂っている。
茎の頂点には漏斗型の花が一つ。桃色の美しい花で、形だけ見れば摘んで花瓶にでも活けたくなるような美しさだ。
尤も、大きさは花弁だけで人の上半身ほど。あの花を活けられる花瓶などそうありはしないだろう。
「あれだ。人が近づくとあの花から高温の光を放つ。幸い直撃して殺された者はいないが、身体を掠めて手酷く焼かれた者はいる。周囲にも焦げ跡が残っているのが見える筈だ」
「見事な光線華ですね」
「知っているのか?」
アーサーの言葉に青年が眉を上げて見返すと、アーサーは観察しながら説明の為口を開いた。
対象はどちらかというと尋ねてきた青年ではなく、三人の仲間に対する確認だが。
「光線華。呪文を放つ植物の魔物です。動く植物ですが移動は非常に鈍重で、機敏に走り回るような種ではありません。あくまで移動は場所を変える為だけのものですね。代わりに地上部は機敏に動き、花から熱の呪文を放つ。本来ならばもっと小さい魔物なので手強い相手ではありませんが、あの大きさだと少し手こずりそうですね」
「時々妙に大きくなるのよね、あれ。動く植物って言っても人を積極的に襲う訳じゃないし手を出さなきゃ無害なんだけど、間引く生物が誰もいないと森中光線華だらけになって、気を抜くとすぐ踏みそうになって熱線飛んで来るようになるのよ。おまけに火事の原因にもなる。無害に見せかけて有害ね」
「あれは球根が旨い。薬味やスープの具にもなるが、特に素揚げにして食べるのが私とサイエの好物なのだ。あの大きさならさぞ大きな球根を隠し持っていることだろう。……ああ、早く帰ってサイエと共に食べたい。今頃たっぷりと食用油を用意していることだろう……ああサイエ……」
三人による異なる視点からの解説が行われ、青年は一人感心して頷いていた。
一方ピエールは説明することが無いので、黙って観察するふりをして一人口を噤んでいた。
「では我々は撃退に向かいます。あなたは離れていてください」
「ああ、分かった。……頼みます」
最後にそう言って頭を下げてから、青年は四人から離れた。
彼は依頼の見届け役らしく、四人と大光線華が見える位置に留まっている。
よくよく周囲を見渡せば、野次馬らしき村人が何人か青年より更に離れた位置で四人を見物していた。
青年が離れるのを見届けた四人は、暫し作戦会議を行ってから散開した。
四人離れて大光線華を遠巻きに囲む状態だ。
加えて、無手であるチェリ以外の三人が各々武器を構える。
アーサーは鋼鉄の手槍と凧型盾、ピエールはアーサーから渡された革の丸い小盾を左手に握り、その上から剣を両手持ちに。レツも左に大きな丸い盾を携えつつ、両手で矛を構えている。
盾も矛の穂先も彼の胴防具と同じ光を反射しない黒一色の素材だ。影染石という名前の金属で、原石の時点では白いのに精製、加工すると黒に染まるという珍しい性質をしている。武具としての強度は鋼鉄より一回り強い、という程度。
「さあ、やるわ!」
先駆けはチェリ。
かけ声と共に氷を讃え、光弾を三つ放った。
光弾が矢のような速度で大光線華へ飛来するが、当然囲まれていることに気づいていた大光線華は頂点にある花を白く輝かせ、同じように光弾を三つ放ってチェリの呪文を相殺する。
続けて光線による反撃を行おうとする大光線華と、一斉に飛びかかる前衛三人。
戦闘が始まった。




