(6)きょうだいたいむ
「お姉ちゃーん……」
エバさんがスリープモードで充電を始めたお風呂上りの頃、昴は肩を落として私の部屋に訪れてきた。気の抜けた上下グレーのトレーナーとスウェットのお部屋着姿だ。足の短さとだらしなさが、なんとも構いたくなってくる。私はピンクのねこみみパーカーのフードをわけもなくかぶりながら宿題をしていた。髪はうざいので横でゆるく二つ縛り。
「どうしたの? お勉強わかんないとか?」
「んなの楽勝だよ」
生意気な口をきいておりますが、受験になるまでちっとも勉強をしなかったから中三でとんでもなく苦労していた弟です。今は勉強の要領を得たらしくこんな調子だ。お勉強の面倒を見ていたおねえちゃんとしては、ちょっとだけ生意気だって思っちゃうぞ☆
「そうじゃなくてさぁぁ……もうアイツやだよ、エバさん」
何食わぬ顔で私のベッドに座り込む。私も隣に座った。お風呂上りの昴は石鹸の匂いだ。
「今日もまた何かあったんだね」
自分でも笑っちゃうくらい白々しい。だからニヤニヤ笑っている私。
昴は疲れきったくしゃくしゃの顔でぐったりと項垂れていた。
「もーさー……あいつさー……どうすんだよーって、もう……ああもう……」
内容を説明しないときは、愚痴るだけ愚痴って話したくないときだ。困ってしまったけど話すと情けないから話したくないのだろう。お姉ちゃんは昴のことならなんでも知っているから聞かなくても問題ない。
「ほら、昴。元気だして。お姉ちゃんが膝枕してあげる」
ちょとだけ横に移動して、膝をポンポンと手で叩く。ショートパンツなので生足だ。
「んー……」
我が家ではとても自然な流れです。昴はごろっと横向きに転がって私の太ももの上に頭を乗せた。ぐっと暖かい重さが太ももの肉を潰す。別に姉弟だから恥ずかしくないし抵抗もない。姉弟だし!
ふわふわの癖っ毛の感触を楽しむように頭を撫でる。乾き切らずにぬれた髪の毛の、指にぴたぴた張り付くような感じも好きだ。
うん。やっぱりもうしばらく私の膝は昴に預けておきたいので、誰かとお付き合いするのは後回しにしよう。
「俺さぁ、確かに、プログラムとか人工知能は興味あるよ。エバさんのソース読んでみたいし。それにわりと頻繁に世界滅べと思う」
「思うの?」
「今は思わないけどさ、でも、わりと。だけど、エバさんが言うみたいにマジでやったりはしないって」
「昴はいい子だもんね」
ころんと、昴は仰向けになる。大きな目と、目が合う。ニコニコしちゃう。昴も体中の力を抜いてへろっと笑った。昴の緩い配置の顔がもっと崩れて、つられて心までぐにゃぐにゃになってしまいそうだ。幸せ。
「お姉ちゃんがいればいいや」
「だーめ。ちゃんとみんなと仲良くするんだよ?」
「そればっかりは……」
都合が悪いらしい。口元に曖昧な笑みが浮かんで、視線が逃げた。
「お姉ちゃんは心配だぞー」
友達がいないと、どんなに強くても「でもあいつ友達いねぇだろ」って数ページ使って哀れみに満ちた公開処刑をされてしまう。そこが問題じゃなくて、友達がいないと悩みが相談できないし、支えあえないし、一人でぐるぐる悩みすぎて思いつめて暴走することもある。孤独は人を成長させるけど、孤独が人を壊すこともある。
昴はモテなさ過ぎて世界を滅ぼす設定だったけれど、モテないことを共有する友達――鬼ダチがいればそこまで暴走することもなかったのだろう。今は私が理解してあげているつもりだけど、でも、姉は友達じゃないし、恋人でもないのだ。血縁なのである。
「お姉ちゃんがお嫁にいっちゃったら今みたいにしてあげられないんだからね」
「じゃあ嫁なんかいかなくていいよ」
昴は鳥のくちばしみたいに唇を尖らせて、ぐりぐり、と、寝返りを打つような、頬ずりするような。髪の毛とかほっぺたがこしょこしょとくすぐってくる。
「やだ、くすぐったいよっ」
肩を震わせてクスクス笑う。昴が「へへへ」と下心満載にデレついているから、「や!」と頭を押してベッドの下に落としてやった。ゴロッと落ちた。
「お姉ちゃんはぷんぷんです!」
大の字になってへろへろ笑っている昴のお腹に足を落として軽く踏みつける。筋肉がついていないふにふになお腹。デブじゃなくて、パソコンばっかりやって運動しないだけだ。日常生活で何気なく見えるエバさんとか響君のお腹はぱりっと割れていて可愛くないけれど、なんかもう、昴のダメな感じがすごく可愛い。
「ごめんごめん」
昴は嬉しそうにニヤけていた。困った弟である。仕方ないのでいっぱい踏みつけてやろう。
「なによこのプニプニしただらしないお腹。お外で遊ばないからこうなるんだよ!」
「うわ、聞きたくねぇ」
耳が痛いらしく両手で塞いでしまった。ボディががら空きなので、つま先でトレーナーの裾を捲りあげて小さいおヘソを晒す。情けないぷよぷよのお腹だ! お父さんの体型を思い出すと、筋肉の付きにくい家系なのかとも思うけど。
「やーだ恥ずかしい。クラスの女の子に笑われちゃうんじゃない?」
脇腹を靴下の裏で撫で回す。くすぐったいのか、昴は「ごめんごめんやめて」と笑い悶えた。