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姉妹冒険者物語  作者: 並野
パフォーマンスナイトガール
100/181

05

 その日も冒険者組合ロールシェルト支部は盛況であった。

 早朝にも関わらず大勢の人々が訪れ、依頼の受注や臨時の仲間募集、近頃の周辺での魔物の目撃情報の確認などを行っている。

 中には町人や村人もいたが、大半は冒険者たちであり、必然的にその服装は実用性を重視した面白味の無い格好をした者が多い。


 そんな組合ロビーの一角。室内の隅にある席に、チェリの姿があった。

 姉妹が来るのを待っているのだ。

 チェリと姉妹の付き合いは四日前、姉妹がロールシェルトに着いた時からのものであり、彼女と姉妹は朝組合ロビーで待ち合わせをしてから三人で町の周囲、日帰り可能な範囲での探索を続けていた。


「まだかしら」


誰にも聞こえない程度の声量で、一人呟くチェリ。

 深みのある漆黒の髪を長く伸ばし、同じく黒一色の瞳を気怠げに半開きにしている。

 彼女の服装も青色で袖の長いフード付きローブで、他の冒険者同様派手さに欠ける少々地味な格好であった。

 とはいえ顔立ちは整っており、その点では人目を引いている。

 彼女の気難しさとちょっとした悪癖が広まる前であれば、誰もが一人寂しげに座るチェリを放ってはおかなかっただろう。


 しかし現実、彼女に声をかける者は一人としていない。

 チェリが呪文の扱いに長けた異種族、ニアエルフであり、極めて高度な冷気の呪文を扱うという事実がロールシェルトの冒険者内で広まっているにも関わらずだ。


 そんなチェリが物憂げな顔で机に頬杖を突きながら、虚空に目を遣っていると。

 ようやく待ち合わせの相手が組合建物内へとやって来て。


「おはようチェリちゃん」

「あらおはよう、今日は遅かっ……」


やって来た待ち合わせ相手の姿に、チェリは目と口を見開いた。


   :   :


「どうしたのその格好? 気でも狂ったの? 頭と言わず全身冷やす?」


訝しげな顔のチェリが二人の姿を見るやいなや放った言葉は、ピエールが浮かべる苦笑いの"苦"の比率を極限まで引き上げるのに十分な威力を有していた。

 アーサーは作り物めいた無表情を徹底していたが、内心穏やかでないのは自明である。


 二人の格好は、組合内の人々の格好とはあまりにも馴染まないドレスの上から防具を装備したドレス鎧姿だ。

 防具はともかく、ドレスは良家の淑女が着るような豪勢で目を引く、どう見ても野外活動を行うとは思えない服装である。

 その上二人の髪型はツインテール。

 ピエールなどは元来背が低めなところへ余計に幼さが加味され、チェリには子供の仮装にしか見えない。

 かと思えばアーサーは装備こそ似合っているものの、大人びた雰囲気とツインテールがどうにも合わない。

 どちらも見目は整っており"見れる"姿ではあるものの、二人を知るチェリにはあまりにもちぐはぐに見えた。


 姉妹の格好を眺めながら、唖然としていたチェリ。

 そこへ、無表情を貫くアーサーが弁明する。


「仕事です」

「その似合わないツインテールにするのが?」


返答に対し間髪入れず返されたチェリの言葉に、アーサーの目尻がひくつく。

 チェリの言葉に悪意はない。

 純粋な疑問だからこそ、二人の心を揺さぶるのだ。


「ええとね、この町に新しく出来た、パウル武具店っていう武具屋の武具を宣伝することになってね。こうやって注目を浴びる格好をして、その上で店の武具を使えば宣伝になるだろうって」

「それがドレスとツインテール?」

「……髪は、まあ、なんていうか。……アーサーと、その店の人の悪乗り、かな……」

「私は姉さんに無理矢理させられただけです」

「最初にツインテールとかやり始めたのはアーサーじゃん!」

「姉さんはいいんですよ似合いますから、でも私は似合わないでしょうが」

「そんなことないよアーサーだって似合ってるよ、ねえチェリちゃん?」

「あたしに振らないで」

「……」


チェリの返答はどこまでも冷たく、まるで彼女の扱う呪文のようであった。

 姉妹の表情まで揃って凍り、一瞬動きを止めてからピエールは落胆を露わにする。


 だがこの姉妹の格好。

 三人の気分とは裏腹に、組合内では注目の的であった。

 勿論大半は単なる好奇心であり、女だてらに釣り合わぬ重武装をしていることへの見下しの感情を持つ者も少なくない。

 しかし現段階では、人目を引くという第一目標は完璧に遂行されていた。

 ルアナの狙い通りである。

 あとは二人の活躍次第だ。


「ああもう、いいから今日の方針を決めましょう」

「そうしてくれるとありがたいわ」


アーサーの一言によってチェリも席を立ち、三人並んで組合内の掲示板の前に立った。

 複数並べてある掲示板から、ネリリエル地方民による雑多な依頼と、ここ数日の周辺地域での魔物の目撃情報に絞って調べていく。


「エイナウツで獣が畑を荒らしてる、だって。魔物ではないみたい」

「エイナウツは少し遠いですね。日帰り出来るか難しい」

「じゃあ駄目かー」


「鉱山の金属ワーム間引き。あそこなら近いんじゃないかしら」

「ごめん、金属ワームは無しでお願い」

「あらそう? あなたたちでもそんなこと言うのね」


「あ、東のメルメとカーケイアの間で血吸い花出没。あの辺なら近いんじゃなかったっけ」

「こちらにもメルメ、カーケイア間の森での鞭打ち草の目撃情報がありました。発見出来れば副収入に出来ます」

「お、いい感じ? チェリちゃんの方はどう?」

「特にめぼしいものは見つからないわね。メルメとカーケイアの間でいいんじゃない?」

「じゃ、それで行こう」


話が纏まり、受付まで移動する三人。

 列の最後尾に並び、無遠慮に見つめてくる視線をアーサーは平然と受け流し、ピエールは気恥ずかしげに笑い返しながら待っていると、やがて三人の番が回ってきた。


「おや、誰かと思えばあんたたちかい。暴力姉妹がそんな着飾っちゃって、あの時男扱いされたのが堪えたのかい?」


受付に座っているのは、鼻の曲がった白髪の老婆だ。

 頭頂部付近で高く一括りにした白髪はまるで灰を被った玉葱のよう。

 大きな目をぎょろつかせて三人を眺め、不気味な声音で笑っている。


「パウル武具店の宣伝の仕事で、格好はあくまで人目を引く為です」

「へえ、パウル武具店。って言うと、マリウスのところの弟子と……それはそれは」


何やら一人訳知り顔で含み笑いをする受付の老婆。


「ま、精々頑張んな。で、今日は何だね?」

「メルメ、カーケイア間で出没した血吸い花の件です」

「ああ、その件ならついさっき別のが受けてたねえ。同伴ってことになるよ」

「人数は?」

「二人だったかねえ。あんたたちと合わせて五人。ちょうど最大五人までだから、余裕はあるねえ」

「なら構いません」

「そうかい、じゃあ三人追加で処理しとくよ。依頼主はメルメの村長だから、あとは現地で聞いてきな」

「分かりました」


簡潔なやり取りで依頼を受けたアーサーが踵を返し、一直線に組合の建物を後にする。

 後に続く二人。


「行きましょうか」


目的地の決まった三人が、すたすたと足早に早朝の町を歩く。

 ピエールの隣を歩くチェリが、二人に視線を向けながら問いかけた。


「ねえ、さっきダリアに暴力姉妹とか呼ばれてたけど、あたしの知らないところで何かあったの?」


その質問に、ピエールは気まずげに目を逸らした。

 アーサーは前を向いたまま視線も向けない。


「あー、えっと、いや、別に……」

「初めてここの組合に来た時に、名前で男扱いして絡んできた奴がいましてね。あまりに嫌味だったので姉さんが頬と鼻と顎の骨を砕きました」

「ちょっ、アーサー!」


ごまかそうとしたピエールだったが妹に台無しにされてしまい、小さく声を荒げた。

 チェリは怖がる素振りこそ見せていないが、やや引き気味だ。


「……ピエールでもそういうことするんだ。そういうのってアーサーの方がやりそう」

「姉さんはあなたの想像通り温厚ですよ。滅多なことでは怒りません。ただし名前だけは別。普段は先に私が手を出すので姉さんは止める役ですが、私が席を外している時のことでしたので姉さんが手を出しました」

「ふーん……そんなに大事なのその名前? ピエールとアーサーって、確か普通は男の名前なのよね?」


チェリが白い頬にむにっと人差し指を当て、可愛らしく思案しながら言う。

 彼女もニアエルフという人ならざる種族であり、命名法則も人とは異なる為ぴんとこないらしい。

 チェリというのもあくまで略称であり、本名はもっと長い。


「一般的には男性名ですね。ですが私たちの故郷では名前に男女の区別が存在せず、名前そのものが遙か祖先から代々受け継がれている名前なんですよ。なので名前を否定されることは祖先の血統と名誉を否定されることに等しい。到底許せることではない」

「友達にもさ、エミリー君って名前の男の人がいるんだけど、しょっちゅうエミリーが男の名前で何が悪い! って怒りながら大暴れしてるよ。名前をからかわれた時は私たちよりもっと怒るの早いし、私たちよりもっとやることえげつない。手足の二本三本当たり前に叩き折っちゃうぐらい」

「ふーん……」


チェリの返事は生返事だ。

 興味が無いのではなく、考え事に傾注しているが故の生返事である。


「どうして名前に拘りなんて持っちゃうのかしらね、こんなのただの個人を識別する記号なのに。……あたしも人のこと言えた義理じゃないけど」

「チェリちゃん、っていうかニアエルフの名前も皆長いもんね……」

「そうなのよね。おかげで同族以外で覚えてくれる人は殆どいないし。ピエールとかピエールとかピエールとか」

「いやそれは、まあ、あはは……」


話が自分に及び、ピエールは曖昧に笑ってごまかした。

 和気藹々と話しながら、二人の少女騎士と一人の魔法使いは町を行く。

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